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24話.復讐の炎を燃せ、復活のリベンジ。

 ここは、どこだろう。何も見えない。

 それでも心が苦しいという事だけははっきりと分かる。


 ――小学校だ。

 だらしなく授業を受けて、適当に遊んで過ごした小学生の日々。

 何も特別な事なんて無かったはずなのに、毎日楽しかった。

 今とは全く違う、全てが輝いていたあの頃だ。

 何を間違ったのか、俺は高校入学早々……イジメられた。

 適当に勉強して、適当に部活をやって、適当にバイトなんかして、そんな適当な高校生活を送るつもりだったのに。

 どうして、こうなってしまったんだろう。


 ――待て、何で俺は小学生の頃の俺を見てるんだ?

 まさか、これが走馬灯ってやつなのか。

 ああ、そうだった。俺は安藤に刺されちまったんだ。

 くたばっちまったんだな。

 死ぬのってこんな気分になるんだな、どことなく呆気ない。

 このまま死のうってなればすぐに死ねるのか、それともこの懐かしい走馬灯を見せつけられてから死んでいくのか。

 胎児は生物の歴史を夢見るという、俺は今まさにそれと同じ現象を体感しているのか。

 生物の記憶を経て胎児はヒトの形へと向かう。同じくして、この生涯の記憶を経て俺は死へと向かっていくのだろう。

 それは、始まりでもあるのかもしれない。

 新たなる形、死という形態の始まり。

 それじゃあ行こうか、特に思い残した事なんてない。

 このまま死んだところで、死ななかったところで、何も変わらないじゃないか。

 イジメられるあの日々へと逆戻りだ。それなら今ここで死んだ方が良い。

 後で惨めに死ぬか、今あっさりと死ぬか、そんな違いしかない。


 ……何だ、何かが邪魔をする。

 とにかく寝かせてくれ。どうか起こさないでくれ、ずっと夢を見ていたいんだ。

 俺に向かって、誰かが手を差し伸ばしている。

 それは大切な事だっただろうか、もう何も思い出せない、思い出したくない。

 でも、分かる。

 それは俺が心から欲していたものだったはずだ。

 この手があったから俺は生にしがみつく事ができた。

 そうだろう、伊勢崎拓也。どんなに苦しい事があっても、この手があったからやっていけた。

 まだその手を俺に伸ばしてくれるというのなら、俺は絶対に掴んで離さない――




「伊勢崎、くん」

「無駄である、その下衆は我が刃に落ちた! 次は貴様の番であるぞ、薄汚い下女よ」


 ――握っていて、くれてたんだな。


「っ!」


 離さないよ、絶対に。


「お、お前……お、おまおまおま!?」

「安藤、アドルフ。やってくれたじゃねぇか」


 狼狽する安藤に、刃を突きつける。

 元々俺の胸に刺さっていたものだ、凶器を差し出したのはお前の方だぜ?


