11話.電撃招待、ウォズニーランド。
「急すぎない!?」
「ごめんね笑」
「お姉ちゃんが三人分のチケットあるから友達誘いなさいって」
予定なんてないから当然行けるけど。
「遊園地ってウォズニー?」
「うん」
二人きり、じゃなくて明治さんのお姉さんと一緒か。
そうだ、普通に遊園地に遊びに行くってだけだからな。何でこう変にドキドキするんだろう。
「ダメかな」
「全然行けるよ」
「そっか、じゃあ明日朝5時に私のお家ね」
「明治さんの家ってどこ?」
「そういえば教えてなかったね、位置情報送る!」
うわ、本当に来た。
……坂のところなんだ、ランニングじゃ通らなかった場所だ。
「ありがとう」
「遅刻したら許さない!」
「絶対起きます」
こりゃテレビなんて見てる場合じゃない。
「お母さん、明日ウォズニー行くことになった」
「あら、随分急ね。お弁当作る?」
「いいよ、向こうで食べる」
「分かったわー、何時に起きるの?」
「4時」
お母さんと一緒に支度してお金も貰った。
もう布団の中で睡眠スタンバイOKだ。
本当にいきなり過ぎて緊張する。何だろう、いきなり空から百万円降ってきたみたいな。
お金で例えるのもどうかと思うけど。早く眠りに落ちろ!
こういう時に限って寝れないのはなんなんだ。不便すぎる、俺の身体。
無事起床できたし、支度も終わった。念の為、1時間前に起きようと思ってたけど結構時間余っちゃったな。
「それじゃあ行ってくるよ」
「気を付けてね」
若干青みがかっているとはいえまだまだ外は真っ暗だし、寒い。
こんな朝に起きて外に出るのって初めてだな。それも、明治さんとウォズニーに行くために。
あ、お姉さんも一緒なんだっけ。緊張するなぁ、ビシッとしておかないと。
位置情報通りだ、坂に立ってるお家。明治の表札を確認して、インターホン……。
お、押すぞ。
いや、早く押せよ!
とはいっても4:45だしなぁ。まだ15分あるし、あと5分くらい待ってからインターホン押したほうが迷惑にもならないだろうし。
15分前じゃ早すぎるって事も、ピッタリか5分前くらいに来いって怒られたらなぁ。
……あ、そうだ。
「家の前ついたよ」
ライン送ればいいんだ。
既読がすぐに付いた。できればもう少し遅めについてほしかったけど、秒でついた。
――ガチャリ。
玄関の扉が開いてしまう。
ひょっこり、明治さんの顔が。
「あっ、伊勢崎くん!」
かぼちゃ色の洋服に、黄緑のスカート。スカートには何かお花の柄が入っている。多分、薔薇かなぁ。
青いリュックサックを背負って、ぴょこぴょことこちらにやってくる。
明治さんの普段着……綺麗だなぁ。
明治さんに続いてぬぅっと出てくるスカイブルーの袖、恐らく明治さんのお姉さん……。
「ん? こけしに友達ができたと聞いたのですが……男ですか、きな臭い」
ボサボサとした紫の髪。その奥から、じっとりとした深紫の目でこちらを睨みつけている。
元気いっぱいの明治さんと違って、お姉さんは――
「暗い印象があって、こけしとは対照的……」
「ウェッ!?」
さ、先に言われた。心でも読まれたみたいに、俺の考えを代弁された。
なまじ合っているせいか、罪悪感が……。
「とでも言いたそうですね」
「す、すみません」
言い訳ができない。ズバリ当てられてしまったのだから。
「……明治こけしの姉、明治里美と申します。以後、お見知りおきを」
俺がうろたえていることなど気にもせず、お姉さんはペールピンクスカートの裾を両手で軽くつまんで自己紹介を済ませた。
そして、睨むようにこちらへと目を向ける。
「えっと、明治こけしさんのお友達の、伊勢崎拓也と言います。よ、よろしくお願いします」
「はい。妹から友達ができたとお聞きしまして、ウォズニーランドのチケット三枚分を用意したのですが……良い親睦会になるといいですね」
その顔に笑みはない。
ひどく威圧的に響き、高鳴っていた心臓がキュウっと握りつぶされるような感覚をおぼえた。
始発に乗り、長い時間電車の中で揺られてようやく着いた。
超国民的テーマパーク『トンQウォズニーランド』、初めての訪問がまさかこんな形になるだなんて。
「あれ。もしかしてウォズニー初めてだった?」
明治さんから突飛な質問。
「あ、うんっ、どんなアトラクションがあるのかもよく分かんなくて……」
いや、そんな突飛でもないけれど。
「じゃあお姉ちゃんがクイックパス取りに行ってるからー、教えてあげるね」
