38話.逸る血気に仕置きを仕込め、混濁に抗うリベンジャー。
烏小路驟矢、そして呉威戸蛮暉のやつらがまさかテロリストとなって学校を襲ってくるとは。
全くおっかない事この上ない。
だが、奴らも明日には島崎ついでに復讐してやろう。躊躇なく銃をぶっ放してきた奴らには、応酬としてこちらからも躊躇なく行かせてもらおう。
「アハハハ」
こうしてお母さんとテレビを見る夜も悪くはないけど、やはり明日の準備の方が大切だな。
「お母さん、ちょっと明日の準備があるから俺は――」
な、なんだこれは……?
どんどん頭がクラクラしてきて……
――激しい銃声が鳴り、我が家の窓が無残に割れた。
窓から顔を出したのは、ガスマスクの男と、ペ、ペストマスクの男……
こ、こいつら……奇襲を仕掛けてきやがった……!
「案外催眠ガスっていうのはよく効くもんなんだね」
シュコー……シュコー……
ガスマスクの向こうから、うるさい呼吸音が聞こえてきやがる。
「よし驟矢、こいつを連れて行くぞ」
「クレイド、僕たちの使命は伊勢崎を始末する事だ。今ここで抹殺するべきなんじゃないかな」
「驟矢、お前はやられっ放しで気が済むっていうのか?」
「確実な手段を取りたいだけだよ、ここまで派手に侵入したんだから手早く済ませなきゃ警察が来る」
「分かってねぇなお前は、死体が見つかりゃそれこそ面倒だぞ。ここは一旦遠くまで連れていき、じっくりこいつをいたぶってからぶっ殺すんだ」
「……フンッ。分かったよ、クレイドの言う通りにしようか」
こいつら、俺が意識の狭間を彷徨っているっていうのに、俺を殺すだ殺さねぇだって物騒な話をしてやがる……
しかしここは助かった、もし烏小路の野郎が主導権を握っていたら俺は間違いなく殺されていた……!
俺の身体が奴らに担がれる。
お母さんは、どうやら眠っただけで無事みたいだな。良かった、銃弾がお母さんに飛んでいなくて。
「伊勢崎、昼の復讐をたっぷりとしてやるからな」
復讐だって?
もしお前らが俺に余裕を与えようもんなら、俺がお前らに復讐してやる。
覚えていろ、復讐するのは、俺、だ……
「プハァッ! ハァッ! ハァッ!」
どこだ、ここは!?
何か液体が浸っていて、透明な容器に閉じ込められている!!
すごく甘ったるいにおいがするぞ、これ!!
外は霞んで若干見づらいが、どうやらどこかの工場っぽい雰囲気だというのだけは理解できる。
そして外は大分暗い、というよりはおそらく今日の深夜だ。
強いライトが一つか二つここを照らしているが、上の窓から微かに月光も差し込んでいるみたいだな。
「やぁ、伊勢崎。やっと起きたんだね」
外にいるのは、霞んで見にくいがペストマスクの烏小路か……
ガスマスクの野郎が後ろからズカズカと歩いてきて、烏小路の肩を掴み強引にどける。
そして俺の入った容器を一回、力強く叩いた。
「ブハハハハッ! 伊勢崎っ、お前が今なんでこんなところにいるか分かるかぁ?」
「……さぁな」
「昼間のお返しだ! お前が俺に恥をかかせてくれた罰だよ!」
「それなら、俺に復讐するというより、彼らに復讐した方が良いんじゃないか?」
彼らというのはもちろんプロレマ部の先輩方の事だ。
そういう理屈なら絶対に部長達を狙ったほうが良いと思うのだが……まぁ、こいつらのことだからな。
結局は俺の事をイジメる理屈が欲しいってだけだろ。
「お前がいなけりゃあんな事にはならなかったんだからなお前が責任を取るんだからな分かったナァ!?」
……な、言ったとおりだろ?
全く呉威戸のやつときたら、もう少し自分のわがままを我慢することはできないのか?
