36話.プロレマ部、始動。
「では、出席を取ります」
次の日の朝のホームルーム。
あと数日で強制的に退学処分を食らうと思うと、居ても立ってもいられない。
しかしここは気持ちをグッと堪え、しっかりと高校生として、学生としての本分を全うしよう。
「――おや、今度は宙鳶さんが欠席ですか」
そう、宙鳶の奴は昨日のヘリコプターに乗ったまま、島崎圭吾の野郎と一緒にどこかへ飛び立ってしまった。
そういえば奴は逃げた時に『基地』というワードを吐いていた。
それがきっとやつらの居場所を特定するキーワードになるのだろうが、いかんせん情報が不足しすぎている。どうしたものか、俺はただ頭を抱えるしかなかった。
漠然とした数日間というタイムリミットの中で動かなければいけないのだ、できるだけ早めに決着をつけねばならない……そう考えると、今こうして真面目に学校に行って授業を受けている自分が馬鹿らしくなってきた。
かといってこのまま学校を抜け出したところで、何の情報も無いまま動いたところで徒労に終わる未来しか見えない。
何か策は、策はないのか……
「おい、伊勢崎大丈夫か?」
「大丈夫なわけあるか……」
俺は伊賀に伝えた、島崎の親父が真の黒幕であること、そしてヤツと宙鳶が一緒に『基地』へと逃げていった事を。
「じゃあ宙鳶はお前が倒したってわけじゃないのか!?」
「ああ、まんまとしてやられたよ」
「クソッ、基地だけじゃどこなのか全く分かんねぇ!」
この日の授業はあまり覚えていない。
日中に受けたイジメのこともあまり覚えていない。
俺はただ、どうすればいいのかと無駄に考えを巡らせてはただ震えがっていた。
別棟二階、その廊下の奥……部室の扉を開ける手も、重い。
しかしプロレマ部の扉が開いた瞬間、俺を迎える部の優しい笑顔で心が軽くなった。
「伊勢崎くん今日は元気ないね。またこっぴどくイジメられたの?」
スーパーノヴァ先輩が俺を慰めてくれる、それは有り難いのだが、オレの心は今、このどうしようもない問題を打ち明ける事でいっぱいだったのだ。
「助けてくださいっ! 俺、なんだか知らないけど退学処分にさせられそうで!」
「退学……?」
郷大公部長の耳に、そのワードが引っかかったようだ。
ガチャリと鉄のヘルメットが擦れる。
俺は部員の皆に、現在置かれている状況を洗いざらい話した。
「島崎圭吾にクラスメイトの宙鳶空飛亜が……紗濤」
「ああ、前にも言ったが波動は日に増して強くなっている……単なる弊害と見ていいだろう」
ただそこに佇む闇――紗濤先輩が静かに声を出す。
「その、波動とか何とか、前々から気になっていたんですけど何の話なんですか……?」
郷大公部長、そして天翔天馬副部長がハッとしたように俺を見る。
「ねぇ天馬、こうなってしまった以上そろそろ伊勢崎くんにも説明した方が良いんじゃない?」
花園木偶先輩が、白い面のような顔から声を出す。
「いいや、伊勢崎くんを退学にはさせません。そして伊勢崎くんには――何も知らないまま、平和にこの学校を卒業してほしいんっすよ」
天馬副部長からの返答は、俺の心にさらなる不安を植え付ける事になった。
「ど、どういう事ですか……?」
「悪いんだけど、そういう事。気にさせちゃうのは申し訳ないけど、俺達の口からはまだこの事については言えないっすよ」
手を合わせ、謝罪する副部長。
「ただ、精一杯のサポートはさせてもらうっすよ。きっとその宙鳶の居場所だけでも俺達が突き止めて見せますから」
「俺も協力するとしよう」
ぶ、部長、副部長……!
涙が出そうだった。
この部活がまさか、頼りの綱になるだなんて。それも俺の退学処分を防ぐために、ここまで……!
「じゃあ手始めに、宙鳶さんとの連絡手段は何かあるかな?」
「連絡手段……?」
「うん、もしあるならそれが一番手っ取り早いんっすよ――彼女たちの居場所を掴むのには、ね」
一応、ある。
「その、ラインのクラスグループに、宙鳶のアカウントはあります。ここから友達登録をして、電話をかければもしかしたらつながるかもしれません」
「それそれっ!」
初めて大きな声を出した副部長に軽く驚いてしまった。
「繋がらなくても大丈夫、電話をかけてみてほしいんだ! 絶対に居場所を突き止めてみせるから!」
副部長の謎の興奮に押されて、俺は勢いのまま友達登録と通話処理を済ませてしまった。
通話画面にはなったが、電話にはまだ出ない。
副部長はというと、ヘッドホンをかけて何かをきいているようだ。
――電話がつながった!
