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26話.猛熱のタイマン勝負、咆哮のワンマン・ショー。

「お母さん、俺風邪引いちゃった」

「え、大変! お医者様に行きましょう!」


 こうなってしまったのは残念だが、これでは学校を休まざるを得ないな。

 クラスの皆はきっと俺を笑い者にするだろうな。

 アイツはイジメにビビって逃げた、あんな雨の中飛び出した馬鹿は風邪引いて当然とか。

 ヤツらがニタニタと俺を嘲笑する様は容易に想像できる。


 マスクをつけて、お母さんと一緒に病院に行く。

 『ぴえろ小児科』……近場の小児科医だ、子供の頃からお世話になっている。

 病気になれば必ずここに行くし、予防接種だっていつもここだ。

 先生はちょっぴり怖いけれど、外見に慣れればとっても優しい先生なのだ。


 病院にたどり着くと小さなお子様達が俺とお母さんを見上げる。キッズの親御さんも例に漏れない。

 ここは小児科、多少浮いてしまうのは仕方のないことさ。

 しかしここ以上に俺の身体の事を知っている病院はない、信頼のできる病院なのだ。

 おまけにここの先生は父さんの知り合いなんだ。もしかしたら死ぬまでお世話になるかもしれない。


「伊勢崎拓也くーん」


 幼児と同等の扱いで名前を呼ばれる俺。診察に向かうと、受付のナースさんが大人用のスリッパ二組を用意してくれる。

 靴を履き替え二人で歩き、向かいの扉を開けた先にはピエロマスクの先生が待っていた。


「今日はいかがしましたか、拓也くん」

「先生……実は風邪を引いてしまったようでして」

「ドクターピエロ、息子は大丈夫なのでしょうか?」

「ハハハ、そう心配する必要はありませんよ」


 ドクターピエロ、お母さんはかしこまって先生の事をそう呼ぶ。

 どうやら昔俺は相当色々な流行病にかかったらしく、瀕死の状態だったとか。その全てを治療し手厚く介抱してくれたのがこのピエロの先生で、俺の命の恩人ってわけだ。

 そうは言われてもあまり実感がわかないから、もしかしたら俺は敬意が足りていないのかもしれない。何と言えばいいのかそんな昔話を知った所で、俺の中じゃいつも顔を見る病院の先生という印象しかないのだ。


 ダンディな響きの低い声で笑った先生。

 緑の丸椅子に座り、先生の前で服をまくる。

 胸に聴診器を当てられ、早速診察が始まる。最初は吸って吐いてと先生から指示をもらっていたが俺はもうそんなもの承知済で、言われなくても先生のペースについていくことができる。

 先生もそれが分かっているように、無言のまま聴診器をそこかしこへと移す。

 最後に喉を明るいライトで照らされ、診察終了だ。


「……風邪ですね、お薬を出しておきましょう」


 何かを紙に書いた先生はスムーズに作業を終える。

 帰る際、母さんが「ありがとうございました」と先生に一礼する。それに合わせて俺も一礼。

 先生の素顔は分からないが、ピエロのマスクはニコニコと笑って俺達を送ってくれた。


 謎の紙を貰った俺達は病院を出ると、謎の建物に向かう。

 そこで薬の受け取りを行うのがいつものことなのだが、どうしてこんな面倒な手順を踏まなければいけないのか毎回不思議で仕方がない。小児科の方で薬を貰ったっていいんじゃないのか。

