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Ⅳ. 第9話 「インペリアル・フィズ」最上級のフィズを(*)

 『Limelight』では、優の送別会を兼ねて、蓮華と祖父、速水、榊、真由稀、南結月が集まっていた。

 チーフ・バーテンダーは榊に代わり、東都ホテルのバーテンダーとなっていた真由稀とは、久々の再会であった。


 楓たちのバンドは台湾で契約し、楓はメンバーと台湾に移住して音楽を続けている。ニュースでちらっと映った時は、ボーカリストが一番目に付いた。


 以前は蓮華が新しい門出を祝ったが、今回は優がそれに応えた。


 『インペリアル・フィズ』。


 蒸留酒等に柑橘類の果汁とシロップ等の甘味を加え、シェイクして炭酸で割ったスタイルをフィズという。

 カウンターで作業中の優の所作を、蓮華はわくわくとした目で追っていた。


「インペリアルって皇帝って意味もあるし、『インペリアル・フィズ(特上のフィズ)』って心して飲まないとならないかと思ったけど、意外にも飲みやすいのね!」


「カクテル言葉は『楽しい会話』だしね。スコッチとラムを合わせてるんだよ」


 榊が、美味しそうに飲む蓮華に説明すると、蓮華の瞳が瞬いた。


「優ちゃんの手にかかると、いつも、あたしの『苦手・嫌い』が『美味しい・好き』に変わって、魔法みたいなの! フィズにすると飲みやすくなるから、離れた国のもの同士でも、確かに会話が弾みそう! これの場合、飲みやすいウィスキーよりも、スコッチみたいな個性的でスモーキーな、苦手な人もいる特徴あるウィスキーの方が面白く変化して、楽しいかも知れないわ。クセのあるお客さんにも楽しんでもらえるみたいで」


 カウンターから自分の分のタンブラーを持ち、やってきた優が、きゃっきゃ楽し気に語る蓮華を見て微笑んだ。


「僕たちの店が目指すのは、どんな背景のあるお客さんにも楽しんでもらえるように、だから。『Something』みたいに気軽に来てもらえて、『Limelight』のように本物志向のお酒を出す。時々学生に解放したり、それ以外はプロやアマチュアに演奏してもらって、演奏のない日もあって」


 優が皆を見渡し、続けた。


「お客さんは、バーテンダーやママと話すだけじゃなく、音楽を聴いていてもいいし、黙って一人で飲んで、お酒と対話してくれてもいい。お客さんだけじゃなく、従業員、ママもバーテンダーも、嫌なことがあっても、お客さんや仕事が自分との『楽しい会話』になればいいな、って思うよ」


 「素敵ですね」と結月が微笑み、「桜木さんらしい思いやりですね」と真由稀も笑顔になる。


 水城も感慨深気に頷いた。


「酒と対話する——確かに、私がウィスキーを飲む時は、どこから来たのか? どんな旅をしてきたのか? 長い年月、樽の中ではいろいろあっただろう? などと心の中で話しかけているようなものだった。ウィスキーからも、旅の話を聞いている気にもなっていたよ。そうかい、それで、このような味になったんだな? ってな」


「そうよね! お祖父ちゃん、家で飲んでる時も、ジャズ聴きながらいつも静かに飲んでて、まさに、お酒と対話してるみたいに見えたわ!」


 蓮華が手を打ち、すぐに「あ、これからは、会長……っていうか、オーナーって呼ばないとね」と、首を引っ込めて笑った。


「榊くんも、時々優ちゃんと情報交換して研修とかしてくれたら嬉しいわ。『Limelight』の定休日で身体空いてる時に、もし、優ちゃんが風邪とか引いたら手伝いに来てね。よろしいかしら、速水オーナー」


「いつでも貸し出し致しますよ」

「貸し出しって、俺、図書館の本ですか?」


 口の端を上げ、微かに笑った速水と、即座に突っ込む榊を、笑い声が取り囲む。


「優ちゃんが即興で作って金賞を取った『ウェディング・ギフト』は、六月のオススメ・カクテルにしたいわね」


「ああ、俺のブリティッシュ・マーチもメニューに入れてくれていいよ!」


「それなら、私のナイトフォールだって!」


 蓮華の提案に、榊と、それに張り合うようにして真由稀も、身を乗り出した。


「北埜さんのナイトフォールは、難しいからなぁ」


 困ったように、優が笑った。


「ウェディング・ギフトだって俺が作ることになるんだから練習しないと」


 優と榊、真由稀で賑わう横で、速水と水城は静かに見守りながら飲み、結月が「『Limelight』も随分雰囲気が若返ったわ」と呟き、蓮華と顔を見合わせて微笑んだ。




「やっぱり、お店の名前、考え直したいわ」


 帰りがけに、夜空に浮かぶ三日月を眺めながら、蓮華が言い出した。


「お店にはいつもジャズが流れてて、夜のお店だから夜の月だとか、そんなイメージを名前にしたいなぁって、思って」


「それなら、う〜ん、夜のジャズとか、ジャズの月……他には……」


 月を見上げた優が、思い付くままに挙げていく。


「ジャズの月って、なんだかいいわね!」


「だったら、ジャズの頭文字を取って……」


「あ、だったら、『月』の『moon』と合わせて……いいかも! ねえねえ、お祖父ちゃんはどう思う!?」


 二人の会話を背で聞いていた水城は、頷きながら微笑んでいた。




挿絵(By みてみん)


【インペリアル・フィズ】12~18度

※炭酸水以外をシェイクして、氷を入れたタンブラーに注ぎ、炭酸水で満たす。


 スコッチ・ウィスキー(他ウィスキー) 30ml

 ラム 10ml

 レモンジュース 15ml

 シュガーシロップ 10ml

 炭酸水 適量

 スライスレモンとレッドチェリーを入れる。


特上のフィズ。カクテル言葉は「楽しい会話」。


挿絵(By みてみん)


※ウィスキー。

右のカナディアン・クラブは癖がない。

左の「ジョニー・ウォーカー・レッドラベルはスコッチでスモーキー。

挿絵(By みてみん)


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