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16話.文武両道、それこそが極み。

 住宅街に多く鳴り渡るはわらじの音。男達は向かう、雌雄を決する山奥へと。

 百年に一度、或いは千年に一度の天才と持て囃される男、堂嶋征司郎。奴の伝説も今日、俺の手で終わりを迎える事になる。

 果てしなく住宅街を越えた先、学校を越え、橋をその足で踏みしめていく。

 次第に近付いていく、俺達の決戦の地へ。

 ――帯を引き締める音。歩を共にする男、堂嶋征司郎。奴の心意気は既にその身だしなみから滲み出していた。俺とは格が違うと見せつけんばかりに膨張した筋肉、当然俺だって負けてはいない。仮に相手が武道の天才と呼ばれていようが、最後まで食らいつく覚悟だ。

 見せてやる、負け犬の根性・意地ってやつをな。


 ……決戦山(きめいくさのやま)。俺達はいよいよその登山道に足を踏み入れる。

 冷たい風が吹き抜けている、山の神が俺達を追い払おうとしているのだ。しかしそれは武神、そして逆境に食らいつく漢――すなわち伊勢崎拓也、俺にとっては歓迎の冷風でもあるのだ。

 熱く煮えたぎったこの心に、明鏡止水の心を呼び起こす。

 心頭滅却すれば火もまた涼し、戦の気を練るには十分な程に厚い迎合だ。

 後ろにつく門下生達もまた黙々と俺達に続く。彼らは単に俺達の勝敗を見送る観衆ということでもない、既に彼らの心もまた戦地に在り、故に語らず。言を発さず。

 ――語るに足るは拳のみ、それが決戦山(きめいくさのやま)へと送る最低限の礼儀。

 新緑より落つ若葉。獣道をまばらに彩る(かど)となれ。


 山奥の秘境、武神の鍛錬場、修行の滝。

 ここで俺は堂嶋と拳を交え、真の漢を決める。

 神聖なる戦いを見届ける門下生達。


 滝の元、漢二人が膝下を清水に浸し睨み合う。

 舞う飛沫、散る華。勝負は一瞬でつく。


「これより、伊勢崎イジメの境地をご覧に入れて進ぜよう!」

「押忍!!」


 堂嶋の怒号、そして門下生の鋭い応答。

 声は波紋を生み、滝を轟かす。気合、申し分なし。


「その一、集団リンチ! 始めェ!!!」

「応ッ!!」


 ――そうだった。これは堂嶋が俺を冥土に送るためのイジメってやつだったな。

 何が来ようと変わりはしない、先に辞世の句を読むことになるのはお前なんだぜ、堂嶋。


 早々と俺を囲い始める門下生達。

 招く手腕はしなやかに、最早それすら水の流れ。心は既に明鏡止水の境地に在り。


「来いよ、何人でも」


 群がる門下生。大半は互いを殴り合い自滅。

 俺に拳を入れんとする者共、皆返り討ち。返り咲く、復讐者へと。

 神聖なる滝に散る徒花、精神統一は両者既に済ませている。

 示し合わせた訳でもない、同時に水際へと歩を戻す。

 清流に染みる玉砂利の上。互いが見合うはその瞳などでなく、奥。心だ。


「その二、不意打ち!」


 ――意表を突く門下生の攻撃。上空、滝の上より参る手裏剣の数々。

 流石の俺もこれには苦戦、かする刃に残光する血の一筋。

 刹那、滝上に舞い込む無数のクナイ。心臓を貫き、落つ門下生。

 くノ一、伊賀千刃、推参。


