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17話.白いカーテンから、イタズラが舞い込んだ。

 ――あれ。俺、何やってたんだっけ。

 頭がズキズキする。


 目を開けると、真っ白い天井が見えた。


 確か狐鶴綺さんと保健室に行ったはずなんだけど……。

 結局あの後、四時間目に教室に戻って。

 部活には行ったんだ。でも、部活中に突然――全部、思い出した。


 足立(あだち)(ぜん)、あいつに刺された指が突然痛んで気絶したんだ。

 しかしここは保健室ではなさそうだ。

 カーテンまでの距離が遠いし何よりベッドが高い。恐らくは本物の病院だ。

 入院沙汰ってことなのか? まさか重い病気だったりしないだろうな?

 あの針に何か仕込まれていたのか、あるいはたまたま悪い菌が入ってしまったのか。

 スマホはないし、というか白い患者服を着せられてるし。やれやれ、ナースコールがあるってよく聞くんだけど……このスイッチか。

 押しておこう、あとは目を瞑って待つか。


 それにしても俺が運ばれてからどれくらい経ったんだろうか。

 明治さんが心配だ。

 いや、何も心配することはないんだけど。真宮達の件は解決済みだし、懸念材料も得にはない。

 強いて言えば俺との関係が他の誰かにバレているかどうかくらいか。まあそれも何かあったら狐鶴綺さんが一時的に守ってくれるかな。


「お目覚めのようですね」


 突然開いたカーテン、ナースさんが開けてくれたのだ――隣にいんのは、まさか伊賀千刃か!?