「あ、そういえばお姉さんがいない……」
「うん、クイックパスっていう早めに乗れるチケットがあるんだけど、それを取りに行ってるんだ」
岩山の中、バサリと一枚のマップを開くと明治さんはアトラクションの紹介を始めてくれた。
って、明治さんと二人ってことかぁ。
……やばい、話が頭に入ってこない。
「――で、お姉ちゃんが取ってきてるのがこの株式会社モノノケっていうアトラクションのパスでー」
「そう、そのパスを丁度取ってきたところよ」
丁度タイミングよく、お姉さんがお客の列をかき分けてやってきた。
「お姉ちゃん! ありがとー! はいっ、これ!」
お姉さんが奪い取るように持っていった入場券が戻ってきた。
『そいつを使うのよ!』って強引に持っていかれたけれど、こういう事だったのか。
「あっ、そろそろだよ!」
並んでいたアトラクションの乗り口がいよいよ近付いていくる。
ウォーターマウンテン、名前だけは前々から知っていた。明治さんの話だと最後に写真を取られるらしいし、間抜けな顔はしないようにしないと。
イカダのような乗り物に乗り込む。明治さんが先に奥へ、俺が手前に乗る。お姉さんだけ、後ろで別に乗った。
「お姉さん本当にいいんですか?」
「いいのよ、精々楽しむといいわ」
……ありがとう、お姉さん。
それにしてもこれ、中々臨場感あるなぁ。水のにおいと表現すればいいのだろうか、爽やかな香りで心地よい。
「レバーを下げますので、手を上げてくださーい」
「ほら、伊勢崎くんバンザイ!」
「え、こう?」
キャストの人は、俺達の方にやってくるとレバーをギッ、ギッと二回強く押し倒す。
「楽しみだねー」
「……うん」
確かに無性にワクワクするし、明治さんと密着しているのもあってドキドキする。
「それでは、いってらっしゃーい!!」
キャストさんがこちらに手を振る。
軽快な音楽とともに、イカダが流れ出す。
ちょっと登って……落下――
「うわっ!」
「アハハッ、全然高くないのにー」
正直ナメてた、どんな高いところから落ちても大丈夫な自信があったけど、こんなにフワッてするものなんだ。
少しの間流れていると、洞窟の中に入っていく。
待って、これ結構落ちるんじゃないか!?
「うわあああああっっっ!!」
「きゃああぁぁ~っ!」
「……」
雷鳴と共に落下するイカダ、たまらず口から叫び声が上がってしまう。
「アハハハッ、水飛んできたぁ!」
「…………」
「ちょっ、伊勢崎くん大丈夫? フフフフッ」
「だ、大丈夫……」
怖かったし、大丈夫じゃない。でも、ちょっと楽しい。
洞窟の中には、楽しい世界が待っていた。
動物達が水辺で繰り広げるミュージカルな世界観に思わず引き込まれてしまう。
それは、明治さんも一緒なようだった。
「もしかして落ちるの苦手?」
「べ、べつに」
からかうように笑いながら、明治さんが聞いてきた。
ちょっと強がってしまった。
強がりに気付かれてしまったのか、明治さんが一段おかしそうに笑う。
楽しくイカダに揺られていると、どんどん辺りが暗くなり、なんだか先から滝のような音が聞こえてきた。
まさか、また落ちるのか!?
「うふふ、落ちるよっ!」
明治さんが心を読んできたみたいに――
「ぎゃああああああああっっ!!」
「ああああ~~~!!」
「……」
さ、さっきより高かった……。
――なんか、気持ちいい。
落ちた先、ミツバチの歌声が響き渡る。
「ハァッ、ハァッ……」
「ンフフフ! あーおもしろい!」
明治さんが息絶え絶えな俺を見て笑ってる。
動物達が何やらストーリーを繰り広げているらしいのだが、それがだんだん怪しい雰囲気に変わっていく。
『ウサギ野郎め! とうとう捕まえたぞ! イッヒッヒッヒ!』
『クソッ! 放しておくれェッ! 放さなかったら、後が怖いぞォ~!』
合わせるように周りも暗くなっていき、コウモリの羽ばたきが妖しく反響する。
洞窟の出口、眩しい光が上から覗く。
――イカダが露骨にのぼり始めた!
「ちょっ、ちょっとまって! これ!? これ登るの!?」
結構高さあるぞ!! 先程の落下なんかシャレにならない程に!
明治さんはただ笑うだけで何も答えちゃくれない!
『おいウサギ野郎! 皮をひん剥いてやる!!』
『いっ、いいよ……でもお願いだから、あの崖からぶん投げるのだけは許してくれ!』
ああ、動物の方も物騒な事言ってる!!
あ、水の音が……うわっ、登っちゃった、嘘だろ! たっか!! こんな、こんなん落ちるのかよ!!
