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14話.断罪、報復パニッシュメント。

 ――狐鶴綺(こづるき)と、恐らく真宮のいる場所。

 位置情報が一緒に送られてきた。

 学校どころじゃないぞこんなの、急いで向かわないと。


「ごめん、ちょっと今日学校来れないかもしれない」

「じゃあ私も休む」

「大丈夫、もうイジメられることはないから。狐鶴綺さんも反省してるんだよ」


 あとは真宮だが、正直今の俺は真宮を信じられないでいる。

 俺と明治の仲が良い事を真宮は知っていた、それを敢えてイジメようと提案したのが真宮だ。

 しかし真宮は、俺がやめろと言うと明治へのイジメをやめると宣言した。

 そして唐突に狐鶴綺への復讐を提案。狐鶴綺は反省した、しかしそれに対する返事はなかった。

 ――と思っていたら、これだ。

 廃ビルの屋上、位置情報は推測するに……真宮さんの住んでいたバラックの近くにある廃ビルだろうか。

 意味が分からない。俺は一刻も早く、真宮が何を考えているのか聞きたかった。


 河原。土曜日にランニングをしていたらここで真宮に襲われたんだっけか。

 どうしても伊勢崎くんの事をイジメたくなっちゃう……そんな事を言っていたっけか。

 それが、真宮の本心だったとでもいうのか?

 感謝しているのが嘘? いや、そんなはずはないだろう、俺の言うことはちゃんと聞いてくれていた、はず。

 いやもうそんな事を考えるよりさっさと本人から全てを聞きたい。

 狐鶴綺は反省した、きっとこんな事になる前にアイツは謝ったはずだ。

 それとも本当はただの嘘泣きで、真宮を襲い返り討ちにあった、あるいは逆に襲われただけとでもいうのか?


 俺は何を信じればいいんだ。

 このビルに行けば、全て分かるのだろうか。


 いよいよ廃ビルの入り口に辿り着いた。

 屋上まで随分と高さがある、階段を見つけて地道に駆け上がるしかないか。


 ――随分と高い、窓がところどころと割れている。吹き抜ける風が冷たい。

 走るたび足元から揺れを感じる。単に自分が強く踏みしめているだけなのか、それともこのビルが力に耐えきれずに揺れているのか、不安に駆られる。

 そんな事を気にしてられる暇はないな、早く真宮を止めないと。


 ……着いた。

 屋上の中央、天高く突き出した鉄骨に狐鶴綺が吊り下げられている。

 真宮はその下で紙パックジュースを啜っている。こちらに気付くと黄色いパックのバナナオレを置いて立ち上がる。


「伊勢崎くんっ、来ると思ってました! 見てください、頑張りましたよ私! イジメの主犯をこうして引っ捕らえる事ができました!!」

「伊勢崎……助けて」


 弱々しい狐鶴綺の声。

 強風に吹かれながらも、確かに聞こえてきた。


「真宮さん、狐鶴綺さんを放してやってくれないか」

「ど、どうしてですか? この人、私に指示させて無理やりイジメを強制していたんですよ? そんな人、放せるわけないじゃないですか!」


 真宮さん、何で感情が伴っていないんだよ。

 全然辛そうな顔じゃない。狩りの収穫を見せつけるような、そんな表情をしている。


「真宮さん、俺は覚えているよ。元々真宮さんは進んで媚を売って、進んで俺をイジメていた事を」

「そ、それは申し訳なく思っています! だって、仕方なかったんです! イジメられないためにはこうするしか――」

「明治さんをイジメるように提案したのは真宮さんだって、狐鶴綺さんから聞いたよ」

「だって、次は私の番だって分かってたから!」

「……面白そうだったんだって? 俺と仲の良い明治さんをイジメるのは」

「私、不器用だからそうやって自分を守るしかなかったんです。もしこの人が伊勢崎くんに飽きたら、絶対次は私の番だったから……」


 涙をこぼし、地面にへたり込む真宮さん。

 それほど真宮さんは弱い人間だったのかもしれない。不安に駆られて、俺の大切な仲間を売るほどに。

 イジメるためには面白さが必要だ。明治さんは俺と仲が良かったから、イジメれば伊勢崎が傷つくと予想できるから、狐鶴綺も面白がって指示ができたのだろう。

 ――自分を守るためなら、そんなに簡単に俺の大切な人を売れるのか。

 

「とりあえず狐鶴綺を放してくれ」

「嫌です! どうして、そんなにこの人を放そうとするんですか……?」

「俺に感謝しているんだろ? それなら放してくれよ――」

「やですよ!! 感謝しているから一緒にイジメたかったのに、これじゃあ呼び損ですよ」


 ……呼び損?