「お前を助けるために病院を抜け出したんだから感謝しろよな」


 この男、意外に素直ではない。


「これで一対一だぜ、堂嶋」

「無ゥ……」


 唸る虎、対して誘うは龍。

 この戦い、いよいよ佳境だ。


「その三、真剣勝負! 三途の川を渡る覚悟はできたか、伊勢崎!」

「こっちの台詞だよ、堂嶋」


 茹だる身体、蒸発する呼気。堂嶋の筋肉は弱者への暴虐を今か今かと待ち望んでいる。

 しかし今からそこに食らいつくのは復讐の龍だ。窮地に瀕した鯉の辿り着く先は背水の陣、滝を登り龍となる、有名な故事である。


 弾丸のように飛び込んでくる豪腕をするりと流し、背を掌底で突き倒す。

 不動の堂嶋。振り返りざまの裏拳を後退により回避――瞬時に舞った暴風、飛び蹴り。堂嶋の頬をえぐり飛ばす。

 錐揉み状態で飛ぶ堂嶋、空中一回転、大木を蹴り上げこちらにトンボ返り。

 蛇が如くうねる蹴撃の乱打がこちらに襲いかかる。応戦するにはこちらも千の足を飛ばさねばならぬ。

 空を歪ます幾億の蹴打、両足を地につける両者は同時に膝をつく事となる。

 傷は俺の方が深いかもしれない。

 まともにできぬ息、足掻こうにも動かぬ足。堂嶋が、虎がこちらを向く。

 悠々と立ち上がる虎、俺を嬲るためにやってくる強い足踏みの音。

 踏み躙る足が生むのは正しく死の音、奴が一つ近付くたびに三途の川が浮かび上がり、走馬灯がちらつき出す。

 俺の運命は、俺が決める。ふらつきながらも立ち上がる姿に、堂嶋は息を呑んだようだ。

 その動揺、一瞬の隙が命取り。まともに掌底を食らった堂嶋はがくんと膝から崩れ落ちる。

 ようやくまともな手応えを感じたぞ。

 顔に食らわす乱打は蹴。呆然状態の奴の頭に叩き込む無数の蹴撃には流石の堂嶋も堪えるようだ。

 不動の巨体がようやくよろけを見せる。

 最後の一抜き――蹴りを顔面真正面から懇親の力で撃ち抜く。吹っ飛ぶ巨躯は滝の向こう側へと叩き込まれた。

 水を切り現世に舞い戻る堂嶋、回復力すら化物だっていうのか。

 流石は千年に一度、百年に一度の武道の天才。波動が如く襲いかかる滝切り。

 奴の手刀は滝を刃へと変え、俺を襲う。

 防戦一方、圧倒的に不利な状態だ。腕には既に無数の切り傷が。

 ――瞬間、奴は既に俺の目前へと飛び込んでいる。

 反撃めかしく繰り出す飛び蹴り、たまらず俺の身体は宙を舞い、速度を乗せ急上昇。


 決戦山(きめいくさのやま)、その全容を刮目する程に俺の身は吹き飛んでいる。

 俺が転がり降りたのは、高校の屋上。

 山の奥地からここまで蹴り飛ばしてくるとは流石堂嶋。

 意識が朦朧とする。流石にこの距離を旅してきたのだ、身は非常に堪えるだろうさ。


 しかし、これは裏を返せば圧倒的に有利な状態。

 奴は俺をここまで飛ばした、それがお前の生んだ致命的なミス。

 力に驕り自身の実力を証明する事しか能が無かったお前の行き先は……武道引退だ。


 奴は吹き飛んだ俺を山奥で未だに待ち構えているはずだ、俺が高校の屋上に着地したとも知らずに。

 堂嶋と俺の情報の差を利用させてもらう。


 理科室から望遠鏡、そして諸々の化学セットを屋上へ持ち込む。

 望遠鏡を覗き込めば……見える。山奥で未だに俺の事を警戒している奴が。