敵ながらにそう思うぜ。
「それじゃあ伊勢崎くん、君にはこれから罰を与えるね」
ペストマスクの烏小路の野郎から説明が入る。
「君が今浸かっている液体は、美味しいジュースだよ」
美味しいジュースだと? この透明のが?
確かにベタベタして気持ち悪い感触はあるが、まさかな……
「信じるか信じないかは君の勝手だけど、なんなら一度すくって飲んでみるといいかも」
それじゃあお言葉に甘えて……
う、美味い! 確かにこれはジュースだ!
「……僕がそこに毒を入れてたら、伊勢崎くんは死んでいたんだろうなぁ」
「驟矢おめぇは馬鹿か!? そんな事したら一気につまんなくなるだろーが!」
良かった、どうやら毒を入れる気はないみたいだな。
ありがとう呉威戸。短気でありがとう。
「……話を戻そうか。これからその容器が満タンの量になるまでどんどんジュースを注いでいく」
どっかから管が通してあるのだろうか、ポタポタと上からジュースが流れ落ちてくる。
「でもこのジュースはね、君の入っている容器が満タンになるまでの量しか用意されていないんだ。勿論、君の体積も計算に含めている」
「クク……」
呉威戸のやつが笑いをこらえているのが気になるな。
一体何を仕掛けようって言うんだ?
「だから、君が頑張ってジュースを飲みまくる事に成功したら、もしかしたら呼吸が可能な隙間を作ることができるかもしれないんだ。僕の言いたいことは分かるかな?」
「……ジュースが容器に満ちるまでに、俺がジュースを頑張って飲めれば生きて脱出できるってことだろ?」
「……少し違うかな。君がジュースを飲むことにより与えられるのは助けが来るまでの呼吸を確保する権利だけだよ」
「死ぬよかマシなんじゃねぇのかな!? クックハハハハハ!」
笑いが抑えきれないみてぇだな呉威戸の野郎。
しかしなぜこいつらはジュースなんかにしたんだ?
ジュースなら飲みやすいぜ、下手すればごくごく飲めちまうかも。
何か、間違いなくそれ以上の意図があるはずだ……
「じゃあ、そろそろ罰を始めようか」
来るなら来い、とりあえず俺はめちゃくちゃジュース飲むぜ。
「……と、その前に」
烏小路の野郎、何か変なものを用意しやがっている。
「これ、分かるかな」
「ククククク……!」
そ、それは……!?
「マンホールの下、町中の排水溝、人によってはペットのお店とか、色んな所で見つかるかもしれないよね……」
大量のその、黒い物質は……!
「僕は全部、マンホールとか排水溝とか、できるだけ野生に近いものを採取してきたんだ」
そいつは、ま、まさか……!
淡々と大量の黒い物質をミキサーにかける烏小路!
「うわぁーバッチィなぁーマジ! ギャハハハ!!」
呉威戸のやつ、随分と面白そうだな。
ちょっとばかし嫌な予感がするぜ……
烏小路は色の濁った液体をミキサーから大きなビーカーに移し、それをどこかにもっていった。
カツン、カツン……。
鉄の階段を踏む音が辺りに反響する。
「まぁ、ジュースは甘いからね。何か不純物が混じっていたとしても味は全く変わらず、美味しいまま飲めるんじゃないかな」
ジョボボボボボ……
何か液体を注ぐ音が上から鳴り響く。
こ、この上にジュースを注ぐ容器があるのか?
空のビーカーを持って帰ってきた烏小路は、ミキサーの側にそいつを置いた。
「おい驟矢! さっさと始めろ! 早く見たくてたまんねぇーぜ!」
「今始めるからね……」
向こう側に何やら、レバーがあるのか?
「たーんとお飲み」
――烏小路がそのレバーを引き下ろした瞬間、大量のジュースが降り注いできた!!
俺がデフォルトで浸かっていた液体はまっさらで透明の、美味しいジュースだった……だが今降り注いできているのは、なんか違うッ! 若干濁っていて、あとなんか変な黒いのが混じっている!
こいつこの野郎ォォォォォっ、ジュースになんてことしやがったんだ!?