「あっ、ヒィッ! やっ、ややや私が、わたくしめが悪かったでござんすぅ!!」

「……隠してんじゃねぇよ、安藤」


 離れていな、明治さんを制すとすぐに従い、後ろの方へと退避してくれた。


「――勘だけはいっちょ前に鋭いでござんすねぇ!!」


 後ろ手に隠していたナイフをこちらの首筋へとやる安藤。

 ためらいなく放たれた横一筋の斬撃、回避は容易い。


「ショアッ!!」


 ――何という奴だ。

 こいつ、靴先にまで刃を仕込んでいた。

 突如突出した刃、後方へ一回転するアドルフと共に刃の旋回が首・顎を縦一筋に切り裂いた。


「ククク、愚者の想定範囲などタカが知れておる、これ以上抵抗するものならば我が奇策がいくらでも汝に牙を剥こうぞ?」


 アドルフの野郎、思ったよりもやる気満々だ。

 先程までおどおどしていた人間とは思えない、桁外れの自信を持っているように見える。


「さあ、どうした伊勢崎のガキンチョ? さっきの威勢はどこへやら?」

「面白い、やってやる」


 傷の分こちらが遅れを取ってはいるが、それだけだ。

 いくらでも挽回のチャンスはある。

 俺に手渡してくれた真っ赤なナイフ、こいつで貴様にお返しってやつをしてやるよ。


「いくぜっ」


 ナイフを両手で持ち込み連続する突きを入れ込む、安藤は素早く後退を続けてこちらの手が緩んだ隙に自身の刃で反撃の一筋を切り込む。

 攻撃で手一杯だったな、見事に腕に切り傷をつけられてしまった。


「ホッホ、愉快爽快。所詮強がっているだけのグズでノロマのゴミムシダマシというところでございなすったか」


 長いまつげを生やしたアドルフのまぶたが笑む。

 ナイフをまるでレイピアでも扱うように縦に構え始める。


「カモーン?」


 とんがった鼻で笑いつつ挑発を始めるアドルフ。

 野郎相当調子に乗っているようだな、その心の隙っていうやつが一番危ないんだぜ。


「安藤アドルフっ、ぶっ殺す!!」


 わざと挑発に乗ってやろう、奴の慢心を誘うのさ。

 こいつ、下手をすれば俺よりも遥かに強い。しかしいつしか油断を生む、そこに勝機を見出す!


 がむしゃらに振り回すナイフを全て回避される。

 あろうことか安藤のやつはその場に立ったまま、上体だけを動かして避け続けているのだ。


「あーら? いかがした伊勢崎のぼっちゃん」


 手にしたナイフがキラリと煌く。


「ホッ!」


 ――刹那、刺突。腹にねじ込まれた鋼の刃に血が垂れ落ちてくる。


「ムッ?」


 アドルフのやつ、難儀しているみたいだな。

 それもそのはずさ、俺は腹筋を強く締め、ナイフの刃を腹から逃さないつもりだ。

 手間取ったその隙、突かせてもらうぜ。


「残念だったな、今度はこっちの番だ!」


 奴の顔面に堅い拳を思っきしお見舞いする。


「ぶげぇぁっ!!」


 長い鼻が折れ、後方に吹き飛ぶ。

 さて、奴は二つも俺に武器を送ってくれた。

 腹に刺さったナイフを引き抜けば、二刀流の完成さ。


「フフフ、弱っぱモンキーの発想なんてタカが知れております(ゆえ)……お食らいなさい、ルーザーボーイ!」


 吹っ飛ぶアドルフの懐から投げ飛ばされる幾枚ものカード。

 ジョーカートランプ、その全ての角が鋭くなるよう加工されており、ザクザクと俺の身体に刺さっていく。

 アドルフの野郎、こすいことをしやがる。

 しかし、中々効きやがるなこいつは。


「やはりこの世は余の独壇場! 調子に乗った小童(こわっぱ)一匹ねじ伏せるのなんて造作のない事!」


 起用な着地と同時、カサカサカサカサとこちらに向かってきたアドルフは俺の顔面に向かって飛び蹴りを繰り出す。

 靴先に仕込んであったヤツの刃が真正面からこちらに向かってきている。

 ――身体に刺さったジョーカートランプを一枚抜き、ぶん投げる。

 くるくると回転し飛ぶトランプは見事アドルフの額に命中した。


「ノァッ!」


 姿勢を崩すアドルフ。その隙を捉えた俺はアドルフの両足を掴み、奴の股ぐらを思いっきり踏み抜く!


「ぎゃああぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ!!」


 揺れるように絶叫するアドルフ。

 奴の股間、ゴールデンボールにスーパーダメージを与えるため、何度も何度も蹴り抜く俺の凶足に奴の口からとうとう泡が漏れ出してくる――


「――ツォッ!」


 瞬間、奴の足が一捻り。

 靴先に仕込まれたナイフが俺の頬をかすめ、その隙にアドルフは脱出を試みる。

 素早く抜けた肢体、奴の繰り出すムーンサルトが再び俺の身体を縦にえぐり込む。


「トッ、ホッ、ホッ! 中々やりますな、ここまで余の急所に傷を与え込むとは……」


 よろよろと走りながら逃げていくアドルフ――逃さねぇぜ、クソ野郎。


「待てっ!」

「――待つさ!」


 俺が追いかける足を最大限まで走らせた瞬間、ヤツは途端に急停止、懐から取り出したブランデーのボトルをこれまた懐から取り出したハンマーで思いっきりかち割った――


「ぐぅっ!?」


 酒の中身が勢い良く漏れ出し、俺の顔にふりかかる。

 咄嗟に覆ってしまった顔、そいつをすり抜けるように頭頂から強い鈍痛が走った。


「超乱打、貴族ハンマーアタック! お食らいなさい坊や!!!」


 ドガガガガガガガガガッ!!!

