30話.ウィン・ザ・ウイニングロード、ホット・ヘル・ハード・バイク・バウト!
閑静な住宅街を走り抜ける爆速のエンジン、軌道に薄雲を残しただ一直線に突き進んでいく。
コバルトブルーな空の下を照らすフリーウェイ、夜明けを一足先に突っ走る赤いマシンが一つ。
バイクに乗ったのは今日が初めてだが負ける気がしない程に爽やかな土曜日だ。
目まぐるしく変わる景色は色鮮やかで冷たく、絶対的な自身の存在に心臓はより熱く高揚する。
行くぜ伊勢崎拓也、ドでかい火花の跡をロード・サーキットに刻みつけてやろうぜ。
どうやら先走り過ぎちまったようだ、サーキットには誰もいない。
眩しいライトアップの中だがオーバーヒートしないよう落ち着く時間が欲しかったから丁度良い。
しかしやはりと言うべきか、逸る気持ちを抑えられないのは俺だけじゃなかったようだ。
飛び交うブルーイエローの光線、ライムグリーン・ピンクの交錯。タイアップ・レーザーを纏うブラック・モンスター、何物よりも強く導きを照らすヘッドライトに目が眩んだ。
俺のマシンと並ぶ五体のモンスターバイク。
颯爽と飛び降りるライダー達、夜明けの風を湛えなびく髪がようやくハイスピードに追いついたみたいだ。
「ハハッ、まさか先を越されちまうなんてね」
「今来たばっかりですよ」
「どっちみち、アンタはアタイらより速かったのさ!」
扇奏寺舞華、腕を組み互いに挨拶を交わす。
がっちりとした決意が伝わる、気を抜けば引きずり回されそうな勢いだ。
程なくして舞い込むパープルホワイトのストライプ、俺のより二回りも大きな豪傑マシンがサーキットにやってきた。
幅広く施された装甲はバイクにフェイスの概念を生んだ。三台ヘッドライトに映えるホワイトストライプ、大口を閉じる三つ目の怪物は対抗マシンを呑み込まんばかりの迫力でサーキットの入場口を突き破る。
――トリクロプスライダー伊賀千刃、満を持して到着。
「ヘヘッ、どうだこの特注マシーン! バイクに乗るのは初めてだが最高のモンを作ってもらったぜ!」
伊賀のものと比べちまうと、なんだかここにある全てのマシンが貧弱に見えちまう。
バイク・バウトを仕掛けた奴らだって圧倒されているぜ、伊賀の巨大な怪物には。
俺はアタッカーよりもサポーターに回ったほうが良さそうだ、頼りにしているぜ伊賀。
「伊賀……あんたがこんなに熱い男だったとはね、想像以上だよ」
扇奏寺の奴、瞳の奥をメラメラと燃やしている。
四人の舎弟達も例外でない、皆バイクの側に佇んではいるが滾る熱気は押し寄せてくる程に分かる。
次いでやってきたのは……何だアレ!?
リヤカーとはちょっと違う。そうだ、一輪しか無い荷車の名称は、確か猫車だ!
