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23話.グループリンチ、報復を差し向け。

「皆さんにお知らせがあります」


 境太郎先生の話。朝のホームルームで唐突にそいつは始まった。

 こんな切り出し方をされたのは初めてだ。

 転校生が来るんじゃないか、いや境太郎先生だ、きっと何か恐ろしいことに間違いないぞ……等々、様々な推測が教室中を飛び交っている。


「月末、クラスの皆でピクニックに行くことになりました。詳細はプリントをお配りします」

「マジ!? やったー!」

「うぇーい! やっべーマジすげー、ありえねぇ! 境太郎先生マジ感謝! Yeah!」


 突然の知らせにクラス中が歓喜している。

 全くくだらない、ピクニックごときで浮かれやがってこいつらは……最高じゃねぇか、ったく。


「際して」


 境太郎先生の指示が舞い込む。


「これより、ピクニックの班決めを行います」


 ――その一言に、クラス中から痺れる緊張が沸き起こった。


「男女……混同です」


 ギャアアアアアアアアアアア!!!!!

 クラス中から舞い上がる阿鼻叫喚の嵐、女子と男子が一緒に行動するというのはある意味罰ゲーム、恥ずかしさで気が気じゃないのだ。

 やはり境太郎先生は恐ろしい人だった、クラス中でそう再認識され、ぽつぽつと反対の声が上がる。


「男子は男子だけにしてくださいよ!」

「せんせーなんでそういういことするの?」

「この世の終わりだ!」

「先生まじでお願い、男と女別々にしないとピクニック楽しめませんよ!」


「男女は――混同です」


 頑なに曲げぬ男女混同の精神、境太郎先生が冷徹に解き放った一言でクラス中がシンとしてしまった。

 皆恐れているのだろう、この先生にこれ以上何か言ったら何をされるのか分からないと。

 この教室では境太郎先生がルール、まるでそんな暗示をかけられているみたいだ。


 だれも一言も発さぬまま、ホームルームが進行する。

 境太郎先生は沢山の棒が入った大きな筒を持ってきて、教卓の上に置く。


「男子代表、伊勢崎くん。起立なさい」

「えっ!? は、はい!」


 素直に境太郎先生の言に従い立ち上がる。

 これは恐らくくじ引きの順番決めであろう。

 男子と女子、どちらが先に引くのか、それをじゃんけんで決めるという算段だろう。


「女性代表、明治くん。起立なさい」

「え? う、うぇい!」


 間抜けな掛け声と共に立ち上がった明治さん。


 両者互いに見合う、緊張に口をつぐむ。

 勝負は一瞬で決まる、何を出すかはまだ決めていない。

 戦いの流れを読み、勝利の手を見出すため。心を無にし臨むまでよ。


「最初はグー!」


 繰り出した拳、握り込む汗。

 緊張の一瞬――


「ジャンケン――」


 全てを決めろ、勝利の手を……この手に引き込め!!


「ポンッ!」


 震えすら切り裂き、突き進む旋風……チョキの拳が俺の元より解き放たれた。

 対して明治さん、その先に見えたものは――


「やったー! 勝ったー!」


 高く、高くそびえ立つ巨岩……グーの拳が全てを受け止めた。

 軽くいなし悠然と立ち尽くすその様に、完敗の印を示さざるを得なかった。


「それでは、女子から順番に引いていただきます」


 負けた。

 素知らぬ顔で立ち上がった女子達は、各々が一本ずつ、自身の班を決める運命のクジを引き込む。


 五人班が八班、丁度四十人。

 空席の奴らも可愛そうだから含むという意向で、先生が適当に引いて欠席の生徒の班を決めた。


 俺の班は男子が三人、女子が二人という構成。


「一緒だね、伊勢崎くん!」

「まあ、及第点といったところかしら」


 女子にはなんと向かいに明治さん、そしてその右隣に狐鶴綺さんが。

 男子には……


「はー、面倒くせぇのがいるな」

「あら、口を慎みなさい、伊賀」


 俺の左隣、狐鶴綺さんと向かい合うようにして伊賀千刃の奴が。

 これなら楽しいピクニックになりそうだな、胸がもう既にドキドキワクワクしている。

 何より仲間が沢山いるっていうのが大きい。

 ――問題はもう一人の男子か。四つの机、狐鶴綺さんと伊賀の机に衝突するよう合体した五つ目の机の主、態度のでかいイジメっ子。


「伊勢崎のガキンチョがいるじゃないか。お嬢がいるとはいえ、こんーなみすぼらしいボロ雑巾と同班とは運がないですねぇ」


 足を組みながら堂々と座る男は……出席番号2番、安藤アドルフ。

 ハーフだかなんだか知らないが金髪カールをクルンクルンに巻いている貴族かぶれの痛いヤツ。

 狐鶴綺さんに擦り寄っている姿を良く見るが、大抵無視されている。


「お嬢、こんな賤民共で及第点とは正気でございますか?」


 ニヤケ顔で同調を求めるも無視される安藤。

 しかし安藤……自分たちの意思疎通に言葉はいらない。無言それ即ち同調、お嬢は少々お気分がよろしくなかっただけでございますね、とでもいった風に俺達を一瞥してから鼻で笑う。