 杭を乱雑に打ち付けるかのように俺の頭頂を乱打・乱打・乱打と繰り返すアドルフの野郎。

 このままじゃあ頭蓋骨がどうにかなっちまう、最悪脳みそがオシャカになっちまうかもしれねぇ。

 ただの小物だと思っていたがやるじゃねぇか安藤アドルフ。

 まさかここまでの強敵になるたぁ思っていなかったぜ。


「どうだぁ貴族の金槌は中々こたえるものがあるであろう? 答えても良いのだぞう? おや既に言語中枢がイカれて言葉もまともに考えられないご様子ですかな? ホッハホッハハハハ!」


 どんな金槌であろうと痛みは同じだろう。

 こいつ、中々調子に乗ってきているな。これなら一気に終わらせられるかもしれない。


「――甘いな」


 両手に握ってあったナイフ――奴はハンマー攻撃に夢中だったせいで意識を疎かにしちまっていたみたいだな。

 両胸に勢い良く、ナイフの刃を突き込む!


「グッボハァ!」


 途端に吐血するアドルフ、どうやら致命傷になっちまったみたいだな。


「復讐させてもらうぜ――」

「甘いワァッ!!」


 ヤツが咄嗟に繰り出したドロップキック――まともに食らってしまった俺は後方の彼方まで吹き飛ばされる。


「復讐させてもらうのはこちらの話! 愚民に復讐の権限など無し!」


 空中を飛ぶ際、見えてしまった。

 奴は自分の両胸に突き刺さっていたナイフを自ら引き抜き、そいつをこちらへと投げ飛ばしてきたのだ。

 ――お返し、されちまった。

 吹っ飛ぶ俺の両胸にナイフが勢い良く突き刺さる。


「グアアアアアアアアッ!!!」

「――復讐させていただこう!」


 俺の背中がコンクリートの塀ブロックに打ち付けられる。

 レイピアに見立て構えたハンマー、アドルフは野球ボールでも投げる要領で構え、思いっきりこちらへと振り投げる。

 縦回転しながら迫ってくるハンマーは見事に俺の額をぶち抜いてしまった。


「こ、こんな、はずじゃ……」

「死んで余に詫びるがいい」


 赤く染まる視界と共に、俺の意識は再び闇に閉ざされる事となった。




「……ここは」


 また、病院か。

 これで二回目だ、またお世話になっちまうなんてな。

 まだ生きているなんて思わなかった、本当にあれで死ぬかと思ったんだ。

 俺の身体は包帯まみれのボロボロだ、だがここで諦めるわけにはいかねぇだろ!


 ――小牧百足、伊賀千刃。お前達の技を借りるぜ。

 いくぜ、病院脱走!


「あっ、伊勢崎さん! どこに行くんですか! 困ります!」

「放せっ!」

「あんっ! その強引でワイルドな感じ嫌いじゃないわ、むしろキューンと来ちゃう! あなた最高の患者よ今度一緒に私と紅茶でも――」

「放せっ!」

「あんっ! 待ってぇー!」


 制止するナースを勢い良く振り切る。千刃も病院を飛び出す際はこんな事をしていたんだろうか。

 今すぐ復讐に向かうぜ、待っていろ安藤アドルフ。


 それにしても今日は天気が悪いな。

 ゴロゴロと空が鳴っている、俺の腹の虫みたいに機嫌が悪いみたいだ。


 病衣のまま教室に到着する――こっちを見た狐鶴綺さんと明治さんがぎょっとしている。

 千刃と安藤の野郎がいない。どこに行っちまったんだ。

 仕方ねぇ俺が探すしかねぇ!