木製の猫車に駆動装置を積み込み改造したっていうのか、増設されたハンドルや前輪までもが木製だがアスファルトロードを滑らかに走り抜いている。
スピードの面では申し分なし、しかしどうしてもその外観が気になってしまう。
本来は荷台として扱う部分だがどっかりと明治さんが居座っている。気持ちが乗っているのか多少前のめりだ。
「うわー、何かすごいバイクいっぱい!!」
目を輝かせ、より前のめりになる。
元が猫車だからか、安定しない木製のバイクはそれだけでガタガタとバランスを崩す。
しかし乗せた体重分よりスピードが滑らかに加速している、俺達のマシンと横並べにするため止まろうとしたのだろうがどうやらマシンすら挙動に慣れていないようだ。
ブスッ、ブスッ、と黒煙を吐き散らしながら車体二つ分程開けてようやくコロコロと止まる。
戦いの熱にあてられ生まれたのだろうが、扇奏寺達の額に浮かぶそれは現状冷汗と表現せざるを得ない。
「あー……明治、だっけ。すごいマシンだなぁ」
「えへへっ、でしょ? 借りたのをちょこっとカスタマイズしたんだー」
ぴょこっと飛び降りるとこちらに近付き一言、
「おはよう、伊勢崎くん!」
「ああ、おはよう」
律儀な子だこと。
そして扇奏寺さんの方へ向かい堂々と握手をする。扇奏寺さんは若干気後れしてしまったみたいだ。
これは、予想に反してトリッキーな活躍が期待できるかもな。
時間はそろそろ5時を回ろうとしている。
まだ安藤と狐鶴綺さんの二人が来ていないのが不安で仕方がない。
扇奏寺さん達も残りの二人に期待しているようだ。
――どうやら懸念は杞憂に終わったみたいだ、一台のバイクがサーキットに顔を出した。
あれはスクーターというのだろうか、直線的なスタイルの小さなバイク。
俺のものと比べると一回り小さい印象を受ける。
小さなサドルにすっぽり収まる、優雅な安全運転を心がけるホワイトフェザーコートのライダーは……狐鶴綺さんだ。
「あら、皆随分早いのですね。私なんて眠くって眠くってたまりませんわよ……」
あくびをしつつ気怠げだが確かにその顔には開放感が見える。どうやら早朝のドライブ自体は楽しめたご様子。
登場者からマシンまで、どこからどこまでも真っ白な様相は狐鶴綺さんの高貴さを表しているのかもしれない。というのは大袈裟な口ぶりだったかな。
「なんだ、誰かと思えば偉そうなボンボンじゃないの! そんなに気後れしてると簡単に追い越しちまうからな?」
扇奏寺の言葉に若干ピクリと来たようだ、あからさまな目線を送り眉をひそめている。
ゆっくりゆっくり、明治さんと伊賀のマシンの間に停まる。ぽっかり空いたスペースを利用するように若干斜めってから完全停止。それもサーキットに尻を向けての停車だ。
「伊賀、伊勢崎、明治。あいつ生意気だから容赦なしにやっちまいなさい」
「俺はそのつもりだけど……」
「お前に言われなくたって全力に決まってんだろ。つか逆に足引っ張んじゃねーぞ」
「な、仲良くしようよ」
どうやら戦いには乗り気じゃないみたいだ。とはいえ来てくれただけでもありがたい。
高めに用意された観客席にはぽつんとピンクメッシュのノヴァ先輩が。
こちらに向かって手を振っているので振り返す。後は、その隣の闇が多分紗濤先輩だ。本当に来るとは思わなかった。
「よしっ! しょうがないから少し待つぜ!」
そう、安藤がまだ来ていない。
時間はもう5時を過ぎた。プラス5分くらいなら待つべきだろう。
舎弟さん達は先にサーキットをひとっ走りしている。なんて精密なハンドル操作、ハイスピードの状態からマシンをグリグリと傾けカーブを物ともしていない。道の側に転がるタイヤに前輪をひっかけ、コースをジャンプでショートカットなんていう荒業すら披露している。
舎弟さん達は軽々着地、しれっと走りを続けている。おそらくはアレがウォーミングアップのレベル。
正直なところさらりと流れた神業に自信を削がれてしまった。それでも負けるつもりは毛頭ない、悔いなき善戦をしよう。
15分待っただろうか……うとうとしかけたその頃、ようやく一台の車がやってきた。
黄金のオープンカーが雅やかに入場口を通り抜ける。高級感漂うレッドシートに座り込み、ワイングラス片手にのうのうとやって来る男、安藤。
扇奏寺さん、これまた愕然。
「あ、はは。まさか車でやってくるとは思わなかった。けれど悪手だったな、アタイらのバイクは余裕で踏み潰しちまうぜ」
