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18話.手が、滑っただけなんだって。

 ――暗闇から飛び交う鋭い痛み。

 どうやらあの野郎、この暗闇に紛れながら的確に俺にカッターの刃を当ててきているようだ。


「アハハッ、ハハハハッ!」


 時たま聞こえる癪に障る笑い声は、奴が俺をおちょくるために出しているのだろう。

 とっても愉快らしいなお前は、俺はイライラして仕方がないよ。

 今はまだそうやって調子に乗っているといい。

 次第に奴は慢心を覚える、その機を待てばいい。


 とはいえ当然俺だってやられっぱなしという訳にはいかない。

 暗闇に紛れる足立の姿を捉えるため、乱雑ながらも反射的な反撃を繰り返す。


「んー? 伊勢崎くんどうしたの? もしかして何、怒っちゃってる感じなの?」

「ああ、そうだ。見つけ次第お前の事をボッコボコにしてやる」

「うわぁぁぁぁこっわぁぁぁぁぁ!!!!」


 嬉々とした語調、こいつ全く反省していそうにないな。人をイジメるのがとっても楽しいみたいだな。

 自分には絶対に攻撃は当たらない、そう思っているんだろうか。


 俺の身体に何度も刃がかすれていく。

 何度も反撃を試みると、いよいよ反撃が奴の衣を掠ったようだ。

 どうやら素直に攻撃をしていないらしく、俺の左腕を切るのは右側からといったように、自分の居場所を悟られないように攻撃を重ねている節がある。

 逆に言ってしまえば素直な方向からの攻撃は一切してこない。

 足立善、お前らしいな。その陰湿な攻撃手法は正しくお前のような捻くれたやつの考えつきそうなことだよ。


「――そこだな」


 繰り出す裏拳。

 その拳は確かに人体を捉え衝撃を与える。


「ぐべっ!?」


 その証拠に、間抜けな声が響いた。

 お前の行動パターン、左を切り刻めば次は右に左にと、随分と規則的だった。

 それはお前の慢心の証だ。このままお前の顔面を跡形もないものに変えてやるぜ。


 胸ぐらを掴むも、どうやら足立はすぐさまカッターで服を切り取ったみたいだ。

 襟元だけが俺の手に残っている、そんな感触を確かに感じる。


「あーあ、そういう事しちゃうんだ。伊勢崎くんひどいなぁ、せっかくお見舞いに来たのにさぁ!」

「お前のお見舞いは嬉しいよ。だから俺もお見舞いしてやる、こっちに来い」


 そろそろ目もこの暗がりに慣れてきた。

 足立の姿はぼんやりと、しかしその輪郭ははっきりと見える。

 こうして見ると、ちっさい分厄介だな。


「僕は病人じゃないよ? あっれー? 伊勢崎くん、頭は大丈夫ですかぁぁぁ???」


 安い挑発だな。

 いや、こいつの場合は挑発じゃないのか。これがデフォルト、奴本来の行動。

 人をおちょくることに生きがいを見出しているような悲しいやつだ。

 お前は、まぁカテゴライズをするのなら病人ではないがこれから入院することになるんだ。

 前見舞いってやつをしてやろうか。


 近付いてくる足立、しかし先程と違ってその姿ははっきりと捉えられる。

 一瞬の後、お前の顔は恐怖に歪むことになるんだ――


「うわぁっ、手が滑った!」


 ――強い光が俺の目の中に飛び込んでくる。


「くぅっ!?」


 たまらず顔を塞ぐ、足立はその隙を見て俺の脇腹を切り刻みに来たようだ。


「えぇ!? どうしたのぉぉぉ?? 大丈夫? 病気になっちゃった!? あ、元からかぁ、アハハハッ!」


 頭がくらくらする。

 一瞬だが確かに見えた、あの野郎随分と光の強い懐中電灯を俺の顔に向けてきたんだ。

 足立のやつ、意外と食えないな。


「もしかして発作!? ちょっとナースさん呼んでくるねっ!!」


 足音が遠ざかっていく、恐らくだが階段の方に向かったのだろう。

 強い光にやられたせいか先程ようやく見えだした奴の姿も暗闇の中に消えてしまった。

