34話.全身全霊レジスタンス、イジメのルーツを削ぎ落とせ。
俺が、退学処分だって……?
「ちょっと待ってくださいよ先生! 俺は何もしてない! 悪いのは全部あいつらだ!」
「ええ、分かっています。しかし私の権限では、どうすることもできないのです……」
境太郎先生の額にまで汗が浮かび上がっている。
「じゃ、じゃあ俺は一体どうすればいいんですか! こ、校長と話をさせてください!」
「校長は現在、ここを離れております……」
「校長先生は今どこにいるんですか! 直接会って話をして、この誤解を解きたい! そしてこの学校には今、陰湿なイジメがあることを知らせたい!!」
背筋が凍えるように冷たい。
意味も分からず学校を退学にされるなんてそんな事は絶対にごめんだ!
「お伝えすることは、できません」
先生の解き放った言葉はひどく冷酷だった。
「どうして!!」
「現在校長の居場所を明かす事は、禁止されているのです」
「じゃあ俺は校長以外の誰と話をすればいいんですか!!」
「……伊勢崎くん」
――先生、どうしてそんなに、
「誠に申し訳ありません」
冷たい目をしてるんだよ……!
「クッ、今日は学校にいてもいいんですか……?」
「構いません、退学処分には数日程の時間がかかりますので」
「分かりました。それまでに俺がどうにかしてみせるッ!」
勢い良く職員室を出て教室に行く。
まだまだ朝のホームルームが始まるまで余裕がある。
この時間に明治さんがいるというのはとても珍しい事だ。
滑調のやつ、俺の左斜め後ろ、その一つ後ろの席から俺を見てニヤニヤしてやがる。全く、学校では帽子ははずせってんだ。
それよりも気になるのは、左前にいる島崎健吾の野郎だ。いつもはパシリらしくヘラヘラしてやがるが、今日は奴に似つかわしくないニヤニヤとした笑みを浮かべている。
間違いない、やはりこいつとあの警察官は、ほぼ間違いなく関係がある!!
「い、伊勢崎くん。なんだか顔色が悪いようだけど、ど、どうしたの?」
島崎の野郎……俺に直接話しかけてきたのはこの一ヶ月でこれが初めての事だ。
開口一番がそれって事は、全て知っているってわけだ。
「そりゃ毎日イジメられてたらこんな顔にもなるよ……お前たちに、イジメられてな」
「アハハ、ごめんね……」
口元を笑わせながら、おかしそうに笑っていやがる。
その坊ちゃん刈りヘアー、むしり取ってやりたいぜ。
「おい、伊勢崎。先生に何言われたんだ?」
伊賀からの内緒話の持ちかけ。小さく二人で会話をする。
「いや、なんだか知らないけど俺は退学にさせられるんだと――」
「プクククッ……!」
あからさまに笑ったのは、島崎の野郎だった。
「い、いや、なんでもないんだよっ? ふひっ」
聞き耳立てておいて、それはないだろう。
いますぐこいつに復讐してやりたいところだが、ここでやるのは得策じゃない。
なんたっていじめっ子共はこのクラスにわんさかいる。そいつらが加勢し俺は集団リンチに遭うというのがオチ。
奴らが仕掛けてくるのを待つ……つまり、昼休みだ。
昼休み、全てを決してやろう。
そして、根拠の無い退学処分などという理不尽な現実に俺は決して屈したりはしない!
昼休み、滑のやつがイジメられてた俺を廊下に連れ出す。
勿論、そこには島崎の見張りがついている。
いつもいつも教室の外で見張りなんていう陰湿な事をしやがって、気色が悪いったらありゃあしないさ。
「お前、昨日は良くも俺達のことをDisっちゃってくれたね?」
「それはお前らがDisりラップを始めたからだ、俺もラップで返すってのが道理だろ?」
「うるせぇな、おめぇ」
俺の顔をひっつかみ、廊下の窓にガシャンと叩きつけてくる滑。
その衝撃で窓が割れ、俺の額から血が流れ出てしまう。
「お前がすべきは懺悔のラップな? Disってくるとかお門違いだわ。おい島崎!」
「はいっ!」
――島崎の野郎、巧みに縄を!
