1話.希望の入学式は、絶望だった。
今日は、待ちに待った高校の入学式。いよいよ俺も高校生だ、胸がワクワクしている。
「えー、今日は皆さん入学式にお集まりいただき誠にありがとうございます」
校長の話が始まった。こういう話は決まって長いものだ。
しかし入学式だから、そんな長話も全く退屈じゃない。
それでも何を言っているかなんて全く分からないから途中から退屈になってしまう。
それにしても席の間隔が狭い。ギチギチにパイプ椅子が詰められてるから、足が隣とぶつかっているんだ。
隣の人は舌打ちしている。
「ご、ごめんなさい」
「チッ、うっせーな」
まともに受け答えしてくれない。なんだかこれから先の事が不安だ。
友達はできるだろうか。中学のときは、小学校からほとんどメンツが一緒だったから友達を引き継げたけど、高校じゃそうはいかない。
全くのゼロからスタートするんだ。
「では、新入生紹介をします!」
唐突な校長からの発言に、新入生はざわついていた。
「1年1組1番、雨宮陽斗君!」
「はい!」
ビシッとした返事と共に起立している。
待ってくれ、こんな事をするなんて聞いてないぞ。まずい、心臓がバクバクする。気が気じゃない。
「1年3組4番、伊勢崎拓也君!」
「は、はいっ」
俺の声は小さかった。自分でも分かるくらいに小さかった。
周りからクスクス笑い声が聞こえる。
少し嫌な予感がする。空気が悪い。なんだか俺、入学式からもう歓迎されていないような気がする。
「伊勢崎ー拓也くーん!」
ふ、復唱しないでくれぇ……!
もっと、大きな声で返事をしないと。
「はいっ!!」
なんとか大っきな声を絞り出せた。伝わってくれたようで、次にいった。
入学式が終わり、教室に案内される。
「今日から皆さんの担任をさせていただきます、城島境太郎です。これから一年間、よろしくおねがいします」
すごくのっぽな先生だ。俺の二倍はあるんじゃないかと思ってしまうくらいに。
とても細身で、横の部分が縦に伸びちゃったような感じになってる。
「おいおい、見ろよアイツ」
「なんかキョドってるよ、キモくない?」
周りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。
俺のことなのかな。自分のことじゃなくても、自分のことだと思ってしまう癖がある。
「皆さん、これから一年を共にするのです。仲良く、お願いしますよ」
先生は冷静だったけれど、笑ってる人達に対する忠告だったのかもしれない。
先生がいなくなると、クラスの皆はぼそぼそと挨拶をし始めた。
俺も挨拶をするべきだろう。
「あの、俺伊勢崎拓也っていいます」
「あ?」
前の人は俺を睨みつけてくる。怖い。
「あの、お名前なんですか?」
「何いきなり、キモ」
そっぽを向かれてしまった。
俺、何か悪いことをしただろうか。俺の様子を見て、周りはニヤニヤしてる感じだった。
「おいおい、ちょっと礼儀がなってないんじゃないの?」
横の人がニヤニヤしながら話しかけてくる。
「え?」
「『お名前はなんていうのか、聞いてもよろしいですか?』だろ?」
「そうそう、許可も求められねぇの?」
後ろから誰かが小突いてきた。
気付けば皆は俺を囲んでニヤニヤしている。
でも、窓際の席の、一人の女の子だけは加担していなかった。
それどころか、一人でポリポリお菓子を食べている。ただ単に興味がないということなのかな。
いや、俺の方をチラチラと見ているから気にはしているみたいだ。それでも俺の方には近付いてこないから、この女の子だけは味方なのかもしれない。
「えっと、お名前はなんていうのか、聞いてもよろしいですか……?」
「きっも、死ね」
ガンッ!
前の人は、俺の頭を机に押し付けてきた。
「いだっ!」
「お、良い声出るなぁ!」
ガンッガンッガンッ!