「真宮さん、人の命を何だと思ってるんだ?」

「……難しい質問ですね。分かりません、私には」

「狐鶴綺さんは己の罪を自覚し、償うことに決めた。だから俺は狐鶴綺さんを赦す」


 押し黙っていた狐鶴綺さんが、突然に声を張り上げる。


「そ、そいつ!! 弱者をいたぶるのは楽しいとか何とか言って、私を痛めつけてきやがったんですのよ!! 何をつらつら言い訳してやがるんですの!!」

「……え?」


 狐鶴綺の言葉に、真宮は目を丸くしている。


「もうイジメをやめようと真宮に言いましたらですねぇっ! こいつは! イジメから逃げ出した臆病者、軟弱者だと私を罵りに罵りやがったのですわ!!」

「なんですかその言いがかりは! 伊勢崎くんっ、こんな奴の言うこと信じないで――」

「信じるよ」


 真宮の顔には焦燥が見えていた。


「真宮さん、何を考えているんだ。本心を教えてくれ」

「さっき言った事が全部、私の本心ですよ!!」

「……それなら、俺は許せない。俺の大切な人を傷つけようとした真宮さんを――」


 真宮は、途端に口をつぐむ。


「断罪しなければならない」

「そんなに、明治さんが大切ですか」


 もう、聞きたくない。

 後は全てこの拳に語らせる、容赦はしない。


 俺の拳を、真宮は的確に受け止めた。


「どうして、こうなっちゃうんですか?」


 ――直後、視界が宙を舞う。

 地面に転げ落ちた瞬間、真宮の蹴撃が俺を襲う。


「折角、恩を感じたのに。助けてくれて、嬉しかったのに。どうして、こうなっちゃうんですか……!!」


 真宮の顔は怒りに歪んでいた。


「なんで、お前が怒ってるんだよ……!!」


 分からない、俺には真宮が分からない。

 ただ、一つだけ分かるよ。俺がお前を裁かなければならないということだけは。


 真宮の足を手で跳ね除け、転がり距離を取って立ち上がる。

 端が近い。このまま後ろに倒れたらここから真っ逆さまだろうか。


「俺はイジメを許せない。自分を守るため、そんな事を盾にイジメを正当化するのだって許せない」

「正当化? 何を言ってるんですか、当然の事ですよ!! 誰だってイジメられたくない、その為ならイジメる側に回る事も必要なんですよ!!」

「ああ、俺は確かにそれを許したかもしれない。ただ、それはお前が罪を自覚していたからだ。それ程傲慢に当然だと権利を主張するのであれば、俺はお前の罪を裁く!」


 飛びかかり見舞った拳はあえなく握り込まれるも、それは単に意識を逸らしただけに過ぎない。

 意識の外からの足払い、しかしそれもまた真宮は跳び上がりかわす。

 真宮の回し蹴りがこめかみに襲いかかる。

 腰を地につける程まで下げて回避、反対側の手で跳び上がった足を掴む。

 だが奴はそれを読んだように俺の伸びた腕を蹴り抜く。ただでは折れない、それを受け奴の身体に肘打ちで対抗する。

 まともに食らった真宮、上方に吹っ飛ぶも空中で一回転した後に、こちらへと飛び蹴りを繰り出す。

 地で腕を支え、こちらも足を上へと突き出す。

 互いの靴底が衝突し平行に強い衝撃波を生む。それは風を生み、このビルを揺らす程のものだった。

 そのまま地面を腕で押し込み、真宮の足を蹴り上げる。

 鉄骨の上に着地した真宮、ようやく立ち上がる事ができた俺は体勢を整える。


「一つ、私は弱い人が好き」


 ブレザーポケットから折りたたみナイフを取り出す真宮。


「二つ、私は弱い人をイジメるのがもっと大好き」


 丁度その下、吊り下げられた狐鶴綺。

 鉄骨を半端に降り、その首元にナイフをあてがう。


「うぅ……」

「三つ、私は弱い人を支配するのがもっともっと大好き」

「――それがお前の本性だって言うのか、真宮麗奈」

「君だけだよ、伊勢崎くん。私嬉しい、本当の私を明かすことができて」


 真宮の笑みには屈託がなかった。

 首から血が流れる、そこに躊躇が無い――

 刹那、俺の足は自然と鉄骨の元へ駆け抜ける。

 鉄骨に食らわせた渾身のタックル。

 手元が狂った真宮、狐鶴綺の首を軽く切り裂くも致命傷には至らなかった。

 急いでよじ登った俺は真宮の身体を後ろからがっちりとホールド、共に地面へと落下する。


 ――衝撃に声を漏らす。しかしこんな痛みに苦しんでいる暇はない。

 ポケットナイフを躊躇いなく刺し込もうとする真宮、転がることで突きから逃げる。

 立ち上がると同時、奴の腕を蹴り抜く。手からこぼれるポケットナイフ。俺はそいつを手に握り、急いで鉄骨を登る。

 狐鶴綺の拘束を解くと同時、ナイフをビルの外まで投げ飛ばす。

 しかし回転し飛んでいくナイフを真宮は高く跳躍しキャッチした。

 地に落ちる狐鶴綺。衝撃にえずき、弱々しく立ち上がる。

