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22話.ウエイト差なんて吹き飛ばせ、とっておきの秘策。

 放課後、別棟2階最奥、プロレマ部の部室の扉を開く。

 俺がイジメっ子に追われながらもからがら逃げる先、明治さんはいつも先にそこで待ってくれている。

 座布団チャレンジ、賭けの敗者……いや、そうではないな。俺をボコす担当の奴が今日は中々乱暴なやつで骨が折れた。実際に折れたわけではないがな。

 全くとんだ三文芝居だ、付き合うこっちの身にもなってほしい。踊れば盛り上がれる単細胞しかいないんだから毎日それでいいじゃねぇか。


 しかし、今日は少し様子が違った。


「あれ、花園先輩は?」

「ちとばかし用があってな、席を外している」


 この声は、紗濤(シャドウ)先輩。

 部室の隅に潜む闇そのものである先輩が、珍しく喋った。


「大した用でもないからすぐに帰ってくると思うよ」


 と、天馬先輩が爽やかな笑顔で。

 先輩方が休んだ所を見たことがないので、ちょっとばかし心配になる。


「伊勢崎くん、食べよ食べよ!」

「あっ、いつもごめんね」

「謝る必要ないよ、好きで作ってるんだから」


 まともに弁当を食えない日々なので、明治さんがこうして弁当を分けてくれる。

 それがいつしか日課になっていた。

 ここまで手を尽くしてくれている明治さんには感謝で胸がいっぱいだ、おまけに腹もいっぱいにしてくれる。

 ――幸せだ、こんなに素晴らしい友達を持てた事が。

 いつか俺もお返ししないといけないな。


 ガチャリ、ゆっくりと部室の扉が開く。

 俺達を除く部員の全員がそちらを向き、険しい顔になった。


「花園ちゃん……ッ!?」


 天馬先輩が一気に駆け寄る。

 尋常でない様に俺も意識を向ける。


 部室の扉側、花園先輩がボロボロの姿になってよろけつつもこちらに向かっている。

 和服がところどころ破けており、真っ白な仮面にもヒビが入っている。

 その肩を支える天馬先輩、花園先輩はその介抱に対して素直に身を預ける。


「何があったんだい?」

「やられた」


 壁に寄りかかる部長が、その身を立たせた。


「誰にやられた」

「眼鏡の男」

「情報は」

「何も引き出せなかった」

「……そうか、しばらく安静にしておけ」


 部長と天馬先輩は花園先輩に寄り添い、介抱を続ける。


「奇襲されて、何もできなかった」

「それ程強いのか」

「身体が動かなかった」

「どういうことだ」

「強い力で抑えつけられて」


「あの日、真宮という女にも性質の似た波動が注入されていた」


 三人の話に割入って、紗濤(シャドウ)先輩が声を発する。

 何の話をしているのか分からずに聞き流していたが、突然真宮の名前が出てきた事によって俺の意識は集中せざるを得なくなった。


「伊勢崎くん?」

「え? あ、やっぱり自分で食べたいんだけど――」

「はい、あーん」


 ……自分で食べるって言ってるのに。


「フフフ」


 恥ずかしそうにしてる俺を見るのが面白いようだな、明治さんは。


「伊勢崎くんをイジメた人だっけ、その人って」


 スーパーノヴァ先輩まで話に入ってきた。

 白いメッシュの混じったピンクのツインテールが揺れる。


「ああ、ヤツには本能肥大化の波動が込められていたが、花園からにおう波動にも同等の物が見える」


 紗濤(シャドウ)先輩の闇が花園先輩を包み込む。

 花園先輩を取り囲む環境が薄闇のように変化する。


「……やはりだ。強いコントロールを感じる。花園が動かなくなるほどだ、俺達も居場所を嗅ぎ付けられないように気を付けたほうがいい」


 ――部長がこっちを見た。

 鉄兜の威圧感に思わず緊張する。


 向かってくる部長は精一杯まで近付くと、こちらを見下ろす。


「伊勢崎拓也、これ以上この部活の事を口外するな」

「え、仮に勧誘したいなって思ったら――」