何度も俺の頭を机に押し付けてくる。
皆はそれを見て大爆笑していた。
俺は気づいた。早々にいじめが始まっているということに。
ひどい。俺が何をしたっていうんだ。ひどすぎる。
それでも……窓際の、白い髪の女の子だけは加担していなかった。
「はいはい、皆さん仲良くお願いしますよ」
教室に先生が戻ってくると、皆何事もなかったように席に戻る。
そして俺と仲が良いかのように肩を組んできた。地味に力を込められてるから、痛い。
「なぁ、お前あとでトイレにこいよ」
「はい……」
前の席の人がそう言ってくる。この威圧的な空気、俺は従うしかなかった。
初日が終わって、皆は部活の見学を始める。
俺はトイレの見学に行く。
入室早々、水をかけられる。
俺はびしょびしょになってしまった。
「うぇーい、お前イジメるの決定な覚悟しろよバーカ」
……こいつの名前は配られた名簿で覚えたぞ。1年3組3番の、伊賀千刃だ。
千刃は顔に傷があるのが特徴の短髪少年。
こいつは俺をいじめると正々堂々宣言してきやがった。
あり得るか……? 今日が入学式だぞ……? 信じられない……。
学校初日だというのにこんなにイジメられているのも思い返してみればこいつが皮切りだった気がする。
――許せない。
「誰が許可した。俺をイジメていいと」
ブゥーーー!!!
口に入った水をぶちまけ返してやった。すると千刃は激怒、トイレの水を俺にぶっかけてくる。
「うるせぇいじめられっ子、お前はこれから俺にいじめられるんだよ!」
襲いかかるトイレの水を全て弾き返してやる。
自分の発動した魔法が自分に返ってくるみてぇに千刃の顔に水がブシャブシャ降り掛かってやがる。
「くっせぇ!!」
「これは貴様が振り掛けた災難だ。ただ己が身に跳ね返っただけでこの嫌がりよう、情けないとは思わないかぁ? イジメっ子さんよぉ……。」
このトイレに来る前から、ハナから千刃を許すつもりなんてない。
千刃はトイレのモップを持って俺の腹をどついてくる。
「げほっ!」
「はい、ざまぁみろ。オラッ!」
身体がトイレの個室まで引っ張られる!
俺の頭を便器の中に沈める気か。
「ごぼぼぼぼぼっ!」
「飲め!」
仕方なく飲むが、臭い。
トイレの水だ、臭いに決まってる。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「うわ、こいつ何飲んでんの、きっしょ!」
水を飲む俺を見て千刃は笑う。
トイレに入ってきた人間も、この惨状を見てクスクスと笑っている。
ひどい仕打ちだ。なんとも惨めな姿だ。命令されたから仕方なく飲んだというのに、それで嘲笑われるなんて、人としての尊厳を失ったかのような気分にさせられてしまう。
……復讐だ。復讐、してやらねぇと。
同程度かそれ以上の苦しみは絶対に味わわせてやらねぇと。
「お前、これからトイレの水飲み係な」
俺は逆らえない。ここまで力の差を示されてしまうと、仕返しが怖くなって、逆らえない。
これから俺は、いじめられてしまうのだろうか。
そんな高校生活は嫌だ。
復讐してやる。絶対に復讐してやる。
クラスのライングループ、入れてもらったのはいいものの、皆俺に対してだけ冷たい。
こんな目に遭わされるとは。一体俺の何がいけないというのだろうか。
千刃から暴言のメッセージが届く。
『死ね』だの『ゴミ』だの、『学校来るな』だの……初日で全く関係がないはずなのに、ひどい暴言を何度も送ってくる。
それでも、ブロックしたら殺すと言われているため俺は逆らえず、暴言を送られ続けてしまった。
学校から帰ってくると、お母さんが待ってくれていた。
「おかえり、高校どうだった?」
「あぁ、うん、楽しかったよ」
愛想笑いを作ることしかできない。
お母さんを心配させたくないんだ。俺がいじめられていると知ったら持病の心臓病はどうなってしまうのだろう。
「良かった、それならこの先安心ね」
「ハハハ、もう友達だってできたんだよ」
「本当? あの拓也がまぁもう友達を作っちゃったんだ、やっぱり高校生になると違うねぇ」
嘘をついてしまった。
ごめんねお母さん、本当はこの高校にいるのは人のことをイジメたいだけの性根が腐りきったド腐れ生徒だけなんだ。
入学式の日から俺をイジメにかかるクソッタレ共。
さっさと復讐しなきゃ……。
「……この子、かな」
ラインのグループ。窓際の席の、唯一俺へのいじめに加担してなかった女の子。もしかしたら無関心なだけだったかもしれない。それでも俺は、彼女の事が気になっていた。
配られた名簿を見て、席順から逆算すると、38番……明治こけし。『メイジ』という女の子が、ラインのグループに入っていた。
俺は希望を持って、その子を友達登録した。
チャットを送る。
「今日は俺のいじめを席から見てたよね。どうして?」
既読が15分後について、やがて返信がくる。
「かわいそうだったから」
俺は嬉しかった。
一人でも、俺のことを心配してくれる人がいたから。
「ありがとう。君だけは俺の味方なんだね」
お礼を送り、眠りにつく。
翌朝、既読はついていたけれど返信はない。
「おはよう」
俺はたまらなくメッセージを送る。
「おは笑」
返信がきた! 嬉しい! 俺の心が高ぶっている!
