39話.北極圏、突入。
円盤型の闇になった紗濤先輩は俺を上に乗せ、深夜の高校に向かって飛行を続けているみたいだ。
こうしていると、やはり先輩達の異常性が目立つ。別に気味が悪いとか人間じゃないとか、そういう事が気になるわけではない。人それぞれ個性というものがあるが、先輩達の個性は一人ひとり独特で、一人ひとり頼もしくて素晴らしい。
こんなにすごい先輩達と出会えたことを俺はまこと光栄に思う。
しかし紗濤先輩はこうしているとき重くないのだろうか。この前、宙鳶を追いかけるために沖ノ鳥島まで飛行していた時は俺と部長と副部長の三人を乗せていたのに、あんなに速く飛んでいたんだ。
なんて力持ちなんだろう。
しかし景色をみるところ、どうやらあの工場は俺達の街にある工場のようだった。
全く地元の工場すら悪用しやがって、許せなかったぜ呉威戸蛮暉の野郎。
だが奴はめでたく俺の手によって復讐された、残るは烏小路、お前だけだぜ。
深夜に高校に入るっていうのはこれが初めてだ。
上から見上げる校庭が徐々に近付いていき、そしていよいよ別棟の非常階段まで降り立った。
階段を上がり、鍵を外された窓を開け、別棟二階に紗濤先輩と共に入り込む。
……いますよね先輩?
にしても不気味だ深夜の学校というのは。
何が不気味って非常口の在り処を知らせる蛍光灯だけが廊下にぽつりとブゥゥゥーーーン……と光っているのが、怖い。いっその事あの明かりはないほうが怖くなくなるんじゃないかとすら思ってしまう。
しかしそんな不安とも部室の扉を開ければおさらばだ、暖かい光の灯ったプロレマ部の部室では、部員全員が揃っていた――明治さんを除いて。
俺の家と明治さんの家は結構近い、だからきっと先程の銃声が聞こえたときは不安だっただろう。
明治さん、俺は勝つからね。これ以上、不安な夜を明治さんには見せたくないんだ。
「伊勢崎くんっ! 大丈夫だった? おーよしよし怖かったねぇー!」
俺の姿を見るやいなやスーパーノヴァ先輩が近付いてきてわしゃわしゃと頭を撫でてきた。
「ちょっ、ちょっと!」
なんか……ウザい!
先輩気遣うならもう少し普通に気遣ってください!
「うっ、今なんかウザいって思われたような……」
「いや、け、決してそんな事は……す、すみません」
スーパーノヴァ先輩は途端にがっかりしたような顔をした。
すごく感情が表に出やすいんだな、ノヴァ先輩は……。
なんだか煙たがってしまった自分を申し訳なく感じる……。
「伊勢崎くん、紗濤から話は聞いたかな?」
「はい! その、部長命令で今から奇襲をしかけると!」
「うん、そういう事。伊勢崎くんが狙われているって知って悠長に用意している時間はないと気付いたんすよ。おまけに、いつの間にかこの学校には30個もの爆弾が仕掛けられていたんすから」
「ば、爆弾!?」
爆弾……その話を聞くのは奴の時以来か……。
しかし志島骸斗の野郎が仕掛けたのは個人で作れるちっさい爆弾、おそらく今回学校に仕掛けられたのは本物のテロリストによって作られた本格的な爆弾だったのだろう。
「島崎圭吾は間違いなくこの深夜中にも学校に攻撃を仕掛けてくるはずっす。急遽予定を変更し、今から奇襲をしかける事にした、そういう事っすよね、部長?」
「……そうだ。とはいえ、奴自身に俺達をどうこうできる力があるとは思えない。奴とてそれには気付いているはずだ」
部長の言葉を聞いた瞬間、皆真剣な面持ちになった。
一気に強張った空気に、俺は困惑を覚えるしかなかった。
ただこれだけは分かる、島崎圭吾は何かを仕掛けてくるって事だな……?
