35話.狂気の双翼よ、我が運命に必定の活路を。
島崎圭吾、44歳、警察署長。
島崎健吾と親子揃ってイジメが大好きなクズ野郎。
俺はどうにかして奴を見つけ出し、この拳で説得し、退学処分を取り消させなければならない!
奴の本拠地はきっと、昨日の繁華街にあった警察署。早速今日にでも行きてぇところだな。
ひとまず教室に戻ろうとするが、これは中々ひどいな。
なにせ全ての窓が割れているもんだから廊下にガラス片がバラバラと散らばっている。
これは上履きがなけりゃあ足の大怪我間違いなしだ、おっかねぇぜ。
教室の目の前、割れた窓の前に肘をつき空を見上げる女が一人。
その黒いポニテの女は青く輝く瞳をこちらへ向けると、ゆっくり笑った。
「伊勢崎じゃん、滑はどうしたんだよ」
「学食行っちゃった……」
「ふーん?」
限りなく自然に近付いてきた女は、突如俺に肘鉄を食らわせてきた。
「グッハァ……!!」
「じゃあ伊勢崎は今はフリーって事ね!!」
うずくまった俺の顔を頂点からガッツリと蹴り落としてきやがる!!
たまらず地面に這いつくばる形になってしまった――
「ブゲゥッ!!」
「あーこれこれこれこれやっぱり気分が良いわぁ伊勢崎ぃ! 伊勢崎の頭はやっぱり私よりずーーーっと下に無いと落ち着かないわぁぁ!!」
足でグリグリと俺の頭を踏んづけてくる。
地面に散らばったガラスの破片が顔にザリザリと擦れて痛いってもんじゃない!!
ようやく解放されたその瞬間、顔を上げた俺の視界は真っ赤に霞んでいた。
「はー楽しいッ!」
――横からやってくる蹴りに頭を吹き飛ばされ、転がる形で教室に入ることになった。
「ギャハハハハハッ! 伊勢崎の野郎面白い入り方してきたぜぇぇぇ!!」
「いよいよ頭がおかしくなっちまったんだ伊勢崎のヤツ!」
「何アレきもー、めっちゃ血ぃでてんじゃーん!」
「もうこうなりゃ全身で血祭りにあげてやろうぜおめーら!!」
熾烈なるイジメが繰り広げられる。
こんな形で教室に入ったってのに容赦がない、こいつらは。
俺の顔にガラスを擦り付けてくれたあの女は、1年3組28番・宙鳶空飛亜。
すぐに俺と奴との上下関係を分からせにくる、いかにもって感じのやつだ。
俺へのイジメを率先して行う根っからの極悪人の内の一人。
つまりは救いようのないヤツってことだ。
躊躇なく俺の顔にガラスを塗り込もうとするところからも分かるよう、中々ネジが外れてるヤツだ。
だから俺は特にヤツが苦手だった。
――今もそうだ、クラス中が俺を血祭りに上げてる所にガラス片を持って参加してきた。
こいつ、ブッ飛んでやがる。更に俺の顔を傷つけるつもりだ。
クソッ、このままでは気を失ってしまいそうだ……
だ、誰か、助けてくれ……
「助けて……くれ……」
「助けなんて誰も来るわけねーだろバーカ!」
伊賀、安藤、狐鶴綺さん……頼む、だ、誰でも良いから、た、助けてくれ……
「助けてぇぇぇぇ……!!」
「いくら呼んでも無駄だぜぇ、ギャハハハハ!!!」
せ、先生いいいぃぃぃぃ!!!!
「助けてくれぇぇぇ!!」
「無駄だっつってんじゃん伊勢崎」
宙鳶の握ったガラス片が容赦なく俺の顔面に突き刺さる。
だ、誰も助けに来ねぇ……
こんな時、こんな絶体絶命のピンチの時、誰かがちょうどよいタイミングで、映画のヒーローみたいに助けてくれるのが普通だと思っていたが……や、やっぱり人生……うまくいかない……みたいだ……な……
――いや。
違うんだ。
誰かに助けを求めるべきではないんだ。
俺の道は、俺で切り開かなければならない!!
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
轟く金切り声、耳をふさぐクラスのいじめっ子共、俺はそのスキを伺ってこの地獄のような場所から脱出し――
「はいはいストーっプ」
立ち上がろうとする俺の頭を無理やり掴み、地面に押し込むそいつの正体は……この恐ろしく無邪気な、友達と冗談でも言い合っているみたいに話しかけてくるこいつの正体は……
宙鳶、空飛亜だった。
「這いつくばんなきゃダメで――しょッッ!!!」
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
目にガラスを刺された!!