この人がいてくれたら……高校生活、なんとかやっていけそうだな。
――しかし、その矢先。
「おーい、伊勢崎拓也くーん!!」
やつが、やってきた。
「伊勢崎君のお友達でーす! 入れて下さーい!」
伊賀千刃が、俺を笑っている。
「ほら、一緒に学校行こうぜ! 俺たち友達だろ?」
「拓也はすごいねぇ、もうこんなに友達と仲良くなっちゃったの?」
その笑顔は、嘔気を催す程歪んでいる。
千刃と俺はリビングで朝飯を一緒に食べる。
……ありえない。コイツと囲む食卓など俺は断じて許さない。
家を出たら覚えていろ、俺は貴様に、貴様に復讐をしてやる……!
「うめー! 母さんの料理美味いっすね! 俺朝飯抜いてきたんで助かったっす!」
「フフ、いいのよ。拓也の大事なお友達なんですから」
愛想良く振舞っているが、俺はこいつの本性を知っている。
わざと人に気に入られるように振舞って、裏では俺をいじめている。
こいつはそういう、陰湿な人間なんだ。
さっさと復讐しないと。
朝飯を食べた後、俺は無理やり着替えさせられ、半ば無理やりに家を連れ出される。
「おめぇの母ちゃん中々いいじゃねぇか、たまんねぇな、ヘヘヘッ」
ゲスな笑みを浮かべている。
何を考えているんだ、こいつは。
絶対に許さない、お前のその腐っていそうな思考ごと矯正してやる。
「おい、お前俺にライン返さなかったよな?」
胸ぐらを掴まれる。
「……いってぇな」
「あん? なんだその反抗的な態度。ちょっと教育が必要だな?」
俺は何度も、そのままの姿勢で往復ビンタを食らわされる。
痛い。たまに鼻にぶつかるせいで、血が流れてきた。
「ごめんなさいは?」
「……ごめんなさい」
ああ、なんて屈辱的で、なんて理不尽なんだ。
絶対、こいつを許さない。
いいよなぁ? 千刃……。先に手を出してきてるお前が悪いんだもんなぁ……?
「なんで俺にラインを返さなかったんだ?」
「こ、怖くて……」
「ラインは絶対に返せ。じゃなきゃ分かってるよな?」
分かりやすく振り上がる拳。
「わ、分かった……」
「いいじゃん。じゃあ今から練習な?」
……練習?
「今から俺がラインを送ってやるから、絶対返せよ? 返せなかったらビンタ追加な」
千刃はスマホを開き、俺にラインを送ってきた。
俺もスマホを見る。
「死ねやボケ」
いわれもない暴言にうろたえてしまう。
そうしてるとまたメッセージがくる。
「無視してんじゃねぇぞ」
「ごめんなさい」
すると千刃は声を荒げて、
「はいビンタ一回追加ー」
景気の良い炸裂音が響く。
俺の頬がぶたれた音。
気付けば俺の目には涙が溜まっている。
ああ、可哀想だな、俺……。痛いな、痛いよな……。
待ってろよ、すぐに復讐してやるからな……。
「お前無視すんなって言ったよな?」
「む、無視してない……」
「は? 無視してんじゃん」
「返した……!」
「いや、『死ねやボケ』って送ったのに無視したよね?」
――そういうことか。
こいつは二回メッセージを送ってきた。
二回目のメッセージを送る前に俺がメッセージを送らなかった事に、こいつはいちゃもんをつけている。
つまり、こいつは初めから俺に理不尽を吐いて殴るつもりでいたのだ。
ただ単に、こいつは俺をいじめたいだけだ。
「あーあ、お前が無視したのが悪いよね?」
――もう一回、俺の頬に鋭い痛みが走った。
こいつはただ理由をつけて俺をいたぶりたいだけだ。
ふつふつと怒りのボルテージがこみ上げてくる。
いいよな、やっちゃっても。お前らが悪いんだぞ、千刃。お前らが俺をイジメるから俺はお前らに復讐しないといけねぇじゃねぇか……!