 運が悪かったな安藤、お前はいつもなら男子共と一緒に俺を寄ってたかってイジメることができただろうが生憎この班には俺の仲間しかいないもんでな。

 お前の運が悪かったわけではないな、俺の運が最大級に良すぎたってだけの話だったな。


「おい伊勢崎、足」


 足、それだけ言って指パッチンをする安藤。

 何のことだろう。


「足掛けになるんだよ、はよう四つ這いになれ」


 ピッと指差し指示をする安藤。

 応答しない俺に対し、青筋を立てたご様子だ。


「やい伊勢崎! 我の言葉を無視するとはいったいどういう了見であるか!」


 怒りに立ち上がった安藤。


「伊賀」


 俺の一言に立ち上がる伊賀は安藤の胸ぐらを掴み上げる。


「席に戻れよ、安藤」

「あ、ああー……愚民のくせして随分と生意気にいっちょ前の言葉をきくもんですなぁ」


 ペラペラペラペラと舌を回しながらすぐさま自分の席に戻る安藤。ちょこんとしおらしくなっている。

 どうやら俺にしか粋がれない雑魚というわけか。全くくだらない、こいつは調子に乗ってた足立とかいう小物と同レベルだったってわけだ。

 だから狐鶴綺さんのような強者――有名人にすがりついて自身のステータスを保とうとしているってわけだ。

 口先一つで伊賀が動くんだぞ、羨ましいか? 安藤。

 ここはもうひとつおちょくってやることにするか。


「狐鶴綺さん、鼻かみたいなぁ。ティッシュ貸してくれない?」

「ちり紙ですの? 構いませんわよ」


 すぐさま俺に鼻ゴージャスのポケットティシューを貸してくれた。

 高級なティシューで躊躇いなく鼻をかむ俺。


「ありがとう、狐鶴綺さん」

「こんな物でいいのならいつでもよろしくってよ」


 対する安藤――


「ムキーー!!」


 怒っているようだ。分かりやすいやつだな、現実を見れず妄想にすがりついているあわれな貴族もどきめ。


「やいやいお嬢や! そんなチンケな雑巾野郎にお嬢のティッスを渡す必要なんてございませんぞ! 汚れた御手を是非私めにお掃除させていただきたく――」


 安藤が狐鶴綺さんの手と掴んだ瞬間、勢い良く振り払われおまけに腹に一撃を食らわされる。


「触れないでくださる? 下民の分際で」

「げ、げみ……!?」


 腹を抑えながら分かりやすくうろたえる安藤。

 どうやら現実というものが分かったらしいな、お前は貴族でも何でもない。

 ただ調子に乗ってイキってるだけの痛いヤツなんだよ。

 俺がいじめられっ子だから皆がイジメに加担するとでも思うのか?

 その性根、今すぐに叩き直してやりたい程だ。ボケが。


「ええいそこの真っ白い空気女! 今すぐ余のためティーを差し出せい!」


 明治さんにまで飛び火しちゃった。

 おどおどするもんかと思ったけど、明治さん結構強めに睨み返してる。

 おまけに安藤はその目に圧倒されて尻込みしている。


「あ、ああー、全く。愚民共は全くして、これまたみすぼらしい……」


 気分が悪いんだろうか、ご自慢のカールが垂れ下がってるぞ。

 俺達をイジメようとして失敗して、何も出来ずにヘコみやがって。流石小物だ、そこら辺を弁えられていない分考えがお子様のご様子ですなぁ? のう、安藤アドルフ殿?


