27話.イジメの先約、俺が貰うぜ。
結局俺の熱は治らずじまい、皆の手厚い看病・お見舞いのおかげでなんとか二日で復活した!
その間もライングループじゃピクニックの予定をしっかり話し合っている。なんとあの安藤もちゃっかり乗り気になっている。
これなら皆で楽しいピクニックが実現できそうだな。
病み上がりの学校登校、イジメっ子共は俺の状態がどうであろうとお構いなしにイジメてきやがる。
耐えなければならない、例え弱った身体であろうと弱音を吐いてはいけない。
「伊勢崎ィィ! 何仮病でサボってんだゴラァ!」
「いつもの倍はぶちのめすから覚悟しとけやタコォ!」
本当に容赦がないようだ、早速蹴りやタックルをお見舞いされる。
どうやら俺が休んでいた間に奴らのフラストレーションも相当溜まっていたようだ、はた迷惑な野郎どもだ。いつも以上に手厳しいと感じるのは俺の身体がまだまだ癒えきっていないからというわけでなく、奴らの攻撃があまりにも熾烈……普段が10なら今日は15ってところか。この差、1.5倍だ。
逃げようものならすぐにひん掴まれ、ぶちボコされる。だけどいいのかお前ら、全員が寄ってたかってイジメに夢中になってちゃ、お前らの恐怖の対象がいつやってくるか分かったもんじゃないぞ――
――瞬間、強い衝撃の音が轟く。音の方を一斉に向くイジメっ子達、まるで震え上がる小鼠のようだ。
境太郎先生、大憤怒のご様子だ。眼鏡の奥の瞳はいつだって冷静、しかしその内には激情を湛えている……はず。
黒板は先生の拳によって真っ二つに割れ、白い煙が舞い上がっている。
「……仕置きをしなければ、あなた方は分からないのですか?」
イジメっ子共の青ざめる顔、お笑い物だ。さっきまで威勢よく病み上がりの俺をメタクソに痛めつけていたっていうのに境太郎先生渾身の一喝でこれ程にシーンと静まるのだから。
「す、すんませんっ!!」
クラスの全員が境太郎先生に詫びる、イジメに夢中になりすぎると当然このような応酬がやってくる。それすら忘れイジメに没頭するとはこいつらは生粋のイジメ好きなのだろうな。
そしてチャイムが鳴る直前、いつものように、明治さんがタイミングよく教室の扉を開ける。
誰も明治さんに注意を傾けない、それはやはりお姉さんの話していた影の薄さから来ているものなのだろうか。
皆、座ってビシッと姿勢を正している。
先生の有り難いお言葉を聞くためにだ。流石境太郎先生は素晴らしい、ここまでイジメっ子共をねじ伏せてしまえるのは境太郎先生だけだ。いっその事イジメを根絶して欲しいものだが、ワガママだらけのこのクラスじゃそれは難しい注文か。
淡々と話を進める先生。ピクニックの予定について等、諸々の行事の報せを黙々とクラス全員に向けて告げる。
この先生が花園先輩やスーパーノヴァ先輩を……どうにも信じられない、こんなにイジメ根絶に協力してくれている先生がそんな事をするとは到底思えない。
やっぱり俺の思い過ごしだとは思うが、もしかしたら……やはり俺は少し先生に疑いを抱いてしまっている。普通なら抱くべきでない、こんなに良くしてもらった先生を。
いや、今あれこれ考えても混乱するだけだ。部長の言っていた通り、いつも通りの学校生活を送ろう。
プロレマ部の皆も俺に何を隠して――今考える事じゃないさ、ホームルームに集中しないと。
だめだ。どうしても意識が持っていかれてしまう。
こんな事になるなら家で考える時間が十分あったんだから熱を出している間に考えておくべきだったんだ。
「はい伊勢崎よそ見してるー! ロケットパーンチ!」
――もう、ホームルームが終わっちまったのか。
俺の後頭部に重い拳がぶっ刺さる。尋常でない力に圧倒され、頭をそのまま机にぶつけてしまう。
「伊勢崎どうしたぁ? 何考えてたんだ、言ってみろ、ん?」
がっしりと両の腕が俺の首にかかる。
意識を落とされそうになる。寸前に解放されるもおまけに一つ後頭部にパンチをもらう。
「はい、ざまぁ! お前ざまぁ! さっきから話しかけてたのに何でこたえなかったの、なぁ?」
乱暴に蹴り上げた椅子、後ろの席からから立ち上がったそいつは俺の首根っこを掴み上げ、無理やり起立させにくる。
出席番号5番・織田九兵衛、俺の後ろの席の人間だ。
何かは知らないが恐らくテレビ番組の中に出てくる技の名称なのか、技名を律儀に宣言してから俺に暴力を振るってくる。
こいつはかなりイジメを楽しんでいる部類、技をかける実験台とでも言わんばかりに色んな技をぶつけに来る。