「やってみるがいい愚衆よ、その瞬間絶大なる賠償額が貴様に降り掛かるであろう」
「ハハッ、面白い」
あんまりおもしろくなさそうな顔だ。
これで五人揃った、観客席も……部長を残して全員揃っている。
部長の姿を探そうとすると、遠くでノヴァ先輩がバッテンのマークを。どうやら来ないらしい。
戻ってきた舎弟達、こちらの珍奇なラインナップに様々な感情を含んだ汗を浮かべているようだ。
「それじゃあ全員揃ったことだし早速バイク・バウトを始めるよ! 準備はいいかい!?」
掛け声の最中、扇奏寺さんの身体がマシンに吸い込まれるよう乗り込んでいく。
俺達もそれに合わせて各々のマシンに乗る。
黒い弾丸、リーダーのブラックバイクには扇奏寺さん。
そしてその後ろ、両翼となるよう並ぶ、ブルー・イエロー、ライムグリーン・ピンクのバイク。ライダーは扇奏寺さんの舎弟さん達。
赤いコンパクトな正統派オートバイには、この俺、伊勢崎拓也。
パープルホワイトストライプの超装甲トリクロプスモンスターには、伊賀千刃。
異色の木製改造猫車には、明治こけし。
直角的なスモールホワイトスクーターには、狐鶴綺嬢。
場違いのゴールデンオープンカーには、安藤アドルフ。
総勢10体、広く晴れ渡るスカイブルーの空の下、鋭く鳴り響くホイッスルの音と共に一斉に走り出していった。
――トップを独走する伊賀、何とか迫ろうとする俺すら中々追いつきそうにない。
既にどんどん距離を離されている状態、後ろでは明治さん、狐鶴綺さん、安藤の順で続いている。
横を通り抜ける黒い弾丸、こちらを追い越す際あからさまに車体をこすりつけてきた。
「クッ!」
よろけてバランスを崩すが何とか持ちこたえる。
なるほどバイク・バウトっつーのはそういう事か、そういう魂胆ならきっちり身構えないとな。
「ホラホラッ! がら空きだよっ!」
――舞い込む横からの衝撃に吹き飛ぶ車体。何とかエンジンを最大出力し着陸に全力をかける。何とかコース外の芝生に着地、復帰を目指しハンドルを傾ける。
バウトを仕掛けたマシンの正体は先日織田に旋風を見舞ったブルーのバイク。
黒髪短髪の舎弟がにやりとこちらに余裕の笑みを浮かべつ迫ってくる。
「バイク・バウトにコースアウトの概念なし! 先にマシンをオシャカにされた方が負けさ!」
「成る程、心得た!!」
旋風に対抗し繰り出したスリップからの後輪当てつけ。
――否、両者が互いに同じ行動を取ったのだ。
スリップを全速力で行うことによって生まれるのが超高速のスピン、アイツがやった事を俺もお返しにやってやったってことさ。
流石の舎弟ちゃんも舌を巻いたみたいだ、その隙を利用しスリップを加速! 押し切る!
回転負けし弾かれたブルーバイク、追撃をかけるため更にスリップを加速!
お前の技を借りるぜ。これが俺のスリップ・バイク! 超高速回転だ!!
「ハハンッ、欲張っちまったね!」
ブルーバイクはなんとそのままコースの軌道に乗り逃走。成る程その手があったか、勝負を急いてしまった。
後ろについた方が有利なはず、素直に追わせてもらうぜ――
「わわわわわっ! なんでそうイジメてくるのさー!?」
「それがバイク・バウトっ、クソッ、このっ! 当たれっ!」
そうこうしていると明治さんの改造猫車がこちらに追いついてきた。
明治さんを追うのはイエローのバイク、セミロングの金髪ライダーだ。
どうやらイエローの舎弟はペースを崩されているらしい。
明治さんはブレーキと同時に黒煙を撒き散らしてしまっており、視界に大きな影響が出てしまっている。おまけに加速しようがブレーキしようが明治さんがその瞬間猫車に体重を預けているため、一瞬大きな加速を生む。
独特なタイミングの加速、スリップ、カーブに減速。アスファルトを氷のように滑走するトリッキームーブにイエローの舎弟は追いつけていない。
――そこを俺が敢えて奇襲してやろう。大丈夫、明治さんのペースは俺になら分かる気がする。
だって付き合いまあまあ長いだろう?
明治さん、そのまま持ちこたえていてくれよ。黒煙に紛れ、アクセル全開だぜ!!
「あまり得策じゃないね、あんたは残すとするよ――」
「いいや、お前はここでリタイアさ」
応用編、行くぜ。
わざと前輪を強く傾け前へと転倒――もとい、跳躍ッ!
そのままバイクの姿勢を戻し横へと振り上げれば、バイクによるストライクが可能となる!
