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29話.モンスター・ブレイキング、ライドオン・ザ・マッチ!

 体育帰り、めずらしくイジメに来るものはいなかった。

 俺の勇姿に惚れ込んじまったのだろうか、織田を制した俺に対して敬意のない弁えぬ行動は取れぬということか。

 ここのイジメっ子共、案外物分りが良いやつだったりするのか?

 いや、むしろ物分かりの悪いヤツを俺が片っ端からぶっ潰しちまったから大人しいのばっか残ったっていうところもあるのかもしれない。

 いよいよ俺もまともな高校生活を送れるようになったってわけかな……大事な四月を無駄にしちまったぜ。


「ねぇねぇ、伊勢崎くん」


 そのおかげか、いつもは空気を読んで近付かなかった明治さんがちょこちょことついてきてくれる。


「今日のバトル、すっごく格好良かったよ!」


 俺の勝利を喜んでくれた上に、こう素直に褒められるとはな。


「あ、ありがと……」


 返答に困ってしまう。

 明治さんに言われる格好良いは、変に意識してしまう所があってなぁ。

 ……あまりその、深く考えないようにはしてるんだがな。


「その、明治さん。ずっとくっついてると周りの奴らに仲良いって疑いかけられて、明治さんもイジメの対象にされちゃうかもよ?」


 長居は禁物、長居は禁物だぞ。


「いいじゃん今日くらい! 折角勝ったんだもん、伊勢崎君が!」


 まあ、良いか。

 明治さんの隣を歩くのも慣れてきたしな。

 とはいってもこう、堂々というのは慣れてないなぁ。


「肘、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、明日には治るよ」


 こんなかすり傷はマシマシのマシ。織田にやられた後頭部のダメージが一番残ってる。地味だがかなり効いた。

 気遣ってくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと触るのはやめて欲しい。


 結局教室――まで来ちゃったけどさ……


「そういえば明治さん更衣室行かなくていいの?」

「え? あっ、そうでした……エヘヘ」

「アハハ、休み時間短いんだから早く行かないと遅れちゃうよ」

「頑張る!」


 ぴゅーっと廊下をかけていく明治さん。

 ぶつかっちゃって謝ってるけど、ぶつかられた人はあまり気にしてない様子だった。


 二時間目開始のチャイムと同時に駆け込む明治さん。

 ギリギリセーフ、だな。

 次いで入ってくる境太郎先生、教材の準備を始める。


「では、二時間目を開始します――」

「ごめんなさい先生、遅れました!」


 ――慌てて入ってくる高天原(たかまがはら)。よくぞあの短時間で教室に戻る気になったな、流石に病院行ったほうが良いんじゃないか? 宇宙って寒いらしいじゃないか、身体の各部分に悪影響を与えていないか心配になるのだが。


「……僕も、遅れちゃいました」


 ――な、何て野郎だ。織田(おた)九兵衛(きゅうべえ)、ヤツまで遅れて入ってきやがった。

 しかし流石に着替えは間に合わなかった様子、赤いふんどしのまま教室に上がり込む。

 黒ずんだ奴の方を向き戦慄するクラスメイト達、俺もまたその一員だ。

 こんなにタフな野郎だったとは思いもしなかったぜ、あんなに痛めつけたっていうのにまるで無傷みたく振舞っている。壊れていたメガネもスペアがあったのか新品そのもの。

 長い戦いになりそうだな、こいつとは。


「織田君、まず着替えてください」


 流石の境太郎先生もその覇気に汗を流すほどだ。

 織田九兵衛、忠告に顔を上げる。

 そして股を覆うふんどしを豪快に引き抜く――手にしたふんどしを瞬時に己が額に結びつける。

 股に生まれた新しいふんどし、その色は……黒!! 学ランの色!!

 この男、既に心は学徒。学ぶ気満々である。

 文武両道、その姿勢申し分なし。


「僕の方は、準備万端です」


 凄まじい筋肉を露出させたまま、その巨体を支えるにはあまりにも小さい椅子に腰掛ける。

 瞬間バキリと破砕する椅子。

 クラス中が戦慄。しかし織田、空気椅子で対応!!


