40話.職権濫用に裁きを、被害者たちへのレクイエム。
――何も、感じない。
奴のマシンガンが発砲したその瞬間、大きな耳鳴りと共に俺の視界は閉ざされた。
俺は、死んだのか。
死ぬっていうのは、こんなにも呆気ないものなんだな。
どうやらあの世っていうのはあるみたいだ、現に今、俺は死んだのに生きている。
一体、どんな景色が広がっているんだろうな……。
どうであろうと関係ねぇ、あの世があるならこの世に舞い戻ってやる。
たとえ死のうが絶対に諦めたりなんかしねぇ、それが俺だろうが――ッ!
目を開けると、そこに広がっていたのは――氷の大地だった。
目前が、黄緑の薄もやで覆われている。
お、俺は生きているッ!!
「――スピリチュアル・アルマジロ。伊勢崎くんに撃ち込まれた銃弾は全て、その子が弾き返してやりました」
もやの向こうに、あの白いボールが見える。
そいつには、無数の銃弾を撃ち込まれたかのようなぼつぼつとした黒模様があった。
ぼとりと視界から剥がれ落ちる薄もや――そいつの正体は、黄緑色の半透明なアルマジロだった!
「間一髪、危なかった!」
副部長の安堵する声が聞こえた……。
この動物は、一体……!?
「ヒッ、ヒィッ!」
――島崎圭吾の野郎、このスキに逃げ始めた!
しかし残念ながらスノーモービルはオシャカになっちまったみたいだ。
全く動きそうな気配はない。
そして目の前のボールもまた、そこに浮遊したまま全く動く気配がない。
「逃さねぇぜ島崎圭吾ッ!」
スノーモービルから降り――ようとしたが、このアルマジロが気になる。
ゴロゴロと丸くなりながら俺の膝の上で転がっている。
――響く笛の音と共に、そのアルマジロは、副部長の元へとちょこちょこと走っていく。
「フゥ。きちんと守れて、偉かったじゃないか」
走ってきたアルマジロを撫で回す副部長。
――俺には見えた! 副部長の周りには、アルマジロだけじゃない、こんな半透明な動物が沢山いるんだ!!
「伊勢崎くんっ、絶対に島崎圭吾を逃さないでくださいっ!」
「――! 当然ですっ!」
「そのために、この子をっ! スピリチュアル・ユニコーンペガサス!」
副部長の後ろに立っていた半透明の、角を持ったペガサスがこちらへと走ってくる!
そしてそいつは、俺の目の前で「乗れ」と言わんばかりに止まったのだ。
……分かりました副部長、俺達の最優先事項は島崎圭吾を始末することっ!
ペガサスの背中に乗り、島崎圭吾の必死こいて逃げる背中をじっと見据える。
「――本当の本当に……復讐させてもらうぜ、島崎圭吾ッ!」
高い嘶きと共に全速力で駆け抜ける有角のペガサス。
逃げる島崎圭吾の背中に辿り着くのは、そう難しくなかった。
「うぅ、迷ってはいられんっ!」
氷の崖際に立たされた島崎圭吾は、自ら海中に飛び込んでいく!
だが、有角のペガサスもまた崖際を急降下、翼をはためかせると共に浮上し、その角が島崎圭吾を貫いたッ!
「グッボァァッ!」
上空へと突き上げられる島崎圭吾、光り輝くオーロラへと近付くにつれ、角は更に島崎圭吾の腹へとめり込んでいく。
そして――
「ウオァァッ!」
島崎圭吾の髪が、上空の風によって吹き飛ばされた。
こいつ、カツラだったみてぇだな。
ペガサスは島崎圭吾を突き上げたまま空を駆けるよう浮上していき、どんどんとオーロラに近付いていく。
そして、角に刺さった島崎圭吾を角から振り落としたッ!
「うわああああああああああああっ!」
このまま落ちて、氷の地面に打ち付けられて死ぬ――それが奴の想定する悲劇のバッドエンディングだろうか。
そんな事は、許さねぇ。
お前に傷つけられた人間への復讐が、まだ足りてねぇだろうが……ッ!
「まだ終わりじゃねぇぞ!!」
ペガサスの背を飛び立ち、上空より炸裂する罪悪の流星。
奴の罪を抱えたその足先は奴より速く落ちていき、再び島崎圭吾の身体を貫いた!
