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15話.千年か百年かに、一人。

 早朝、ラインの通知が来ている。


「おはよう!」


 明治さんの方からおはようメッセージを送ってくるというのは珍しい。

 ま、こんな日だからかな。


「おはよう、学校頑張ろうね」

「うん!」


 俺達はそう、戦場に駆り出す兵士同然なのだ。

 今日もまた忍耐を駆使せねばならぬ。いつか来たる、イジメのない平和な世界を迎えるまでは。

 いつもは朝に飲まないものだが、今日は特別だ。

 珍しく、コーヒーを一杯。

 うん、苦い。やっぱ飲むべきじゃなかったな。

 砂糖を少々……と、もうちょっと入れよう。


「あら、珍しいわね拓也がコーヒーだなんて」


 ちょっと背伸びをしたらこれだ。

 まったく、どうしてこうも苦いのだろうか。生まれてこの方、苦いものはあまり好きではない。

 摂取できなくはないというレベル。

 さて、学校に行こう。覚悟しろイジメっ子共、俺はいつだって復讐の炎に燃えている。


 いつもの通学路、しかしこの通学路は明治さんと肩を並べて歩を進める神聖なる家路でもある。

 二人道を共にするというのは、イジメられる俺にとって悟られてはならぬ関係、これはもはや禁断の関係・運命と言っても過言ではないと思うのだが。

 それにしても明治さんは相変わらず家を出るのが遅いと感じる。教室に入ってくるのだってホームルーム直前だ。遅刻にならないからいいものの、本当に時たま心配になってしまう。

 日に日に気になってるかもな。いつか遅刻してしまうんじゃないかと気が気ではない。全く。

 ほんっと心配かけさせやがって、全く。俺が明治さんの家に立ち寄って、引っ張り出してもきっといつも明治さんが来る時間よりかは早いだろう。

 ……とまあ、それくらい明治さんは遅いのだ、登校が。

 何でだろうな、なんて考えてもあんまり意味はないんじゃないかな。だって、それは人の自由だ。

 でも何やってるか気になるなぁ、ギリギリまで寝てたりしてるんだったらそれはそれで可愛かったり。

 あー、可愛いなぁ、想像するだけで――


 教室に来ると卑劣なイジメが俺に襲いかかってくる。


「おはよう伊勢崎! オラッ!」


 シャーペンを腕にぶっ刺してくる。よく飽きないものだな、毎日毎日同じイジメを繰り返しやがってよ。


「痛いじゃないか」

「痛くしてんだよ!」


 全く困ったちゃんだな、こう人を好きこのんで痛めつけていると公言されるんじゃたまったもんじゃないよ。こっちの身にもなってみろってんだ、ったく。

 狐鶴綺さんはもう着席してるみたいだ、この人は朝早かったり中途半端だったり、まぁ少なくとも明治さんよか普通に早いレベルだから。

 明治さんね、マジで遅いの学校来るの。


 あー、また椅子に画鋲仕掛けられてる。ムカつくなぁ。

 いっそ全員ぶっちぶちにしてやろうか、とはいえ流石にこの戦力差だとダメだな。

 もう少し俺の味方が増えたら教室戦争でも起こしてやろう、今はまだ雌伏の時ってやつだよ。

 覚悟しろよ人をイジメることに快楽を覚える異常者共が。


 昼休み、まったイジメが始まる。


「よっしゃお前らぁ! 今日も一発伊勢崎締めイクゾォ!!!!」


 はぁ、今日はこいつが逸って盛ってしゃしゃり出すのか。

 出席番号13番、堂嶋(どうじま)征司郎(せいじろう)。ボクシング部と空手部を兼部してるとか何とか。えっと、百年に一人だか千年に一人だか知らんが、まぁそういうのが付いてる学校のちょっとした有名人ってやつですわ。