 しかし何故階段に向かったのだろうか、流石の奴も俺の攻撃が当たった事に驚き警戒を始めたか。

 参ったな、その前にカタをつけようと思っていたのだが。


「逃がすか」


 それでもこのまま足立の野郎を野放しにしておく訳にはいかない。

 警戒されたなら警戒されたなりに、とんでもなく不利な状況に陥るわけでもないのだから落ち着いて反撃の期を待とう。


 階段の下へと降りていく足音を追うと、意外な事実を目の当たりにする。

 ――階下は、ナースステーションの明かりで薄いが青白く照らされているのだ。

 階段を降りきった足立が振り返ると、牙を見せて笑った。


「あーりゃりゃ、怖いなぁ伊勢崎くん。ただ僕の手が滑っちゃっただけなのにそんな事も許せずここまで追っかけてきたのぉ?」


 足立の舌は止まらない、相変わらず人を煽るためだけにあるのではないかと思うような舌だな。

 貴様のカッターでまるごとそいつを切り落としてやりたいな。

 そんな冗談はさておき、本格的に黙らせに行くか。

 奴の顔は相変わらず余裕そうだが、光があればこっちのもんだな。


 ――奴は逃げるかと思ったが、こっちに向かって猛ダッシュで駆け寄ってきた。

 都合がいいな、お前の方から寄ってきてくれるなら復讐がしやすくなる。

 そう思った矢先、俺の視界が暗闇に包まれる。

 同時に腹部を鋭い痛みが襲う。


「あれっ、何か勝手に手が動いちゃった。なんか刺さっちゃったけど俺のせいじゃないから、ごめーんっ!」


 白々しく吐いてまた階段を登る足立の足音が。

 ……まさかアイツはこれまで計算づくだったのか?

 光があればこちらのもんだと俺に思わせることで敢えて油断させる事が目的だったのか。

 俺の視界を覆っているのは、さっき足立が頭から被っていたお化けのマスクだ。こんなものは投げ捨ててしまえ。

 それよりも、だ。

 俺の腹部に刺さっているものの方が重要だ。

 すれ違いざまに突き立ててきたカッターナイフ、アイツはなぜ俺の腹部にこいつを?

 トドメを刺すためなのか? もしそうだとするのなら、間違いなく大きな誤算なのだがな。


 ――勢い良く引き抜く。

 多少血は出てきてしまったが、これくらいは仕方がない。

 アイツは俺に大ダメージを与えたつもりでいるがこれでは武器を差し出したようなもの。

 あるいは、怖くてそれができないとでも思っていたのか?


 ここで馬鹿正直に追うのはよしておこうか、間違いなくやつは待ち伏せをしている。

 お前が俺を嘲笑うつもりなら俺もお前を嘲笑ってやる。


 さあて、反対側だ。

 階段は二つある、反対側の階段から登っていけば奴の背後に回ることができる。

 今度は俺が不意打ちをかける番だ、覚悟しろ。


 ナースステーションを抜け、階段の近くへ。

 足立は今何を考えながら二階でうろたえているのだろうか、想像するだけで笑いがこみ上げてきそうだ。

 未だに上がってこない俺に不信感を抱いて確認しにくるか?

 それはまずいな、できるだけ音を立てずに迅速に行かなければ――


「伊勢崎くーーーーん!」


 声が長い廊下で反響する。

 振り返ると遠くから白い服の足立が走ってやってくる。

 小柄な足立の走ってこちらへと向かってくる様は童子の幽霊に近いものがあった。

 無機質感を漂わせる規則的でぶれない走り方。服の袖だけが風を受けなびくも、足立の身体は一切のブレを生まずに一直線にこちらへ向かってきている。

 それがやつの速く走るための方法であるのだろうか、それとも単に俺に霊的な物を想起させ震え上がらせるための芝居なのだろうか。

 どちらにせよ奴が来るというのなら俺は迎え撃つだけだ。


 ……それにしても、確かにこれほどフォームの整った走り方ができるのであれば暗闇からの急襲にも納得いくものがあるな。あの身体能力だ、捉えづらかったのも致し方ない事だったのかもしれない。

