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43話.変わったアイツにニーハオ、愚弄する籠絡術。

 九十九(つくも)憑子(ひょうこ)

 こいつのイメージといえば化学、それ以外の事が全く思い浮かばない程の化学大好き野郎。

 ――というのが、今まで俺が抱いていた彼女に対するイメージ。

 聞かせてもらおうか、九十九。お前は一体何を知り、何を見たのか。


「…………」


 ただこっちを見たまま、顔は一切動かない。

 瞳がゆっくりと下を見て、そのまま動かなくなった。


「……お前がどんな事をしたか分かってるだろ。皆お前のせいで、この病院に送られてきた。学校の皆をお前は操り、怪我をさせたんだ」

「…………」

「骨が折れたやつもいる、筋肉が裂けたヤツだっている! それも数人じゃないぞ、十数人が! お前のせいで!」

「…………」


 弱々しい瞳。それは昨日ヤツが見せた降伏の証、そのものだった。


「分からない……」

「今更はぐらかす気か!?」


 何を言ってるんだこいつは。お前の薬のせいで俺はどんだけ苦しんだと思っているんだ――


「お前、誰?」


 ――そうか、忘れたってんのか。

 思い出させてやるよ。


「俺は伊勢崎拓也。貴様が俺に何度も注射を打ち込んだせいで、俺は化け物になっちまったことがある!」


 俺の腕にはまだガッツリと注射痕が残っている。

 腕まくりをし、奴の罪をたっぷりと見せつけてやった。


「……ボロボロだ」


 そうだ、全て貴様の罪のせいで――


「かわいそう……」


 ――何をしている。九十九(つくも)憑子(ひょうこ)

 なぜ俺の腕を、労るように、ゆっくりと撫でているんだ。


「全てお前につけられた傷だ、九十九(つくも)

「私が、お前を?」


 ちょっぴり調子が狂うな……。お前がつけた傷だっていうのに、まじまじと見てくるなんて。

 都合よく記憶喪失になった、とでも言うつもりか。


 しかし九十九(つくも)からは一切の邪念を感じない、奴から最もかけ離れた想いを俺は感じとっている。

 ――慈悲の心が、奴の中に見えた。


「何も思い出せないんだ、私は何をした」

「お前は……お前自身が開発したモノで人を操り、傷つけた」

「……」


 ただ、ただ、時間だけが過ぎ去っていく。


「……私が、皆を?」

「――あ、ああ。そうだ。まさかお前が記憶を失ってるとは……俺は早く学校に行かなきゃいけないんだ、何か思い出したらラインで連絡よこしてくれ」

「――待って!」


 元気の無い九十九(つくも)が精一杯声を張り上げた。

 振り返らざるを得ないだろう。


「リサは……? リサとキョウコは、大丈夫なのか……?」

「悪い、その二人の名前は知らない」


 クラスにはそんな名前の奴らはいない。


「――わ、私と!」


 何か様子がおかしい。


「私と同じクラスの人で……し、親友なんだ」


 ――!!


「同じ、クラス……?」

「リサとキョウコにまで何かあったら、私は、私は……!」


 …………。


「なぁ、九十九(つくも)。お前が何を言っているのか分かるか?」


 質問の意味が分からなさそうな顔をしていた。


「俺達のクラスにリサとキョウコなんていない」

「――ッッ!」


 ――こいつっ、急に飛び上がってきてっ、


「お前はッ! お前は私を騙しているつもりでいるのかァッ! お前みたいな奴は私のクラスにいないッ!! 消えろよ変態ッ! ここから出ていけッッッ!!!」

「クッ、全て本当の事だ! お前、随分と記憶が飛んだんだな!」

「何を言ってんだァ!!」

「大人しく自分の携帯を見てみろ! ラインを見ろ! お前の現在の交友関係を確認してみろ!!」


 突然俺につっかかってきた九十九(つくも)だったが、その言葉にハッとした様子だった。

 そうだ、お前のそのスマホが一番信用できる代物だろ。


「へ、あれ……」

「……」

「ち、中学は……?」

「俺たちは高校一年生だ」


 分かりやすく頭を抱え始めた。

 まさか九十九(つくも)憑子(ひょうこ)の記憶が、高校生活が、すっぽりと抜け落ちていただなんて。


「なんで……どうして……」


 一人にさせた方がいいか……俺からすれば九十九(つくも)の野郎は決して許すことのできない大罪人だが、今の九十九(つくも)からしてみれば俺は、突然やってきたクラスメイトを名乗る謎の男。