 ――すぐに見つかった、安藤と伊賀は裏庭にいたんだ。


「ククク、貴様が終わったらあの白いガキをぶっ潰しに行くとしましょうか……」

「め、明治の事か……さ、させねぇ」

「お黙り、雑魚の分際で」

「グゥッ!」


 伊賀の野郎、随分とボロボロじゃねぇか。

 許さねぇぞ、大切な仲間にまで手をかけやがって。


「アドルフゥゥゥゥゥゥ!!」


 弾丸発砲、凶弾を舞い込ますように繰り出す超音速のシューティングキック。

 反応する隙もなく側頭部に着弾、膨大なエナジーに奴の身体はがくんと脱力し、地に落つ。

 ――それも一瞬の出来事。俺が地につくや否や、アドルフの身体はすぐさま起き上がる。


「おやおやおやおや、雑魚っぱ坊っちゃんがまたまたやってきなすったではございませんか。もう一度、今度こそは死地をご覧になりたいんでございましょうか?」

「死地を見るのは貴様だ、安藤アドルフ」


 絶対に負けねぇ。

 油断しきった顔でヘラヘラと笑うアドルフ、今すぐにでもその顔を歪ませてやるぜ。


 懐からヤツが取り出したもの――それはレイピア。


「これで伊賀の身体は既に串刺し。今度はお前の身体もそうしてやることにしようか」


 ヤツの語調が途端に変わる。道化を演じるようおちゃらけていたのが凶暴な語気を滲ませていた。


「征くぞ伊勢崎、ただで死ねると思うなよ」

「こっちの台詞だ安藤、お前が明治さんに手を出そうもんなら地の果てまでも追ってやる」


 ――レイピアの先が光ると同時、光速の突きが襲いかかってくる。


「ショアッ! ショウッ! ショオッ! アショゥッ! ホーアッ! ショアーッ!」


 強い踏み込みに繰り出すレイピアの刺突。こいつ、相当使い慣れているようだ。

 しかしそんなものは意味を為さんさ。今日の俺の前ではな――


「オラァッ!」

「グアッ!?」


 ――伊賀がいるってことを忘れちまったか?

 伊賀の低い回し蹴りがアドルフの足をかっさらっていき、転倒を誘った。

 それと同時に俺が奴の手からレイピアを奪い取る。


 伊賀と隣合わせになる。

 二人でやつに指を差し、景気よく解き放ってやる――


「――復讐させてもらうぜ」


 奴の身体を二人で同時に蹴り飛ばし、ヤツを噴水の際まで吹き飛ばす。


「グガッ!」


 間抜けな声を発すると同時、千刃は空高くへとアドルフの身体を蹴り上げる!


「死んで詫びろォ、安藤アドルフ!」


 噴水の中央、水の噴出口にレイピアの持ち手を突っ込む。

 固定されたレイピアの刃先に――奴の身体が降り、突き刺さる。


「グゥゥゥゥ……! 何のこれしき、余が、余がこれしきで諦めると……!」


 ――途端雷鳴、明滅。空より降り注ぐ一条の光がアドルフの身体を貫く。


「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」


 けたたましき稲妻の雄叫び、黒き灰燼が如く化したアドルフの(からだ)より黒煙が立ち込める。


 復讐は終わった、こんな包帯も俺には必要ないさ。

 全てを脱ぎ捨て教室に戻ろう。


 二人共にアドルフを背にし校舎へと歩を進める。

 奴の叫びが共鳴したのか、空より大粒の涙が強く降り落ち始めた。


 1年3組2番・安藤アドルフ、確かに俺は少しばかしお前をイジったかもしれない。しかしお前はそれ以上に俺を痛めつけてきた。

 俺に対し文句を言うのは当然の権利。それは全く構わなかったがしかし、度を越した復讐ってやつはお門違いだ。

 イジメなんかじゃねぇ、立派な殺人未遂だ。

 殺意の報いを受け入れろ、安藤。


 教室に戻ると、皆が一斉にこちらを向く。

 ――おや、女子がちらほらとこちらから目を背けたりしているが、何なんだ。

 明治さんに至っては顔を背けている。


 境太郎先生が眼鏡を鼻で持ち上げ一言。


「伊勢崎くん、服を着なさい」


 あ、いっけね!

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