2話.リベンジにはリベンジを、刃には刃を。
学校から帰る時、ラインが送られてきた
「お前明日ぜってーぶっ殺す」
それは、伊賀千刃からのラインだった。
俺は心の中で呟いてやった。やれるものならやってみな、と。
あえて既読無視をする。こうすることで奴へ精神的なダメージを与えられるからだ。
「返信しろや、調子こいてんじゃねぇぞ」
「おい」
「おい」
俺は既読をつけて無視してやる。
諦めたのか、数度暴言を吐いてからヤツのメッセージは止まった。いい気味だ。
明日、俺は殺されるどころか、むしろアイツを殺し返してやる。そう誓う。
「今日はボロボロだったね、どうしたの?」
……なんと、明治こけしさんからラインがきた。
「大丈夫だよ」
俺はそう返した。
まさか女の子の方からラインが来るとは。これは青春まっしぐらなのでは。
俺はワクワクしてきた。これからの学園生活に。
そりゃあイジメは辛いけれど、こうして心配してくれる人がいるというのは、励みになる。
もしこけしさんがいなかったら……俺はこの学園生活に希望を持てただろうか。
いや、持てなかったはずだ。
「ありがとう」
と、メッセージを付け加えた。
羊のスタンプが送られてくる。意味は分かんないけど、可愛かったから良し。
さて、明日は千刃のやつが何か俺に仕返しを企んでいるようだし、十分に警戒しなければ。
「ただいま」
「……! 拓也! その怪我、どうしたの?」
「ちょっとね」
お母さんはすごく心配してくれていた。
イジメられていることを隠すのは、ちょっぴり申し訳なかった。
「ちょっとじゃないでしょ、大丈夫なの!?」
「大丈夫大丈夫、こんくらいどうってことないよ!」
本当は心が張り裂けそうなくらい辛かったけれど、仕方がないのだ。
心配をかけすぎたら、母の心臓病がどうなってしまうかわからない。
「何か困ったことがあったらお母さんに相談してね!」
「分かってるよ」
ありがとう、お母さん。
翌朝、千刃が懲りずに俺の家へとやってきた。
「おはようございまーす! 伊勢崎くんいますかー!?」
若干昨日より声が高い気がする。
俺から出迎えてやろう。
「全くうるさいなぁ。近所迷惑だよ、千刃ちゃん?」
「――てめぇっ!」
千刃は俺に殴りかかろうとしてきたが、奥にいるお母さんの存在に気づいてその手を止めた。
「ッチ」
「ふふ、やっぱりな。そうやっていい子ちゃんぶって、裏ではか弱い存在をいじめる意地汚い人間め」
千刃は俺の言葉を黙って聞くしか無いようだった。
「千刃ちゃん、ちょっとまつげ伸びた? プププ」
千刃の肩が震えている。俺の言葉は相当屈辱的なのだろう。
「拓也のお友達さん、おはよう。今日もご飯食べてくの?」
「いや、今日はいいっす、さっさとこいつと学校行きたくて」
「あら……」
明らかに、千刃の声には怒気が篭っている。
寝巻き姿の俺をそのまま引っ張って、外へと連れ出してしまった。
お母さんはどうしていいのか分からず、呆然と見送っている。
どうやら千刃、俺の言葉に相当頭にきているようだ。しかし俺の仕返しはこんなもんでは済んでいない。
お前が俺に逆らおうとする気が起きなくなるまで、徹底的にやってやる。
――それこそ、殺したっていい。こいつは昨日俺に殺害予告をした、だから殺害され返されることも覚悟しているのは当然のことであるはずだろうがね。
「よくも俺の玉潰してくれたな、てめぇ……」
「元はといえば、いじめたお前が悪いんだよ」
「んだとゴラァ!」
千刃は懐から短刀を取り出す。
こいつ、本当に俺を殺す気でいる。
「そんなものが俺に当たると思っているのか?」
読みやすい攻撃だ。安直な刺突を脚さばき一つでスラリとかわしてやる。
予備動作が大きすぎる。次第に千刃は疲れていって、短刀を突くのによろけるほどだ。
怒りに任せた安易な殺人ほど、かわしやすいものはない。
「次は俺の番だよ?」
千刃の頭を掴み、塀ブロックにたたきつけてやる。
「ぶべっ!!」
「ちょっとばかしイケメンだからって調子に乗って、俺をいじめたのが悪いんだからな?」
俺は千刃の顔がぐちゃぐちゃになるまで何度も塀ブロックに顔を叩きつけてやった。