こいつ、狂っていやがるうううううううう!
「ごめんなさいいいいいいいいいいいい!」
「アッハハハハハ! アハハハハハハハ!!」
笑う宙鳶、その異様な光景には流石のいじめっ子共も息を呑むようで、誰も手出しはしてこなかった。
ただ宙鳶一人だけが淡々と俺の身体を傷つけ、俺は朦朧とした意識の中で鋭く襲いかかる痛みを自覚しながらじわじわと眠りに落ちるしかなかったのだ。
……ここ、は?
随分と何か、とてつもなく臭うぞ!!
「ゲホッ、ゴホッゴホッ!」
むせ返りながら起き上がり、俺の今立たされている状況に驚愕とする……
ここは、ゴミ捨て場……?
そうか、結局誰も助けには来れなかったのか……
それにしてもここは、学校内のゴミ捨て場だとかそんな生ぬるいもんじゃない、どこもかしこもゴミまみれで、本格的なゴミの集積場というか、そんな感じの場所だ。
誰にここまで運ばれた?
考えられる可能性は、やはり宙鳶の奴か?
他にここまで大胆なことができるやつは考えられない。
もうすっかり暗くなってしまっている、とにかく家に帰らないとまずい。
お母さんを不安にさせるわけにはいかない。
早くこの集積場を脱出しなければ!!
鍵のかかったフェンス状の扉を飛び越し、俺は街に出た。
ここは、あの繁華街……?
もしかしたらもしかするかもしれない、ひょっとしたらこれは紛れもない偶然であり、紛れもない幸運であるのかもしれない。
島崎圭吾、ヤツを探し出す絶好の機会だ。
今ならばきっとやつも油断しているはずだ、きっとやつはここの繁華街にある警察署の署長に違いない。
そうと決まれば早速探しに行こう!
周りの目が少しだけ気になるな。
まぁ、それも無理はないだろう。滑にやられ、宙鳶にやられ、俺の身体はボロボロだ。
そんな事を気にしていられる暇はない、今はただ、ヤツを探すことだけ考えていたいんだ。
ドンッ!
「いってぇぇぇぇぶつかったわこれ骨折れたわ――」
「――大丈夫か?」
調子に乗ったチンピラめが、振り向いた瞬間子犬みたいに怯えやがって。
「警察署を、探しているんだ。どこにあるか分かるか?」
「あ、そ……そっち。大丈夫っ、すか? な、なんか、事件ですか?」
成る程向こうか、すでに大分近い所に来ているのかもしれないな。
チンピラの指し示した方向に、確かに警察署があった。
自動ドアが開いた瞬間、受付に奴の姿が見えた。
名札には島崎と、はっきり書かれている。
「――来ると思っていたよ、伊勢崎くん」
渋い顔の男が、余裕そうな目つきで俺を見る。
「島崎圭吾……退学処分を取り消せ」
「フフフ、それは無理な話だ。今日の話は聞いたよ、息子が大怪我をしたそうじゃないか。あれは君の仕業だろう?」
「そんな証拠がどこに――」
「宙鳶、空飛亜くんだっけか。彼女から事の顛末は聞いている。どうやら彼女は君の蛮行をずっと見ていたそうじゃないか」
それは、嘘だっ……!
俺が島崎を使って窓を割った時、その内に人の影が見えた事は一切無かった。
しかしここでヤツの口から宙鳶の名前が出てきたということは、確かに宙鳶がこいつに話をしたということになるのか。
じゃあ、本当なのかっ……!
しかし宙鳶の野郎は一体どこから俺のことを見ていたんだ!?
なんて今更考えても仕方ねぇ! 俺が今すべき事は唯一つ! 島崎圭吾、貴様に裁きを下しにきたんだ――
「そこでよしておいた方がいいんじゃないかね」
俺の拳の風圧に、奴の警察帽が飛ぶ。
坊っちゃん刈りのヘアーの下から、奴は鋭くこちらを見据えていた。
「そうだ、それが賢明だ」
この島崎圭吾とかいう警察署長、なんて野郎だ……一瞬でピストルを抜き、俺に狙いを定めてきやがった!!
「その傷からするに、これがトドメの一発になってしまうかもしれんからな?」
「……お前の息子から、全て聞いた! このクズめ!」
「ハハッ」
パァァァンッ!!
「グアアアアアアアアアアアアアア!!!」
こ、この野郎! 俺の手を撃ちやがった!
容赦がねぇ、こいつ!!