「……そ、そうですか。分かりました」


 どうやら先生もこの圧倒的な力には気圧されたようだ。額に汗を浮かべ、メガネをくいと持ち上げるのが精一杯な様子。

 後ろにいる化物は虎視眈々と狙っているはずだ、俺の首を掻っ攫うその機会を。

 やられちまわねぇように注意しておかねぇとな。


「伊勢崎、何かあったらいつでも連絡しろよ」


 流石にこの緊急事態、伊賀も焦り気味だ。

 これはもう協力して織田をぶっ潰す作戦に出るしかねぇ。

 結局一瞬すら授業に集中できないまま終わりを知らせる鐘が鳴ってしまった。


「――セイァッ!!」


 境太郎先生が教室を出た瞬間、響く掛け声。

 途端に低くした頭上、彼奴の豪腕が空間をかっさらっていった。


「あーあー、惜しかった、残念!!」


 この織田とかいう野郎、本気で狙ってたってわけか。

 油断しなくて正解だったな、こちらの一方的な被害妄想で終わればいいと思っていたのだが。


「おい織田ァ! てめぇは伊勢崎に負けたんだから大人しくしてろやァ!」


 何が癪に触ったのか分からないがブチギレ出す伊賀。

 一度勝っているから強気に出れるのかもしれない。


「なんだ、やるっていうのかい?」

「お前がそのつもりならなッ!」


 ――俺の上空を擦り抜け咄嗟に繰り出した飛び蹴り。

 おそらくは織田の顔面めがけて解き放ったものだろう。


「たかいたかーい!!」


 しかしそんなものは既に読み切ったぞと言わんばかりに余裕の宣言。

 伊賀の身体を両手でがっちりと掴み取り、それを勢い良く上へと放り上げたのだ。


「い、伊賀ァァァァァ!!」


 なんてこった、教室の天井に上半身が全部めり込んじまった。

 下半身だけでぷらぷらとぶら下がっちまっている、こりゃ気絶で済めば安いもんだぞ。


「クククク、今やっても得策じゃないと思うけどなぁ?」

「……チッ!」


 クラスの人間全員がその圧力に震え上がっている。

 あんなに体育でボコボコにされたっていうのにこの存在感だ、とんでもない大物だったって訳だな。

 しかし一人だけ、興味なさげにスマホをいじっている女が一人。

 ぼさっとした茶髪の女、染めるの失敗してんじゃないかって思うくらい黒ずんだ茶色だ。


 あいつの名前は確か……そうだったな。

 クラスには40人の生徒がいるから、何て名前だったか、確か名簿に書いてあったのは……出席番号27番・扇奏寺(せんそうじ)舞華(まいか)。そう、あいつはあまりに印象が薄すぎた。

 俺へのイジメには関与していないし、狐鶴綺さんのようなカリスマファミリーにもなびかない。天涯孤独、このクラスでの立ち振る舞いを見ているとそんな印象がぴったりだな。

 こう表現すると逆に浮いて目立っているように思えてしまうが、名前を思い出すのに時間がかかるくらいには目立たない。

 一応クラス全員を頭に叩き込んでいる俺でも苦労したほどだ、当然復讐のために。

 ちなみに今左斜め前の席でガクガク震えてるのが出席番号10番の島崎(しまざき)健吾(けんご)って野郎。こういうイジメのパシリ的存在の人間はすぐ出てくる。そう、イジメに関わってれば簡単に出ちまう。

 全く出てこなかったてことは、そういう事さ。


 来たる昼休み、イジメの本領発揮時間、誰もが俺をイジメるために俺の席へと群がるゴールデンヘルタイム。しかし何故だか今日は誰も俺のそばに近寄らない。

 それはきっと俺の後ろにいる怪物が原因だ。

 織田の奴はまだまだ俺を狙っている、伊賀の奴もまだまだ天井でぶら下がってる。

 そろそろ引っこ抜いてやりたいところだがコイツがいる限りどうしようもできねぇってわけだ、自力蘇生を願うしかない。


 互い、睨み合う長い40分もいよいよ終わりを迎える。

 このまま放課後までこの睨み合いがもつれこむと最悪部活に顔を出せないなんていう事態になってしまう。

 それだけは絶対に避けたい、だからこそこの織田とかいう邪魔者を一度学外に誘い出す必要があるな。


 学校終了と同時に俺は玄関へ、明治さんはそいつを察してくれたのか何もラインを寄越さないでくれていた。大丈夫、勝つさ。勝って戻って、綺麗な顔を出してやるって。


 校門……その外まで出た瞬間、奴の鋭い回し蹴りが俺に襲いかかった。

 しかし無駄。そんなものは読んでいる、前転回避!