食らえ、黒煙に紛れる殴打を!
前輪より轟く強い摩擦音、バイクのねじれオシャカになる鉄の衝撃が大きく伝わってきた。
「えっ、うわぁっ!!」
装甲が剥がれイエローバイクは無惨に無限横転、遠い観客席の壁にぶつかったその瞬間、破砕!!
ライダーは何が起こったのか呆然としているようだな。黒煙が晴れたその瞬間、バイクを止め正体を現した俺。
呆気にとられたようだな、まさか奇襲をかけられるとは思いもしなかっただろう。
「多分あんたが真っ先に脱落かな?」
「クッ、やるじゃないの……」
確かに負けたが、その舎弟は爽やかな笑顔を浮かべている。
これで恐らく状況は5vs4か、数ではこちらが優勢だが戦力としては問題な奴がいるからな。
「あれっ、伊勢崎くんいたの!?」
先にあるカーブ、一旦左に曲がって再度右に曲がる二連カーブコースの向こうからこっちを見る明治さん。
先行する独特なハンドルの傾きを上手く操作している、トリッキーな木造マシンを操る明治さんも中々やるじゃないか。
「ああ、任せなよ。明治さんは俺が守っから!」
「んふふ、嬉しい! ありがとーー!!」
カーブの向こうへと消えていく明治さん。さて、俺もそろそろ行かないとな――
「ちょっとお前、さっきからしつこいですわね邪魔ですわよっ!!」
「邪魔してるんだよっ!!」
どうやらやっとこっちに追いついてきた狐鶴綺さんもバウトを仕掛けられているらしい。
相手はライムグリーン・バイク。ライダーは吊り目長髪の女。
「おやめなさいっ! じ、じいやに言いつけますわよ!」
「いいじゃねぇか! ベテランライダーといっちょやり合ってみたいねぇ!」
あのままじゃまずい、なんとか抵抗しているようだけど押され気味だ。
スクーターはバランスを崩し今にも押し負けそう――
「あぁっ、ぎゃああああああああああああ!!!!」
あっけなく、虚しく、転倒してしまった。
スクーターは壊れこそしなかったものの遠い向こうまで転がる。
道に倒れるライダー狐鶴綺、起き上がるその瞳には涙を浮かべていた。
「うぅっ、なんでっ、私ただっ、ドライブしようとっ、ひぅっ」
「あー……とりあえずスクーター壊れてないんだし取ってきたら?」
「もう、向こうで休んでますわ……」
よろよろと起き上がりスクーターに向かう姿は痛ましく、見ていられるような代物ではなかった。
何だか、酷い罪悪感に駆られる。
気まずい空気になったコースの一角、しかしライムグリーン・バイクがこちらに気付くとすぐさま気分を交換した様子。
「あの子の分まで楽しませてもらうよっ!」
「いいぜ来いよ――」
向かってくると思いきや、ライムグリーンはそのままカーブをひょいひょいと曲がりコースを進んでしまう。
「私は堅実なんでな、先にお仲間さんを潰させてもらうよ!」
「待っ、待てっ!!」
先には明治さんが、急いでアクセルを蒸かさなければ――
「フンッ、フンッフフーン」
鼻歌を歌いながらゆっくりと走行する安藤がこっちまでやってきた。
バウトとは無関係そうに我が物顔でコースを走る安藤……いや気を引かれてる場合じゃないっ、さっき明治さんを守るって言ったばっかじゃないか!
「やっっとエンジントラブルが直ったァァァァー! まずは勘違い野郎から叩き潰して気分アゲアゲだぜェェェ!!」
ピンクのバイクがようやく顔を出した。茶色いツインテールをなびかせ、安藤の車に向かって全速力。
隙を突いてもう一人を脱落させるチャンスか? 無視して明治さんを助けに行くべきか!?
俺はどっちを選べば――
「ホッホホ、まんまと釣られたデバネズミが。己の軽薄・軽率・軽剽っぷりを精々悔いるが良いぞ」
カチッ。
安藤がハンドルについていたであろうボタンを押す音がこちらまで響いてきた。
――その瞬間四輪駆動のゴールドオープンカーが変形、バイクの形に一瞬でトランスフォーム。
ハンドルはそのままに、二輪は前輪後輪へと、二輪はバイクのハンドル宜しく変形し、ジェット機の翼が如き轟く豪炎を蒸かす。
その変貌っぷりにピンクのバイクは動揺、急停止。隙を突いた安藤がバイクを急発進、いななく翼エンジン!
