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20話.アナーキーショー、開幕。

※絶対にマネしないでください。

 後日、学校に到着したその瞬間、またも熾烈なるイジメが始まる。


「おい伊勢崎、ちょっとストレス溜まってっからボコさせろや」


 こうやってストレスのはけ口にされたりなんて、もうとっくのとうに慣れっこだ。

 またかという感覚になってしまうため、若干うんざり気味。

 ただでさえ嫌なのにそこに飽きが乗ってしまうのだ。苦痛だ。

 何だろう、うっとうしい先輩に絡まれるような、そんな感覚。

 ……変に気を詰めて病むよりはマシなのかもしれない。

 明治さんがいなけりゃきっと俺のメンタルはそっちのルートまっしぐらだっただろう。

 明治さんがいる、その精神的サポートは非常に大きい。


 と、そんな中で突然やってきたのが昨日の公開ショー。

 もしかしたら俺をイジメに来る奴らもそろそろマンネリしてきて新しい手法を考えてきているのかもしれない。

 俺には俺で手があるからな。

 楽しみだ。見ていろ、御伽絵空(おとぎのえぞら)


 ――やってきた昼休み。皆が皆、示し合わせたかのように机を端へと除け始め、二日目公開虐待ショーの開始だ。


「さあ、今日も始めます伊勢崎くん虐待ショー! 皆さん、どのようなリクエストがございますでしょうか?」


 御伽が俺の横に立ち、皆を盛り上がらせる。

 ワイワイはしゃぐクラスメイト、若干名は教室から出ていくのだが――狐鶴綺(こづるき)さんと、明治さんね。

 これは俺が指示したこと、二人には俺の痛ましい姿を見せることができない。


「うおおおお! ケトルでしょんべん沸かしてぶっかけようぜ!!」

「見てみて、とりもち作ったの!! これね、デスソース混ぜてるから傷口ができたらひっつけようよ!!」

「首吊って殺せー!」


「うふふふ、皆さんいっぱい……あ、殺すのは流石に駄目ですよ、やりすぎです」


 どうやらこいつら夜通し考えてきたみたいだな。

 そんなに暇か。えげつないものだったり、捻りすぎてくだらないものだったり様々な案が提案されてくる。

 まあ、精々余興として楽しむがいい御伽絵空。

 主催者のお前を潰すことこそ俺の目的、お前らが俺に陰湿なイジメを働くために面白いイジメ方法を考えてきたように、こっちにも復讐の案というものはあるのだ。


「ご安心ください、皆さんが考えてきたイジメの数々、なーんでもできちゃいます!!」


 皆のイジメのニーズにあった道具の数々が御伽より提示される。

 教室は熱狂、まるでクラブのようだ。

 踊り明かさんばかりに腰をくねらす者まで出てくる。


 ケトルでしょんべんを沸かし始めるヤンキー共。

 こいよ、お前らがそうまでして俺をイジメたいというのなら乗ってやる。


「俺もしょんべん、入れてやるよ」

「おう伊勢崎、ノリがいいじゃねぇかよ!」


 皆で小便を入れあった電気ケトル、こいつを教室のコンセントで沸かして。

 さぁ、次はとりもちだ。

 と、その前に。


「うっひょひょひょひょ、このナイフで伊勢崎くんをザクザクやっちゃっていいんだね??」

「あぁ、こい。華麗に鮮血を散らせてやる」

「面白いこと言ってくれるじゃねぇか! ズッタズタに切り刻んでやるぜぇぇぇぇ!!」

「おぉう……んっ、あぁ……すごい、すごいぞお前、最高の手さばきだなっ」

「ククク、もう駄目そうな感じだなぁ? そんなに俺様のナイフは苦しいかぁ!?」

「あぁっ、くそっ、こんなに!! ぐぅぅぅ……!! おっ、俺はそんなものには負けないぞ!」

「威勢張っちまって本当の気持ちはどうなんだ、言ってみろ、えっ!?」