 振り向きざまに立ち上がり、睨み合う形になる。

 揺らめく二枚のふんどし、眼鏡の曇りに夕日が反射した。


「フッフッフ、そんなに身構える程僕が怖いかい?」


 言われてみれば緊張感を持っているのは俺だけ、先程は俺に圧倒され情けない悲鳴を上げて逃げていたくせに……やはりこの男、できる。

 このままでは俺が負けてしまうかもしれない、まずいな。

 仮に俺が万が一勝つとしても、その姿勢を今ここで見出だせないというのが問題なんだ。詰まるところ、士気に欠ける。

 にじりよる織田、にじみ出す汗。空回りする暴力に、痺れる空気だけが流れている。


 ――突き進む突風、そんな両者の意気など意にも介せず突き抜ける弾丸がやってきた。

 黒い巨体、その正体はバイク!

 凶弾は織田目掛けて全速力――


「ぐううううううっ!!?」


 フルパワーをもってして持ち堪える織田。しかし抵抗虚しく、バイクの加速と共に織田はそのまま下敷きに。


「ぎゃあああああああ!!!」


 次いで現れる三体のバイクがそれぞれ織田を踏みつけながら走っていく。

 そして最後の一体……青く巨大なバイクがスリップしながら織田に向かって突っ込む――いいや、アレはスピンだ! スリップした車体がグルリグルリと回転し綺麗なスピンを纏っている!

 青くうなる旋風はより強い勢いを湛え、そして織田と衝突――


「んむあああああああああああああああああああ!!!」


 遠い空の彼方に吹き飛ばされた織田……なんて事だ、あの男をたちまちオーバーキルしちまった。

 ここまでやられちゃあ流石の織田もノックアウトだろう。なんたって相手はバイクだ、車の暴力には流石にあの人間も敵わない。


 並ぶ五体のバイク。真ん中を陣取るブラック・バイクのライダー……そいつに俺は、確かに見覚えがあった。

 こいつは、扇奏寺(せんそうじ)舞華(まいか)じゃないか!

 颯爽とバイクから降りる扇奏寺、なびく髪はやはりごわついている。


「全く、試合に負けたんだからネチネチやってないで負けを認めなって」


 開口一番は織田に対するキツイ毒舌だった。それにしても、イメージに似つかない透き通った声をしているな。声だけなら綺麗な女性を連想してしまうんじゃないかな。

 実物は……おおっと失礼、よく見りゃ綺麗だったな。


「アンタ、今日のバトルすっげー痺れたよ。つまんないハイスクールになるかと思ったけど、あんたのおかげで久々にアタイやる気が出たよ」


 悪い目つきで笑む扇奏寺(せんそうじ)。確かに学校内で見せていた気怠げな様子とは全く違う、目は爛々と輝いており立ち振舞からはあふれる活力が伺える。

 机の上に足を投げ出してスマホをいじる不良女学生とは思えない、見違えたエネルギッシュ・ガールだ。

 俺の織田とのバトルがそれ程扇奏寺を沸き上がらせたのなら光栄な事だな、誰かの力に俺がなれたってわけだし。


「ただのイジメられっ子ってわけじゃないんだろ?」

「まあ、そりゃあね」


 なんて、偉そうに言ってしまったな。

 しかしこの扇奏寺さんは話が分かりそうだ、四人の仲間を従えて織田をバイクですっ飛ばしてしまうほどなんだし……いや待て、その四人の仲間は誰なんだ?