 不安になるだけだろう。


『知れ、伊勢崎。お前の裏でうごめく、深く(みにく)い闇を』


 ふと、沙濤(シャドウ)先輩の言葉が脳裏に浮かぶ。

 これもなにかその深い闇による、大いなる力のせいなのだろうか。

 ……全く、情報が足りないな。色々と調べてみなければならない。


 っと、急いで学校に向かわなければな。


「俺も時間がない。俺は早く学校に行かなきゃいけないんだ、何か思い出したらラインで連絡よこしてくれ」


 それはもう急いで学校に向かい始めたが、九十九(つくも)が記憶を失くした事が頭から離れず仕方がない。

 もしかしたら俺が思っている以上に、その闇ってモノは根深いものなのかもしれない……。




 俺の力をもってすれば授業に間に合うのなんて余裕だコラ。


「はいっ、ヨユーーーーーーーーッ!」


 ぐっもーにん教室の扉っ!


「っっはようござざざざざざざざ!!!」

「…………」

「…………」

「――ざーあー……います……」


「……伊勢崎くん。今ちょうど、朝のホームルームが終わったばかりですよ」


 ギャハハハハハハハハハ!!!


 教室中が下品な笑いに包み込まれる。

 まったくちょっと遅刻しただけでこれとはな……。


「……ぷふっ」


 ――明治さんにまで笑われた!?


 授業は始まったが、内容が頭に入ってこない。俺は一体どんな気持ちでこの授業を受ければいいのだ。

 黒板の前でチョークを握っているのはあの境太郎先生。

 昨日の俺の攻撃を受けたにも関わらず、ケロッとしているご様子。

 きっと境太郎先生は九十九(つくも)に関することを何か知っている。

 しかし先生が何か俺を気にかけるような素振りは見せてこない……。


「――」


 俺がずっとにらみつけていたせいか、境太郎先生は一瞬こっちを向いた。

 俺がいじめっ子共を迎撃していっているせいで教室から生徒はどんどん消えていっている。

 一体先生はどんな気持ちで今教壇の上に立っているのだろうか。


 ――熱いッ!


「なんだッ!? なんだこれッ!?」


 アッチアチ……アッチアチの餃子が飛んできた!!


「アッチィ! アチィ!」

「プッ、イヒヒヒヒヒヒッ! 伊勢崎のヤツ、授業中に餃子食ってるアルーッッッ!!」


 熱い、熱すぎる……熱い焼き餃子が俺の頬にいいいいいい!!


「取ってええええっ!! 取ってええええええええ!!!」


 ギャハハハハハハハハハハハ!!!!

 クラス中の野郎どもがのんきに笑ってやがる! 何も笑えねぇぞ!

 てめぇらただの焼き餃子だと思ってんだろーが相当あっついぞこれェ!

 あ、そうかこいつら俺が痛がれば痛がるほど喜ぶ人種だったか!

 SHIT!


「お、おい伊勢崎……なに授業中に餃子食ってんだよ……ふふっ」

「笑ってんじゃねぇぞ伊賀ァーーーーー!!!!」


 てめぇも異常だと思わねぇのか!!

 餃子が頬に張り付いているんだぞっ! 油がジュージューだァッッ!!


 あの女……あの女許さねぇぞ……。

 アイツ、アイツ……アイツ誰だ? あんなヤツウチのクラスにいたか……?


 ちょっと確信はねぇが、ええい多分こいつだろ!