 それが寄ってたかって一人の弱虫伊勢崎ちゃんをフルボッコにしてイジメちゃうってわけですか。いいんですかね、人望だだ下がりですよこんなの漏れ出ちゃったら。

 こいつ脳筋そうだから特に考えてなさそうだなぁ、刈り上げ燃やしてやりてぇなぁ。

 もみあげ無いから耳は燃えないよ、良かったね。ワックス塗ればよく燃えるだろうなぁ。

 正直俺の口先一つ告発一つでこいつは沈むんだよなぁ、学校とか親がヘコヘコしなければ。

 ネットにばら撒いてやろっかないっそのこと。風評被害、学校調査、世論崩壊、批判殺到、堂嶋引退! 素晴らしい流れになるでしょうね。

 こんなプロはいなくていい。


「よし、伊勢崎ビンタ始めぇ!!」


 ――とか言って堂嶋の野郎は俺の頬を勢い良くぶっ叩くわけよ。

 帰宅部同然の男に対して、格闘技の天才がフルパワーでビンタっすよ。笑わせますわ、本当に武道に精通している人間ですかと。それでこの精神って、ありえないっしょ。

 明日か明後日か覚悟しろよ、今日は勘弁してやるわ。

 だって部活は明治さんがいるし、明治さんと一緒に帰りたいし。こんな奴のために放課後の時間を費やしたくないよ。


 あー頬から景気の良い音が鳴るぅ。

 いってぇぇぇぇ。


「うぐぅぅ……」


 流石に痛い、流石の俺もうめき声必至の寸法。

 それを見てゲラゲラと笑い出す取り巻き達。

 これは奴が言うにはトレーニングの一環、ってわけだから取り巻き共もね、一人ひとりずつ俺の頬をぶっ叩いてくるわけですよ。


「師範! 今日は俺もっと景気良い音やっちゃいますよぉ!!」

「おう行ったれ島崎! カウントいくぞぉ! あスリー! あトゥー! あワンッッッ!!!」


 ゼロのタイミング、ビッシィと俺の頬から今日一最大音のビンタが炸裂する。

 あー痛い。

 本当に痛い、泣きそう。

 それを見てゲラゲラと笑う愚衆の皆々様。ご立派でございますね、感服いたしますその精神、うん、よく人が痛がる様を見てそうも沢山笑えるもんだ。人生さぞかし楽しいことでしょうねこんな事でゲラゲラ笑えるんならば。

 ふと考えてみたが、俺が明治さんだったらこの状況。やばいな。

 明治さんが泣きそうになりながらぶっ叩かれるって……流石にそれは流石の俺もブチギレ案件だぞ。

 どんなに人がいようが関係ないわ、ここまで圧倒的な事されるなら俺は全てのイジメを一身に背負うまで明治さんをイジメる奴らに食らいついてやるわ。

 真宮共がやってたのはそこまでする必要もなかったから良かったけど、そうするべきではあったんだろうかな。まぁ過ぎた話だ、そう深く考えても意味はないかな、つっても反省はしておこうか。


 ――てゆーか何が師範だ、師範て。えーと、堂嶋か。堂嶋征司郎、クラスメートに自分のことを師範とか呼ばせてんだよな。若干似てるな、狐鶴綺さんに。

 狐鶴綺さんは別にいいんだけどね、だってあの人は別に何も言ってないもん。周りが勝手に色々名称をつけて囃し立ててるんだよな、狐鶴綺さんはそういうカリスマがある。

 ただ堂嶋は違うからな。こいつは驕り高ぶって呼ばせてるわけよ、呼称統一させちゃってるわけ。奴のプライドがここから滲み出てきてしまっている。

 ここがな、お前と狐鶴綺さんの差。

 分かるか?