「こいつらはアタイの舎弟だよ、是非仲良くしてやってくれ」

「うす、よろしくっす!」


 ヘルメットを脱ぐ四人。

 バイクの色は、左からブルー、イエロー、ブラックを飛ばしてライムグリーン、そしてピンク。

 四人の女舎弟が一斉、丁寧に一礼。返さなければ無礼というもの、こちらもまた深々と一礼を。


「ハハッ、仲良くなれたみたいで良かった」


 扇奏寺さん、眩しい笑顔を見せて続ける、


「そこでだ、アタイを滾らせたあんたに挑戦したい! 次の土曜日、空いているかい?」

「土曜日、かあ……」


 土曜日はピクニック前日だ、ギリギリオッケーだな。


「日曜ピクニックだけどね、大丈夫だよ」

「そうだったな、それじゃあピクニックの前にいい汗かこうぜ!」

「で、何をするんだい?」

「当然、アタイらとバイク・バウトするんだよ!!」

「……バ、バイク・バウト?」


 初めて聞くぞ、何だそれは。

 少なくともバイクを使うのは確かなのだろうが、予想がつかないな。


「アタイら五人チームとアンタとでバイクに乗って勝負さ!」

「人数差はどうするんですか?」

「アンタ仲間はー、えーと、あれほどこっ酷くイジメられてりゃいないだろうし――」

「いますよ、五人」


 俺には確かに五人いる。

 そう、ピクニックメンバーは全員合わせれば五人。皆でピクニック前に力を合わせることにするか。

 伊賀、狐鶴綺さん、安藤、明治さん――そして俺! その五人でな!


「なんだい、いるのかい? いないと思ってワン・オン・ワンを予定していたんだが、こりゃ楽しくなりそうだなぁ」


 扇奏寺さんの口角が上がっている、恐らく無意識なのだろう。それほど扇奏寺さんは昂ぶっているというわけか。


「それなら期待しているよ、場所はロード・サーキット! 早朝5時に集合だ!」

「わかったぜ!!」


 互いに手を掴み合い即座に承諾――これは楽しい事になりそうだ。


 早速ライングループに報告。


「土曜日の朝5時にバイク同士で戦う事になったんだけど、集まってくれる?」

「いいぞ、行ってやるよ。バイクあんま詳しくないけど良いマシン持ってくぜ」


 復活した伊賀のやつ、バイクこしらえて当日行くと。相当乗り気だ。


「良く分かんないけどやってみるね、バイク借りるよ!」


 明治さんは、やる気はあるみたいだし良し!


「当然行きますわ」


 狐鶴綺さんは謎の自信がある。勝つ気満々、頼もしい! 流石お嬢!


「バイク? そんな野蛮な物には興味なし、余が乗りこなすは優雅なオープンカー。それでも良いか?」


 安藤は、車かぁ。とりあえずオッケーってことにしとくか。


「それでも良いぞよ安藤殿」

「ホホホ、なら決まり。伊勢崎殿、余の高級オープンカーに期待しておくと良いぞ」


 これでとりあえずは全員の同意が揃ったな。

 ホッと一息、立ち尽くしていた部室の扉前、やっとその中に踏み込める。


「あっ、伊勢崎くん! バイクで戦うって面白そうだね!!」


 明治さん目を輝かせてノリノリだな。

 戦う事は苦手そうなイメージだったけど、真逆だな。おてんばっていう言葉が似合うのかな。


「バ、バイクで戦う!? なにそれ私気になるんだけど!」


 スーパーノヴァ先輩が興味を示したご様子だ。


「ねえねえ皆で見に行かない!?」


 何だ何だ!?


「バイク・バウトか。面白い、行ってやろう」


 この声、紗濤(シャドウ)先輩!?


「何だか野蛮そうだね、危なっかしいから監視するよ」


 花園先輩は……親御さんポジションってことか。


「何だか珍しいことするんっすね、じゃあ俺も見に行こっかな!」


 天馬先輩、爽やか。


「部長……部長も、行きませんか?」


 迫るノヴァ先輩、部長は黙ったままだ。


「――仕方ないな」

「イェエエエエエエイッ! 部長が乗った! 部長が乗った!!」


 はしゃぐノヴァ先輩、他の先輩方は部長の承諾にどうやら動揺しているご様子だ。

 まさかまさかの大事になってしまったな。

 これは気を引き締めて望まなければならないな。




 ――目を覚ます。時は来た、月末土曜日。

 今日のために用意した赤くてコンパクトなオートバイ。

 こいつに乗って、早朝の4時に家を飛び出すのさ!


「行ってきます、お母さん!!」

「気を付けてくるのよー!」


 向かうはロード・サーキット。

 待ってろ皆、最高の土曜日にしようぜ!!

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