「ハッハァーーーー!! 余があれほどにまったりチンケなノロノロマシーンに本気で乗り込んでいるとでも思っていたかぁーーー! 既にあの日より臨戦態勢! この日をどれほど待ちわびていたことかァァァーーー!」
轟炎発進したトランスフォームバイク、エンジンホイールはさながらバイクの腕を担うように、直接ピンクマシーンを殴りつける!!
どうやら安藤、真ん中にひっつく車のハンドルで操作をしているようだ。
「うわっ、ちょっと待って、そんなの反則――」
「バイク・バウトに反則なし!! 貴様の辞書を書き換えておくと良いわァーー!!」
「うわ、うわわわ、うわあああああああああっっ!!」
右ハンドルホイール、拳を象るよう湛えたエンジンパワー。
一気に放出殴打したその瞬間、ピンクのバイクは遠いコースアウトの向こうへおさらば!!
結果、脱落!!
現在状況は4vs3、のはずだ。
恐らく伊賀と扇奏寺さんがやりあっている。
こちらの生き残りは俺、伊賀、明治さん、安藤。
向こうの生き残りは短髪黒髪のブルー、吊目長髪のライムグリーン、ブラックの扇奏寺だな。
「ヒャッハハハハァーーー!! 全速前進、余は不滅! 何から何まで吹っ飛ばしてやるわぁぁぁー!」
エンジンアームをぶんぶんとぶん回しながらカーブをガシガシ曲がっていく。
どうやら俺には気付いていない様子だ。
俺も安藤の後を追い急ごう!
安藤の奴、どうした?
少し前の直線で止まりやがった。
後ろを向く安藤、ご自慢のカールが萎びている。
「あ、伊勢崎殿。どうしたものかガソリンが尽きてしまった……」
「……給油所まで頑張って引っ張ってくれ」
「それも、そうであるな」
よろよろと歩いて行ってしまった。
確かに燃費悪そうだよな、あれ。
待ってろ明治さん、君は俺が守る!!
「おっほ、おひょひょ、楽しいねこれっ」
「ちょ、ちょこまかとっ!!」
明治さん、どうしたものかと心配していたがコースの途中でライムグリーンをおちょくっている様子。
いや、発言どおりなら楽しんでいるのかな。
若干ガタガタな明治さんの改造猫車は上下操作にも余裕がある。僅かな距離の壁を走ってバイクの走行可能領域をはみ出すというトリッキーな戦法を編み出している。
「あっ、伊勢崎くん! もっかいやっちゃってー!!」
唐突に繰り出したスリップからの高速回転。途中何度も急ブレーキを繰り返し、周囲に黒煙を撒き散らした。
「うわっ、ちょっと! リーダーがいるのっ!? それならアンタだけでも道連れにさせてもらうよっ!!」
「させねぇっ!」
バイクで突っ込む俺。
前輪をわざと段差に引っ掛け、捨て身タックルの要領で破壊を狙う!!
黒煙に紛れたその瞬間――
「ありゃっ?」
「えっ?」
ば、馬鹿な。
さっきまでそこにいたのはライムグリーンだったはず……何で明治さんが!
「ぐああああああああああ!!」
「きゃああ!」
お互い衝突、構造が脆かったせいか改造猫車のハンドルがぽろりと取れてしまっている。
「あちゃー……ちょっと調子乗りすぎちゃったかな、てへへ」
脱落してしまったが明治さんの顔はとっても楽しそうだ。
しかし俺のバイクはまだ無事だ――だからこそ黒煙外からの奇襲は油断ならねぇ!