「我は誠に気分が悪い! こんな卑しい班にこれ以上いてたまるもんですか!」


 高い声で怒り散らしながらずかずかと教壇の方へと向かってしまう。

 境太郎先生は眼鏡を光らせつ安藤を見下ろす。


「先生! どうにかして班を変えさせていただけないでしょうか!!」

「何故ですか?」

「アイツら、寄ってたかって僕をイジメてくるんですよ!」


 境太郎先生が俺達の方を見る。

 逆だ、俺達はイジメられかけたというのに。

 首を横に振って無言の抗議。

 それを受け取ってくれたのか、境太郎先生はにっこり微笑みながら安藤に――


「大丈夫ですよ、あなたが仲良くしようと思えばきっとお友達になれるはずです」

「ハッ!?」


 安藤が呆れたような笑いと共に驚愕を示す。


「友達ィ!? ハッ!!」


 再度繰り返し、呆れ笑いをもう一度。


「そうですか! 分かりました! どうせ何言っても変えてくれないんでしょ!!??」


 戻ってきた安藤、何なのだろう、めっちゃくちゃ機嫌が悪そうだ。


「安藤くん、俺と友達になりたいのかい?」


 俺が優しく安藤に声をかけてやった。

 いきなり出てきたゴキブリを見るみたいにこっちを見下ろす安藤、言葉を返さぬままどかっと自分の椅子に座り直した。足を組み直して。


「全く、ここは地獄であるか」


 右手を駄々こねるガキみたいにくねらせつつ呆れる安藤。

 これ以上俺達をぞんざいに扱うつもりなら、正しくお前にとっての地獄になるかもしれないな。


 昼休み、俺達はライングループを作った。

 明治さんに伊賀に、狐鶴綺さんに俺。それと安藤の野郎もついでに招待はしておいた。

 あいつが入るかどうかは別だが、まぁもし入りたいっていうんならこの招待を承諾してくれるはずだろう。


 当然昼休み、俺はイジメられている。

 しかし俺はイジメっ子共の目を盗みながら器用にラインをこなすという妙技を習得したのだ。

 お前らが一方的に考えなしにイジメを繰り返している間に俺はそいつを凌ぐ様々なスキルを習得しているんだよ。

 今に見ていろ、お前らイジメっ子の勢力が転覆するのも時間の問題さ。


「オラァ伊勢崎ィ!! よそ見してんじゃねぇぞタコワレゴルルァ!!」


 威勢だけはいいなぁ、クソモンキー共が。

 俺を誰だと思ってるんだ、最高のいじめられっ子伊勢崎拓也様であるぞ。

 やーれやれ、愚民共落ち着け落ち着け、俺に構って欲しいのであろう?

 さぁこいよ、今日も楽しくイジメられてやろうではないか。


 おや、安藤のヤツは我に対する絶好のイジメチャンスに乗ってこないおつもりであーるか?

 そんな目線だけで抗議されたって、それはもはやむっつりの領域でございますなぁ。

 直接手出しができないとでもおっしゃるおつもりであろうか、ホホホホホ。

 これだから愚民は、ホホ、ホホホ。


 おんやぁあぁれまぁ。安藤殿、どうやらライングループへの入会を拒否してしまったご様子。

 このままではグループでの予定決めに支障をきたしてしまう、全く仕方ない、個人メッセージで説得に参ることに致しましょうかね。

 こんなクズでもいなきゃピクニックはおじゃんでござますから、仕方のないことでございますの。


「おい小坊主、お前がいないと計画を立てられないじゃないか」

「黙るがいい貧民。こんなクソみたいなピクニックなら行かないほうがマシである」

「狐鶴綺お嬢はお前にグループに入って欲しいと言っておりましたが?」

「お嬢? 笑わせるな、あんなものは決してそれ程に高貴なる身分などでない。便所コオロギと同等か、それ以下である」


 おいおい、フラれたらこれってどういう了見だよ。

 流石小物だな、安藤アドルフ。もっといたぶってやるぜ、この野郎。


「楽しいピクニックにしましょうや」

「黙れ」


 グループ招待。

 ダメでございますな、拒否される。

 俺に招待されてもダメみたいだし、狐鶴綺さんに頼むしかないか。

 狐鶴綺さんが招待したらめっちゃあっさり素直に入ってくれた。ちょっろ。わっかりやす。


 これでグループの問題は解決だろう。


「伊勢崎、こっち向けよビンタすっから!」


 はいはい、待ってな子猫ちゃん達。

 そう引っ張るなっていたたたたたた。


 今日もあっという間に夕方かぁ。

 プロレマ部はすることなーんもないけれど、なぜだか部活の終わる時間までぼーっと居てしまう。

 明治さんが一緒にいるからかな。

 こうして明治さんが隣で歩いていると、熱を感じる。

 それがすごくポカポカしていて、不思議とほっこりするのだ。


「――伊勢崎くんっ! 危ない!」


 ――突然横から押し倒される。

 明治さんが俺に覆いかぶさるように倒れる。

 一体何が起きたというのだ!?


「ハァッ、ハァッ……!!」


 そこにいたのは、安藤アドルフだった。

 ナイフを持ち、俺達の元いた場所に向かってナイフを突き刺している。

 倒れた俺に目を向ける。その目は異様に血走っていた。


「な、なんだよ安藤」

「貴様が、貴様が余を愚弄するからにして、報復をば……!!」


 逆恨みってわけか。最悪な野郎だな。

 よっこいせっと明治さんと二人で立ち上がる。


「これは我が復讐なりいいいぃぃぃぃぃぃ!!」


 ナイフを突き立てんと襲いかかってくるアドルフ――こいつ、目標を認識していない!?

 半狂乱なまま差し向けたナイフの刃先は……明治さんを捉えている!


「――明治さん!」

「え」


 明治さんを突き飛ばしたその瞬間、何かひどく冷たいものが俺の中に潜り込んできた。

 俺の胸に、刃が……。

 い、意識が……。


「クククク、やったぞぉ! 余は! 余はこの愚者に!! 一矢報いてやったぞおおおおッハハハハハハハハ!!!」


 ――安藤の叫びが、頭の中でこだまする。

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