「やっほー伊勢崎、残り少ない学校生活楽しんでるのかなー?」
呑気な野郎だ、お前がどこにいるのか突き止めている最中だというのに――天馬副部長が。
「ああ、楽しんでいるさ。そして今後も、高校生活三年いっぱい楽しませてもらうぜ」
「フフ、馬鹿言ってんなよお前。なんで私がこの電話を受け取ったのか分かる?」
「……さあな」
「お前じゃ絶対に辿り着けない場所にいるからだよ、伊勢崎!」
「――場所が分かったっすよ、伊勢崎くん」
副部長が、唐突にそう言った。
「ど、どこなんですか?」
「太平洋の上に浮かぶ一つの島……ここは、沖ノ鳥島!」
「な、なんだって!?」
「チッ、なんでバレたか知んねーがお前じゃ絶対ここに来ることはできねぇよ、クソッ!」
乱暴に電話が切られた。通話を試みるもブロックされたのかどうなのか、一切反応はない。
「す、すごい! この反応、本当に沖ノ鳥島に宙鳶達はいるみたいだ!」
「早速向かうとするか」
「フム、俺がいなければ沖ノ鳥島まではそう簡単に辿り着けないだろう……俺も同行しよう」
部長、副部長、そして紗濤先輩が同行することに!?
「でもちょっと待ってください! 沖ノ鳥島といえばあんなにちっちゃい島で、あんなところにその……『基地』があるとは思えないです!」
「業者かなにかに頼んで沖ノ鳥島に『基地』を急造したんだろうね……!! とりあえず行ってみないことには分からないっすよ!」
そして俺達は部室を出る――
「伊勢崎くん」
この、小さく引きとめる力は……明治さん。
「無事で、帰ってきてね」
「……任せとけ」
そう言い残し、急いで四人で部室を出た。
「裏口から出るぞ」
部長が非常階段への窓ガラスを開け、階段を飛び降りる。
俺は素直に階段を降りると、そこには奇妙な影があった。
「えっと、こ、これは?」
「俺だ」
その声、紗濤先輩!?
「このように自らの闇を円形の影にする。こうすることにより、お前たちを支える飛行円盤になるというわけだ」
「そ、そんなことが……」
「ほら、伊勢崎くんも乗っちゃってください!」
俺と部長と副部長で、紗濤先輩の影に乗った瞬間、その影は形を維持したまま浮上した!
「う、うわっ!」
「アハハ、大丈夫っすよ伊勢崎くん落ち着いて。じゃあ紗濤、沖ノ鳥島まで案内を頼めるかな?」
「任せとけ」
紗濤先輩の影は超高速で空を駆け抜ける!
目まぐるしく変わる景色に頭がおいつかない。ただはっきりと分かるのは、俺は今とてつもなく速いスピードで移動しているということだ!
――あ、あれは!
「紗濤先輩! 止まってください!」
「……どうした」
止まってください、そう言った瞬間紗濤先輩の闇はピタリと止まった。
「もしかしたら、あれは使えるかもしれない……すみません紗濤先輩! 俺はあとから追いつくんで先に行っててください!」
闇から飛び降り、地面を転がる。
「おーい伊勢崎くん! 本当に大丈夫なのかい!?」
「ヤツが平気というのだから平気なのだろう。行くぞ紗濤」
紗濤先輩の影は二人を乗せ、沖ノ鳥島まで飛んでいったようだ。
――俺もすぐ、こいつで追いつくぜ!
沖ノ鳥島・上空……
確かに沖ノ鳥島には、小さな基地と呼べるほどの鉄の広場が建設されていた。
一つの小さな小屋があり、そして一つのヘリコプターが広場に乗っかっている。
おそらくはあれが、昨日宙鳶の操縦していたヘリコプター……
――そしてヘリコプターは、急浮上を始めた!
「オッサン、本当にそこまで行くんだな?」
「ああ、ここが知られてしまった以上長居はできない」
確かにヘリコプターからそんな会話が聞こえてきた……俺は決して聞き逃さなかったぜ。
まだどこかに逃げるというのか、一体どこへいくつもりだ?