「ねぇ、もしかして私達っておびき出されていたりしませんか?」
ノヴァ先輩の不安そうな質問に、部長が鉄兜を上げた。
「そういう可能性も、少なからずあるだろうな。ただ俺達が今すべき事に間違いはない。ただちに北極へと向かい、島崎圭吾を始末する」
し、始末……。
「ということで、呑気に話している時間も惜しい。伊勢崎、天馬、超新星、これを着ろ」
部長が用意していたのは、すごくふかふかしていそうな赤色の防寒着だ。手袋も、ブーツまで。
すごく本格的な防寒具だ、これを着て北極に行くってことは、当たり前のことなんだけど、俺達本当に今から北極に直行するって事なんだよな……。
――いや、そんな事より、今誰って言ったんだ?
「あの、部長」
「何だ」
「その、超新星って誰ですか?」
部長が鉄兜を上げて指した先には、スーパーノヴァ先輩が……
ノヴァ先輩はノヴァ先輩で自分を指さして、「わたしわたし!」とニコニコしている。
「成る程……」
納得した。
「――あれ、花園先輩と紗濤先輩は無くて大丈夫なんですか?」
「私は構わないよ」
顔のない日本人形のような花園先輩は、当たり前のようにそう言った。
「右に同じ」
紗濤先輩も同じく。紗濤先輩は確かになんだか寒さを、いやもはや温度すら感じなさそうだけど花園先輩はちょっと危ないんじゃないかと心配になる。
そして皆が防寒着を着終わり、皆で非常階段を降りるといよいよ準備ができた。
「よし紗濤、行くぞ」
円盤型になった紗濤先輩に皆が乗り上げると、正に超高速で、音をも置き去りにするような速さで紗濤先輩は飛行する。
本当に、あっという間に陸地を抜けた俺達、今俺が海外にいると思うと信じられない。
ただ海の上を飛んでいると、次の陸地が見えてきた。
「こ、これは……」
「伊勢崎くんっ! 授業でやったことあるかな? これがツンドラ気候だよー!」
すごい……!
緑の大地だと思ったそれは、小さなコケのような植物の集まりだ!
雲ひとつ無い空から降り注ぐ星々の光が、北の大陸に流れる川を美しく照らしている!!
「落ちるなよ」
部長の一言に、大分身を乗り出していたことに気付く。
学校を出る時は暑苦しくて仕方なかった防寒着だが、この地域に入るとこれがとても有り難いことを知る。
こいつが無けりゃ、俺は既に凍死していそうだ。
そして俺達は、ツンドラ気候を抜け、北極に入ったのだ!
辺り一面氷の世界、空にはオーロラが浮かび上がっている!!
「き、綺麗……」
ツンドラ気候を飛んでいた時、俺はそれをただ世界の美しい場所として捉えていた。
しかし北極は違う。ここにはまるで別世界のような、恐ろしく幻想的な美しさがあった。
そしてそんな北極の氷の大地の上に、大きな灰色のテントが一つ……
「あそこに、島崎圭吾が……」
「そう、あそこには間違いなく島崎圭吾が潜んでいる。それを上から叩き潰すってわけっすよ!」
「行くぞ」
部長の声とともに、上空の闇から飛び降りるプロレマ部。
部長は手にした木刀を構えながら、テントを突き破っていく。
俺も一緒にその中に飛び降りると、そこにはプロレマ部以外の人間は誰もいなかった。
「――ゲホッ!」
俺の口から、突然血が出てきた……!?
「伊勢崎くんっ! これはッ……ゴホッ! 僕たちには大分キツイかもしれないっすね……!」
天馬副部長までもが……!
一体、一体何が起こっているんだ?
「もしかして毒ガス!?」
ノヴァ先輩の口から飛び出る衝撃的な一言。
「ああ、だろうな。換気をせねばな」
何もない灰色のテントを木刀で吹っ飛ばした部長。
そして俺達の目の前に現れたのは……黒ずくめのペストマスク!?