「ギヒィィィイイイイイイ!!!」
氷の大地に勢い良く叩きつけられる島崎。
罪の衝撃に氷の大地は揺らめき、島崎を中心に次々と崩壊していった!
海は噴き上げ、空もまた鳴動する。
その瞬間、島崎圭吾に虐められた全ての人間の声が聞こえた気がした。
そして全員が俺にささやく――『大罪人・島崎圭吾を罰せよ』と。
――俺の足は彼らの全ての意思を湛え、留まることを許さない!!
「貴様と関わった全ての人間に、死んで詫びろォ島崎圭吾ォォォォォォォォォォォォォォ!」
蹴罰は海を貫き、氷の大地の下に潜む地殻を深く抉っていく!
冷温が高熱に変わる時、とうとう島崎圭吾の口から悲鳴が漏れ出した――
「頼むううううううう許してくれええええええええええええ――」
「黙れエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!」
見え透いた偽善、見え透いた保身。
奴の口から純粋なる贖罪が飛び出す事は決してない。
貴様の行き着く先はただ一つ――地獄の業火に焼かれる事だ。
島崎圭吾を貫く足は、いよいよ地球のその奥、超高熱のゾーンまで到達する。
それでもまだ俺の足はヤツを許さない、いや、ヤツを許すことは決してない!
だからこそ――遂にここまで、辿り着いたッ!
貴様の罪は、マントルをも貫く!!
そして、いよいよ俺の足はここで止まる。
島崎圭吾はマントルに生まれる溶岩の中へ、ゆっくりと沈んでいった。
貴様の罪はこの溶岩の中でも溶ける事はないだろう。
それほど貴様は冷酷で、酷薄で、ドス黒い邪悪な魂、そして罪を抱えているんだ。
これは全被害者による報復であり、俺の足は貴様を罰した訳じゃない。
貴様によって生み出された憐れな被害者達の肩代わりをしただけだ。
あの世で報いを受け入れろ、島崎圭吾。
――何とか奴の身体をマントルから引きずり戻し、北極の大地へと投げ出す。
「さて、お前に聞きたいことはいくつかある」
「ウウ……」
烏小路、そして島崎圭吾を縛り付けた部長達は、島崎への詰問を始めた。
「まずはこれだ、こいつをどこで手に入れた?」
紫色の結晶を島崎に見せる部長。
島崎は何も言わず、うなだれるだけであった。
そしてその島崎の頭頂を、ペシンと木刀で叩いた。
「いだあああああああああ!!」
ゴロゴロと転げ回る島崎。
部長はのたうち回る奴の胸ぐらを力強く掴み上げ、引き寄せた。
「どこで手に入れたと聞いている――」
「粗方予測はついてんだろッ!」
島崎のヤツ、突然語調が荒くなった。
開き直った、ってやつか。
「つまりは認めるという事で、間違いないか」
「そうだ何が悪い! 俺はただ、息子のイジメに興味を持っただけだ!」
――部長は手に持った紫結晶を、そのまま握りつぶした。
ほのかに光っていたそれは、輝きを失い砕け散った。
「ああッ! お、お前なんてことを!」
「お前達にはもはや必要のないものだろう」
そして部長は掴んでいた島崎の身体をそこに放り投げる。
「ギャ、痛い!」
副部長は何かを探しているようだ――いや、正確には黄緑の半透明な動物達を使役し、何かを探させている。
一匹のウサギが青い結晶を咥えて持ち帰ってくると、副部長はそのウサギの頭を撫でた。
「おーよしよし、えらいぞー」
その青結晶を受け取った副部長は、部長にそれを渡す。
「紫の結晶は、青の結晶に引きつけられる……懐かしい法則だ」
――するとそれもまた、部長は握りつぶした。
「あぁ、なんて勿体無いことをするんだお前達はッ!」
「元はといえば、俺達のものだ」
部長の言葉を聞いた瞬間、島崎の顔が青ざめる。
「ま、まさかお前達……!!」
鉄兜が島崎を睨む。
いや、正確にはただ島崎を見下ろしただけなのかもしれない。
ただそこには、睨むと表現してもおかしくない程の気迫があったのだ。
――突如、白いボールが浮遊してきた。
ボールの身体には先程あったような銃痕が綺麗さっぱりなくなっている。
「ぶ、部長!」
「――ハッ、ハハ。ハッハハハ!!! やれー! ボール・ブレイカー! 私達を助けろ!!」
木刀を構える部長。
ボールは目を開くと、青いリングで島崎を見つめる。
そして、言葉を発した。
「権限ガ、放棄サレマシタ」
ただそう言い放ち、白いボールは元からそこにいなかったかのように、消えた。
「ま、待てっ! そんな、ボール・ブレイカー!」
宙空に向かって手を伸ばす島崎、その手を無残にも踏み潰す部長。
「グアアアアアアアアアアアッ!!!」
「この様子だと、あまり情報を持っていないみたいだな」
「あのボールぐらいっすかね」
副部長の言葉に頷く部長。
そして――
「伊勢崎の退学処分を、取り消せ」
「わ、分かりました!!」
電話を島崎の耳に当てがう部長。
そこから、なにか声がした――
「はい、もしもし校長です」
――校長先生!?
