表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
びーどろの団欒  作者: 小路雪生
11/35

第十一話

 待ち合わせをした絵里と望美は駅ビル五階の飲食店フロアへ行くと、チェーン展開をしているイタリアンレストランに入った。昼には少し早いのか、すぐに席へ通されるとそれぞれランチを注文した。


「こどもがいないとのんびり食べられるね」

 家族の世話を焼く事の多い二人にとって昼のひと時とはいえ、上げ膳据え膳で食事が出来るのは気分のいいものだった。

「冬休みになったら東京ディズニーランドへ行こうって話してるんだ」

 望美が行った。

「ふーん。家族で? 豪勢ね」

 三人の子供を連れて泊まりがけで出かけるとなれば相応の出費になるだろう。絵里は相槌をうちながらなんとなくおもしろくない。

 絵里は自己顕示欲が強いのか、自分が注目を浴び、相手より優位に立っていないと気が済まない。あからさまな態度はとらないまでも、それを聞いた絵里の返事は素っ気なかった。絵里は、望美がディズニーランドへ行くのなら自分は望美が行けそうにない場所へ行こうか…例えば海外…そんな事を考えるのだった。後で夫にメール送って海外旅行の計画をたてよう…絵里は胸の中でそう呟くと既に望美を出し抜いた気分で話題を変えた。

「そうそう、一昨日、颯太がひきつけ起こしたのよ…」

 絵里は運ばれてきたパスタをフォークに絡めながら言った。

「…大変だったね…」

 うなだれた様子の絵里を見ながら、真向かいに座る望美は絵里を注意深く見つめ、労うように言った。

「うちの人、ちょうど出張で…なんだかシングルマザーになった気分よ…」

 絵里はフォークに巻き付けたパスタを口に運びながら拗ねたように愚痴をこぼした。

「心細いよね…まぁ、居たからどうってことも無いんだろうけど…タイミング悪かったね」

 望美は絵里を励ますように共感すると慰めた。

 二人はひとしきり子育て談義に花を咲かせた後、ひと段落した頃に絵里が本題に入った。

「なんか、この間の望美の目撃談聞いてから気になっちゃって…」

 絵里は口をとんがらせると、やや力なく呟いた。

「えっ!!  私のせい!? ちょっと〜、絵里やめてよ〜」

 望美は冗談めかしながら苦笑した。

「…だって、見たんでしょ? 女と連れ立ってるの」

 絵里が上目遣いにふてくされた調子で訊くと

「それはそうだけど……自分で人違いって言ってたじゃなぁい」

 先日の絵里の言葉を持ち出し、慌てたようにおどけた調子で反論した。

「……でも…あんな事言われたら気になると思わない?」

 絵里は、望美の軽率な発言を責めているのか罪悪感を刺激するようにチクチク言い募った。望美は困ったように

「ごめーん。…言わない方がよかった?」

 遠慮がちな素振りで絵里の機嫌を窺うような声色で訊いた。

「そういう問題じゃなくて…聞かされた私の身になってよ…」

 絵里は軽く睨むように望美を見た。望美は肩をすくめると、黙ったままパスタを口に運んでいた。

「…で、どんな女だったの?」

 絵里は俯いたまま皿に残った一口ほどの最後のパスタをフォークに絡めながら低い声で静かに訊いた。望美は考え込むように黙り込むと

「どんなって?」

「だぁかぁら、顔とか、雰囲気とか…幾つくらいとか、見たんでしょ?」

 絵里は和やかな雰囲気を壊さぬよう小さな笑みを浮かべ平静を装っていたが、呑気な様子の望美に八つ当たりでもするかのように、その口調はやや苛立っていた。

「食事中だから、穏やかに、ね。…顔、見えなかったんだよね」

 望美はそんな絵里の内心を読み取ったのか、機嫌をとるようにわざと明るく言った。

「…じゃ、ファミレスと割烹と、同じ人か分からないの?」

 そんな望美の答えを受け絵里は仏頂面で訊いた。

「うん…まぁ、そこまでは」

 神妙な面持ちで口ごもるように望美は白状した。それを訊いた絵里は安堵したような表情に変わり

「なぁ〜んだ。…それ、本当にうちの人だったの?」

 今度は悪戯っぽい笑みを浮かべると、急に明るい声で言った。

「それは間違いないよ。だって、瀧蔵さん目立つじゃない。間違えないよ」

 望美は真面目な顔で絵里の目をはたと見据えるように言った。

「…うーん、けど、相手の女が誰か分からないんじゃ、同じ人じゃないかもしれないし、仕事関係の可能性が高いと思う」

 絵里は自信があるようにキッパリと言い切ると、運ばれてきた紅茶が入ったカップを口元に運んだ。

「そうね……でも、親しそうに見えたんだよね」

 望美はその時の様子を思い出したのか、二人の親密ぶりをほのめかすように呟く。その口ぶりに興味を覚えながらも

「…親しそうって?」

 絵里は椅子の背にもたれるように姿勢を変えながら尋ねた。空腹が腹満たされリラックスしたようにのんびり言うと、先ほどまでとは打って変わって余裕すら感じさせる表情になっていた。

「…割烹の時は、こう…肩とか、腰とか…背中を抱くような、かばうような体勢で…」

 二人が店から出てきたときの光景をジェスチャーを交えながら望美が説明した。

「こう、ガッチリ抱きしめる感じじゃなかったけど、こんな感じで…」

 望美の説明では、店から出ると夫がやや体を屈めるような姿勢をとり、女の背中を包むように腕を回していた、との事だった。

「…車道に近かったからじゃないの?」

 絵里は、淡々と反論した。

「だって、店の出入り口だよ? 車なんて関係ないじゃない」

 目撃情報の信憑性を疑っている絵里の様子に望美はムキになって反論した。まるで自分の名誉でもかかっているかのように正当性を訴える。

「勘定の精算を店の外でしてたのかも」

 絵里は身を乗り出すような姿勢になるとテーブルに頬杖を突き、獲物を見つけた肉食獣のごとき面持ちで、必死に反論する望美を論破するべく、思いつく限りのシチュエーションを淡々と並べ立てた。

「…あんな店先で?」

 望美は絵里の言葉に異論を唱えた。

「…全くない話では無いでしょ」

 絵里は冷静に言った。しかし、望美は納得いかない様子だ。

「他には?」

 黙り込む望美に絵里が尋ねた。絵里は、望美が「親密そう」と語る理由を知りたかった。ここまでの説明を聞く限りでは、決定的な光景が思い浮かばないのだ。

 絵里は、望美が紅茶を口に運ぶ仕草を真似ながら、隙あらば突こう…と望美の目撃談に穴が無いかを見極めようとしていた。体した根拠もないのに自分をこんなに不安させるなんて…ただの思いこみなら承知しない…目の前に座る望美を見る絵里の目は挑むような色に変わっていた。飽くまでも「怪しい」と言い張る望美を打ちのめしたいような意地悪な気持ちになっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