「フフッ、カハッ! 僕特製の新開発した毒ガスはどうだい……? たまらないだろう、この感じを見る限り、やはり即効性は十分だッ、ゴホッ!」
その人を舐め腐るかのように落ち着いた口調、烏小路驟矢、やはりお前か。
この野郎、本当にこの辺りに毒ガスを撒いたっていうのか……お前も自滅してるじゃねぇか!
ペストマスクの先っぽから、血がポタポタと漏れているぜ!?
「……しかし、えーと、君たちは、何だ?」
烏小路は、一人、二人、三人を指さした。
部長、そして花園先輩、そしてスーパーノヴァ先輩。
三人とも、全く毒ガスの症状が出ない!
紗濤先輩もいるのだが、烏小路の奴は気付いていないみたいだ。
そして当然みたいに、紗濤先輩もまた血を吐いてはいない。
そんな先輩方を見て烏小路の奴も戸惑っているようだ。
動きが固まっている。
そんな烏小路に向かって、木刀を横に構えた部長がゆっくりと歩み寄っていく。
「君は本当に、化物なんだね」
懐からハンドガンを出した烏小路だが、その弾はさも当然かのごとく部長の木刀が弾いていく。
烏小路の野郎は思考がショートしたのか動かなくなっちまった。
「島崎圭吾はどこだ」
部長の容赦ない質問に、烏小路は「さあ?」と首をかしげ両手を上げた。
烏小路の首を掴む部長。じわりじわりと力が強まっていくのが分かる。
「カッ、ハッ……!」
ペストマスクから断続的に血液が漏れ出ている。
それが首絞めによってポンプのように押し出されているのだ。
正直言って、これ以上は見たくはない……!
「ここだよ、君」
――これは……! 一度聞いたら忘れない、ゲスのように濁った低い声が聞こえてきた……!
警察服を着た島崎圭吾が、こちらを見ていやがるッ!
坊っちゃん刈りの下から覗く卑しい目が、じっとこちらを見つめている!!
そして、血を吐く俺を見てニヤリと笑いやがった!
「ここで私を始末するかね? ん?」
「当然だ」
烏小路をほっぽり島崎の元へと向かう部長。
躊躇いなく解き放たれた木刀の一撃が――
一撃と共に、何かが島崎圭吾の目の前に現れた!?
目の前に現れたそいつは島崎圭吾をはるか後ろへと突き飛ばした――
「グッハ!?」
そのあまりの勢いに吐血する島崎圭吾。
「ククク、間に合ったようだな! ハハハッ! ハーッハッハッハ!」
口から血を出しながら、島崎圭吾は笑っていた。
そして、部長の目の前に現れた、部長の木刀を防いだそいつの正体は……
大きな、白いボール?
「へ、ボール?」
スーパーノヴァ先輩も、俺と同じ反応をしている。
[...Dot, Dot, Dot, Dot, Dot, Dot, Dot, Dot,...]
浮遊する大きなボールからは、心拍数のような音が機械的に聞こえてきた……
いや、これは音声なのか?
――突然、ボールの前面から目のようなものがパチリと開いた。
黒い目には、青く光るリングが、眼球を模して光っている。
[ONE BALL]
――起動音のような何かが聞こえた瞬間、ボールの4つの斜め方向から、突然何かが飛び出してきた
そいつは、大量のマシンガンだ。
超乱射される四つのマシンガンには部長も仰け反らざるを得なかったようだ。
「……こいつ」
[Dot! Bit! Bite! More! Bite More! Dot! Bitter! Cut! Shoot! Hunt'em All! Shut All Their Life!!]
――やかましい起動音が鳴り、そして眼球の青いリングが一際強く輝いた。
[Mr.BaLL-BREAKER. Setup Complete.]