「あ、その校長先生!? えっ!?」
島崎圭吾は困惑している様子だった。
「……その声、島崎か。お前にはもう何の用もない」
島崎という言葉をつぶやいた瞬間、電話の向こうの校長先生の口調は突然厳しいものになった。
「いえ、その! 伊勢崎くんを誠に勝手ながら退学処分にさせようとしてしまっておりまして、それを取り消したいと考えておりまして!」
「何だと? そんな話、私は一度も聞いていないぞ」
――な、何だって?
校長先生に、俺の退学処分の話は届いていなかっただと!?
「フン、権力にものを言わせ勝手に伊勢崎拓也を退学させようとしたのか」
「ほ、本当に申し訳ありませんでした!」
「当然そんなものは取り消させてもらう。そして二度と私に電話をかけないでくれたまえ、さらばだ」
「ああそんな、待ってください校長先せ――」
そして無情にも、電話は切られた様子だった。
「これでもう、こいつは用済みだな」
部長がぼそりとつぶやく。
「や、やめてっ! 殺さないでくれ! 頼むぅ!」
ガタガタと怯える島崎圭吾。
命乞いをする阿呆をほっとく部長、隣で縛られている烏小路の方を見る。
「解毒剤はどこだ」
――我慢はしていたが、俺も副部長もまだ口から血を吐いているんだ。
この烏小路の野郎がばらまいたっぽい毒ガスに。
俺達の口からじゃなく、まさか部長から出てくるとは。
「これかい?……フフッ、そんなものは必要ないよ」
落ち着いた笑いを漏らす烏小路。
「命を脅かすような、ましてや重大な障害を引き起こすガスでもないよ、これは。ただ単に血を吐かす毒ガス、すぐに治るよ」
そう言う烏小路のペストマスクからは、確かにすでに血が流れ出ていない。
「君たちの平静を奪うために作ったものなんだけど、ダメだったみたいだね、フフフ」
失敗したくせに楽しそうに笑いやがってこいつ。
なんだか知らないがチョームカつく。
「ああ、そうそう伊勢崎くん」
「……なんだよ、烏小路」
「あのジュースだってそうだよ……クフッ――元から、半分くらいの量しか無かったんだよ。呉威戸は知らなかっただろうけどさぁ」
――無かったのか。
「飲む必要、無かったっていうのかよォォォォォォォ!!!」
「あっっっっっったりまえじゃん! アッハッハッハッハッハ!!」
「この野郎、復讐してやるぅ!!」
縛られた烏小路のペストマスクを剥がし、シュッとしたいけ好かねぇ顔をボコボコに殴る。
それでも奴の垂れ下がった目は笑んだまま。
――突如口から何かを吐き出したッ!
「クッ!? 前が見えねぇ!」
顔を拭うと、やつの吐き出した液体の正体が分かった。
こいつ、血を含んで霧状にして飛ばしたのかっ!
なんてきたねぇ野郎だ!
……しかし、今のこいつを殴る気にはなれねぇ!!
今のこいつを殴るっていうのは、こいつに負けたと言っているような、そんな気がするからだッ!!
結局最後までこいつに弄ばれていただけっていうのは、なんだかすごく情けねぇ!!
「どうした、伊勢崎」
「ぶ、部長……?」
「それ以上やらないのか?」
「……俺にはできない!」
「そうか――」
木刀を構えた部長は、躊躇いなく奴の頭を叩き斬った。
その衝撃に目を見開いた烏小路は、血を吐き出して気絶した。
「伊勢崎を弄び、天馬に傷をつけた報いだ」
ぶ、部長……!