 1年3組33番・流竹(ながれたけ)(はお)

 こいつについて知っているのは奴が中国人と日本人のハーフだってこと!

 それと、今までは三つ編みなんてしていなかったってこと!

 ずっとモブみてぇな一般いじめっ子Cみたいな立ち位置だと思っていたのに、今日はその雰囲気が一転している!!

 なんなんだこいつ今日は突然!

 人違いだったらごめん!


 クソッ、ようやく頬から餃子が剥がれ落ちた。

 ……なんてこった、この熱さの餃子を一体どこで――あっ!!


 ――アイツ……ッ!!

 おのれ流竹(ながれたけ)(はお)! 机の下にホットプレート用意して餃子焼いてやがる!!

 これは現行犯逮捕だッ――

 目にもの見せてやるぞ流竹(ながれたけ)! その証拠を今ここで掴んでやる!


「先生ッ! これを見てくださ――」


 アッヂイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!


「ギャハハハハハハハハ!! ヒヒヒ! ヒヒ! イーヒヒヒヒヒ!! 何してるアルか伊勢崎ィー!」


 汚いぞ流竹(ながれたけ)ェ……! このままじゃホットプレートを掴めないじゃないか、あいつそれを見越して……ッッッ!!


「てめぇ何机の下で餃子焼いてんだぁッ、流竹(ながれたけ)ェェェェェェェ!!!!」

「クププ……こいつ何アルか? 机の下で餃子なんて焼けるわけねーアル、アホアルか」

「んだとゴラァ!」


 バンッと机を蹴っ飛ばしてみりゃそーらホットプレートが――無い!?


「伊勢崎……お前少し生意気アルな?」

「伊勢崎くん、謝りなさい」


「そうだぞ生意気だぞ伊勢崎テメェゴラー!!!

「調子こいてっと殺すぞタコが伊勢崎ゴラテメェ!」

「謝れよ伊勢海老てめぇゴラー!!」

「死んで詫びろ伊勢崎拓也ァー!」


 た、確かにこれは……証拠を掴めなかった俺にも、一応非があるな。


「……ごめんなさい」


 丁寧に頭を下げたお詫び。てめぇらにこれができるか?

 見とけ、そしてしっかり学べ、謝り方ってもんをよ。そしたらイジメしか能のないテメェーらも少しはまともな生き方できるんじゃねぇか?


「土下座」

「……え?」

「土ー下ー座。日本のしきたりアル」


 ど、げざ……。

 こ、この女ァ……ッッ!!


「どーげーざ……どーげーざ……」


 どーげーざ。どーげーざ。

 ぱんっ!

 どーげーざ! どーげーざ!

 はい! どーげーざ! どーげーざ!


 こいつら、絶対許さねぇ……土下座コール始めたやろうども、学校卒業できると思うなよ……。


「やめなさい皆さん、伊勢崎くんも土下座をする必要などありませ――」


 ――先生。


「……伊勢崎、くん」


 ――それって、遅すぎ。




 今日の弁当は……今日もお母さん特製の手作り弁当。

 毎回毎回心が傷むよ。こいつを砂泥だらけにされるって思うと。


「おやおや伊勢崎ィ、今日も美味しいお弁当の材料を持ってきたのでアルか?」


 流竹(ながれたけ)……なんだその、袖と袖を通してるやつ。

 語尾といい仕草といい、なんだこいつ突然中国人ぶりやがって。昨日までそんな素振り無かったじゃねぇか。

 ――昨日、まで?


 昨日と言えば、九十九(つくも)が何かを企んでいた日……! 正直記憶はあやふやなのだが、ともかく昨日、九十九(つくも)が倒れ、九十九(つくも)は記憶を失った!


 ……関係があるかもしれねぇ、流竹(ながれたけ)の異変と、その深い闇ってヤツは!