ミスター・ボール・ブレイカーと名乗るその白いボールは、起動が終わると共に部長へと食らいついたッ!
食らいついたというのも正しく文字通り、ボールから飛び出てきた二つのスパイクががっちりと部長を挟み込もうとしている……!
それをなんとか木刀で防ぐ部長だが、そこに加えて追加でボールから飛び出してきたのが先程のマシンガンッ!
そいつの銃弾をモロに食らった部長――後方に飛び退きつつ、なんとか途中からの銃弾は切り飛ばしていたものの、殆どが直撃してしまっている!
「フフフ、どうだい君ー! 君がどんな奴だかは知らないが、こちらはこちらで最強の兵器を持っているのだ!」
島崎の奴はボールの遥か向こうから血を吐きながら余裕そうに叫んでいる。
こんなボール野郎に構っている暇はない――俺たちの目的は唯一人、島崎圭吾なんだからなぁ!
部長があのボールを相手している内に俺が島崎圭吾を叩き潰しに行かないとッ!
「そう来ると思ったよ、伊勢崎くん」
――烏小路の野郎が、俺に向かって銃口をッ……。
銃声が轟いた瞬間、なんと俺の目の前にまた花園先輩が!!
「せ、先輩! 二度もありがとうございます!」
「こいつは私に任せて」
フラフラと浮遊するように移動する花園先輩は、銃弾をその身に受けながらも烏小路の周りをぐるぐると取り巻く。
「こ、これは?」
今日初めて、烏小路の口から動揺と思える声が聞き取れたな。
しかし俺すら何がどうなっているのか分からない。というより、むしろなにもないようにすら見える。
だが、それは大きな勘違いだった。
烏小路が身じろぎをした瞬間、そこからじわじわと血が滲んでくるのだ。
そして気付いた、血は何かを伝って落ちていく――見えない糸で、烏小路は縛られている!
「伊勢崎くん、今のうちに」
「あ、ありがとうございます花園先輩!」
着物にぽっかり空いた銃痕を気にしつつも、俺は島崎の元へと急いだ。
「ククッ、残念だったな伊勢崎。私はすぐ向こうにスノーモービルを用意している! そいつでこの状況から脱出することなんざ、容易い事なんだよッ!」
そして振り向いて逃げていく島崎――は、逃げられなかった。
足元に広がる大きな闇から飛び出してきた黒くいびつな手が、島崎の両足をガッチリと掴んでいるのだッ……
「紗濤先輩ッ!」
「やれ、伊勢崎」
逃げ場を完全に失った島崎圭吾。
もはやお前を守るものはもはや誰一人としていない。
「お前には色々と、聞きたいことがある……」
「や、やめろ、頼む、伊勢崎くんっ、や、やめてくれ!」
「だが、ひとまず先に――」
「いやだ、いやだぁぁぁぁ……!」
「――復讐させてもらうぜ」
島崎の腹を蹴り抜くと、島崎の身体は驚く程容易く氷の大地を滑っていった。
そして向こうに見えたのは、奴の用意したというスノーモービル!
お前が使うのには勿体無いな、こいつは。
俺が使わせてもらおう。
ちょうどスノーモービルの真下に滑ってきた島崎圭吾。
スノーモービルのエンジンは既に、準備満タンだ。
「や、やめて、やめてぇぇぇ……!」
島崎の股から、何か温かそうな液体がジョワジョワと漏れ出してきた。
醜いな、島崎圭吾。余裕そうに振る舞ってきたお前を見てきたからこそ、今ハッキリとそう思えるよ。
「――死んで皆に、全国民に詫びろ! 警察署長・島崎圭吾ォォォォォーーーーー!!!
エンジンを踏み抜こうとしたその瞬間、突如視界の上から現れた白いボール。
無機質な青いリングがハッキリとこちらを見据える。
そして、ボールの左右から飛び出す二つのマシンガン――。
「――。」




