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3話.新しい居場所、新しい絆。

「どうして分かったんですか?」


 境太郎先生は、俺がイジメられていることを見抜いてくれていた。


「初日から薄々は気付いていたのです、クラスの雰囲気が好ましくないことに」

「……」


 俺の苦悩に耐え続けた心は、どこか解放されたような、そんな気がした。


「私にできることはします。しかし、事は穏便に進めましょう」

「穏便にですか……?」

「まずは軽い注意喚起を行います」

「そんなんじゃアイツらは絶対イジメをやめませんって」

「分かっています、もしもそれでイジメが収まらなければ直接私が注意しますので、ご安心ください」

「あ、ありがとうございます……」


 先生は頼りになりそうだ。

 仲間が二人できた。今の俺は、とても心強い気持ちになっている。

 絶対にイジメなんかには屈しないと、そう誓える。


 今日は部活見学に行くことに決めた。

 何の部活に入るかによって、俺の青春価値は大きく変わる。

 ――そうだ。


「こけしさんは何部に入ろうと思うの?」


 ラインを送ってみる。

 ついでに、彼女の話を聞いて参考にしよう。

 既読がつかない、きっと忙しいのだろう。


「お返事待ってます」


 そう付け加えて、俺はスマホをしまった。


 俺は運動は苦手だ。だから文化部で雰囲気の良さそうなところがないかと、探していた。

 しかし、どの部活もどこか歓迎的な雰囲気ではなかった。

 ガンを飛ばされたり睨まれたりと、俺だけを徹底的に除け者にするつもりでいるのだ。

 俺はどんな奴からもいじめられる運命でも、抱えているのだろうか。

 悔しい、思わず歯ぎしりをしてしまう――


「ねぇねぇ、プロレマ部に入らない?」

「え?」


 ピンクのツインテール……!?

 所々に、白いメッシュも入ってる。すっごく奇抜な女の子だ。


 それにしても聞いたことがない。

 プロレマとは、一体何なんだ?