「んん? 何アルか、人のことをジロジロと見て」

「いや、なんで昨日まで普通だったのに突然そんな、中国人っぽい……」

「中国人ぽいって何アルか!? ワタシ中国と日本のハーフヨ! ふざけんじゃないヨッ!」


 何か来た――


「ヘブゥッ!!」


 ――あっ、中華鍋……。

 あいつ、思いっきり俺の顔にぶち当てやがった……。

 ヤツのこの感じ、やはり何かが隠されている気がする。思えば九十九(つくも)も自覚がない様子だった!

 その無意識の面ァ剥がして闇の正体を暴いてやる!


「ヒヒヒ……ほーらできたアルよ伊勢崎ィ、お前のみっすぼらしいゴミみたいな弁当が、なーんとワタシ特製高級チャーハンに様変わりアルッ!」


 なんだと……チャ、チャーハン……。なんてこった、母さんの手作り弁当が全部チャーハンになっちまった!


「ほーらとっとと食うアル!」


 これは貴様さては毒を盛っているな――


「どうアルか!」

「う、美味い……」

「フフフ、そうでアルヨ、そうでアルヨ♪」


 なんてこった、普通に美味い……普通に美味い、が――


「でも、それだけだ」

「……アァ? どゆことネ?」


 このチャーハンはとても美味い。正直びっくりした、なんなら毎日盛ってほしいくらいには美味い。

 だが――


「喜びが足りねぇ」

「何を言ってるアルお前は。チャーハンが美味い、お前は喜ぶ、それがご飯ネ」

「違う!」


 こいつのチャーハンには決定的に足りないものがある。


「ご飯っていうのは、食べる人に対してのまごころがこもっているってものだ! 作り手の食べてほしいっていう想いが入って、ようやくご飯っていうのは完成するんだ! お前のチャーハンには、それがない!」

「でもワタシのチャーハン美味しいヨ? お前も認めたアル、ごちゃごちゃ言ってないで全部食べるネ」

「まぁそれはそうなんだが……」


 美味い、確かに美味い……。

 確かに美味いが、やはりまごころって奴が足りねぇ……。


「ふぅ、全くごちそうさまってやつだよ」

「ヒヒヒ、結局全部食っちまったアルね」

「そりゃ美味い飯があれば食う、当たり前のことだ」


 さて、それじゃ明治さんと一緒に屋上で飯でも食いに行こうか――


「はうッ……!?」

「――ヒヒ」


 こ、これは……い、意識が、呆然と……。

 クソッ、盛られた!!!


「チャーハン美味かったアルかァー? アァー? 伊勢崎ィー? 美味かったアルネー? イヒヒヒヒヒッ!」


 こいつチャーハンに毒を盛っていた!

 全然、気付かなかっ、た……いや、最初からおかしかった……。

 こいつらが、素直に俺に、飯を振る舞う、はずな……ど……。




 ――ハッ!?

 ここは、ここはどこだ!?


 檻だッ、檻の中に閉じ込められている!!

 それに地面が揺れていやがる……この感じ、車の中を思い出す振動……。

 分かったぜ、大体の状況が。俺は檻の中に閉じ込められ、トラックでどこかに連れて行かれている。

 ならばこの窮地を抜け出す方法はただひとつ、この檻をこじ開ければいい。

 檻をつかんで強引にひしゃげさせれば檻を抜けるのなんて容易い――


 ――何者かに、腕を掴まれた!?


「なんだてめぇは、この手を離せ――」


 なんだこの、太く大きい黒い手は!?

 毛むくじゃらのこの手は、ま、まさかこいつは……。


「パ、パンダ……! てめぇ、パンダか……!」


 檻をこじ開けようとした俺の手を阻止したのは、同じ檻にぶち込まれていたパンダだった!!


 強い力で抑えるその手をなんとかはねのけ、奴との間合いを取るッ……。


 戦いの場はこの檻の中に限られている。檻をこじ開けようとすれば、そのスキをついてパンダは襲ってくるだろう。

 俺は勝てるのか、こいつに……パンダに!!


「――まぁ、相手が誰だろうと関係ねぇ。かかってこいよ、伊勢崎拓也を見せてやる」


 両者ともに、自然と戦いの構えを取っていた――。

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