絶対に逃さねぇ――
あ、あれは郷部長と天馬副部長!
ヘリコプターの上で紗濤先輩が待機しているのか!
部長がそこから飛び降り――ヘリのプロペラを木刀で止めはじめた!?
木刀は何度も弾かれるものの、どんどんとプロペラの勢いは弱まっていき、そして完全に停止した!
「お、おいオッサン! ヘリコプターが止まっちまった!」
「慌てるな宙鳶くん、こんな不備の事態はとっくに想定済だよ」
すると向こうから飛行船が飛んできた――なんとそいつは、ジェット機をぶら下げている!
「そこでジェット機を切り落とせ!」
落下するジェット機、ゆるやかに高度を低下させていくヘリコプター……そしてジェット機が先ヘリコプターに近付いた瞬間、ヤツは発した――
「ここで飛び移るのだ、宙鳶くんっ!!」
「乗り遅れるなよオッサン!!」
二人で飛び乗ったジェット機――ヘリコプターはそのまま急降下し、海の中へと沈んでいった!
「クッ、流石にこれは想定外だな……」
海の上で、部長はそうつぶやいていた。
ジェット機はエンジンを蒸かし始め、そして急激に温まったエンジンによりジェット機は高速発進を始めた!
「クゥッ、紗濤、ここは追いかけよう!」
「――俺に任せてください! 部長、副部長!」
やはりこいつが役に立つか、逃がさねぇぜ宙鳶!
「さぁ宙鳶くん、やはり運命は我々に味方してくれている! このまま赴くのだ、真の基地へと!!」
「アハハハハ! どうやってここを突き止めたのかは知らないが残念だったな伊勢崎ィ! このまま私達は遥か遠くの北の果てにまで逃げさせてもらうぜェー!」
「――いいや、お前達はここで俺に復讐される運命だ」
「……そ、その声は、伊勢崎ィ!?」
そう、俺は上空からたまたま見つけてしまったんだ……この戦闘機を!!
ジェット機と戦闘機では圧倒的な違いがある、それは――
「復讐させてもらうぜェ、食らえエエエエエエエエエエエ!!」
バババババババババババババ!!!!
両翼に備え付けられた機関銃が目前のジェット機にダメージを与える!
「伊勢崎の野郎ォ、私を舐めやがってコンヂクショオオオオオ!」
残念だったな宙鳶、そして島崎圭吾!
数多の攻撃によりスピードを落としてきたジェット機、もう勝負はついたようなもんだ!
「死んで俺に詫びろオオオオオオオオオ!!!」
「なめんじゃねえ伊勢崎イイイイイイイイ!!!」
ジェット機は急旋回を始める――だが遅いなァ!
戦闘機はジェット機の後ろから激突――そのまま宙鳶共の乗るジェット機を貫いた!!
「ギャアアアアアアアアアアアア!!!」
――大きな爆発の中から轟く悲鳴。どうやらこれで、宙鳶のやつも島崎圭吾のやつも完璧に沈んだようだ。
1年3組28番・宙鳶空飛亜。
容赦ないイジメっぷり、そしてヘリコプターからジェット機の乗り換えなどという躊躇のない行動……
お前は正しく悪に従い悪のために働く、他の奴らとは違う純粋悪だったみたいだな。
イジメの報いを、そして正義の制裁を受け入れろ。
そして、警察署長・島崎圭吾。
お前はそれをも凌ぐ、現代社会に潜む巨大な悪だったよ。俺がいなければ、きっとヤツは多くの人間を蹂躙していたことだろう。
不正な退学処分……その復讐だけじゃ、ちと足りないよな。
己の命をもってして贖いを行え、島崎圭吾。
それが貴様の、唯一積める善行なのだからな。
俺達は一旦、沖ノ鳥島の上に急造された基地の上で情報を集めることにした。
「もしかしたら島崎圭吾のやつ、ここになにか残してるかもしれないっす」
天馬副部長がそう言うもんだから、四人で基地の上に建っていた小屋の中に入る。
「これは、ノートパソコン?」
そこにはポツリとノートパソコンが置いてあり、突然電源がついた。
映っていたのは……島崎圭吾、だと!?
この背景は、この寒そうな場所は、南極か!? それとも、北極!?