「大丈夫、皆最初は不安だけど馴染むから! ほら、おいでおいで!」

「うわわっ!」


 強引に手を引っ張られる。

 どんな部にも拒絶され続けてきた俺は、それが悪くないものに思えた。

 この人も、俺の仲間になってくれるのだろうか。


「ここが部室だよ!」

「ここが……」


 クラスから結構離れた一室だった。

 それにしてもどこか部屋の雰囲気が変わっている。ここだけ別の世界かのようだ。

 実際にはそうではないし、何もない殺風景な普通の部屋なんだけど、不思議に感じてしまうのは恐らくここにいる奇抜な人達のせいだろう。


「ここで皆、自由に過ごすんだ! 悪くない部活でしょ!」


 彼女の他に、四人の部員がこの部屋にいる。


「紹介するねっ! この人が部長!!」


 部長……制服の上に、赤いフサフサのついた兜をかぶっている。

 明らかにおかしい。


「3年、(ごう)大公(たいこう)だ」


 すごく落ち着いている印象だ。

 真っ黒な制服は兜とミスマッチなはずなのに、不思議と似合っている。


「で、この人が副部長!」


「3年の天翔(あまかける)天馬(ぺがさす)だよ、よろしくねっ!」


 副部長は俺に握手を求めてきた。

 印象も外見もさっぱりしてるサイドパートの爽やか少年、唯一まともな人だ。


「よろしく!」


 かたい握手を交わした。


「さぁ、部員諸君も自己紹介っ!」


「2年の(シャ)(ドウ)だ」


 この人に至っては姿が闇に隠れて見えない……。

 声の質からして、男だとは思うけど。


「2年1組、花園(はなぞの)木偶(でく)だよ」


 すごく綺麗な女の子の声だけど……顔が真っ白い仮面で隠れてる。前が見えなさそうだ。

 長髪ぱっつんで、赤い和服を着てる。


「そして私が期待の超新星、スーパーノヴァだよ!」


 最後に、ツインテメッシュの女の子がビシッと自己紹介をしてくれた。


「どうっ? 皆で好きなふうに過ごすっていうのが、プロレマ部! 入らない!?」


 正直、部活内容が意味不明でよく分からない。しかし、俺を唯一受け入れてくれたのはこのプロレマ部だ。

 答えはもう、決まっている。


「はい、これからよろしくおねがいします! 俺は1年3組の伊勢崎拓也って言います!」


 こうして俺は、プロレマ部に入部した。入部手続きはすんなりと終わり、晴れてプロレマ部の一員となった。


 日が暮れるころに俺たちは解散した。帰っている途中にラインを見ると、こけしさんからラインが返ってきていた。


「私は部活入らないよ」


 意外な返答だった。俺は、勧誘をしてみた。


「実はプロレマ部に入ったんだ、一緒に入らない?」

「考えとく」


 それだけで、俺達の会話は終わる。

 いつかはラインだけじゃなくて直接話し合いたい、そう思った。


 翌日、学校に登校している最中だった。


「あ、伊勢崎君じゃん! やっほー!」


 ……最悪だ。

 俺の前から走ってきていたのは、小牧百足だった。

 相変わらず目が開ききっている。


「ほらっ、見てよ! 昨日伊勢崎君が美味しいって言ってたから作ってきちゃったよ! 見て!」


 そう言ってお弁当箱を取り出した。

 なんと中には、ぐちゃぐちゃになったムカデがいっぱい詰まっていた。


「うわっ」


 見ただけで吐き気を催しそうだった。


「美味しかったんでしょ? ゴキブリも入ってるから、栄養満点だよ」


 もはやどちらだろうと関係ない、その箱の中が地獄であることには変わりがないのだから。


「……食うんだよ!」


 そして、彼女は俺の顔に弁当箱を押し付けてきた。


「むぅぅぅぅぅっ!」


 嫌だ、そう言おうとしても声が出てこない。


「美味いんだろ!? 食えよ、折角作ってあげたんだからさっ!!」


 舌が痺れる。食わないと、殺される……。


「…………」


 俺は……地獄を取り込んだ。

 形容しがたい闇が俺の体内に渦巻き出す。

 頭は全てを拒み、胃袋から全てを放出した。


「うわっ、きったね! 誰が吐いていいなんて許可したんだよ!」

「無理ぃ……無理ぃ……」

「無理じゃないの、食べるの、全部。出したものも全部食べないと、どうなるか分かってんの?」


 先程の笑顔から一転して、その顔は怒りで酷く歪んでいた。

 そんな変化はどっちだって変わりなかったけれど。だって、どうせ彼女の顔は悪意によって象られているんだから。


 ――あ、あの人は。


「あっ……は、花園先輩っ!」


 白い仮面を被った花園先輩が前からやってきた。

 確かに俺に気付いていた。しかし、そのまま丁度俺たちの横を通り過ぎていったのだ。


「花園先輩ぃぃぃっ、助けてぇぇぇっ!!」


 いくら大声を出しても、先輩は振り向いてくれない。

 そんな、どうして。プロレマ部は俺の味方じゃなかったのか。

 もう、何も信じられない。


 百足は花園先輩の事など気にせず、俺の頭をふみつけにきた。


「ギャーギャー喚いてる暇あったら早く食べてよ、じゃないと二度と学校行けなくなるかもよ? アハハッ」


 ただの脅しだと思ったけれど、少しだけ本気に感じた。

 もしかしたらやりかねない、そんな気がした。

 だから俺は、食べるしかなかった。

 食べてやった。


 ……ダメだ、食べられない。

 やっぱり無理だ、こんなもの食べられない。


「あーれ? 何口止めてんだよ」

「食べられない」

「あ?」


 これはもう、素直に言うしか無かった。


「食べれません――」


 ――。


 ……あれ。ここ、どこだろう。

 口の中で何かが動いて――


「ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ!」


 む、むかでだ……。


「あー、やっと起きた。蹴り一発で伸びるなんてダッサイね」

「…………」


 同じ場所だった。どれくらい気絶していたんだろう。

 短い時間なら、いいんだけれど。


 まだ、何とかなると思っていた。しかしたった今、俺は彼女に、命に関わる危害を加えられたのだ。

 それが、許せなかった。


「おい、やりすぎだろ」

「はぁ? 何、いきなり」


 おもむろに立ち上がり、拳を握る。

 身体はふらつくが、怒りがこの身体を支えてくれている。


「やりすぎだって言ってんだろ!!」


 奴の罪の重みを乗せた拳が……勢い良く振り放たれる!