 狐鶴綺を庇うように立ち塞がる。真宮はそんな俺を見て、ポケットナイフの刃を自身の頬にあてがった。

 血は流れない。


「私はね、伊勢崎くんの事大好きなんだよ。強いし、優しいし」

「…………」

「だから一緒にイジメようよ、その弱虫をさ」


 ナイフをこちらへ向けた真宮の笑みは、とても穏やかだった。


「俺はイジメを許さない」

「そっか」


 光速で近付いてくる真宮――それなら仕方ない。

 地面に落ちていたバナナオレを拾い上げ、思いっきり握りつぶす。


「え」


 それが丁度、良い目潰しになってくれた。

 狐鶴綺を抱きかかえ横に転がるも、それは単に狐鶴綺を退避させただけだ。

 俺はすぐさま視界のぼやけた真宮の元へ急ぎ、回復の余裕を与えない。


「――復讐させてもらうぜ」


 手刀で奴のポケットナイフをはたき落とす。


「あぅっ」


 奴の体にタックルを食らわし、突出する鉄骨にその身体を叩きつけた。

 ぐらつく鉄骨が途端にすっぽ抜けるも、そいつを持ち上げ――真宮の腹に突き落とす!!


「ぎゃあああっっっ!!!」


 鉄骨が真宮の腹にダイレクトにめり込む。

 高く跳び上がり、鉄骨の頂点から追撃を蹴り抜く。


「死んで俺に詫びろォ、真宮麗奈ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」


 めり込む鉄骨は重みに耐えかね、屋上を貫いた。


「うぐぅっ!!」


 一階――


「ぎぃっ!!」


 二階――


「がぐぁっ!!」


 三階と――鉄骨という名の罰の杭は罪の連鎖を抱え、ビルの階層を突き抜けていく。

 それは正しく真宮麗奈の抱えてきた罪の重みそのものだ。

 奴の罪が俺の足に力を与え、鉄骨を伝いビルを貫く。

 罪の数だけ鉄骨は階層を貫き、真宮の身体に罪の証を刻みつけていくのだ。


 連続して崩壊するビルの階層、鉄骨は尚も真宮の身体を貫き罪人を穿つ杭と成り続ける。

 真宮の口から懺悔が迸る――


「ぅぅぅごめんなさああああああああああああああああああああああああ――――」


 無情にもビルを貫き切った罪の杭はそれだけに飽き足らず地へと真宮の身体をめり込ませ、真宮と共に地の底へと沈んでいった。ビルそのものもまた、衝撃に耐え切れず崩壊を始める。

 歩いて抜けたビルの外、ひしめく倒壊の音が背後から強く轟いてくる――


「おっと、危ない」


 上空から落ちてきたポケットナイフは、俺の手の平に赤い傷をつくる。

 ビル一本を貫き、地をも貫き、挙げ句の果てには崩落を生んだ。それでもなお真宮麗奈は罪を犯し足りないという事なのか。


「ぎゃああああああああああああ!!!!!」


 ――ああ、そういえば上に置いてけぼりだったっけか。

 両手で優しく、落下する身体を受け止めてやる。


「し、死ぬかと思いましたわ……」


 これで一件落着か。

 本性を隠し、俺の大切な人を傷つけた真宮麗奈。自分を弱く見せ、その裏で何度もイジメを繰り返してきた生粋の大罪人が。

 罰状は地獄直行だ、精々楽しんでこい。




 ――学校の気分じゃないな。

 狐鶴綺さんは学校に戻ったみたいだけれど、俺は無理だ。


 インターホンを押すと、紫色のぼさぼさ頭が顔を出す。


「ああ、お友達さん。丁度良いですね、こけしが学校に行かなくて困っていたところです」

「会わせてもらえますか」


 すんなりと家の中に入れてもらった。

 明治さんの部屋に案内してもらって、入室の許可をもらう。


「よっ」

「……んふふ、来てくれたんだ」


 よっ、て。そんな挨拶今までしてこなかっただろ。

 明治さんもおかしそうに笑ってる。良かった、笑顔が見れて。


「全部終わらせてきたよ」

「……え、全部って?」

「狐鶴綺も、真宮も、神倉も。全部解決したってこと」

「ほ、本当っ!?」


 パッと顔が明るくなるも、途端に表情に陰りが戻る。


「ごめんね」


 自分では何も出来なかったという無力さなのか、はたまた俺へのイジメはまだ止まないのに自分だけ喜んでいるというのが申し訳なかったからなのか。

 どちらでもいいけれど、俺は明治さんにそんな顔してほしくなかったし――


「ほら、見てこれ」


 ウォーターマウンテンで撮れたお姉さんの顔の真似をしてみた。


「ブフッ、ねぇやめてそれー!」


 ゲラゲラと笑いだした。

 良かった。けどごめんなさいお姉さん。


 部活の終わる時間まで一緒にいてやれたし、そろそろ帰ろう。


「じゃ、明日は学校行こうね」

「うん、来てくれて本当にありがとうね」

「いいんだよ、そんな」


 ――大切な人、か。

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