「おっ、おっ――え、エクスタシイイイイイイー!」


 片足をあげ上体を逸らし、スラリとした美脚を見せつつポーズを取る。

 ナイフによって生まれた数々の生傷は蛍光灯に映え、クラスルームをきらめかせるのだ。

 その様、まさしくミラーボールのよう。


 教室の観客達は大盛り上がり。

 踊り狂うオーディエンス、湧き上がる歓声。

 宴もたけなわ、虐待ショーは教室中を深夜のクラブへと変え人々の心を衝き動かしている。


 御伽の表情は見えない、ただそこには確かに満足げなものがあった。

 口元の笑みがそれを示している。


「こ、こんなに盛り上がるなんて」


 ――ぼそりと彼女の口から漏れ出た言葉だった。

 きっと予期していなかったのだろう、これほど教室が沸き上がるなんてことは。

 御伽は大人しいやつだった。時たまイジメに参加することもあったが、それでも御伽自身は自分のイジメに満足する事はできていない様子だった。

 ショーを開催したのは皆を喜ばせるため、おそらくはそのはずだ。

 それならば俺はそれに応じ、ショーを最高のものへと変えてやる。


「よし、ケトルが沸騰したぞ!! しょんべん熱湯、かけたいやつはいるか!!!」


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!


 大歓声の中、手を上げないものはいなかった。

 御伽もまた、小さくだが手を上げていた。


「うーん、どいつにしよっかなぁ?」

「じゃあそこの人――」

「待てい!!」


 ストップをかけたのは――俺だ。

 紛れもなくこの俺、伊勢崎拓也。


「あ? 伊勢崎なんだお前、何か文句あんのか? 言ってみぃやゴラァ!!」

「彼女に、やらせよう」


 ピッと指さしたその先にいるのは、御伽だ。


「えっ、私!?」


 ピンッと跳ねた後ろ髪のように自分の身体まで跳ねさせて、好調のリアクションを取ってくれている。


「ど、どうしようかなぁ……」

「手を上げていたんじゃなかったのかい、御伽(おとぎ)さん?」


 一瞬シンとした教室がまたも舞い上がる。


「やれーーー! 御伽ぃ!!!」

「お前がやるんだ御伽ィィィィ!」

「ここでいっちょかけてやりな!! ケトルの小便かけたりなー!」

「一気にかけろ! おーとーぎ! はい一気! 一気一気!」


「御伽! 御伽! 御伽! 御伽! 御伽!」

「み、皆……!」


 大盛況に支えられる御伽、髪の奥の瞳が輝いているような気がした。


「う、うん! 私、やってみるよ――やってみますとも!!」

「そうだー! 御伽やれー!」

「はいっ! それでは司会を務めさせていただきました私が、僭越ながら!! この醜いボロ雑巾に、小便をぶっかけていきます!!」


 四つん這いになり、若干たじろぐ御伽を横目にする。


「どうした、やらないのかい」

「わ、私がこんな大役を務めていいのか……」


 盛況のフロア、御伽の危惧はきっと俺の耳にしか届いていなかっただろう。


「大丈夫だ、御伽さん。自信を持ってくれ、君なら絶対にやれるはず」

「っ……!!」


 決意を抱いた御伽。

 ケトルの小便をひっかけるため傾けた――かと思いきや、違う。蓋をこじ開けたのだ。


「一気いきまーーーす!!!」

「うあああああああああああああああ!!!!!!!」


 発狂するフロア。

 あまりの昂ぶりっぷりに泡を吐き失神する人間まで出てしまうほどだ。

 それ程に、このフロアは盛り上がっている。

 そんな所に御伽は新たな興奮剤を投入してしまったのだ、まったく罪作りだよ君は。


「さん! にい!! いち!!!」


 ドッパアアアアアン!!!!

 降り注ぐ熱湯、絶叫し金切り声を轟かす俺の声帯。

 熱い、あつすぎる!!