「やれやれ、危なかったよ伊勢崎くん……見ておくれ、袖がこんなにも焦げてしまった」
「……これは」
副部長の顔が、笑った。
「おや、見知らぬ顔があるね。そいつらは誰だい、君のお仲間かい、ん?」
「へぇ、一瞬で北極にたどり着いたんすね、島崎圭吾さん……どうして僕達が驚いていないのか、分かりますか?」
その瞬間、島崎圭吾の顔は大きく歪み、青ざめ、ブツリとノートパソコンの電源が切れてしまった。
「――学校に戻りましょう、部長。紗濤。伊勢崎くん」
「は、はい……」
一体、どういうことなんだ?
先輩達は、一体俺に何を隠している?
一瞬で北極に辿り着いた事に関して、納得しているだと!?
退学処分をまだ取り消せない事実については、焦んなくっちゃあいけない。
だがしかし、俺はそれ以上に気になる!
先輩達は……一体何を知っているんだ!?
プロレマ部とは、一体何なんだ!?
今更すぎる疑問を抱えつつ、俺達は紗濤先輩の影に乗って高校へと飛行していく。
「それにしても、伊勢崎くんってあんなに勇気のある行動ができたんすね、見直したよ」
「ああ、伊勢崎がいなければ奴らを取り逃がしていたというのは事実だ」
「お、お役に立てたなら幸いです!」
こんな怖い部長に褒められるなんて、そして副部長に評価されるだなんて。
思ってもいなかった。
学校に着くまでさほど時間はかからなかった。
ちょうど、部活が終わる時間だ。
部室に入った瞬間、何かが抱きついてきた。
「伊勢崎くんっ! 良かった、無事でっ……!」
「アッハハ、大げさだよ、明治さん」
誰かに心配されるというのはすごく嬉しいことなんだって、明治さんのおかげで分かったよ。
「さて、島崎圭吾は現在北極へ逃亡中だ」
「沖ノ鳥島じゃ無かったの?」
「木偶ちゃん、島崎圭吾はそこから北極まで一直線で移動したんだ」
「――そう。そういうことなんだ」
プロレマ部の皆は謎の共通認識を持ったまま話を続けてるみたいだ。
相変わらず天馬先輩は優しい笑顔で話を続ける。
「ただ、北極は北極でも正直それだけじゃどこにいるのかは分かんないっす」
「奴は相当焦っていた様子だった……」
紗濤先輩の言葉に、天馬副部長は頷く。
「そう、きっと事情を知ってる俺達を明日にでも始末しようと思うんじゃないすかね?」
「そ、それってつまり、高校まるごと!? ちょっとちょっと伊勢崎くん達の平和な高校生活はどうなっちゃうの!?」
「それを守るのが、俺達の役目じゃないっすか」
副部長の話にうろたえるスーパーノヴァ先輩。
白いメッシュの入ったピンクのツインテールが、心配そうに垂れ下がっている。
「攻撃を仕掛けてくる人たちは島崎圭吾の情報を何か掴んでいるはずっす。伊勢崎くん、明日一日くらいならきっとまだ大丈夫っすよね?」
「は、はい、きっと……」
退学処分までに数日、明日で2日目だ。
数日がどれほどの時間を有するのか定かで無いのが、精神的にとても辛い!
「ということで、明日は来たる敵を待ち受ける事に専念すること!」
副部長の話に、部長が続く。
「事は急を要する。できるだけ早めにカタをつけ、伊勢崎拓也の退学処分を取り消してもらう事が第一優先だ」
一瞬の静寂の後、静かに部長が解き放つ。
「プロレマ部の本格的な始動を、ここに宣言する」
一斉に湧き上がった部内――といっても、乗っているのは副部長とスーパーノヴァ先輩で、紗濤先輩と花園先輩は無言なのだが。
「勿論二人は何もしなくて大丈夫っすよ。俺達も黙っているわけにはいかなくなったっすから、全部俺達に任せてください!」
「あ、ありがとうございます!」
頼もしいと思う反面、俺も何か役に立ちたいという気持ちがあった。
明治さんは、何も言葉を発しない。
帰り道、何の言葉もないまま俺の家の前まで着いてしまった。
「……伊勢崎くん」
「何?」
「このまま退学に、なっちゃうのかな」
「まさか、こんな理不尽に負ける俺じゃないさ」
「……あ、明日っ、学校でねっ」
その声は微かに震えているように感じた。
「うん、明日、絶対に会おう」
大丈夫だよ、明治さん。
明治さんが望むなら、俺は退学にされたって学校に行ってやる。
だから、安心して。
――なんて、実際に言葉に出せたらもうちょっとかっこいいのかもな。