そして部長は、後ろを向いた。
その視線の先には、真っ黒い闇がいた。
「紗濤、帰るぞ」
「分かった」
再び円盤フォームと化した紗濤先輩、俺達全員が乗り終えると、空へと浮遊を始めた。
「えっ、ちょっと! 私達はこのままなのかっ!? 頼む、せめてこいつを! こいつを解いてくれぇ!! 助けてぇ、助けてぇーーーーーーー!!!」
島崎圭吾の叫び声を後にし、俺達は北極を飛び立ったのだ。
「おっと、その前に」
写真撮っとこう。
オーロラ、すごくキレイだ。
「……もういいか?」
「はい、ありがとうございます!」
紗濤先輩、律儀に待っていてくれたのがすごくありがたい。
やっぱりなんだかんだで先輩方との絆を感じるなぁ。
「伊勢崎くぅーん私にも写真ちょーだい!」
「後でラインで送りますね」
ノヴァ先輩も、撮っときゃ良かったんじゃないかと思うけどね。
ツンドラ気候に出て、海に出て――そして、あっという間に学校まで戻る。
「それじゃあ、僕たちはこれで! 明日また学校で会いましょう!」
手を振る副部長が、優しい笑顔と共に見送ってくれた。
花園先輩も、ノヴァ先輩も、部長も! 紗濤先輩も多分見送ってくれている!
先輩、本当にありがとうございました!!
今日はいろんな事が起きた。テロリストに襲われて、烏小路たちに家を襲撃され、北極まで奇襲に赴いた。
おまけに北極では白いボールがやってきたり、副部長の周りに沢山変な動物達がいたりと、本当に色んな事があった。
それがなんだか、今じゃちょっぴりいい思い出になっている。
不思議なもんだ。
家に帰ると、お母さんがあたふたしていた。
「拓也っ! 大丈夫だった!? 怪我はない!? どこ行っちゃってたの!?」
「ごっ、ごめんごめん!!」
「あのねぇ、強盗が入ってきたみたいなんだけど何も盗まれてないの! 本当に良かったよぉ、私なんだか寝ちゃってたみたいで!!」
「実はその強盗を追い払ってきてさ、それで帰ってきたところなんだ」
「もうっ、そんな危ないことしないで! でも凄いわよ拓也! でも、もうそんなあぶない事絶対しちゃダメよ!?」
「分かってるよ、分かってるって」
抱きついてきて、本当に心配しているみたいだ。
なんだか、心の底から安心できる。
朝までの時間はもう少ないけど、眠れるだけ寝ておこう。
割れた窓には一応新聞紙を貼り付けておいて、後日業者さんに取り替えてもらう。
そうすれば全てが元通り、また明日からいつもの学校生活が始まるんだ。
どんなイジメでもかかってこい、俺は絶対に学校行ってやるからな。
――あ、そうだ。
一応明治さんに、伝えておこう。
「退学処分、取り消しになったよ」
っと、ラインを送信。
それじゃ、寝よう。
朝になってスマホを開くと、明治さんからのラインの通知が。
「ほんと?」
本当に決まっているじゃないか。
なんだかくすっとしてしまう。
「本当だよ」
すぐに既読がついた。
部屋を出て階段を降りると、伊賀の野郎が飯食ってる。
「伊勢崎ぃ~よくあんな状況で明治のやつ助けようと思ったよなぁ」
「そりゃあ許せないだろ、テロリストだろうと大切な仲間を傷つけるやつは許さん」
「てか窓どうしたのあれ? なんで割れてんの?」
「あぁ、呉威戸のやつらが押し入ってきてな」
「えっ!? 呉威戸と烏小路!? 学校休んだんじゃなかったのかよ」
「あいつらもテロリストの一味だったんだよ」
「マジかよ~災難だったな」
呑気に飯を食い続けるなぁ伊賀の野郎。
まぁそれほど能天気でいれるっていうのは、俺を信用してくれてるってことでもあるのかな?
飯もしっかり食ったし準備もオッケー!
オールバックもしっかり整えてっと……よし!
諸々の準備が終わったところで、チャイムが鳴った。
「――明治さんっ!!」
「伊勢崎くーーーんっ!!」
ちょっとちょっと、全く。
インターホンを通り越して、割れた窓から直接声が聞こえてくるぞ。
「それじゃ行ってきます、お母さん!」
「いつもご飯ありがとうございますお母さん、行ってきます!!」
「ええ、行ってらっしゃい!」
――よしっ、学校行くか。