 どこから襲いかかってくるか分からず目を閉じ精神を集中させている奴の姿は何と憐れな事か。


 望遠鏡を見ながら狙いを定める。まずは軽く、小さな石からでいこうか。

 手にしたパチンコに石をセットし、可能な限り、引く。

 ――光速で飛び出していった小石は山奥へと突き進んでいき、はるか遠く堂嶋の頭に直撃した。


 再度望遠鏡で確認する。

 予想を凌ぐ奇襲だったのだろう、狼狽する堂嶋の顔がはっきりと見える。

 休んでいる暇はないぜ、堂嶋。これから無数の化学セットがお前を襲うんだからな。

 フラスコ、フラスコ台、駒込ピペット、シャーレ、硫酸瓶……可能な限り持ち出してきた化学セットをパチンコにセットし、何度も堂嶋を打ち抜いていく。

 既に開いた差はこの距離、探しても無駄だ、堂嶋。

 奴は今山奥で焦りの極みを体感しているだろう、どこを探しても俺はいない、しかしなぜか物が沢山飛んでくる。

 まさか俺が高校の屋上からパチンコを使って化学セットを投げ飛ばしているとは思いもしないだろう。


 痛みに苦しむ堂嶋、山奥をのたうちまわっている。

 さて、本番はここからだ。


 予め半分に切り取っておいた磁石……こいつを細工させてもらった。

 青い磁石と釣り針をセロハンテープで留めたものだ。


「――復讐させてもらうぜ」


 そいつをパチンコに引っ掛け――勢い良く堂嶋へとぶち当てる!!

 すぐさま望遠鏡を確認、釣り針仕込みの磁石は見事に堂嶋の背中へとぶっ刺さる。

 ここで堂嶋が奇妙な動きを見せる。

 そこが今回の作戦の肝だ。


 通常、磁石というのは赤のN極と青のS極で構成されている。

 俺はその半分を切り取り、青のS極を堂嶋にぶち当てた。

 磁石というのはNはSへ、SはNへと引かれ合い、くっつく性質を持っている。

 そう、堂嶋にひっついた青い磁石は、もう半分の赤い磁石に引き寄せられているのだ。

 釣り針は堂嶋と磁石を繋ぎ止める楔、これで奴はこのままこの学校の屋上へと引き寄せられていくという算段。


 赤い磁石に引き寄せられ屋上へと吹っ飛んできた堂嶋、その肝心の赤い磁石はどこにあるかって――階下四階、理科室さ。

 理科室の赤い磁石に吸い寄せられるようにして、堂嶋の身体が屋上に張り付く。


「伊勢崎、ど、どうしてここに!?」

「お前の攻撃がここまで俺を導いてくれたんだよ、もしかして気付かなかったのかな?」


 百年に一度だかなんだか持て囃されているが、結局それは武の領域に過ぎない。

 戦いを制す決め手となったのは文。

 どちらか片方が欠けていてはならない、文武両道、それが真の強さという奴だ。

 堂嶋は文を怠り武に傾倒しすぎた、それが奴の敗因、文に目をつけた俺の勝因というわけ。


 磁石に引き寄せられ、堂嶋は身を動かす事ができない。

 それじゃあ、今までのイジメの仕返しをじっくりさせていただこうか。


「これが何だか分かるかな、堂嶋」

「それがどうしたというのだ……!」


 望遠鏡。

 どうやら奴は勘付いていないらしい。

 堂嶋、今ここでお前の武道人生を終わらせてやる。

 お前は俺を散々ひどい目に合わせてきたんだ――これくらいされたって文句ないだろう?