「口にするな」


 語調は酷く冷徹だった。それ程真剣ということなのだろう。

 明治さんも部長の鉄兜を見上げているようで、圧倒され額に汗を浮かべている。


「わ、分かりました」


 俺の一言を聞くと、部長は花園先輩のそばに戻る。


「花園、動かせるか」

「やってみる」


 花園先輩の身体がぎこちなく動く。

 腕や手は、まるで操り人形が吊り上げられるみたいに。


「少しは自由がきくようになった」

紗濤(シャドウ)、まだ時間がかかるか」

「できるだけ早く除去しているのだがな、どうも根強くてたまらん」


 時間が経つにつれ、花園先輩のぎこちない動きはどんどん滑らかになっていく。

 そしていよいよ、紗濤(シャドウ)先輩の闇が花園先輩から離れていった。

 どういうわけか仮面のヒビや和服の破れも修復されており、花園先輩の動きも申し分ない程に回復している。

 握って、開いて。それを繰り返す自分の手をみつめる花園先輩。

 顔を上げ、紗濤先輩の方を見る。


「ありがとう、もう大丈夫」

「無理はするなよ」


 部長の警告にこくりと頷く花園先輩。


 何かは分からないがいきなり暴力をふるわれたみたいだし、俺達も気を付けておこう。

 通り魔のような人間がこの学校の近くにいるのかもしれない。

 不審者情報もしっかり集めないとな。


 それにしてもまさか部長から直接箝口令(かんこうれい)を出されてしまうとは。

 と言ってもプロレマ部は何もすることがない部活だ、話題に出す必要もないしあまり注意する必要もないだろう。

 一応は気を配っておくべき、それくらいに留めておく方がいいだろう。


 部活帰り、いつもの通り明治さんと一緒に学校を出る。

 今日は珍しく境太郎先生が校門の前に立っていた。

 こうして見るとやはり身長が高い。校門の二倍はあるんじゃないかと思ってしまう。


「おや、伊勢崎くん。明治さんも」

「境太郎先生、こんにちは」


 二人で挨拶をすると、眼鏡の奥の瞳がにこやかに微笑んだ。


「二人は同じ部活なのですか?」


 …………。

 これは答えていいのだろうか、これくらいなら大丈夫か。


「はい、そうです」

「ハハハ、なんだか意外ですね」

「そうですか?」

「ええ。では、気を付けて帰宅してください」

「はい、ありがとうございます」


 昨日あんなに怒っていたとは思えないほどに優しい笑顔だ。


 家に帰るとまた千刃が家のリビングで飯食ってる。いい加減にして欲しいものだ。


「本当、毎日すんませんっ!」

「あらあら、いいのよ気にしないで」


 千刃の野郎、目に涙なんか浮かべてやがる。

 ……本当いい加減にして欲しいものだ、千刃の親には。自分の子供には飯くらいしっかり食べさせて欲しいものだがな。

 こういう家庭環境ももしかしたらイジメと関係しているのかもしれないな。

 家庭が荒んでいるせいでストレスがたまり、イジメに走ってしまうなんてこともあるのかもしれない。


「ただいま」

「あら、おかえりなさい」

「おう伊勢崎! 先いただいてるぜー」


 まるで家族の一員になったかのような言い回し、それがちょっとおかしくてクスリとしてしまう。


 後日、学校に足を運ぶときもまた千刃と一緒だ。

 相も変わらずこっちで飯食ってから学校に行く。


「なあ、そんなに飯食わせてくれないのか? お前の家って」

「そうだなー、いっつも金だけ渡されてさ。嫌になっちまった」


 それなら食事代をちょっとくらいお母さんに渡してやってもいいんじゃないか、なんて思ったが俺のお母さんは多分そういうの受け取らないだろうなぁ。


 学校に到着するや否や、またもあいつがやってきた。


「伊勢崎くん! 座布団チャレンジだよ!」


 高天ヶ原(たかまがはら)月花(げっか)。日に日に増して太っているような気がする。

 まさかこいつ俺をより一層苦しめるために毎日体重を増やしているわけじゃないだろうな?