「……いい加減に、しろよ」
「あ?」
「いい加減にしろって言ってんだよ!!」
俺の怒号が住宅街に響く。
流石の千刃も俺の心からの怒りには肝を冷やしたようで、額に汗を浮かべている。
「お前はただ、俺に暴力をふってスッキリしたいだけ。そうだろ?」
「あ? 生意気だぞてめぇ」
「黙れよ」
千刃の腹に、俺の右拳がめり込む。
「ごふっ」
その場でうずくまる千刃の頭を、俺は思いっきり蹴り上げる。
「ごはっ」
「俺がお前を痛めつける番だなぁ~~!!!!」
天を向く千刃に思いっきりタックルし地面へと押し倒す。
そしてその無防備で無様な股間を思いっきり踏んづけてやるんだっ――!!
「がぁぁぁぁぁっ!!!」
「痛いか? 痛いかぁぁぁ?? 俺のなぁ、俺の心の痛みはなぁっ! こんっなもんじゃ収まらねぇんだよ!!」
男の急所だもんね、痛いかなぁ~? 千刃ちゃ~ん??
決めた。もう二度とイジメなんてできねぇようにコイツを腑抜けにしちまおう!!
玉を押しぬけッ! 踏み潰せッ! 死ね、千刃!! 潰れろォ!!
「やめろぉっ、俺が! 俺が悪かったから!」
「なぁ、お前は俺の願いを一つでも聞いてくれたかなぁ……?」
「うるせぇ、お前はいじめられっ子なんだよ、生意気なんだよ!」
「ハハハ」
「――復讐しなきゃ」
ブッチン。
「ぐあああぁぁぁあぁぁっ!!!!」
ハハハッ、玉の潰れる音ォ~~~……。
これこれぇ~、これが聞きたかったんだよ俺はぁ~……。
ああ、復讐だ! これが復讐の音ってヤツかぁーー~……。
「やめろっ! やめてくれえええええ!」
「ヒッヒヒ!! じゃあやめる前にもう一回~♪」
そうそう、もう一個もね。
ブチッ
「――っがああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ! がぁぁぁぁっ! がっ! あっ! あああああああああああああああああ!!!」
イッヒ♪
これこれぇ~この音ォだァよォ~~~♪
「あーあ、もうお前男としても人としても終わりだねぇ……」
「痛いいいいいいいいいいいい!」
「千刃ちゃーん! おーい千刃ちゃーん!! 女の子に! 女の子になっちゃたねぇぇぇぇぇーーーーーー! ギャハハハハハハハハハハハッ!」
気分が良いいいいい!!!!
性根腐ったイジメしか能のねぇ阿呆なヤツをこうして叩き潰すのは気持ちがいいいいいいい!!
復讐なんて初めてしたけど予想以上の快感だぁぁぁぁ……。
「――調子乗ってんじゃねぇぞ!」
あっらぁ??
腹が鋭く痛いぞ。
コイツのキックかよ。嘘だろ、俺、玉二つ、潰したんだぜぇ……??
「痛ぇー……おめぇ、調子こいてんじゃねぇぞコラァ!」
何度も蹴り返された。
それでも俺は挫けない。
クソ人間どもに復讐を済ませるまでは、決してくじけるつもりなんてない。
結局、俺は傷だらけのまま登校するハメに。
誰も俺のことを気遣う人間はいなかった。
それでも窓際の、白髪の女の子、明治こけしは……俺の様子を見て困ったような笑みを浮かべながら、小さく手を振ってくれている。
俺は勇敢に手を、皆に気付かれないように振り返す。
伝わっていたようで、優しい笑顔を向けてくれた。
「おい、便所の水飲めよ、水飲み係さんよぉ」
クラスの皆は相変わらず俺をいじめてくる。
だけど伊賀千刃ちゃんはタマタマ潰れたまんまで登校なんていう素晴らしい芸当は流石にできなかったみたいで下校時間になっても姿をあらわさない。
まぁ、何はともあれ因果応報というやつだな。
「――これがお前の、いじめの代償だ」
1年3組3番・伊賀千刃、復讐完了。