「ほら、見てみろ」


 堂嶋に選択権はない。

 俺は望遠鏡のレンズを覗かせてやった。

 直後――


「ぎゃあああああああああああああ!!!!!!」


 堂嶋が耳をつんざく悲鳴を上げる。

 奴は相当苦しい思いをしているはずだ、望遠鏡の向いている先は……太陽。

 堂嶋の身体は磁石のせいでまともに身動きをとれない。俺は堂嶋の目を無理やりこじ開け、太陽の光を見せ続けた。


「苦しいよな? 俺はもっと辛い思いをさせられたよ」


 堂嶋、これでお前の選手生命もオシマイだな。


「死んで俺に詫びろ」


 ぷすぷすと、堂嶋の目から黒い煙が立ち昇っている。

 どうやら強い光に耐え切れず失神してしまったようだ。


 1年3組13番・堂嶋征司郎。

 部下を侍らせ、持て囃され驕り高ぶってしまったクズが。

 地位を利用しイジメを繰り返してきた根っからの陰湿者、お前みたいな奴は選手の風上にも置けない。

 重すぎるプライドに押し潰されながら地の底で泥でも啜ってる方がお似合いだ。

 イジメの報いを受け入れろ。




 三時間目の授業は理科。

 別棟四階の理科室で実験だ。


「今日はグループを組んで、実験をしてもらいます」


 なんか細長いガラスに水とか浸して、レンズで藻を見る感じの実験だ。

 予習なら朝済ませてきたぜ、境太郎先生。


「あっ、伊勢崎くん!」

「ん?」


 なんだ、やけに友好的な野郎だ――

 俺の顔に勢い良く水がかかる。


「あっちゃー、ごめんね、こぼしちゃったよ!! アッハハハハ!」


 こいつか。

 出席番号1番、足立(あだち)(ぜん)

 若干いやみったらしく俺をイジメてくるネチネチしてるタイプのイジメマンだ。

 毎回毎回偶然だとかわざとを装って俺に不快な思いをさせにくる。

 いっそ清々しいレベルで俺を直接的に攻撃してくる、しかし本人はあくまでも偶然だと言い張るんだ。

 こんな頭のおかしいボケが許容されているのも、イジメが蔓延した病床みたいなクラスだからこそなんだろうな。普通のクラスだったら村八分ものだろ、こんな奴。

 ……あ、明治さんは別だからな。

 あと、狐鶴綺さんも?

 あー、伊賀も入れとけ。

 境太郎先生もだな。

 案外まともな人はいるもんだよなぁ、こんなクラスでも。

 いや、狐鶴綺さんと伊賀は元々俺をイジメてきた悪人だった。しかし奴らは改心したんだ。

 根っからのワルで構成されているというわけでもないんだな、それもまた救いであるのかもしれない。

 とりあえず今はこの茶番に付き合ってどうにかイジメグループワークを乗り切ろう。


「あっ、針刺さっちゃった! ごっめーん伊勢崎くぅぅうぅぅぅーーーん!!」


 はああああうっっぜえぇぇぇぇ。

 割と刺さってるんだよなぁ、針。


 にしてもイラつく顔してるな。

 何というか、なんか猫みたいな目をしている。

 おまけに左目が髪の毛で隠れてる。

 で、片目だけニヤニヤしてるのを見るとイライラしてくるわけだよ。

 地味にこのクラスには珍しい小柄だ、男子の中ではね。


「大丈夫? 見せて見せて?」

「いいよ別に、これくらい大丈夫だよ」

「うわっ、めっちゃ血ぃ出てるじゃああああん!!!」


 針をグリグリと押し付けてきた。

 俺の指からピューピューと血が噴き出してくる。

 痛い。

 それを見てゲラゲラと笑うクラス中の生徒達。

 ……もう嫌だ。


「全く、何をやっているのかしら、本当に無様ですわね!! オホホホホホ!」


 ――狐鶴綺さん。


「足立、ちょっとこいつ保健室まで借りますわよ」

「あ、え、狐鶴綺さん……は、はい」


 どもりつつも姿勢を正し口を閉ざす足立。

 狐鶴綺さんは俺の手を引っ張り理科室の外へと連れ出してくれる。


「こうして見てみると本当に良くイジメられますのね」

「助けてくれたんだ、ありがとう」

「なに、お安い御用よ」


 狐鶴綺さんだからこそできる救出法。

 頼もしい仲間がまた一人増えたんだって実感したよ。

 ありがとう。

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