俺の首にロープが引っかかり、滑が端っこを掴んだ。
「つーことで、お前学校中引き回しの刑に確定!」
島崎が教室内からスケボーを持ち出し、滑に渡す。
黒いスケボーに乗っかり、ロープをひん掴んだまま学校中を走破しようと試みる滑。
俺は首を引っ張られ、廊下を引きずり回されるという地獄のような体験に苦しんで仕方がなかった。
しかし、これは全て滑への復讐を行うための余興にすぎねぇ。
階段を器用に降り――
「ぎゃっ! ぐっ! ぎぃっ! ぎゃあっ! 痛いィィィっ! やめてぇぇぇっ!!」
後頭部に衝撃が走りやがるッ……一段一段、階段の角に頭をこすりつけられるっていうのは辛いものがある。
痛みが蓄積し、自然と涙が出てきた。
俺の顔は真っ赤で、涙でボロボロなのだろう。
よだれも鼻水も垂らしつつ。
「ハハハッ、やっと自分の立場を思い出したな伊勢崎っ。おめーとラップなんてもうしねーから。ここでお前ボコボコ確定、病院行ってる間に退学だから安心しなっ、バーカ」
――こいつ、なぜ退学の事を知っている?
ぐちゃぐちゃな顔面をしつつも、頭の中は至って冷静だ。復讐の機をうかがうためにな。
やはり、島崎の奴が関係しているとしか思えねぇ。
その島崎はというとスケートの後を追いかけて笑っている。
スマホで写真なんかもちゃっかり撮っちゃってる。
玄関を抜け、裏庭を引きずり回し、グラウンドを引きずり回す。
そして俺達はいよいよ体育館の中へとやってきた。
「伊勢崎ぃ、まだ生きてるかぁ~?」
「痛いよぉ、もう、やめてくださいぃぃぃぃ!」
「アッハハハハ……無理、死んどけゴミ崎」
体育館の床は滑りが悪い!!
俺の身体は良く跳ね、生傷がどんどん増えていきやがる。
――そして、いよいよこの時がきた。
ずっと待っていた、この復讐の機会をな。
「――あ?」
「そ、そんな……! 滑さん、な、縄がっ……!!」
学校中引きずり回しの刑とは笑わせる。
俺は悶えるフリをしつつ、ずっと縄にダメージを蓄積させていたんだぜ。
そしてそれが今ここで、ついに千切れた。
未だ輪っかのかかってる首のロープを引きちぎり、後ろに投げ捨てる。
島崎の奴は、後ろでアワアワしているだけだ。パシリはパシリらしく、そこで黙って大人しく見とけ。
「さーてと、おい滑」
おもむろに立ち上がる俺を見る滑の顔は戦慄に歪んでいた。
「どうした、何ゴミ崎にビビってんだよ。いつもみてぇにニヤニヤ笑ってみたら?」
「こ、このっ――」
苦し紛れに繰り出した拳。
傷だらけの俺だが、そんなもんを受け止めるのは余裕だ。
「ぐあああああああああっ!!!」
受け止めた拳を力強く握り潰す。
メシメシとなる拳に悲鳴を上げている。
そのまま首根っこを掴み、グイグイと体育館の端まで押しやる。
「お、おいっ、離せっ、離せよぉっ!!」
一人だとこんなにも無力なんだな、お前は。
「指笛でも吹いてみたらどうだ? 仲間が来てくれるかもしれねぇぞ?」
「――お、おい! 島崎ィィ!!」
「ヒ、ヒィッ!」
島崎のやつは後ろでおしっこでも漏らしてるのかな。一切動いてる気配はない。
ただ俺に首根っこを掴まれる滑を傍観しているだけにすぎない。
「全く、信用できない仲間だね、ねぇ?」
「黙れっ!」
体育倉庫の扉を開け、その中に滑を放り込む。
そして中にあった麻袋の中に滑の身体をぶち込み、縄で入り口を縛る。
「だ、出せーっ!! ここから出せー!!」
「全く、全然抵抗もできないくらい震え上がっちゃってさ、一人じゃなんにもできないんだね」
じたばたする麻袋の中の滑。
ラジカセを取り出し、音量マックスにする。
「さーてと、復讐させてもらうぜ」
お前のために作ってやったリミックステープだ、感謝して聞けよ?