 御伽は最後の一滴まで全てを俺の背中へ叩き込み、フロアに向かって敬礼を繰り出した。


「ウオオオオオオオオオオ!!!!」


 新たに巻き起こる歓声、ボルテージはマックスのマックスへと、ついに有頂天を突き抜けた。


「くぅ、生傷にこうも熱湯をかけられては染みて仕方がない!!」

「なんとも痛々しい姿になってしまいました、伊勢崎くん! 観客の皆さん、この豚をこれ以上どう痛めつけれるというのでしょうか!」

「――できるよ」

「え?」

「私の特製デスソース入りとりもちを使って!!」


 フロアから投げ込まれたとりもちは見事御伽の手のひらの上に舞い込む。

 こんなものが皮膚にとりついたら発狂して頭がおかしくなるだろう。最悪、気絶を通り越してショック死すらあり得るだろう。


「わ、私にまたこんな役が……」


 足の震える御伽、きっとプレッシャーに押し潰されているに違いない。

 四つん這いながらも、俺にできること。それは御伽を激励してやることだ。


「安心しろよ御伽」

「い、伊勢崎くん……」

「今のお前なら、何でもできる!!」


「何、でも――」


 励ましが御伽の身体をそのまま動かし、俺の傷跡に激辛のとりもちが張り付いていく――


「ギャアアアアアアアアアアア!!!!!」

「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 歓声、絶叫、大盛況。

 悲痛に混じり込む歓声の嵐、今このフロアは誰も見たことのないステージへと突き進もうとしている。

 そしてそんなクレイジーショーを率先して作り上げたのは……お前だよ、御伽。

 皆が御伽の背中を支えている。御伽、お前だってやればできるんだ。

 自信を持て。


「さぁ、続きましては両手を縛り上げまして――」

「待て、御伽。首を吊る、そんな提案が無かったか?」

「え? だ、駄目ですよ! 死ぬのは流石にやりすぎですって!!」


 フロアにも怪しい空気が立ち込めてくる。

 緊張の瞬間だ、誰かが動き出せば死人が出るかもしれない。

 そんな雰囲気――だからこそ、面白い。

 狂気の先へ、皆で飛び込もうじゃないか。


「大丈夫、俺は死なねぇ!!!」


 教室の上部、首を吊るためのロープをセット。

 椅子に乗り上げ、丸く作った輪っかの中に首を入れた。


「おい!! やめろっ、何してんだよ!!」

「死ぬつもりか!? おい、誰か止めろよ!!」

「伊勢崎ィィ!! 何勝手に死のうとしてんだコラアアアアア!!」


 反発するフロア――俺はそいつを片手で制した。


「落ち着け。俺を誰だと思っている?」

「…………」

「俺は伊勢崎拓也、どんなキツいイジメにも耐えてきた生粋のいじめられっ子だ」


 皆は黙ったまま、俺の話を聞いている。


「そんな俺が、こんなロープ一本で死ぬわけねぇだろ!!」


 そして俺は、勢い良く椅子を蹴り上げた!!!


 その光景に目を塞ぐものもいた。遅かったか、手遅れか、そう嘆こうとする聴衆すらもいた。

 しかしフロアの人間が見るもの、それは……首を吊ったまま華麗にポーズを決める伊勢崎拓也さ!