 ――しかしそれは、彼女の横を擦り抜けた。

 そして代わりに、腹に何かが突き刺さる。

 ヤツの、拳だった。


「ぐぅっ!」


 この痛み、倍にして返してやる。

 パニッシュブーストを積み込んだ俺の拳は、邪気すら放っていると言っても過言ではない。

 しかしその拳すら、彼女の身体から外れてしまった。

 いや、外れたんじゃない。驚くほど滑らかにかわしているんだ。

 そしてまた、俺の腹に鋭い痛みが刺さった。


「ぐぅぅぅ……」

「アハッ、どうしたの? こんなもの?」


 無意識に放たれた蹴撃、それはヤツの罪が衝き動かした罰の形である。

 神も囁いているのだ、彼女は報いを受けるべきであると。

 しかし彼女はなお、神に逆らい、くねりと緩やかに衝撃を受け流している。


「蹴りっていうのは、こうやってやるんだよッ!」


 一発、ヤツの足先が俺の腹に鋭く刺さった。

 そして俺の腹を蹴り抜き、宙に浮いていると錯覚するほどの連撃を蹴りつけてきた。


「逆らった罰だ、いじめられっ子が!!」


 大きく俺の腹を蹴り飛ばされ、ついよろけてしまった。

 彼女は足を大きく開き、頭を両側から勢い良く挟み込んでくる。

 それは、巨大な百足に頭を噛み砕かれたと錯覚するほどに鋭い衝撃を与えてきた。

 ヤツの身体が頭上を越え、後ろで着地した音が鳴る。


 俺は、立ち尽くしていた。

 いや、身体が固定されたみたいに動けない。

 次第に、毒が身体を蝕むように、視界が真っ白になっていって……。


「ハハハッ、もう二度と逆らう気なんて起きなくなっただろ。私もう学校行くから、じゃあね~」


 どれくらい時間が経っただろう。

 急いで学校に行くと、昼休みだった。


「おいてめぇ何学校サボろうとしてんだよゴラァ!」


 教室につくなり、厳しいイジメが始まった。

 俺の感情は、酷く沈みきっている。

 もう逆らえない、本気でそう感じさせられたからだ。

 ――もう、プロレマ部も信じられない。どうして花園先輩は……。

 窓際の、白髪の女の子だけは、俺を気にかけてくれていた。


 放課後、プロレマ部の部室に顔を出す。

 花園先輩がいた。


「花園先輩!」


 先輩は俺の方を向いた。

 どうして朝は、俺の声に耳を傾けてくれなかったのか。


「どうして、朝は助けてくれなかったんですか!」

「助ける?」

「何をとぼけてるんですか、俺、すっごく辛かったんですよ!」


 返事が欲しかった。

 けれど、花園先輩は何を考えているのかわからない。

 顔が一切見えないから、すごく不安だ。


「伊勢崎君なら大丈夫だよ」

「え?」

「乗り切れるよ、君なら」


 心外だ。そっけなく、そう言われた。

 きっと彼女は真面目に考えていないんだ。


「俺、すごく辛いんですよ! 今でも、すごく!」

「頑張って」

「――頑張ってるんだよ!!」


 勢いで、怒鳴ってしまった。

 心から自然と漏れ出てしまった。


「どうにかしようって思って、イジメられないようにって頑張ってるんだよ……!!」

「でも、どうにもできない! もう、俺にはどうすることもできないんだ」


 膝をついてしまう。

 花園先輩は、顔だけ追いかけている。


「ダメなら力を貸すよ」

「――じゃあ!」

「でも、伊勢崎君はできるんだ。私はそれが分かるから、力を貸さない」

「意味が、意味が分かりません……」

「信用しているんだ、君の力を。だからもう少し頑張っておいで、力を貸すのは、それでもダメだったら」


 その言葉は本気のように思えた。

 淡々としていたけれど、本気に聞こえた。

 興味なさげに聞こえるのは、信頼故の軽視なのだろうか。


「……俺、もう少し頑張ってみます」


 俺は部室を後にした。

 ――そして、心に復讐を誓った。

 一度は折れかけた心ではあるが、必ずやり通してみせる。

 オレの心は、明治こけしさんと境太郎先生、そして花園先輩含むプロレマ部が支えてくれている。

 その力があれば、きっと俺ならやりきれるはずだ。


「俺、頑張るよ」


 こけしさんにメッセージを送る。


「どうしたの? いきなり」

「何でもないよ」


 ……そういえば、結局今日もこけしさんとは直接話さなかったな。

 このいじめが収まらない限り、安心して話せることはないのかもしれない。


「ねぇ、後で会えない?」

「今日はお姉ちゃんと見たいテレビがあるんだ、ごめんね」

「そっか、明日はどう?」

「明日ならいいよ」

「それじゃあ、明日の放課後、部活が終わったら会おう」

「分かった」


 これなら、少しは安全にお話ができるかもしれない。

 ……ちょっぴり緊張する。


「やっと見つけたぞ伊勢崎ぃ~。呑気に歩きスマホしてるなんていいご身分だねぇ」


 長い廊下で出会ったのは、小牧百足、紛れもなくヤツだった。


「お前、なんかいっちょ前に部活でも入ってたっけ。部活先ではどう? やっぱり虐められてる?」

「黙っとけ。俺の耳にはお前の腐った言葉なんて届きはしない」


 俺の心はこいつに何度も汚されてきた。

 死線すら潜らされた。もはやイジメの域を凌駕している。これは生存戦争といっても過言なんかじゃない。己の命を守るため、俺はこの百足を狩ることに決意した。


「まーた生意気な事言ってる。ボコされたいの? もっかい死にかけてみるかい?」


 視界がゆらぐ。怒り故、歪んだ。


「俺には心強い仲間がいる。群れて弱者をいじめるなんてことはせず、影から優しく俺を見守って、支えてくれている」


「――俺を信じて」

「へぇ。で、そのお仲間さんは助けてくれるのかなぁ? どうかな」

「俺は抗う、仲間の想いに応えるために」

「そりゃ、大層だなぁ」


 ヘラヘラと笑いながら、罪を湛えた百の足が近付いてくる。

 ヤツが今から見るのは一方的な加虐なんかではないということを目いっぱいに分からせてやろう。

 そこに見えるのはヤツ自身の罪の形だってことをな。


「今朝までの俺だと思うなよ、百足女」

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