「――YO! 滑調雑魚♪ 雑魚♪ バカ♪ ボケ♪ ゴミ♪ クソ♪」
「生きる価値なし♪ ゴミムシ♪ ウジムシ♪ クソ野郎♪」
「なっ、なんだよこのラップゥ!!!」
「お前のために作ってやった俺のDis-REMIXだ。たくさんあるから良く聞くと良い」
もう一つラジカセを取り出し、リミックステープを再生する。勿論、音量マックスで。
「お前のラップダダ滑り! イジメの人生楽しいか? 復讐復讐されちゃった! 弱虫雑魚虫滑の調!」
ラジカセを5つ、全て最大音量にしてガンガンにかけてやる。
悶える麻袋、当然逃げる事なんてできない。
「じゃ、お前のために作ったリミックスだから最後まで聞いてくれ」
当然、ループさせるがな。
「じゃあな、滑」
「やめろっ! 俺をここから出せッ! 出せよぉぉぉ!!」
じたばたしているようだがそんなに麻袋の中で悶たってなんの意味もない。
体育倉庫の扉を閉め、ヤツを永遠のDisの中に閉ざしてやる。
「弱虫! 敗北者! 無能! 能無し! 群れるしか脳のないクソ雑魚モンキー!」
「やめろ……やめろォっ……!!!」
「気持ち悪い、顔も見たくない、最低最悪の人間、滑調!」
「いやだ聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!!」
「死んで俺に詫びろ♪ 死んで俺に詫びろ♪ 死んで俺に詫びろ♪ 死んで俺に詫びろ♪」
「やめてくれえええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
体育倉庫から響き渡る懺悔の叫び声。
どうせあいつは麻袋の中だ、じき酸素不足になってくたばるだろう。
1年3組11番・滑調。
ストリートボーイを気取ってたようだが、その実態は一人じゃなにもできない単なる粋がり野郎だったようだな。
懺悔と共にまどろみに消え、罪と共に眠りに落ちろ。
「さて、と……」
「ヒッ、ヒィッ!」
ところで、一番話を聞かなくっちゃあいけないのはお前だよなぁ?
島崎、健吾。
坊っちゃん狩りヘアーが汗でへばりついてやがるぜ。
「なんで俺が退学処分にされかけているって、知ってるんだ?」
「な、何のことッ!?」
声が上ずってるぜ。
「嘘つくの下手すぎだろ島崎、なぁ……」
首根っこを掴み、その顔面に一発パンチを叩き込んでやる。
「ブゲァッ!?」
「なんとか言ってみろ、なんで俺が退学処分を受けていると知った?」
「――ヘッ、ヘヘッ」
鼻血を出しながら、島崎は笑っていた。
「いいよっ! じゃあ全部教えてあげるッ!」
弱々しくなんとか立ち上がりながら、こちらに指を指す島崎。
「僕のパパは警察署長だっ! 島崎圭吾、44歳ッ! 好きな食べ物はビールとカニ味噌ッ! 休日は家族とテレビを見ながら酒とツマミを楽しむのが大好きな子供思いの優しいパパさっ!!」
警察官ッ……!!
やはりこいつ、関わりがッ……!!
「ハハッ、そうだよ伊勢崎くんっ! 全て君の想像どおりだ!! 僕のパパは、子供と同じくらいイジメが大好きなのさ!!! 君の話をした瞬間、君の顔を見せた瞬間、僕のパパはこれ以上無い程に卑しく笑っていたんだぁっ!!」
狂ったような目で、笑っていやがる。
息を荒らげて、まるで告白を楽しんでいるみたいだ。
「そして昨日、パパは君が繁華街を歩いているという弱みを握った!! 君をイジメる絶好の機会!! 僕のパパは、持ちうる権限を全力行使して君を退学にさせるという他の皆には真似できない最高のイジメを繰り広げたんだァァッ!! ハハハハッ!」
「笑えねぇぞ、テメェ……」
「伊勢崎くんっ、君は僕をやっつけたところで何も解決しない!! 絶対的な権力のもとにイジメられて、無様に退学する運命なんだよぉぉぉおぉぉぉぉおおおおお!!!!」
親子揃ってクズってことか。
こいつには、相当の恨みが積もっている。
なんたってこいつは常にイジメを支える存在であるパシリを担っていたんだ。
貴様の罪は何者よりも重く、そしてその罰もまた当然重くあるべきだ。
――しかし話を聞くに、もしかするとイジメの情報はこいつの父親が全て握りつぶしていたのかもしれないな。
全ての悪の根源は、こいつにあるのかもしれない。
「――まずはきっちりお前の罪を裁かなきゃいけないよなぁ?」
「ヘッ、ヘヘッ、無駄だよっ、無駄だって分かってるんでしょ――」
奴の首に、体育倉庫に入ってあったロープをくくりつける。
「ぐえっ、な、何するのっ」
「復讐、させてもらう」
滑の残したスケボーを利用し、同じように島崎の野郎を引きずり回してやるッ!!