「アイスブレイク・ヘヴィーファング!!」
筋肉のついた非常に太い左腕が俺の腹にめり込む。
その衝撃に胃袋から何かがこみ上げる感覚を覚える、必死にこらえるも効いた証拠に息がどんどん荒げていく。
「れんだああああああ」
勢いのない声で宣言すると同時に太い腕が何度も何度も俺の腹にめり込んでいく。
こいつの技、今日のも中々強力だ。
立つのすらやっとで、俺の足は今にも膝をついてしまいそうだ。
「織田のヤツ、今日もやってるぜぇ?」
「ハハハッ、効いてる効いてるっ!」
「ちょっとやめてあげなよー、伊勢崎くん死んじゃうって!!」
茶化す外野の諸君。
織田は漢字のせいか皆からはオダと呼ばれている。こいつの姓の本当の読み方はオタなのだが本人は訂正する気がないらしい。
しかしまぁ、俺も名簿にふりがなが無ければオダと呼んでいたかもしれない。全く名簿のふりがなすら読めないヤツらが俺をイジメに来ているとは本当にレベルが低いのだなこのクラスルームは。
境太郎先生がどんなに止めたって、こいつらがイジメをやめねぇ理由がここにあるってこった。
曇った眼鏡のせいで織田の表情はみえない。しかしその肥大化した頬から見せる笑みからすると、どうやら俺をイジメる愉悦に浸っている様子だ。
「トドメの一発行くぞーう!!」
垢抜けない宣言でも舞い上がる教室の野郎達。途端に盛り上がった教室は織田コールに包まれる事となった。
「ファイナルミラクルダイナミック――」
「皆ぁ! 境太郎先生が戻ってきたぞ! 急げ急げ!」
見張り係の島崎から舞い込むクラスの皆へのお達し。
怖気付いたイジメっ子達は急いで各々元いた席へ礼儀正しく座る。
観衆がいなくなった事に興ざめした様子だ、織田は一つ舌打ちをして俺の後ろの席に戻る。
「運が良かったね伊勢崎、昼休みはこの分も一緒にギッタンギッタンに痛めつけてやるよぉ」
舌を見せていやらしく笑う織田の野郎。俺は震えながらも前を向き直るのだった。
ファイナルミラクル何とかの倍以上キツイものを食らわされるのだろうか。
奴のアイスブレイク・ヘヴィーファング……要するに、腹パンだけでも相当腹に響いたというのに。
これは長い長い昼休みになりそうだ、軽い反撃も視野に入れないといけないかもしれん。
昼休みのチャイムが鳴る。
四時間目の終わり。
「起立、礼!」
授業終了の挨拶と共に、教材を持って出ていく境太郎先生。
――この瞬間、皆が待っていたかのように立ち上がり俺の机へとやってくる。
「ちょっとストレス溜まってんだよ面貸せェ……ゲヘヘ」
「ねー伊勢崎最近生意気になってきてない? ウチらが締めたげるよ」
威勢よくぞろぞろとおいでなするイジメ大好きモンキー達。
こうなる事はまあまあ分かってはいたのだが、ここまであからさまだと流石の俺も参ってしまう。
「――待つんだ君達ィ!」
わざとらしい言い方で皆の動きを止める後席の人間――織田九兵衛。
「僕が先約を取ってある、伊勢崎はこの昼休みは俺のモノだ!!」
こいつ何てことを言い出すんだ。下手をすれば何か誤解をされかねんぞ。
「ふざけんじゃねぇぞテメェー! 俺にも伊勢崎をイジメさせろぉー!」
「なンンンま意気だぞコラァ! おい織田ァ!」
反発するイジメっ子達。それも当然か。いわば俺は皆の公共玩具、公園にあるサンドバッグのようなものだ。
それを突然空気も読まず自分だけが使うと言い出したんだ。
ひとつだけターンを借りて自分だけがイジメを行える時間を貰うってんなら話は別だが、こいつの言ってる事はそうじゃない。
折角皆が遊べる昼休みの時間をまるっきりもらうっていうんだから、そりゃあ反対もされるさ。
しかし織田の野郎、意外に強情。
「黙れ黙れ黙れぇ! 伊勢崎は僕のモノとして今朝、決定したはずだ!!」
怖めず臆せず、ビシッと言いのけた織田。
いよいよそんな織田に殴りかからんとするものすら出てくる始末だ。
「織田のくせに生意気なんだよこのッ!」
――瞬間、織田は突然力みだす。
「フンンンッ!!」
膨張する筋肉、バチンと破ける制服、ワイシャツ。
上半身半裸になった織田の莫大なる筋肉量に圧倒されたイジメっ子。殴りかかった手をすぐさま止め、保身のための後退りを開始する。
「な、なんだお前それ……」
たるみきった頬、あれは単に脂肪の塊だと思っていたがそれも違った。
織田のヤツ、顔面の筋肉すら見違える程に硬直しきっている。全身が筋肉の塊であった。
その迫力に口出しするものおらず、妙な自信の秘訣はここにあったのだ。