 本当のカリスマっていうのは違うんだよなぁ。

 一方的に言いまくったけどね、これは要するに一身の見解。

 だから当然、口にはしない。

 ここは耐える、ひたすら耐える。復讐の時を待つしかない。


「おっしゃ伊勢崎ビンタ終了! 伊勢崎スマッシュ開始! セイッセイッセイッセイッ!」


 一人でパンプアップを始めやがった。俺の近くでやんないでくれ。

 もういいんじゃないか? 俺をイジメる必要あんのかそれ、俺の名前使うなら俺にスマッシュしてこいよ。

 早く終わんないかなぁ、昼休み。


 ――ってめっちゃ明治さん近くまで来てる。

 なんだろ、イジメっ子達に目線で攻撃してるのかな。強い眼力を感じる。

 恐らく自分がイジメられたのを助けられたから、恩返しというのか、自分も何かをしたいのか、とにかくそういう心持ちなんだろう。

 そんな近くまで来たら、危ないよ明治さん。近くでパンプアップしてる馬鹿がいるんだから。


「フンッ! フンッフンッフンッ!」


 汗が飛ぶ。

 そういうイジメの魂胆かこいつ、地味に嫌だな。

 あー、地味に嫌だ。割と腹が立つ。


「島崎、タオル!」

「はい、師範!」


 フキフキタイム開始。ムッキムキの身体に水色タオルを滑り込ませる。

 これまた丁寧に拭いてるね、脇辺りを主に。

 いい汗かけたんだろうね、良かったね。


「行くぞ、堂嶋スプリンクラー!!!」


 タオルをぶん回し始める堂嶋、教室中に堂嶋シャワーが降り注ぐ。きったねぇなぁ。

 降り注ぐ汗。

 割と精神にダメージ来るわ、何やってんのかと思ってたが割と悪質なイジメだと思う。

 いや汚いんだもん。水をかけられるのとかはね、いいんだよ。正直それはもう割とありきたりなパターンだし、俺も慣れてきてる。

 ただこの堂嶋スプリンクラー、相当の鬱陶しさを抱えている。

 まずその一に、汗。臭い。

 その二、連続性。水を掛けられるのは一回で終わるけどこの堂嶋スプリンクラーは汗が連続的にやってくる。地味に腹立つ。うざったるい。

 その三、風。これが割とシャレにならない。汗の匂いがスプリンクラーで生まれる風にのって鼻腔を突き抜けてくる。

 汗は臭いしベチャって感じじゃなくピピピピピピピッてかかってくるし、風も臭い。

 脇を念入りに拭いていたのは、この時のためであったのかぁ……。

 地獄だ、堂嶋スプリンクラー。

 イジメの天才だよお前。進む道誤ったな、なぁ。今からでも遅くないから武道やめろや。


 笑いに包まれるクラス、俺は屈辱に見舞われ最悪の気分のまま昼休みを過ごしていくハメになる。

 肉体的ダメージ、精神的ダメージ共に襲いかかってくる。

 この堂嶋、思った以上に強敵かもしれない。


 部室に寄ると、明治さんは俺の隣に寄り添ってくれる。

 本当にありがたい。ありがたいよ、明治さん。

 君がいなけりゃきっと俺はもう学校を中退していた可能性だってあるんだ。

 でも、君がいたから頑張れている。

 ……本当に、そうだったかもね。明治さんがいなかったら、かぁ。


「ごめんね、何もしてあげられなくて」

「いいよ、巻き込まれないように気を付けてね」


 心配してくれる、そんな人が俺のクラスにいてくれる。

 ずっとずっと、支えてくれていたんだもんな。

 割と本気でやめていたかもしれないな、学校。明治さんがいなかったら。


「……ありがとね」

「え、何?」


 ありゃ、聞こえてなかったんだ。

 こっ恥ずかしいな。


「何でもない」

「気になるよぉ」

「なんでもないって」

「えー、何々、余計気になるんだけど」

「後でラインで言うよ」

「今ここにいるんだからラインなんて使っちゃダメッ!」


 無邪気な笑顔だ。


「んまー、その、ありがとう、ってね」

「え、ありがとう?」

「うん。俺のことを支えてくれてありがとうって」

「んもー、そんなの当然でしょっ!」


 ……やれやれ。

 やーれやれ。

 くぅーーーーーーー。


「いくらでも頼っていいよ、私も頑張るから!」


 あーやれやれ!!!

 やーれやれ!!

 んだ?? 可愛すぎかぁ!?

 こんちくしょー、笑顔が可愛いか可愛いか!!


「むぅぅー、何ぃ、むにむにしないでぇ……」

「いやー嬉しいもんでついこのもちゅもちゅほっぺをぷにぷにしたくってさ」

「何か今日の伊勢崎くんおかひぃ……」

「俺がおかひぃんじゃないよ明治さんがかわひぃのがわりぃんじゃぁぁ」

「絶対おかしいよ伊勢崎くむにゅ……」


 はー癒やされる。

 この顔見てると明日の元気ってやつを際限なく貰えますな。

 俺の学校生活の90%辺りが明治さんに支えられているっていっても過言じゃないしな。

 ――明治さんめっちゃ困ってる。


「やめてほしい?」

「うん、やめへ」

「じゃあやめるよ?」

「……はやくぅ」

「――やめなぁぁぁぁぁい」


 むにむにむにむにっっっ。


「うううぅぅぅぅぅ……」


 明治さんをいじり倒して終わった部活タイム。

 ちょっとやり過ぎたかなって思ったけど帰り道は普通にお話してくれたし、良かった良かった。

 割とまんざらでもなかったり? なーんて。


 早朝、今日は珍しく朝シャワーというものを堪能してから学校に向かいましょうかね。

 なんだかシャワーの気分ってやつだ。

 お母さんは朝食を作っているから、その間にね。


 ――しかし何かが響いてくる。外からザッザッと靴の音が。

 列を成して行進をしているのか? そいつらは俺の家の前で止まった。

 ピンポン、チャイムが鳴る。


「はい、どなた?」


 お母さんの対応が聞こえる。

 インターホンの向こうから、大声で響き渡った。


「押忍! 伊勢崎の友人、堂嶋征司郎と申す!! 今日、伊勢崎は俺と朝稽古の約束をしてあるのだ!!」

「あら、そうなの? 拓也ー、お友達さんよー」


 イジメるための口上、イジメ口上ってやつか。

 家に押しかけてくるのは大迷惑なのだが。それに足音の数からして一人ではない。まさかそいつら全員がイジメっ子、とかいうのか?

 ――しかしこれは、復讐のチャンスとして利用できるかもしれない。

 堂嶋征司郎、お前は俺を出し抜いているつもりでいるが、これから出し抜かれるのはお前の方だって事をゆめゆめ忘れることなかれよ。


 ――稽古着を着て、玄関を出る。


 堂嶋のその後ろには恐らく奴の門下生達。

 皆が腕を組み、俺を待ち受けている。


「押忍、伊勢崎!!」


 礼だけはいっちょ前だな。その姿勢は好きだ、最低限の礼は欠かないその姿勢だけはな。

 俺も一礼、深々と。


「押忍!!」

「……参るぞ」

「――応」


 俺達の間に言葉はいらない。

 その先にあるのはイジメと復讐、語る言葉など必要ない。

 征くは山奥修行の滝。覚悟しろ堂嶋、今日は俺がお前をねじ伏せる番だ。

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