辺りはもう血まみれだ。顔面は血でドロドロだ。それでもこいつの罪は、これだけでは済まされない程に大きい。
思い返してみれば、こいつが俺を最初にいじめた。もしかしたら、こいつが俺をいじめてこなければいじめなんて起こらなかったかもしれない。
周りの皆が流されて、俺をいじめなければいけないなんていう空気になってしまっていたのかもしれない。
こいつが、諸悪の根源だったのかもしれない。
そう思うと、段々と俺は本当にこいつを許せなくなってきた。
――仕返しだ。
千刃の手から短刀を奪い取り、それを思いっきり振りかざし……
「……ッ!? やだっ、やめてくれ、死にたくない! 死にたくない!!」
千刃は命乞いをした。
その顔は本当におびえているようだった。
血だらけの顔から涙が浮かぶくらいに、ボロボロと泣きじゃくっている。
「お願いします拓也様、俺が、俺が悪かったですから! お願いします!」
「お前は、俺がやめてと言ってやめた試しがあるか?」
こいつは何も答えられなかった。
最初から答えなんて決まりきっていた。
「――なーんて言うと思ったかコラァ!」
ヤツの反逆は、もう読めていた。
短刀を取り返そうと最後の力を振り絞ったようだが、残念。
俺は足をかけてヤツをころばしてやる。
そしてその喉元めがけて、思いっきり短刀を突き刺してやった。
「さよなら、伊賀千刃ちゃん」
……え?
俺の、手が……
「ハハッ、バーカ。そうくると思ってたぜ」
ヤツの手には、二本目の短刀が。
俺の手を刺して、攻撃を防いでいた。
「ッうわぁあああああああ!!!」
痛い。俺は必死に叫んだ。
「お前が逆らったのが悪いんだよ。なぁ、伊勢崎拓也くん?」
千刃は短刀を俺の喉元につきつけてくる。
「お前は俺を殺そうとしたんだ。殺されたって文句は言えないよな?」
「やめてくれっ、やめてくれよぉっ!」
「はぁ? いじめられっ子は素直にいじめられてれば良かったんだよ、分かってんの?」
グリグリと短刀の刃先を押し付けられ、首から血が溢れる。
「ギャアアアアアアアアッ!」
「ハハハ、痛がってんの。だっせぇーーーー」
本当に死ぬんじゃないかと思ってきた。
しかし俺は――
「――いてぇっつってんだろ!!」
反撃の闘志を絶やさず、やつのがら空きの腹を攻撃してやった。
「ぐほぁっ!?」
俺がいじめられっ子だから反撃なんてしてこないと侮っていたんだろう。
「オラッ、オラッ! ソラソラソラソラッ!!!!」
何度も腹パンを繰り返す。
重い、重すぎる攻撃だ。
この拳にはヤツの罪の重みが乗っている。俺は今、はっきりと感じ取っている。
ヤツの罪の重みは、この拳を伝っている。
最後の一発をお見舞いすると、ヤツの身体は綺麗に後ろに吹っ飛び、塀ブロックを突き抜けた。
それを追いかけ、仰向けに倒れた身体を踏んづける。
「最低な野郎だな、いじめられっ子は反撃をしないとでも思ってたのか?」
「ぐぅぅぅ……」
俺は千刃の短刀を奪い、二刀流になる。
「――復讐させてもらうぜ」
ヤツの両手に、思いっきり短刀を突き刺してやる。
「ギャアアアアアアアア!!!」
これでやつは他人の庭にはりつけされた状態だ。
民家の窓をよじ登り、二階のベランダへと進む。
物干し竿……そこには真っ白な洗濯物が干されていた。
「奥さん、少し借りるぞ」
物干し竿を取り、ベランダの手すりの上に立つ。
地面に倒れる千刃を睨みつけた。
「ゆ、許して……頼む……」
千刃は命乞いをしていた。
もう抵抗ができないという事を悟っているのだろう。
――いや、もう抵抗の手段が無いということを、やつは無意識に吐いてしまった。
心の油断が、やつに屈服の姿勢を取らせたのだ。
しかし俺は許さない。悪逆非道の限りを尽くした伊賀千刃、ヤツには復讐をしなければこの気が済まぬ。
「死んで俺に詫びろ!」
物干し竿を持って、俺は飛び降りた。
そして伊賀千刃の腹めがけて――突き刺す。
「グワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!」
腹に突き刺さった物干し竿から、血が溢れている。
奴の罪が、真っ白い洗濯物を赤く染め上げていた。