 俺の方は俺の方で足立を侮っている面があるのは事実だ、しっかりと奴の実力を踏まえた上で、そいつを凌駕し捻り潰してくれよう。


「あれっ、その傷大丈夫!? 僕が手術してあげるよ!!!」


 奴はズボンのポケットから新たなカッターを取り出し俺に向かって全速力で投げ出してくる。

 成る程、奴が簡単にこちらに凶器を差し出したのはスペアがいくつもあったからなのか。

 飛んでくる無数のカッターを――俺は避けない。

 全て受け切る、急所以外は。

 その様にはあの足立も呆気にとられたようだ。

 こちらに向かってくる足の動きが緩み、姿勢を崩して転ぶ。


「うわぁっ!」


 しかし地は滑らず、その場に崩れるよう横になる。


 俺の身体には無数のカッターが刺さっているのだが、全ての刃が限界まで露出している。

 しかしこの傷は浅い。

 だから平気だ、こんなに大量のカッターを身に受けたって。


 お前は慢心しすぎたんだよ、足立善。

 自分の力を過信しすぎたがためにこのような結果を生み出してしまった。

 これ程に大きな隙をだ。


「あだっ!!」


 奴の両腕を掴み上げる。

 片手で掴み上げられるほどに足立は小柄だ。

 とりあえずは、カッターを全て抜き取るか。

 ……俺の身体に刺さったカッターは全部で30本。よく持っていたもんだよ、こんなに。


「お前のことだ、どうせまだ持っているんだろう? 出せよ」

「うぐぅ……」


 しかし拘束した瞬間一気におとなしくなったな。

 片手だけ解放してやると、ポケットのスペアをもう一つ取り出して俺に刃を向ける――

 そんな事は許すかよ、頬を思いっきりビンタで打ち抜く。


「ぎゃああああっ!!」


 痛みに思わず叫んだようだな、そんなに痛いかこの平手が。


「全部出して、落とすんだよ。早くしろ」


 足立は諦めたようで、大人しく従った。

 ……全部で100本か。よくこんなに持っていたもんだよ。


「こ、これで全部だよ。伊勢崎くん、本当その傷大丈夫? ごめんね、本当にごめんね! 謝るから!」


 こいつ、突然謝りだした。

 意味が分からないな。


「手が滑っただけなんだろ?」

「いや、違くて! その、ちょっとわざとやった部分もあって、それは悪いなって思って」


 100%わざとなのに一体何を言ってるんだか。

 それにしてもこんなにカッターがあるなら、何かに使えないかな。

 例えば、復讐とか――ああ、いい事を思いついたよ。




「98本、99本、100本……と」


 カッターを一列、病院の床に並べ終わった。

 足立はその様を何もせずただただ見つめていたようだ。


「何だと思う?」

「え、何……?」


 媚びへつらうように笑う足立、さっきまでの煽り口調が嘘みたいだな。


「シャトルラン」

「え?」

「――復讐させてもらうぜ」


 足立の足を蹴り抜く。身体が軽いためか奴はすぐさますっ転んでしまう。それも頭から。


「いったぁ!!」


 奴の両腕を片手で掴み上げ、地面を引きずる。

 ――カッターの刃が、足立の背にめり込む。


「いだっ!」


 1本、2本、3本……足立の背をヤスリがけするようにカッターの刃が削っていく。

 俺はそのまま足立を引きずり、100本のカッターの上を滑らせる――


「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 痛々しい悲鳴が轟くが、そんなものは気にしない。

 さて、まずは1回。往復して2回目だ。


 足立は泣き喚い許しを乞うている。


「お願いしますっ!! 僕が悪かったですからっ! やめて! やめてください!!!」

「……いやいや、足立君は手が滑っただけなんだろ? 大丈夫だって、謝んなくても」

「全部嘘です、嘘ですから!! 全部嘘ついてました! 本当はわざとやってたんです、ごめんなさいいいいいい!! 許してえええええええ!!!!!」

「…………」


 すごい命乞いだな。

 足立の背中はカッターの上を200本分滑ったせいで血塗れだ、ここまで必死になるのは当然なのだろうか。

 でも、全然心に響かないわ。


「まっ、死んで俺に詫びろよ」


 4回、5回、6回……。


「あああああああああああああああああああああっっっっっっっっ!!!!!」


 15回、16回、17回……。


「いだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだい!!!!!!!!!!!!」


 56回、57回、58回……。


「ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい…………」


 70回、71回、72回……。


「ぎ、いじっ、じっ……」


 ――100回。


「シャトルラン100回だよ足立君、おめでとう」


 どうやらもう聞こえていないみたいだ。


 足立(あだち)(ぜん)……結局、ただ調子付いていただけの小物だったな。

 これに懲りたらもう二度とわざとらしい真似はしない方がいいんじゃないかな、こっちとしてもストレートにいじめてますって言われた方がスッキリするし。

 イジメの報いを素直に受け入れな。あ、手が滑っただけなんだっけ、まぁいいや。


 後日、結局俺は母さんのお見舞いを受けず、すぐ退院することになる。

 一夜だけだったけれど楽しい想い出になったな。

 学校はもう始まってる時間だ、このまま学校に顔を出すのは……遠慮しておこう。

 明治さんは今日もお見舞いに来るって言ってたけどそれは訂正しなきゃいけないし。

 ラインで済ませようかな……いや、家の前で待ってサプライズ的に退院を知らせよう。ストーカーじみてるかな。

 とりあえず帰宅だ、お母さんに顔見せないと。


「――ただいま」

「拓也! お帰りなさい、お母さん行けなくてごめんね」

「外せない用事があったんでしょ?」

「ええ。もしかしたら、お父さんが生きてるかもしれないの」


 ……父さんが?


「お父さんの働いてた研究所からお話があってね、お父さんからのメッセージを見つけたって」

「な、なんてメッセージなの?」

「それがね、『コケシ』ですって。何かしらね、いつそんなものに興味持ったのかしら。柄じゃなくってつい笑っちゃってね」

「こ、こけし?」


 お母さんは口に出しながらくすくすと笑うのだが、俺も思わず笑ってしまった。

 父さんはサイエンスに生きていたから、そういった和の趣味からはかけ離れているイメージがある。

 そんな父さんがこけしなんていうメッセージを残すとは、にわかに信じがたいものだが。


「こけしかぁ……フフッ」


 明治さんの家に向かうために再び外出したが、つい思い出し笑いをしてしまう。

 ――こけしかぁ。

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