正直、思ったさ! 上から流れてくるジュースをごくごく飲めば案外楽にいけるんじゃないかってな!
だがこの仕打ちは……いや、あいつららしいってところか。
全くきたねぇ事を仕掛けてくる野郎どもだなぁ、烏小路驟矢、呉威戸蛮暉!
「おーいおーい、早く飲まねぇと溺れ死ぬんじゃねぇのかぁ!?」
呉威戸のやつ、ガスマスクの向こうで楽しそうに笑っているのが簡単に想像できる。
しかしあまり舐めないで欲しい。
俺が今までどんなイジメを経験してきたのか分かって、こんな事をしでかしているのか?
ハッキリ言わせてもらおう、ムカデのすり潰し弁当を食らった俺からしてみりゃこんなもんは朝飯前だってなァー!
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「うぇっ、マジかよこいつ……嘘だろ」
うめぇぜ! うめぇぜ!
確かに色は濁ってるかもしれねぇ! 何か変なものは混じってるかもしれねぇ!
だがよぉ、やっぱりジュースはゴクゴク飲めるんだよなぁーーー!
「プフフフフ、アッハハハハハハ……」
「何笑ってんだよ驟矢、こ、こいつ躊躇なく飲んでるんだぜ……」
「アフフフフハハ……だから面白いんじゃん、こっ、この伊勢崎拓也という人間は、地獄のようなイジメを体験した結果あんなに汚いジュースを喜んで飲むド低俗な人間に成り下がったって事じゃないか……クッ、プハハハハハッ……」
そうだ呉威戸、しっかり見ておけ。
俺はお前が思っているような、ひ弱で臆病な人間じゃねぇ。
ましてや媚を売るために、必死こいてご機嫌取るだけのピエロになってるわけでもねぇ。
修羅の道をくぐり抜けた結果、決して諦めることのない屈強なるリベンジャーとして、今ここに君臨しているのだ!
刮目せよ、これが俺の飲み様だ……!
「プハァッ、フゥー……ここまで飲めば、もうジュースに溺れて窒息なんてことは無いだろうなぁ?」
俺の読みは命中、いや、それ以上。
なんとジュースは俺の腰辺りで止まったのだ。
「お、おい、驟矢! もうジュースはないのかよ!?」
「無くなっちゃったね、クレイド。どうやら僕たちが思っていたよりも伊勢崎はやるようだ」
激情に駆られたのか、呉威戸のやつはサブマシンガンを構えてきた。
「おっと、狙うならしっかりここを狙えよ?」
自分のおでこをつんつん、と指してやる。
「このクソ野郎ォォォォォォ!!!」
サブマシンガン大乱射、こんなもの、かわすのは余裕さ。
やはり想像通り、弾は全て上をかすっていった。
間違いなく呉威戸は俺の挑発通りに、頭を狙ってくると思っていた。
だから伏せた、伏せるだけで回避ができた。
ありがとう呉威戸。短気でありがとう。
銃弾の衝撃により容器の耐久は脆くなった。
こうなりゃもう、正面突破よ。
「オラァ!!」
一度正拳突きをすれば容器は木っ端微塵に砕け散り、残っていたジュースが辺りに吐き出されていった。
それらは当然、呉威戸と烏小路の周辺を汚す事になる。
「うわぁ、きったね!」
呉威戸の奴は動揺しているが、烏小路の奴は動じねぇ。
もうそのサブマシンガンはどうせ空っぽだろ? 諦めろ呉威戸。
さてと……
「――復讐させてもらうぜ」
呉威戸の奴は、サブマシンガンの弾切れに困惑している様子だ。
そこをすかさず拳でお仕置きだぜ。
「残念だったな! ソラッ!」
「ぐっほぉ……!」
全力を込めた腹パンにのけぞる呉威戸の野郎。
サブマシンガンを奪い取り、ガスマスクからはみ出す赤い髪の毛を掴んでやった。
そして奴の顔をガスマスク越しから――サブマシンガンの銃口で殴りつける!!
