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びーどろの団欒  作者: 小路雪生
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第四話

 今夜も夫の帰りは遅かった。深夜にならないと帰宅をしないのが常となっている夫を待たずに、絵里はベッドに入った。次男が生まれた前後から帰宅が遅くなりだし、絵里が寝入った頃にならないと帰って来なくなったのだ。以前、絵里はその事を夫に問いただした。


「仕事だよ」

 子育ては夫婦で行うもの、と考えていた絵里が不在がちの夫に不満を漏らすと、うるさそうに夫は答えた。

「雇われている身じゃないんだ。時間通りになんていかないよ」

 まるで絵里が仕事に理解がないとでも言いたげな様子で、冷たくあしらう。

 以来、絵里は夫の仕事に口出しするのを控えてきた。不平不満を言おうものなら、夫は絵里を社会性がないと批判しかねず、機嫌も損ねてしまうからだ。


 絵里は布団の中で昼間聞いた望美の話を思い出していた。

「仕事に決まってるわ」

 望美の言葉を振り払うように独り言を呟くと、肩まで毛布を引き上げた。

 部屋の端と端に置かれた向かい側の主のいないベッドを眺めながら、この日、絵里はまんじりともしなかった。



 不在がちの夫が家に居るのは日曜ぐらいだろうか。たまの休日は家族で外出か、家でゴロ寝をして過ごす事が多い。昼近くなっても寝ている夫を起こそうと、絵里は二階の寝室のカーテンを勢いよく開けた。

「そろそろ起きてっ」

 体を揺すりながら声をかけると夫が何事か呟いた。

「………コーヒー」

 その言葉に思わず絵里は手を止め耳を澄ました。夫が誰かの名前を呼んだ気がしたのだ。が、寝ぼけているのかその物言いは判然とせず、自分が呼ばれたと思った絵里が

「コーヒーなら下で飲んで」

 容易に起きない夫に手を焼いた様子で答えると、薄目を開けて妻の顔を眺めていた。

「…うーん」

 やがて唸るように生返事をすると、壁に向かって寝返りを打ち、見下ろす絵里に背を向けた。

「…日曜くらい、こども達と遊んであげたら? …起きたらお昼ご飯だから」

 絵里は不承不承言いおくと、まだ寝るつもりらしく、日光を遮るように布団に埋もれる夫を尻目に寝室を後にした。


 日曜の午後、やっと起床した夫は顔を洗い昼食を済ませると、リビングで雑誌を読んでいた。

 絵里が

「新しいカーテン選びに行かない?」

 話しかけた声に顔を上げ、カーテンと絵里の顔を等分に見ながら答えた。

「これでいいだろう」

 気の無い返事をする夫に、絵里は新しく注ぎ入れたコーヒーを手渡しながら

「だって…」

 甘えるように言った。

 夫は絵里をチラッと見たものの、コーヒーを受け取ると無視したように再び雑誌に目を落した。

「来年は雄太も小学校だし、雰囲気変えましょうよ」

 黙ったままの夫に絵里はねだるように言う。今日こそは「うん」と言わせたかった。

「それとは関係ないだろ」

 雑誌に目を向けたまま妻を見ようともせずに素っ気なく答える。

「…もぉ〜!…十年くらい経つでしょ? 色も褪せてきたし…飽きたわ。この間、デパートでいいのを見つけたのよ。あれ、買うからっ」

 有無を言わせたくない絵里は声高に言った。夫はなかなか首を縦に振らないが、自分が主導権を握ってしまえば諦めるだろう…と、既に決めてしまったような口ぶりだった。

「これがいいんだ」

 そんな絵里の思惑を見透かしているのだろう、夫はうんざりした顔で絵里を見ると、やや語気を強めながら面倒くさそうに言った。その言葉を聞いた絵里は目を見開くと、夫の顔を睨むように見つめた。その顔はまるで「私の言う事を聞きなさい」と威圧するようだ。絵里は無言のままだったが、支配的な様子が滲み出ていた。

 そんな妻の態度を煩わしく感じたのだろう、夫は不機嫌な顔でソファから立ち上がると、玄関近くの収納からハンディクリーナーを取り出し、車の清掃をする為に車庫へと消えてしまった。

 絵里は廊下まで追いかけると腕組をしながら黙ってその様子を眺めていた。

 夫の言い分を聞こうとせず、自分の思う通りにしようとする妻に愛想を尽かした顔で出て行く夫の後ろ姿を見ながら、絵里は小さなため息をついた。

 何故、夫はこうもカーテンを替えるのをイヤがるのか…絵里はリビングのカーテンを振り返った。

 絵里には何の変哲もないカーテンにしか見えない。が、夫は時折、考え事をするかのように窓に真向かったソファーに腰掛け、カーテンを眺めていた。

 最初は庭を見ているのだと思っていたが、夫の視線の先にはカーテンがあり、ジッと見つめている横顔は、遠い世界を彷徨うような目つきをしていた。心ここに有らずといった風情が漂うその顔を見た時、夫には妻の絵里でさえ知らない世界があるような気がした。その時絵里は、取り残されたような寂しさを覚えたのだった。

ご愛読、感謝致します。

今日ネットで『戦場のサレ妻』という小説のあらすじを読みました。なんだか、この話と似てますね…(-_-#)   本編は読んでないのですが【夫の不倫】という点でテーマが似ており、予め知っていたらこの小説は発表しなかったかもしれない…と思いました(笑)    せめて時期をずらせば良かったかもしれませんが、4話まで書いてから気づいたので…これはこのまま続行します (-_-;)

この物語は【1つのある出来事に対して視点を変えるとどのように映るのか?】という発想から生まれたのですが、楽しんで頂けているでしょうか?   

今後も不定期ながら更新して参りますので、宜しければ御一読下さい。  小路

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