 それはそれで高天ヶ原の生活習慣病等について心配になってくるのだが。

 当然俺の肋骨も心配になってくる。


 腕を組み、俺の前に堂々と立ち尽くす。

 隣にいた千刃は汗を浮かべながら俺の肩を叩いた。


「頑張れよ」

「……助けてくれないの?」

「流石にこの体重差はキツイわ」


 こいつからそんな弱音が出るとはな。

 まぁ、仕方のないことだ。この巨体を前にしたらそう怯んでしまうのは致し方ないこと、むしろ怯まぬ方が異端という程のものだ。

 しかし今日の俺は、こいつの攻撃に耐えるという心意気をその内に湛えているのだ。

 なぜならとっておきの秘策を用意しているからな。

 秘策とは何かって、見ていれば分かるさ。


「四つん這いになりなさい、伊勢崎くん!」

「ああ、やってやろうじゃねぇか」


 奴の指示通りに四つん這いになる。

 朝早くからこのクラスの人民共は非常に元気だ、またも賭けを始めている。


 奴が思っきし腰を下ろしゲームスタート――


「ふんっ!!!」


 その瞬間、教室中が戦慄した。

 俺の背中に座った高天ヶ原もまた、その対象であっただろうさ。

 なぜなら俺はラクラクと高天ヶ原の重みに耐えているからだ。


「な、なんで!?」


 焦る高天ヶ原。

 ぎゅーぎゅーと何度も体重に圧を込めるが、俺の身体は全く地に伏さず。

 その手はしっかり地面についたまま、俺は微動だにしない。

 その様子に観客共も焦りだした。


「おっ、おい! あいつ座布団チャレンジをクリアしちまうんじゃねぇか!?」

「高天ヶ原ァーーー! どうしたぁぁ!!」


 野次が飛ぶ。

 これは本来あるべき盛り上がりなのかもしれない。

 一方が勝つ出来レースじゃなくなったんだ。高天ヶ原も教室の盛況に思わず息を呑んだようだ。


「ど、どういう事なの!?」


 クラス中がカウントをする。

 8秒、9秒――


 10秒。


「ジュウ!!!」


「そ、そんな!!」

「お前の負けだ、高天ヶ原。背中から離れろ」


 勝負に負けた高天ヶ原は素直に俺の背中から立ち上がる。

 俺もまた――余裕しゃくしゃくで立ち上がるのだ。

 一切の疲れが見えないその様相に観客共も圧倒されちまったようだ。


「な、なんてこったよ! あいつあんなフィジカルを持ってたというのか!?」

「オラァ伊勢崎のくせに生意気だぞゴラアァァァァァァ!!!」


 賭けの敗者――いいや、ずっと出来レースを繰り返してきた自分本位のクズ共の暴行が俺を襲う。

 そんな痛みはもう全く効かない、今の俺はこの勝負に勝った快感に包まれているのだから。

 どんな暴行であろうと全く痛くなんかないさ。

 ざまあみろってんだ。


 その後、授業中に高天ヶ原からラインがやってきた。


「昼休み、屋上で待つ」


 全く仕方がない、どうやら二人で話がしたいみたいだな。

 醜い言い訳に付き合ってやるとするか。


高天ヶ原(たかまがはら)さん、授業中ですよ。スマホをしまいなさい」

「あっ、ごめんなさい!」


 プププ、怒られてやんの。


 昼休み丁度、俺は逃げるようにして屋上に向かう。

 既に高天ヶ原はそこで待っていた。


「伊勢崎くん、来てくれたんだね」


 口調は変わらずだった。しかし高天ヶ原の表情には確かに怒りが込められていた。


「イカサマ、したでしょ!」

「何のことだ?」

「分かってるんだよ、私! あんなに余裕でいられるはずがないもん! だって今日の私は……!」


 制服を思いっきりまくる高天ヶ原。

 ぷっくりとした腹には大量の鉛が貼り付けられていた。


「いっぱいいっぱい体重増量したんだもん!!」

「ククク……何を言ってるんだい高天ヶ原さん」

「な、何!?」

「そんなの、そっちの方がイカサマってやつじゃないか」


 高天ヶ原はショックで声が出せないようだった。

 思わぬ方向からやってきた正論に声を失ってしまったようだ。

 やれやれ、そうなるとあの腹の中にも何か本当に物理的に入っているんじゃないかと疑ってしまうのだが。


「う、うるさいうるさいうるさいっ! 伊勢崎くんがイカサマをしたことに変わりはないんだから!!」

「仕方ないなぁ、お前が自分からイカサマを認めるなら、教えてやらんこともないがな」

「……!!」


 口をつぐむ高天ヶ原、しかしすぐに決意し口を開いた。


「うん、イカサマしたよ!! だから教えて、何をしたの!?」

「しょうがないなぁ、これだよ」


 制服の中から俺は取り出してやった、最強の秘策ってやつを――


「ジェッ、ジェットパック!?」

「そう、こいつを腹の中に仕込んで地面に向けて噴射していたのさ」


 そう、俺はこのジェットパックに支えられていたから余裕でこいつの体重に耐えることができていたのだ。

 怒りに狂乱した高天ヶ原は、ボールのように転がりながらこっちへとやってきた。


「うわああああああああああ!! そんな物!! そんな物! 私が押しつぶしてやるううう!!」


 自分の体型を利用した奇想天外な攻撃方法だな。

 しかしそんなもの、こいつにかかれば一瞬で終わりなんだぜ。


「――復讐させてもらうぜ」


 ジェットパックを握り込み、そいつをそのまま高天ヶ原の体の中へと打ち込んでやった!!


「ぎゃあっ!! な、何をしたの!?」

「お前の腹にジェットパックを埋め込んだ、感覚で分かるだろう?」

「と、取ってよ! 取ってぇぇぇ!」

「無理な話だな」


 俺はジェットパックのスイッチを取り出した。

 こいつは遠隔操作式のジェットパック、このスイッチを押せばジェットパックが作動するのだ。


「や、やめて……! お願い、許して!」

「死んで俺に詫びろ」


 ポチッ。

 ブシューーーー!

 作動したジェットパックは大きな音を立て、高天ヶ原の身体と共に高い高い空へと飛んでいく。


「いやあああああああああああ!!!」


 ――キランッ。

 一瞬生まれた強い光と共に、遥か空の彼方に高天ヶ原は消えていった。


 1年3組29番・高天ヶ原月花。スポーツマンシップに則ったイジメをしていたと思っていたのだが、そんな最低なイカサマをして体重を水増ししていたとはな。

 全く、あいつを信じた俺が損をしたじゃないか。イカサマなんて最低だ、絶対にやるもんじゃない。

 とんだペテン師が、イジメの報いを受け入れろ。


 部活帰り、いつものように明治さんと帰っていた。

 ふと顔を上げた明治さんが、空に向かって指をさす。


「あっ、見て! 伊勢崎くん! 一番星!」

「え? おー、本当だ」


 ぽつんと輝く星がそこにはあった。

 ――今日の星は、綺麗だなぁ。

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