曇った眼鏡もまた、こうなれば迫力が出てくるというもの。
水蒸気が蛍光灯の光を反射、ピカリと眼鏡が輝く。
ワキワキとうごめく五指、それら全てがイジメっ子共に向けられていた。
その様、正しくテリトリーを侵された獣。
「伊勢崎は、この昼休み僕のものだ。異論のあるやつ……手ェ上げェェェ!!」
唐突な咆哮に一斉に跳ねるイジメっ子共。もはや誰も織田に歯向かおうなんて気を起こす奴はいなかった――
「おっと、それならちょっと待てや」
――そう、一人を除いて。
「その約束、まるっと俺が貰ってもいいか?」
伊賀の野郎が意外にも席から立ち上がり名乗り出た。
この明らかな体格差、挑戦するのは無謀である。しかし伊賀の奴は果敢にもこの暴君に口を出した。俺を守るためだっていうのか、伊賀……
「そうだー! 伊賀やれぇー!」
「やっちまえ! 織田なんかボコボコにしろォー!」
途端に湧き上がる野次馬精神のイジメっ子野郎達。
どうやらクラスの皆は俺を独り占めしようとする織田に納得がいかないようで伊賀の味方をしているようだった。
が、しかし。応援するものの一人が織田に身体を掴まれる。
「えっ?」
軽々と拳に握り込まれた躰、ゴミでも放っぽるかのように投げ飛ばされたイジメっ子の向かった先は――窓。
「うわああああああああああ!!!!」
ガシャンと強い音を立てながら窓を突き破り、遠い彼方へと吹き飛ばされていった。
「伊賀を応援したやつは、全員こうしてやる!!」
見せつけのため犠牲になったっていうのか。
盛り上がったクラスは急降下しまたも静寂に包まれる事になる。
しかしそこに切り込みを入れたのが伊賀だ、半円を描くような軌道で繰り出した回し蹴りが見事に奇襲として引っかかりやつの頭をダイレクトに蹴飛ばす結果を生む。
たまらずよろける織田、クラスの盛況がすぐさまぶり返す。
「お前ら、忠告はしたんだぞぉ!」
湧き上がるイジメっ子共を黙らせるために突っ込んだ織田、しかしその判断が仇となる。
それを読んだよう目の前に立ちはだかる伊賀は生徒の机を蹴り上げ、奴の顔面に向かって一度、二度――三度と、ヤツの顔面が靴底にめり込む蹴りを見舞った。
絶大な筋肉量の差など気にかけないようなスタイルが見事織田に突き刺さったようだ。打たれ弱いのか、その一発一発によろける。
「伊賀、許さないぞおおお!!」
幼稚な怒りを吠えるも、伊賀は全くひるまず。
一発もらえばそれでゲームセットなんて有り得ないことじゃない。先程吹き飛ばされた生徒を見ればそれを恐れ怯える、しかし伊賀は随分と肝が座っている様子だ。
構えを取りつつ手をクイクイと招いて挑発までかけている。
「こいよ、何の能もないデカブツが」
分かりやすい程、織田のこめかみに青筋が立った。
飛びかかる織田。伊賀はその一直線な動きを読み切りするりと滑らかに横を抜けていく。振り返りざま、即座に放った飛び蹴りが見事に織田の背中に突き刺さる。
勢いを殺せない織田は飛び蹴りの衝撃すらも突き進む身体に乗せていく。机をガンガンと押しのけていき、教室の際へ達すると同時――そのまま窓に頭を突っ込む。
盛大に割れる窓ガラス。破片の諸々が無情にも硬い筋肉に突き刺さる。
教室中に散らばる一片を拾い上げ指の間に仕込む伊賀、それは正しく硝子の爪であった。
「クッソオオオオ!!」
怒りに振り向いた織田の目先――そこには既に伊賀のグラスクローが差し迫っている。
顔面真正面、直撃。眼球にすらめり込んでいく硝子破片。顔を無惨に切り刻み、次いで飛び込む拳の衝撃。
耐えかね倒れ込んだ織田の向かった先……窓の向こう、校舎三階から飛び込むグラウンド。
「ギャアアアアアアアア!!!」
悲鳴と共に落下する織田。程なくして轟く破裂音が織田の悲惨な着陸を知らせた。
「じゃっ、伊勢崎は俺が貰ってくぜ」
ウオオオオオオオオオオオ!!!
クラス中から巻き起こる歓声。伊賀は俺の腕をひん掴むとすぐさま教室の外へ連れ出す。
「……ありがとう伊賀。タダ飯食らいだと思ってたけど見直したよ」
伊賀は何も返事を寄越さなかった。
「伊賀?」
「うっせぇ」
なんだよ、可愛いとこあんじゃねぇか。
「あー、おごれよ飯」
「当然だ、折角助けてもらったんだしな」
ってなると朝昼晩伊賀と一緒に飯食うってことになるな。
なんだか家族の一員に思えてきちまった、全く違うけどな。
――学食なら急がないと、狐鶴綺さんに奢ってもらった絶品レディースランチが忘れられないんだ。