「グエェェェェッ!!!!」
苦しいだろう、首を吊られたまま引きずり回されるのがどんな気持ちか分かったか。
そのまま学校中を引きずり回してやる。
「同じことを、僕にもやるつもりかっ!?」
「――まさか」
スケボーは床を走る。
そんな常識に囚われている奴は、学校中引きずり回しという生ぬるい刑しか思いつかないのだろうな。
お前が今から受ける刑罰は――全窓引きずり回しの刑だ。
「オラァッ!!!」
スケボーで強引に壁を滑り、本格的に奴の首を吊り上げてやるっ!!
「ぎゃああああっ!!」
首吊りは本来自殺をするために用いられるものだ。
それを疑似体験させられるっていうのは、さぞかし苦しいだろうなぁ!!
壁をスケボーで滑走し、窓に直面したその瞬間――縄をひん掴み、島崎の身体を叩きつけるッ!
「いだあああああああああああああああああああああい!!!」
豪快に割れる窓、どうやら破片がいくつか島崎の身体に突き刺さったようだ。
やめてやんねぇぜ島崎、これから貴様の身体でこの学校の全ての窓を割ってやるんだからなぁ。
「いだいいだいいだいいだいやめてやめてやめて死ぬ死ぬ死ぬじぬじぬじぬほんどにじぬううううううううう」
「オラァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
全ての窓を割るために滑走する地獄のスケートボードは島崎を吊るし、そしてその身体を全速力で窓に叩きつける。
1階の窓、2階の窓、3階の窓、4階の窓ーーーー!!!
「やべで……ほんどに、じぬぅぅぅ……」
身体中ガラスまみれだ、こりゃあ全治に何年かかるんだろうな。
まぁ、貴様はそれほど悪どい事をしてきたんだ。
親子揃って、な。
――まだやめない。
「次は別棟だァ!!!」
「そんなあああああああああああ!」
別棟に続く廊下の窓に島崎を叩きつけ、窓を全てかち割ってやる!!
そして別棟の1階から4階まで、全ての窓に向かいこいつの身体で叩きつけるッ!!!
「やべでぇぇぇぇ……じんじゃうよぉぉぉ……」
それでもこいつは、謝罪の一つも漏らさない。
この島崎健吾が、パシリにして最大の純粋悪であるという事が分かった。
そして張り付いた別棟4階の壁――敢えて残しておいた、最後の一窓に向かってブンブンと縄を振り回す。
島崎の身体と共に縄は大きく回転し、ガラスの塊とすら思える奴の身体からは大きな悲鳴が響き渡る。
「死んで俺に詫びろォォォォォォォォォォォ!!!!」
「ヤベデボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
最大級の勢いをつけ解き放つ縄!!
奴の身体が吹っ飛んでいった先にある窓……それは、職員室の窓!!!
――ダイレクトヒット!!!!
豪快な音と共に飛び散る窓ガラス、本校舎1階・職員室の床に勢い良く島崎の身体が叩きつけられた!!
その衝撃に校舎が震撼、別棟まで響き渡ってくる。
宣戦布告だ、島崎圭吾。
警察署長だかなんだか知らねぇが、絶対に退学を免れてやる。
そのために絶対に貴様を見つけ出して、確実に貴様を問い詰める。
そして、この学校に蔓延る悪質なイジメは俺自身の手によって断ち切ってやる!