 ベッドの上だが白いベルトで拘束されている。そういえば二回くらい脱走してるもんな、当然といえば当然の措置なのか。

 ナースさんよりも向こうの伊賀千刃が気になって仕方ない。

 ふてくされるように目を瞑ってるし。あれは寝てない、間違いなく起きてる。


「お荷物は全部ここに入っておりますので」


 ベッド隣の丸椅子の上、クリアで柔らかいかごの中にスマホと学生鞄が。


「あっ、こんなところにあったんだ。ありがとうございます」


 俺の声に反応した千刃がこっちをハッと見ていたけど、それより時間を確かめたいんだ。

 ……良かった、一日しか経ってないみたいだ。

 最悪三日くらいは覚悟していたけど、これなら大事にもなってなさそうだ。


「どれくらいで退院できるんですかね」

「病気が治り次第ですが、それほど重くもないので近い内に退院できるかと」


 それは良かった。


 ナースさんが出ていった後、すぐさま立ち上がってカーテンを開く。

 千刃は寝ているフリをしているみたいだが、中々にわざとらしい。

 まぶたに力が篭ってる。


「まさか同じ病室に運び込まれちまうなんてな」


 返事はなかった。そう返答拒否の意思表示をされ続けても困るんだけどな。


「言いそびれてたけど、ありがとな。志島の爆弾から庇ってくれたり、病院抜けてまで俺を助けてくれたり」


 千刃が助けに来るタイミングは神がかりものだ、感謝してもしきれないさ。


「――ねぇよ」

「え?」

「庇ったつもりはねぇよ、いきなり爆発したんだよ……」


 目は瞑ったままだがやっと話をしてくれた。

 庇ったわけじゃないなら単にヘマしたってことか。


「ごめんな、なんか」

「あ? 意味分かんねぇよ……」


 窮屈そうに身をよじる。

 細目を開ける千刃、俺と目が合うとぷいっと顔をそむけて身じろぎをやめる。

 恥ずかしいのかな、拘束されてる自分を見られるのが。


 これ以上話す事もないしベッドで大人しくしていよう。

 スマホでもいじりながら。


 母さんにライン入れとこう。えーと、『意識戻ったよ』とかでいいのかな。


「本当!?」

「うん」

「ごめんね、お見舞い明日でもいい!?(泣)」

「いいよ」


 何だろう、何かあるのかな。

 お母さんには真っ先に来て欲しかったんだけど、何か大事な用事があるなら仕方ない。

 ヨウチューブでも見て時間を潰そう。


 ……おや、もう午後の五時。丁度部活(どき)か。ヨウチューブを見ていると速く時間が過ぎるなあ。

 ご飯は病院食が出てきたりするんだろうか。

 なんて呑気な事考えてるけど、そもそも俺は一体何の病でここにぶちこまれているんだろうな――


「トリック・オア・トリィート!!」


 勢い良く開いたカーテン。

 ランタンを持った黒魔女姿の明治さんが……かぼちゃ型のカゴにフルーツ入れてやってきた。


「随分早いハロウィンだね……明治さん」


 まだ四月だぞ。


「まあまあ! 細かい事は気にしない気にしない!」

「流石に気になるよ」


 それでもお見舞いは嬉しい。明治さん、授業終わったら家に帰って、病院まで真っ先に来てくれたのだろうか。


「あんまり言うといたずらするぞぉ?」

「いたずらって、どんな?」

「うーん……足をくすぐる!」


 あぁ、明治さんらしい。


「ともかくっ、これ食べて早く元気になってね」

「……ありがとう」


 既に割と元気なんだけどね。でも明治さんに励まされるの嬉しいから。


「じゃあ、明日も来るからね!」

「楽しみにしてるよ」


 小さく手を振って、明治さんはカーテンを閉めていった。

 もうちょっといてほしかったけど、帰っちゃたな。


 ――ジリジリジリ。

 糸を巻く音が、俺の上から……釣り針にこんにゃくが刺さってる。

 明治さんこれがしたかったから閉めたのかな。

 音でバレバレだなぁ。


 ……どうする伊勢崎拓也。

 ここは素直にバレバレな事を指摘するべきか、明治さんを喜ばせるためにあえて引っかかるか。

 リアクションには自信がないから素直にこのままカーテンを開けようか、しかし折角楽しませようとしている明治さんの粋な計らいをそれだけの理由で台無しにするというのも。

 逆手に取るか? 想像だにしないような展開で、逆に明治さんをびっくりさせてやろうか。

 何故だか知らないけれど折角明治さんがハロウィンコスチュームなんだ、乗ってやるとしよう。

 こっちからも――仕掛けさせてもらうぜ。


「んおっ!?」

「あははっ! 引っかかったー!」


 再びカーテンを開けた明治さん、片手に釣り竿を持っている。

 ここまでは想定内だ。しかし明治さん、君が目にするのは突然出てきたこんにゃくに驚く伊勢崎拓也じゃないよ。

 ――こんにゃくに食らいつく伊勢崎拓也さ。


「…………」


 びっくりしただろう、明治さん。

 まさか食べるとは思いもしないだろう。


「あの、伊勢崎くん。釣り針刺さってるから危ないよ……」

「え? あ、そっか、ごめん」


 そうだった、釣り針だもんな。口の中に刺さったらかえしがひっかかって取れなくなってしまって、明治さんの責任になってしまう。


「びっくりしたぁ。ごめんね、まさか食べるとは思わなくって」

「いや、こっちこそごめん」

「おあいこ、ってことで。じゃあまた明日ね」


 微妙な空気のまま明治さんは病室を出ていった。

 ……死んで詫びたい。


 いわゆる病院食というやつはあんまり美味しくなかった。

 千刃は毎日これを食べているのか、辛そうだ。

 それにしても九時に消灯は早すぎる気がする。

 全然眠気がこないし、何より怖すぎる。いや、眠気が来ないから怖いのか。

 めっちゃしーんとしてるのに、白いカーテンに囲まれて、ベッドに、ポツンと。

 ……隣の丸椅子、クリアなカゴに重ねてかぼちゃのカゴが。

 コミカルなジャック・オー・ランタンなのに、なぜかめちゃくちゃ怖い。


「なあー、千刃」


 …………。

 いや返事してくれよ!


「千刃、聞こえてるよな? てか、いるよな?」


 おーい!? あれ!?


「千刃!?」

「なんだよさっきから」


 良かった、ちゃんといた。

 カーテンを開けて確認する勇気すら無かった。

 もしかしたら向こうで血色の悪い色白ナースが白目剥いて棒立ちしてるかもしれないし。

 あー、想像するだけで怖い。病院だしあり得るかもしれないだろ。


「ちょ、隣来てくれない?」

「馬鹿かお前、縛られてるしどだい無理な話だ」


 この冷めた感じが今の心境にはありがたい。

 いつもの千刃がいるという事実が俺にたまらない程の安心を与えてくれる。


「全然寝れそうにないんだけど、寝れる?」

「寝ようとしたら邪魔された」

「ハハッ、ごめん。まさか夜の病院がこんな怖いとは思わなくて」

「とりあえず目つぶっとけば寝れるだろ」


 さっきまでなら絶対無理だと喚いていたが、千刃のおかげで少しだけ気が紛れたよ。

 これなら目つぶってるだけで寝れる気がする。


 ――あれ? 目がギンギン冴えるんだけど。

 途中まで寝れそうだったのに、一気にギンギンきた。


「千刃?」


 やべぇ、返事ない。多分もうぐっすりだわこれ!

 どうしよう、いっそナースコールで助けを呼ぶか? こんなくだらないことで呼ぶのは流石にまずいかな。怖くて寝れないんですなんて、そんな理由で。

 流石にそれは俺のプライドが許さない、しかしこのままだと絶対寝れない。

 いっそのこと千刃を大声で起こすとか――


「伊勢崎くぅーん……」




 人って、緊張しすぎると声出ないんだ。


「伊勢崎くん……」


 どこからともなく、俺の名前をささやく声が。

 そんな訳はないか。幻聴か。


「千刃?」


 それとも、起きてるのか?