えっ、待ってこれいつ落ちるの、まだ落ちないの!? まだ――
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!」
「きゃああああああああああ~~~~~!!!」
「…………っッ、っおわああああああああああああああ!!!!!」
轟く飛沫、舞い込む冷感。
連なる叫び声の先には、ただ波の余韻だけが残り続ける。
程なくして、軽快な動物の大合唱が俺達の凱旋を迎えた。
「あ~ビショビショッ! エッヘヘ、楽しかったね!」
「……うん」
確かに、怖かったけれど得も言われぬ快感が残る。
ぐったりして明治さんに寄っかかってしまったけれど、明治さんは何も言わずに受け止めてくれてる。
……折角だからもうちょっと甘えてよう。
そういえば、最後に写真があるんだったっけ。
「写真って、どこで取るの?」
「え? 落ちる時だよ?」
「え?」
「伊勢崎くんどんな顔してるんだろ。ニヒヒ、早く見たいなぁ」
――うわー、見たくない。
明治さんは楽しそうに黄色い声を上げていたけど、俺の喉から出ていたのは純粋な絶叫だったし。
きっと酷い顔してるぞ。
レバーを上げてもらい、ふらふらな足でイカダから降りる。
「……お友達さん、随分間抜けな悲鳴を上げていましたね」
お姉さんにまでからかわれる。随分とニヨニヨしていらっしゃる。
どこで写真確認できるんだろう――ってこんな近場なの。
「――プフッ」
え、明治さん何その顔。
「見てみてッ、62番のヤツっ……!」
こらえてるようで全然こらえてない顔。
そんなに面白いのか――
「――ッ! ンクククク……ッ!」
いやっ、俺の顔、大分酷い具合に映ってる、すっごい歪んでるんだけども……
結構、後ろに乗ってた明治さんのお姉さんも大概でッ……!
いや、俺の方はもう絶叫100%って感じなんだけど、お姉さんのッ、方はめっちゃ中途半端に……ブフッ!!
お姉さんは、ただ黙っていた。
「ねぇお姉ちゃんッ! これ買おッ?」
ヒーヒー笑う明治さん、姉はただただ黙っていた。
「……お友達さん、あなたも買う?」
「あっ、じゃあ俺もほしいですッ……!」
明治さん、笑顔で撮れてるのすごいなぁ。
でも他の写真でも結構余裕そうにピースしていたりするのがある。
慣れ、ってやつなのかな。
「ほら、写真二枚、買ってあげたわよ」
「ありがとうお姉ちゃん!」
「ありがとうございます!」
二つ折りの特別な包装が施された写真をお姉さんから貰う。
――ほんの一瞬、お姉さんの目が涙を湛えているように見えた。
真っ暗な空の下。ライトアップされた城、メロディアスな楽曲と共にカラフルな花火が打ち上がる。
「おー……」
感嘆の声。明治さんのものだ。
俺は、花火の輝きに声を出せないでいた。
皆で色んなアトラクションを回って、色んな物を食べて、色んな物を見て、色んな感情を共有した。
夢のような時間が終わってしまう、そう思うとこの花火がどこまでも儚いものに見えてくる。
不思議と涙は出ない。こんな時だからこそなのだろうか、うら寂しいが、それ以上にとても楽しい。
――綺麗だ。
ふわりとした感触が腕を添う。
金色の大花火は絡まるように夜闇に上がり、硝煙の中、閃光が幾度となく瞬いた。
「……楽しかったね」
「うん」
周りから聞こえる他愛の無い会話がやけに強く耳に残る。
俺達は自然と人々の流れへと乗り、夜の煌めきを過ごしていった。
気付けば時間は深夜の0時を過ぎている。
家の前で、疲れた足を止める。
「もう、お別れなんだ」
「……うん。ありがとう、誘ってくれて。本当に楽しかったよ」
「私もすっごく楽しかった」
向き合って交わす別れの挨拶に滞りはない。
「じゃあ、またねっ」
「……これからも、妹をよろしくお願いします」
お姉さんは深々と一礼をすると明治さんに続いた。
二人を見送り、自宅の扉を叩く。
玄関ドアのガラスの向こう、ぼやけた光がすぐさま照らされ、扉が開く。
「おかえりなさい」
「ただいま」
こんな夜遅くまで待っていてくれてありがとう、お母さん。
こんなに楽しい一日を過ごしたんだから明日を憂いて気分が沈むんじゃないかと不安だったけれど、全然そんな事は無い。
むしろ明日のための勇気をもらえた。イジメなんかに屈しはしないと固く誓うことができた。
――おやすみなさい。
月曜日の昼休み、その日のイジメはあまりダメージを感じなかった。
だって、明治さんに沢山の元気を貰えたから。ありがとう、明治さん――
「神倉、真宮! 明治の頭に泥をかぶせておやり!」
「了解っ!」
「はっ、はい!!」
は?