「大人しく帰っておいた方が身のためだ」
手を庇うよう倒れた俺に、ためらいなく、再び拳銃をつきつける島崎の親父。
「いいじゃないか。君が退学したところで学生のオモチャが一つ無くなるだけだ、私が潰したところで何も変わりはしないさ」
この野郎、正気か……
しかし、俺は諦めたわけじゃねぇ。まだ、勝機はある……!
「だからと言って、人間、それも学生だ! 学生に向かって、銃をぶっぱなすというのは警察署長がしていいことじゃあないと思うがなぁ……!」
「立場を弁えていないようだね、伊勢崎くん。君はこれから私のオモチャになり、生涯に渡ってイジメられる運命なんだよ。島崎家によって弄ばれる運命の奴隷になるのだ!」
パァァァンッ!!
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
「ハハハッ、もう一発命中だなぁ?」
「……た、助けてくださいっ!」
「助けを呼んだって無駄だ、今ここには私と君の――」
「島崎署長……?」
「な、その声は!?」
そう、俺は隠れて110番通報をしていた!
そしてやつに知らず知らずのうちに自白をさせていたのさ!
「繁華街の警察署です! お願いです助けてください!」
「ご安心ください今そちらに警官が向かっております!」
ぞろぞろと警察署に警官がやってくる。
そして、血まみれの俺と拳銃を構えた島崎署長を目撃する!
「しょ、署長!?」
「――動くな! 署長といえど、それ以上はさせない!!」
「く、クソッ! 小僧め、生意気な!」
「破滅する運命だったのはどうやらお前みたいだな、島崎圭吾。銃を捨て、警官の言葉に従う事だ」
どうやら諦めたようだ。島崎は拳銃を床に捨て、手を上げ、ゆっくりと俺を跨ぎ、自動ドアの前に立った。
「こちらに来るんだ、島崎圭吾。もはやお前は包囲されている」
ただならぬ気配にざわつく繁華街。
スマホでパシャパシャと島崎逮捕の瞬間が撮影されている。
お前の敗因はただ一つだ、その傲慢な態度が貴様自身を無駄に慢心させ、スキを作ったこと。
遅かれ早かれ、お前みたいなクズ野郎は必ず正義の鉄槌によって正しき審判を下されるのが世の常だ。
それが少し、早くなっただけだな。
島崎圭吾、権力を用いイジメを行うと試みた未熟者め。権力によって踊らされた貴様の運命は公的な審判の元に決されるだろう。
これにて決着だ。じき、奴の不正な退学処分も取り消される。
明日から、清々しい気分で学校に通えるな。
「――全く、してやられたもんだ。しかし私も、既に連絡は終わっている」
……なんだ、この騒音は?
ひどく大きな音が繁華街中に響き渡り、激しい突風を生む!!
こ、これは、一度だけ聞いたことがある……ヘリコプターの音だ!!
「梯子だオッサン!!」
この邪念無く澄みきった声は、宙鳶!?
空から投げ出されたのは、柔軟性のある縄梯子!
「ハッハァー! ご苦労だったよ宙鳶くん! このまま我々の基地まで行くぞ!」
「伊勢崎ィィィーーー!!!! お前は私達に勝ぁったと勘違いしたみたいだが残念だったなぁ!!」
縄梯子に手をかけた瞬間、島崎圭吾の身体は宙へと大きく浮上していった!!
「あ、あいつら、信じらんねぇ……!」
思わずそんな言葉も出ちまう。
「クソッ、降りろコノヤロー!」
「全員、撃てーー!!」
空中に向かい発砲する警察官達、しかしその弾はことごとく当たらない。
「運命は我らに味方している! 貴様らがいくら撃ち込もうと当たるはずもないわァー!」
「お前は一生私よりも下の地面に這いつくばっていろォ伊勢崎ィー! アッハハハハハハハハァ!」
「これで退学処分は予定通りに行われる! 伊勢崎くん、少しの間だが楽しませてもらったよ! きっともう二度と会う事はない! さらばだ! ハーッハッハッハッハ! ハァーーーッハッハッハ!!!」
夜の闇の中にヘリコプターは消え、繁華街には静寂だけが残った。
「クソッ、逃しちまったのか……!!」
こんな事が、ありえるのか……?
ヤツは俺に一杯食わされ、俺もヤツに一杯食わされたってとこか……
どうにかしてヤツの居場所を突き止められなければ、このままでは退学が決定してしまう。
猶予は数日、全く時間がない!
それでも俺には、絶対にヤツを見つけ出し叩き潰すという意志がある!!
その誓いをこの胸に湛える限り、俺は決して屈しない!
見ていやがれ島崎圭吾、宙鳶空飛亜! 俺は必ずお前たちを見つけ出し、復讐してやる!