「そこっ!」
「やらせねぇっ!!」
――咄嗟のウィリーでかち合う前輪と前輪。
飛び退いたライムグリーンのバイク。制止し、互いに見合う。
「なぁ、教えてくれよ。一体何をしたんだ?」
「簡単なこと、私が行こうとした所にソイツを誘導したってだけさ!!」
成る程、行動心理を突いて利用したってわけか。
中々キレ者じゃないか。
「それじゃあお前との決着は走りながらとするかッ、明治さんゆっくり休んでてね!」
「はーい!」
互いに走らすバイク。
ガリガリと削り合う車体と車体、何度もぶつかり合うが、俺も相手もバランスを崩す様子はない。
「お前で最後だな、リーダーさんよっ!」
「まだ伊賀の奴がいるさっ!」
「見てねーなぁ!」
「当然っ、もっと前にいるからなっ!」
ぶつかりあいながら交わす言葉。余裕はない――
「――あぇっ!?」
突然の転倒、ライムグリーン。
……躓いたんだ、落ちているパープルホワイトの装甲に。
破片の切れ味が鋭かったらしい、タイヤは即パンク、ライムグリーン・バイクはオシャカだ。
「ありゃりゃりゃ、やっちゃった。姉御には気を付けろよ! じゃっ、幸運を祈ってる!」
さっぱりとした別れだ。
パンクしたライムグリーンを転がしてコース外へと去っていった。
この装甲は伊賀のものだ。それが剥がされてるって事はとんでもないドンパチが行われてたって証拠だよな。
何されたんだ伊賀、今すぐ俺も駆けつける!!
走っているが、何もないままコースを一周した。これで何とか全貌は把握した。
シンプルながらも時たま連続するカーブが気の抜けないコース、慎重に行こう。
「フフフッ、後ろ取ったりぃー!」
後ろ……?
ブルーのバイクだ!
どっかで待機していて、そっから俺を追いかけていたってことか。
この舎弟達、中々食えない性格をしている!
「大人しくやられちまいな――」
瞬間、殺風。
光速のパープルカーテンに衝突にしたブルーのバイクは虚しく空中を吹き飛んでいった。
……伊賀のモンスターマシンが軽々しくバイクを吹き飛ばしちまった。
「伊賀ッ!」
「伊勢崎っ、扇奏寺に気を付けろ!」
紫と白の縞装甲はベコベコに、剥がれかかって本体が露出している部分が多数、ヘッドライトに至っては一つが取れかけの状態。
「残ったのはアタイ達だけかいッ!」
瞬間、黒い砲弾が飛び込む。
超速で反応した伊賀はマシンをガリガリとぶつけ合う。どうやらこいつ、ブルーを吹き飛ばした事に気付いていないようだ。
扇奏寺の方もダメージは受けているが割りかし軽微、伊賀が一方的にやられているような状態。
このままではジリ貧――どうしたもんか。
「伊勢崎殿、給油が完了いたしましたぞ!」
その時、とても急いで給油を行なったであろう安藤が舞い戻る。
「安藤、伊賀が大変なんだ」
「協力いたしますぞ、余の最強サポートで!」
カチッ、またもボタンの鳴る音。
その瞬間、俺のバイクの後ろと安藤のバイクの前側が連結された。
「我が推進力、とくとご覧あれ!」
「安藤……! いくぜぇぇぇ!!」
これなら伊賀に追いつく! 爆速のホイールエンジン、かっ飛ばすぜ!
風が全ての髪を後ろへ掻っ攫っていく。それ程に激しい走行だ、剥き出しの飛行機に搭乗したみたいだ!
全速力の結果、何とか競り合う二人の元へと到達。
やはりジリ貧なのに変わりはない……。
「やっぱり不慣れなんだなっ!! このままじゃアタイの圧勝だぜっ?」
「クゥ、何が違うっていうんだよ!!」
おそらくは操作技術、あるいはデザインか……不利な衝撃を受け流す走行・装甲形状をしているのだろう。
俺達の知識じゃさっぱり分からないが、とにかく今は俺達の出せる限りの力で突き進む!
「皆、私精一杯頑張るよっ!!」
明治さんっ!?
コース間際で猫車をセット、扇奏寺が近付いたところを見計らって思いっきりブレーキをかけた!!