「オラッ、オラッ、オラッ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラオラオラオラオラオラオラ!!!!!」
割れるガスマスク、ようやくこいつの顔が拝めたな。
まぁ、もう青あざだらけで見るに耐えないがな。
「おまけにもう一丁、オラァッ!」
「ギャアアッ!!」
力強く下から蹴り上げると、奴の身体が空高くへ飛んでいった。
「――ゴキブリまだ残ってんじゃねぇか、貸せ!!」
ゴキブリ共をサブマシンガンの弾代わりにして弾倉に詰め、そいつを宙高く浮いた呉威戸にぶち込む!
数多に及ぶ超音速のゴキブリが呉威戸の身体へと命中し、その身体に大量の傷を作る!
――その瞬間、奴の身体から何かが落ちてきた。
なんてものを隠していやがったんだ、これは手榴弾だぜ。
これはおもしろい、やつが落ちるまでの猶予もあるしな。
手榴弾のピンを抜き、そして手榴弾の中にもゴキブリを詰めていく!!
そろそろ爆発か、いくぜ呉威戸――
「俺と、明治さんと、学校の皆に――死んで詫びることだな、呉威戸蛮暉」
呉威戸目掛けて投げたゴキブリグレネードは見事命中の後爆発四散!!
炎に包まれ、後に残ったのは汚物にまみれた無残な呉威戸の姿だけだった。
1年3組7番・呉威戸蛮暉。
お前はテロリストとなって、自分の高校の生徒の、命を脅かした。
貴様の罪はもはやイジメの域を優に凌駕していた、人の命を奪うことに躊躇のない反逆者めが。
これこそ清々しい復讐の形だ、貴様の成した手で、貴様自身を罰する。
イジメの報いを受け入れろ、それは正しく貴様自身の罪の形だったのだからな、呉威戸。
「――そして君もまた死んで詫びることだ、伊勢崎拓也」
後ろから何かを突きつけられた、この感覚、ハンドガン――烏小路の、野郎か。
この一瞬、俺の緊張はピークに達していた。
一秒が、振り向く一秒がとても長い時間のように思えた。
その一瞬後、俺の意識が永遠の闇に閉ざされるかもしれない、そんな可能性を秘めていたから。
「――だが悲しいかな、決してその銃口から弾が飛び出す事はない」
俺が完全に振り向いたその瞬間、引き金を引く烏小路を目にした瞬間、その銃口は果てしない闇に包まれていた。
そしてボトリと、闇の中から銃弾が転がり落ちてくる。
「しゃ、紗濤先輩ッ!?」
頭をポリポリと掻く烏小路。
「……流石にこれは、想定外」
――すると烏小路は紫色の結晶を取り出した。
それが一瞬強く光り輝くと、既にそこに烏小路の姿は無かった……!?
「伊勢崎、俺の到着が遅れていなければ死んでいたところだな」
いつものサイズに戻った紗濤先輩、どうしてここが分かったのか、とにかく助かった……
「か、烏小路のやつはどこ行ったんですか!? き、消えた……?」
紗濤先輩の口から答えは出てこなかった。
「……天馬の奴に感謝することだな。明日に攻め込む算段だったが、部長命令だ。今から島崎圭吾のいる北極まで乗り込み、奇襲を仕掛ける」
烏小路の手にしていた紫の結晶についてのことで頭がいっぱいだったが、紗濤先輩は話してくれなさそうだし……とにかく部長が奇襲を仕掛けるっていうんだ、乗らないわけないだろう!!
「……分かりました。他の先輩方は集まっているんですか?」
「プロレマ部の部室にな。早速行くぞ、伊勢崎」
「は、はい!」
円盤フォームになった紗濤先輩に乗る。
絶対に知りたい! 先輩達の知っていること、島崎圭吾や烏小路驟矢が行った謎の瞬間移動について……!
島崎圭吾、必ずお前から退学処分を取り消してもらい、貴様の謎もまるっと教えてもらう!
いよいよ決戦だ、覚悟しろ!
――そう意気込んではいるものの、先程見えていた奇妙な光景が頭から離れなくて仕方がなかった。
俺の側についていた、半透明でぼやけている緑のウサギが……。