 小児科で貰った謎の紙を受付に差し出すと白衣の男が薬を持ってきてお母さんからお金を受け取る。


 家に帰った俺は、しばらく家で安静にしなくちゃいけない。

 こうずっとベッドの上でじっとしていなきゃいけないのは暇で暇で仕方ない。

 かといって動こうとすれば途端に身体が熱くなって咳が止まらなくなるのだ。

 ……熱が上がるかもしれないが、スマホをいじろうか。


 明治さんからラインが来ている。


「今日はどうしたの? 大丈夫?」

「風邪引いちゃった」

「昨日すごく濡れてたもんね」


 少し遅れて、


「何もできなくてごめんね」

「大丈夫だよ、気持ちだけでも嬉しいから」


 明治さんのその気遣いだけで俺は沢山元気をもらえる。

 というか今授業の時間なのに大丈夫なのかな明治さん、ちゃんと勉強はするんだぞ。

 俺のライン通知でスマホを優先してくれてたのなら、それはそれで俺としては嬉しいところあるけど……勉強はしっかり、しないとね。


 母さんが作ってくれた昼食をいただいて、休み時間に明治さんとラインして、一日が終わろうとしている。

 最初は長いもんだと思っていたが、結構あっという間にすぎる一日だったなぁ。


 ――突然、明治さんから写真のメッセージが。

 そこには滅茶苦茶に破壊された俺の机の写真が、椅子までボロボロだ。

 イジメっ子共が笑いながら無惨になった机にスマホを向ける様も一緒に写っている。


「え、何これ」

(まんじ)くんがいきなり暴れだして、それで伊勢崎くんの机がこうなっちゃった」


 ふむ、どうやら卍の奴がいきなり暴れだして俺の机がこうなっちゃったらしい。

 ――復唱してみてもやはり異常な行動だ。

 今までのイジメは陰湿なタイプだった。(まんじ)の野郎が加担するイジメだってそれと同等、椅子や机の中、上履きの中に何かを仕込む事はいつものこと。

 とにかく俺が嫌がる事を主体にしたイジメが繰り返されてきたのだがこれは違う。どっからどうみたって八つ当たりか何か、そんな衝動的な原因から引き起こされた惨事だろう。

 昨日から薄々感じてはいたことだが、やはり(まんじ)の奴、何かがおかしい。

 タイマンでも申し込んでやつから直接話を聞いたほうがいいかもしれない。


 部活も終わる時間だな、そろそろお母さんが夕食を持ってきて、千刃が飯を集りに来る頃か。

 ――ピンポン、家のチャイムが何度も鳴る。

 千刃の野郎が来たか、毎日毎日飯ばっかり食いに来やがって、せめて俺に見舞い品の一つでも持ってきたらどうなんだ……って、千刃が入院してたのに持っていかなかった俺が言うことでもないか。

 ガチャリと俺の部屋の扉が開く。

 何だ何だ、まさか千刃の奴本当にお見舞いしに来てくれたっていうのか。ただのタダ飯食らいだと思ってたが見直したぜ――


「伊勢崎くん、心配で来ちゃった」


「あ、えっと、め、明治さん」


 マジかぁ。


「ちょっといい? うわっ、すごい熱! 私ね、持ってきたの! 経口補水液! これ飲んで元気になってね!」

「う、うん。ありがとう」


 ドッキドキするなぁ。予想外だった、てっきり千刃の野郎だと思ってたのにまさか明治さんが来るだなんて。

 おまけに……け、経口補水液。貰ってしまった、ありがたい。


「…………」

「えーと、明治さん?」

「ん、なぁに?」

「その、帰らないのかなって」

「え、もしかして帰ってほしかった?」

「ああいや別に全然そういうわけじゃないんだけどさっ!!」


 いや、居座られるとそれはそれで、逆に熱が上がっちゃうんじゃないかなって心配になってしまう。


 ――続いてもう一つ、ピンポンとチャイムが鳴る。

 恐らくこれが千刃の奴の鳴らしたチャイムだろう。


「はーい、どなたぁ?」


 お母さんが対応に向かう。

 そいつは階段をドカドカと駆け上がってくる――千刃の奴までお見舞いに来てくれるとは。

 嬉しいものだ、入学式早々どん底に落とされた最悪の高校生活だと思っていたのに、こんなに素晴らしい仲間が一緒にいてくれるんだから。

 幸せもんだよ俺は、いい友達を持てて――


「よう、伊勢崎」


 ――なんてことだ。やってきたのは(まんじ)の野郎だった。今日はどうしてこうもことごとく予想を外してしまうのだろうか。


「行くぞ伊勢崎ッ!」


 部屋に入ってくるや否や俺の腕を掴んでたちあがらせに来る(まんじ)、こいつ病人相手に正気かよ!?