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」


 一旦失意の底まで戻ったフロアは一気に急上昇、天を突き上げ宇宙を越え、未知なる世界へと全てを連れて行く……

 それは正しく熱狂の極地、誰も踏破することのない興奮のその果ての果て、俺達はいよいよその領域に足を踏み入れていくのだ。


「い、伊勢崎くん……!」


 司会、御伽絵空(おとぎのえぞら)。沸きに沸くステージの上で御伽は更にその上を行く俺の姿を見上げていた。

 御伽の目は髪に隠れて見えない。しかしそこには確かに羨望の眼差しがあった、敬意があった。


 首にかかったロープもそろそろいいだろう、不良から借りたナイフでロープを切り裂く。

 そしてゆっくりと輪っかを首から外し、後ろに放り捨てた。

 俺の一挙一動にステージは舞い上がる。

 さて、ここらへんが決め時だろうな。


「――復讐させてもらうぜ」

「えっ?」


 御伽が反応する。復讐とは何だろう、そんな不思議な顔でこちらを見ている。

 俺がその背中を押してやるさ。


「皆さん、盛り上がってますかああああああああああ!!!」

「イエエエエエエエエエエエイ!!!!」


 俺の声にフロア中、歓声の渦が巻き起こる。


「今回司会を務めていただいたのがっ、御伽絵空(おとぎのえぞら)ァ!」

「あっ……えっと、い、イェイ!」

「ウオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 紹介された事に慌てふためき、一応ピースを投げかける御伽。


「さぁて続きましてはこのお方っ! 御伽絵空(おとぎのえぞら)虐待ショーでプログラム進行させていただきたいと思いまぁぁぁす!!!」

「えっ?」

「キャアアアアアアアアアアアア!!!!」


 黄色い声援、後押しされてるんだぜ、御伽。


「私も、伊勢崎くんみたいに……?」


 不安そうだな、御伽。


「ほ、本当に私なんかで務まるのかな?」

「――できるよ、御伽なら」

「……!!」


 ボルテージの上がりきったフロアはもう今更止めることなんてできない。


「私! やってみるよ、伊勢崎くん!」


 ――決まりだ。


「それでは司会代わってもらえる方ぁぁぁぁぁ!!!」

「ハァァァァァァァイ!!!」


 上がる手はやまず、伸びる手はやまず。

 さらなるイジメを求め、フロアは次なる場所を目指そうとしていた。

 そいつの行き着く先は……アナーキー、無秩序さ。


 適当にその中の一人を指名し、進行を代わってやる。


「それでは御伽絵空(おとぎのえぞら)虐待ショー! 始めていきましょおおおおおう!!」


「伊勢崎くん、ありがとうございます……」

「お礼なんかいいよ、御伽」


 そっと優しく、その頭を撫でてやる。


「それだったら、死んで俺に感謝しろよ」

「……はい」


 穏やかな返答と共に、御伽はイジメの渦に呑まれていく。


「あぁっ! 私、私幸せっ!! 幸せええええええええええええ!!!」


 痛みに轟く歓喜の悲鳴。

 もはや御伽は正気を保つことができていない様子だった。


 1年3組22番・御伽絵空(おとぎのえぞら)

 人をイジメの道具に利用するんなら、応酬は当然つきものだ。

 しかしまあ、こっちも少々は楽しませてもらったお礼だ……イジメの報いに歓喜しな。


 教室を出た所では、明治さんと狐鶴綺さんが待っていた。


「ふぅ、ようやく抜け出せた」

「本当に成功したんだ、あんな作戦……」

「まっ、このクラスには単細胞しかいませんものね」


 狐鶴綺さんは鼻で笑った。

 明治さんは教室の中を一瞬覗くと、見てはいけないものを見てしまったかのように反射的に目を逸らした。


「これじゃ昼休みは教室に戻れそうにありませんわね、学食に行きませんこと?」


 食堂か、縁がなかったな。

 どうせ俺が行った所でいじめっ子がついてきて食い物をぶつけられて終わるんだし。


「奢りますわよ(わたくし)、明治への謝罪も兼ねてね」

「えっ、いいの!? ゴチになりますっ!」


 明治さんの顔が咄嗟に笑む。

 そうだな、この機会に行ってみることにするか。


「じゃあ、俺も」

「ウフフフフ。伊勢崎、明治。ついていらっしゃい」


 帰って来る頃には御伽はどうなっていることだろうか。

 無秩序に揉まれ、無惨な姿になっているかもしれない。

 ――ま、俺の知ったことではないか。


 それじゃあ行こうか、平穏な学食の場へ。

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