舞い込む黒煙、霞む視界。
「アッハハ、そんなの子供騙しだよ――」
「一瞬、それだけで十分だったんだぜ」
伊賀のモンスターマシンが、真横から捨て身で衝突していく。
「なっ!?」
破損するブラック・バイクの装甲。置き去りになる切れ味の良い凶器を必死に回避する。
「クゥゥゥゥッ……!!」
とうとう限界が来たようだ、伊賀のマシンはいよいよ動かなくなってしまった。
「お疲れ伊賀、後は俺達にまかせてくれ!」
圧倒的スピード差は安藤の後押しサポートのおかげでカバーできている――
「い、伊勢崎殿ッ! やはりガソリンがそろそろ尽きてしまうっ!」
「どんだけ燃費悪いんだよっ! しょうがねぇ最後にドでかく突っ込めるのを頼むぜ!」
「御意! 我が全速力を黄金の翼に……!!!」
最後の大衝突だっ、この機を逃せば俺は一方的に潰されちまうっ!
「――爆走させてもらうぜ、安藤ッ!!」
エンジン切れと同時、連結解放!
このまま扇奏寺に突っ込む、そしてそのモンスターマシンを破壊させてもらうっ!
「あ、アタイだってただではやられないさ! スピード勝負だよっ!!」
負けじと加速する化け物、どこまで行くんだっ、まずいぞこのままじゃブーストが尽きてしまう――
「わ、私だって少しは役に立ちたいんですのよっ!!」
――完璧に意表を突かれていた。
突然やってきた狐鶴綺さんが、自分のスクーターをコース内へと投げ飛ばしたのだ。
「うわぁっ!!」
真正面から衝突したブラック・バイクは装甲破損がより激しくなり、強い減速に喘ぎの煙を蒸かした。
勝機はここだけだッ! このまま突っ込め――
「伊勢崎殿ッ……!」
「伊勢崎! とっととやっておしまいなさい!!」
「伊勢崎くんっ!!」
「伊勢崎ィィィー!! やれぇぇーーー!!」
「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
瞬間、衝突。
黒い弾丸は一瞬にして散った。
気付けば俺は、切れ味の良い装甲破片が散らばるコースロードで立ち尽くしていた。
――タイヤがパンクする音、どうやら破片を踏み抜いちまったようだ。
静寂に割り込む、観客席から鳴り響く小さな拍手の音。
「ハァッ、ハァッ……見事だったよ、アンタ達の勝ちさ!!」
大の字になって倒れる扇奏寺さんは、これ以上ない程に笑っていた。
「最高の日になったよッ、痺れたアンタ達ッ! 最高だッ!!」
俺達五人と五人、入場口まで戻って互いに熱い握手を交わした。
「……扇奏寺さん、またやりますか?」
「あったりまえだ、またやろう!!」
リベンジマッチの挑戦を提案するなんて。
今の俺は勝った驚きと嬉しさで頭がいっぱいなのに。無意識に言ってしまう程俺はこのバイク・バウトを楽しんでいたってことなのか。
「俺はもうごめんと言いたいところだが、正直ちょっと楽しかったよ……」
「私、バイク好きになったかも。もっかいやろうね、扇奏寺ちゃん!」
「フッフ、余もノリましょう」
……皆、楽しんでくれていたみたいだな。良かった。
最後にもう一度、俺達は硬い握手を交わした。次のバイク・バウトを誓って。
「そういえば、狐鶴綺さんは?」
「スクーターがオシャカになって泣いちゃったから、アタイが修理してやるって話になったよ」
「ああ、そっか……」
狐鶴綺さん、ごめんね。でも嬉しかったよ、決め手となった援護は。
「い、伊勢崎っ……」
「――うわぁっ!!」
突然やって来た狐鶴綺さんに驚く扇奏寺さん。
赤いまぶた、目には大きな涙粒を抱えているようだ。
「私も、勝った時はスッとしましたからもう一回やってやってもいいですわよ!」
「今度は大事なスクーター持ってこないでね」
「当然ですの、もっとすごいものをじいやに頼みますわ!」
良かった、本当に皆、楽しんでくれていたみたいだな。
皆のおかげで、勝てたんだ!!
お前達、最高だよ……!!
《お詫び》
いよいよ30日連続更新を成し遂げました。
しかし最近謎の高熱頭痛が多発しておりまして、養生のためにも今後は不定期更新という形を取らせていただきます。
今まで本当にありがとうございました、一ヶ月間とても楽しく書くことができました。
※この後書きは頃合いが良い頃に削除する予定です。