「こ、こらっ! ダメだよ伊勢崎くん風邪引いてるんだから!」


 卍の手を止める明治さん、鬱陶しそうに見下ろす卍は睨みを飛ばすと、


「なんだお前、邪魔すんじゃねぇコラァ!」


 容赦なしかよ、拳を振り上げやがった。

 明治さんは果敢にも立ち向かおうと構えているが、傷つけさせる訳にはいかない。


「……ぐぅっ」


 その拳は、俺が受け止める。


「明治さん、ちょっと行ってくるよ」

「い、伊勢崎くん……ダメだよそんな!」

「大丈夫だって、ちょっとばかし話をしてくるだけだから」


 笑って明治さんに言う。

 きっと見透かされているだろうなぁ、無理してるってことは。

 しかし卍の奴は俺のところに押しかけてくるほど俺に対して何か恨みがあるらしい。

 それなら一対一で話を聞くチャンスでもあるかもしれないんだ、こいつが抱えている何かを解き放ってやりたくもあるのさ。


「んじゃ、行くか」

「話が分かると助かるぜぇ、よぉ伊勢崎ィ……」


 普通の受けごたえなのに、その声には十分な程の怒気が篭っている。

 ちょっと刺激すれば拳が吹っ飛んできそうな勢いだな。

 こいつに引っ張られるがまま、俺はパジャマのまま家の外へと連れて行かれる。


 夕暮れの風が肌寒い。

 外れたボタンに揺らめく学ラン、赤いシャツが覗いている。

 卍の野郎、相当にグレているみたいだな。そういう年頃だってのは分かるが、こうして押しかけられるのは流石に迷惑だ。

 ま、付き合ってはやるが。


 河原にまで引っ張られた俺はそのまま力任せにぶん投げられる。

 芝生を転がり受け身を取る。立ち上がったところ、卍のやつは我武者羅に走ってやってくる。


「伊勢崎イイイイイイイイ!!!」


 奴の繰り出す拳は全てが勢い任せだ。おまけに凄まじいスピードを湛えている。

 拳をもろに食らってしまうが当然俺はこのままやられっぱなしというわけにもいかない。


「卍イイイイイィィィ!!」


 ――身体が熱い、頭が痛い。息が苦しい。

 そのせいか、俺までこの拳に全力を引き出さなくっちゃいけない。

 ぶん投げた拳は卍の身体にめり込む。相当のダメージを食らったらしく、ふらふらとよろける。


 奴の方からお返しとばかりに飛ぶ拳、更にそいつを返してやるように俺も拳をめり込ませる。

 なんという泥仕合、互いにただ拳をぶつけているだけじゃないか。

 こちらが応戦すれば向こうも応酬を向ける、先にどちらが倒れるか、たったそれだけが勝敗の分け目か。

 卍の拳には、確かに強い想いが篭っていた。

 一つ奴が殴り込む度、奴の表情が晴れていくように見える。

 俺にはやつに何があったか分からない、しかし付き合おうと思えた。こいつの拳一つ一つから、俺に対する熱い想い、気持ちを感じるからだ。全てを真っ向からぶつけられちまったら、俺も応えたくなるってもんだよ。


「ハァッ、ハァッ……」


 もう何度ぶつけたか分からねぇ。拳の皮はずる剥けだし、口は切れ頭から血が垂れてきている。

 それに加えて、身体中がボワボワと燃える。内部から燃されている、心臓で炎が燃えているみたいに。

 それでもこの拳は止められねぇ、卍の野郎が満足するまではな。


 もはや向こうもフラフラだ、もう互いにぶっ倒れる寸前というところまで来ているんだろう。

 俺ももう余裕がないってことだ、この一撃に決めさせてもらう――


「――復讐させてもらうぜ!」


 今までよりも一段強く握りしめた拳。ありったけの全力を湛えた拳に腕を引き、全体重を乗せる――


「ウオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 ――卍の野郎、反撃を仕掛けるつもりだ。今まで決して無かったその一撃。

 これでぶっ倒れるかもしれないと思った卍の野郎が反撃として作り上げた握り拳、そいつもまた俺の全力に引けをとらない勢いを乗せている。


 互いに引いた腕。

 ――全てを乗せた拳をぶち込んだ瞬間、視界が真っ白になった。


 崩れ落ちた自身の身体に気付いた時、奴の身体もまた地に倒れた事に気付く。

 卍の野郎は涙を流して笑っていた。ボロボロになってぶっ倒れたってのに、嬉しそうだった。

 それを見て俺もまた笑っちまった。清々しい気分だ、相打ちになっちまったってのにどうしてこんなにスカッとするんだろうな。


 河原のど真ん中、ボロボロになった俺達は座り込んで沈む夕日を眺めていた。


「伊勢崎、悪かったな。お前に全部八つ当たりしちまって」

「…………」


 卍が見せた初めての表情だった。

 ガラ悪くニヤニヤと笑っていたり怒りに歪ませたりとイジメっ子らしいとでも言うべき嫌らしい表情は何度も見てきたが、卍の野郎のこんなに穏やかな笑みは見たことがなかった。


「親父の野郎がバンドなんて認めねぇつって、大事なギターをぶっ壊しちまったんだ」

「……それで昨日、あんな真似をしたっていうのか?」

「なっさけねぇよな。ギターが大好きだったのに、あの瞬間全部どうでも良くなっちまって全てが憎たらしくなった」


 寝そべる卍、語り草から漂う哀愁に風が慰みを送る。

 雑に染められた金髪が、河原の草原と共に揺らめく。


「怖くてどうしようもなくなって、全部お前にぶつけちまった」


 そして、手を広げる。


「あーあ、もう本当に何でもよくなっちまった。これからどうすっかなぁ」

「バンド、続ける気はないのか?」

「あのギターは俺の魂そのものだった、魂を失った俺はもぬけの殻も同然だ」


「――今ここで、弾いてみろよ」

「え?」


 見開いた目がこちらを向く。


「俺は聞いたことないんだ。一度だけでいいから最初から最後まで聞いてみたかったかな、お前のギター」


 昨日のギター、悪くなかったんだぜ。


「待ってろ、持ってくるよ。まだ一つだけあるんだ、壊さずにいた最後の一つ……」


 河原の向こうへと走っていく(まんじ)

 程なくして、大きな茶色いギターを抱えて駆け戻る。


「音も悪いし馴染まねぇクソみたいなギターだったが、まさかこいつをまた手にしちまうとはな」

「本当はまだ、弾いていたいんじゃないのか」

「…………」

「じゃなきゃ持ってこねぇだろ、こんな所まで」

「それも、そうだな」


 ――呼吸を整える(まんじ)。夕日を見上げ、ギターの弦に手をかける。


「でもこれがきっと、最後だよ」


 弾いた弦に、喉から響く渾身の歌声。

 質の悪い音律から生まれる魂を揺さぶるメロディーが俺の心に染み込む。

 旋律に乗せる魂の咆哮は、河原の夕日に静かに消え込んでいった。

 誰の耳にも届くことのないラスト・ライヴを確かに俺は見届ける。

 初めから、終わりの終わり、最後の一音まで――。

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