ここまですれば、流石のやつも懲りただろう。
「何、この叫びは!?」
家の中から奥さんが飛び出してくる。
「あぁ、ちょっとばかしいじめっ子を懲らしめていたんですよ」
「まぁ。あなた、イジメをしたの?」
奥さんは伊賀千刃を厳しく問い詰めている。
「うぅ……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「最低の人間ね、しばらくここで反省していなさい!」
伊賀千刃、こいつには救急車を呼んでやる道義もない。
いじめの報いを受け入れろ。
俺は手と首に絆創膏を貼って、学校に登校した。
絆創膏は奥さんから貰った。
「……おや、伊賀千刃君は今日も欠席ですか」
境太郎先生が出席確認でぼそりと呟いた。
「何だアイツ?」
「ありえねー」
「付き合い悪くね?」
どうやら、伊賀千刃は新しいイジメのターゲットにされつつあるようだ。
これでいい。いじめっ子は一度痛い思いをしなければ分からない。
そしてそれは、伊賀千刃をいじめのターゲットに変えたクズ共にも言えることである。
俺は絶対に、いじめっ子共を許さない。
「ふむ……千刃君はどうやらもうダメみたいですね。情けない……」
「先生?」
「あぁ、こちらの話です」
先生はかけていた眼鏡をクイッと上げた。
昼食の時間になるも、相変わらず俺は虐められていた。
「おい、食えよ!」
俺の弁当にカレーをぶちまけられる。
「俺もこれいらないから食ってよ」
ブロッコリーをさらに入れられる。
「あー、俺もこれいらないからよろしく、伊勢崎くーん!」
ゴミを入れられた。
「じゃあこれもお願い!」
ゴキブリの死体をねじ込まれる。
「これもね!」
生きてるムカデを……!?
「――うわぁっ!」
「ビビってやんの、だっせー!」
ギャハハハハハハハハハハ!!!
クラスがいじめっ子達の笑い声で包まれる。
窓際の方に目をやると、やっぱりこけしさんだけは俺いじめに加担しない。
だけど、こけしさんはこけしさんで、一人でお弁当を食べている。
……寂しくないのかな。
「ほら、食えよ!!」
俺はムカデゴキブリゴミ入り弁当を無理やり口にねじ込まれた。
「ぶぇっ、おえぇ、ぐえぇぇっ……」
全て、無理やり食わされた。
気持ち悪い。吐き気がする。
「美味しそう、いいなぁぁぁぁぁ~~~~!」
そう言った女は確か、出席番号25番の小牧百足だったか……。
生きてるムカデを入れてきた張本人だ。
ムカデの髪留めをつけているポニーテールの女だ。
目はなんだか変な薬でキマっているみたいにガン開きだ。
「ねぇねぇ、美味しかった? どうなの?」
小牧百足が俺に質問する。
美味しいわけがない。けど、俺は……
「美味しいです……」
と、言ってしまった。
美味しいと言わなきゃ殴られるだけだ。
いじめには、逆らえない。
「ギャハハッ! 美味しいんだ、そっか、良かった良かった! それじゃあワタシがこれから毎日ご馳走してあげる!!」
大きく、卑しく、口を開けて笑っていた。
こいつは本当に、そんな事をするつもりなんだろうか。
嫌だ。
「少し、よろしいですか」
「……あー、先生? どしたの?」
「伊勢崎拓也君に、用事がありまして」
「あー、そうなんだ。うちら実は仲良いんだよね、ねー」
百足が俺と肩を組んできやがった。
全然仲は良くない。
でも、俺が嫌そうな顔をすると後ろから謎の勢力が背中をぐりぐりと痛めつけてくるため、愛想笑いをするしかなかった。
「仲が良いのは素晴らしい事ですね。拓也くん、職員室にお越しいただけますか?」
嫌な予感がする。
しかし反面、良い予感もする。
一体どちらが正しいのか、俺には分からなかった。
どちらにも言えることがある、職員室に行ってみなければどう転ぶかは分からない。
先生に連れられて職員室に行く途中、千刃の姿が見えた気がした。
鬼の形相でこちらを睨んでいる血まみれの千刃が……。
俺はそいつを笑ってやった。
するとそれはスゥッと消えていった。どうやら幻だったようだ。
職員室についていきなり、境太郎先生は言った。
「いじめられていませんか?」
「……!?」
先生は、俺の事を分かっていた。