 やめてくれよもうこんな夜に本当におばけが俺の名前呼んでるとかいうのは。

 いやおばけならおばけでさ、「すみません伊勢崎さん用事があるのですが」って礼儀正しくお辞儀してくれない?

 それならこっちもまともに取り合う気になれるのになんでわざわざそう人を怖がらせるみたいにぼそぼそ喋るの? ねぇ?

 もしかしたらここは夢の中で、俺は既に寝ている。これは単なる幻聴、リアルな夢って可能性もある。


「伊勢崎くーん……?」


 駄目だ、リアルすぎる。そんなんじゃ誤魔化せねぇよ。

 でもちょっと待てよ、この声聞いたことあるような。

 確かに聞いたことあるんだ、親近感湧くなぁ。


 カーテンフックがカサカサと揺れる――絶対、目は開けません。

 何があろうと目は開けません。

 いや、ありえない。ありえないから。

 こっち来てたよ。

 知らん、知らんわ。

 絶対開けねぇぞ、何があっても見ねぇからな。ふざけんじゃねぇぞ幽霊風情が来るならかかってこいや。

 俺は絶対目開けないからな。


 カーテンがゆっくり開く音。


「伊勢崎くーん」


 ――肩叩かれた。

 えっ、幽霊じゃないの?

 じゃあ逆に誰だよ、俺と千刃以外で俺のこと知ってるやつがそこにいるのか?


 肩を揺さぶってくる。

 ここまでされると恐怖感薄れるな、これなら目開けられるわ。

 にしても一体誰なんだ――


「伊勢崎くん……」

「ピッ!」


 目がくり抜かれたお化け……のようなマスクじゃねぇか!


「アハハ、びっくりしちゃったかな?」


 マスクを脱ぐ男、そいつの正体は足立(あだち)(ぜん)だった。


「お前か、本当の幽霊かと思ったぞ」


 イジメっ子が一体ここまで何の用なんだろうか。嫌な予感しかしないのだが。


「少し遅い時間だけどお見舞いにきたんだ」


 足立はそう言って、懐からカッターを取り出した。


「あーっ! 手が滑ったぁーー!!」


 カッターの刃が勢い良く俺の腕を切り裂く。


「あー!! リンゴでも剥こうかと思って持ってきたのにぃーー! 滑っちゃったー!!」


 本当、清々しい程にわざとらしいなこいつ。

 さっきまでビクビクしてた自分が馬鹿らしくなるくらいに血管がピクピクしてきた。


「ごめんねっ、ほんとーにそんなつもりはなかったんだけれどさ!」


 引っ込める瞬間、またも俺の腕にカッターの刃を引っ掛ける。

 また腕に一筋の血が。


「うわーー! またやっちゃった! ごっめーーん!!」

「調子に乗ってられるのも今のうちだぞ」


 腕を掴もうとした瞬間、足立はニヤニヤしながら腕をすぐさま引っ込める。


「あれ? もしかして怒った? ごめんごめん、悪気はないんだって!」


 カーテンの外に行く足立、俺は追いかけるように立ち上がる。


「ちょっとちょっと、謝ったじゃん? 伊勢崎くん心狭くない?」


 差し込む月明かりが足立の顔の右半分を白く照らしている。


「黙れ」


 俺が歯向かえなかったのは数的不利になる教室のみ、足立単体なら容赦なく復讐ができる。

 足立は牙を見せて笑い、病室の扉まで軽快に後退していく。

 こちらから視線は離さないまま。


「んー? だって絶対怒ってるじゃん伊勢崎くん。ちょっと僕の手が滑ったことに対して大人気なくキレてるじゃん!」


 こいつ、完全に煽りにきている。自分が何をしたか分かっているくせによくそこまでシラを切れるものだな。

 そのとぼけっぷりだけは感服ものだよ、もう二度と俺にそんな顔を向けることはできないだろうが。


「俺も少し手が滑っちゃうかもしれないけど、いいかな?」


 さり気なく繰り出す拳を軽々と避ける足立。

 奴は病室の扉を開け、廊下に飛び出す。


「あっ、もしかして今手滑っちゃった? 気にしないでいいよ、俺は伊勢崎くんと違って器広いから! プププッ!!」


 暗い廊下の闇に紛れるよう足音を鳴らしながら逃げていく足立。


 非常口マーク、緑の誘導灯だけが唯一の頼りとなる光源だ。

 しかし俺はそんなものに頼るつもりもないし、この闇を恐れるつもりもない。

 復讐もそうだが純粋におちょくってくる足立に腹が立っている。

 後悔させてやろう、調子付いている黒猫を。

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