神に問いたい。騎士を苦しめるものはなんだ?
部屋のベッドの縁に座って微睡みかけていると、ドアがコツコツと二回ノックされた。
途端に脳が覚醒してどうぞ、と入室を許可するとドアが開かれた。
ガチャガチャ金属音を立てながら入ってきたのは、騎士かつ姫候補の一人、先ほどと寸分違わぬ全身甲冑姿のラナイトだった。
ラナイトは俺の横に平然と腰掛けると、そのまま上半身を倒した。
フカフカの高反発のベッドが、波打つがごとく揺れる。
うぶぇー、と全身の力が抜けるような声を兜の中から発すると、次いで首だけ動かして顔を俺に向け尋ねてくる。
「君は何歳だ?」
「はい?」
唐突なラナイトさんの質問に、すぐに返せず間を空けて答える。
「……十七ですけど」
「そうか、十七か。私の方が上なのだな」
そう言って上体を起こしたラナイトは、それなら、と続ける。
「君は私に敬意持って接しないといけないわけだ」
「じゃあラナイトさんって呼びます」
「うん、それがいい」
こくこく、と腕組をしてラナイトさんは頷く。
なんとなく言動などから年上だとは思っていたが、ほんとに年上だったとは。
勘が当たる時もあるんだな、と心底驚いた。
「少し喋り相手になってもらっていい?」
「随分突然ですね……もしかして俺の部屋に来た理由ってそれですか?」
「ダメかな?」
籠っているのに鮮明に聞こえるラナイトさんの声は、僅かだが甘えるみたいな声音になっていた。
俺はちょっと狼狽えながら、ダメじゃないですけど、と言い返す。
それなら良かった、と落ち着いた声を出して話を始めた。
「君はこの状況嬉しいか?」
「……えっ?」
最初、質問の意図が微塵もわからなかった。
しかし俺が答える前に私は、と続ける。
「嬉しいには嬉しいのだが……姫なんていういうのは私には、似合わないと思うんだ。だって私は騎士だ。戦うことが仕事だ。血だって何度も見てるし、凶暴な深海魚とだって戦った。だから……」
そこで台詞が途切れた。
口にするのを躊躇うように俯いて、ラナイトさんは黙り込んだ。
俯けた顔をゆっくり上げて、俺に向けた。
「いいや、君には関係ないよね。すまない変な話をしてしまって、私は部屋に戻って寝るよ」
そう思念を押し殺したように言って立ち上がり、重そうな鎧をガチャガチャ鳴らしながらドアの方に歩いていく。
何か声を掛けてやりたい、と思うが掛けてやるべき言葉が思い浮かばず西洋甲冑の後ろ姿を見ることしかできない。
結局声を掛けることができないまま、女性騎士は無言で部屋を出ていってしまった。
ベッドで褐色の木目の露になっている天井を眺めながら、頭の後ろで両手を組み枕代わりにして寝そべりながら、纏った悲愴感とその声に引っ掛かりを覚えていた。
おこがましいかもしれないけど、俺にできることなら何でも力になる。だから__
「なんだ?」
続く言葉が思いつかない。
それもそうだ、俺とラナイトさんはついさっき知り合ったばかりだ。
何かを共にしている訳でもない、友情があるわけでもない。
「そんな俺がラナイトさんの苦しみを和らげることなんて……」
できやしない。
同じ騎士で同じ境遇だったら共感することができたかもしれない__そうか!
俺も実際に騎士の仕事をしてみれば、ラナイトさんを苦しめる何かがわかるかもしれない。
「こうしちゃいられない!」
俺はベッドから跳ね起き、騒々しく足音を鳴らしながら廊下に出た。
誰かいないかと廊下の左右に目を配る。
右奥の突き当たりで、案内してくれたメイドが箒を持って掃除をしている姿を見つけ、急いて駆け寄る。
メイドの方も駆け寄った俺に気づいたようで、掃除する手を止めてこちらを向く。
「どうかされましたか?」
「ラナイトさんの部屋ってどこ?」
訊いた瞬間、げっと不快そうな声を出して後ずさりされた。
「気が早いですねシュン様。これが一目惚れの強さ! ハグにキスに、お互いの額や鼻を合わせたり、そして最後はここここ子作り」
「戯言はいいから早く教えてくれ」
何故だか凄まじく顔を赤らめて動揺していたメイドはすぐにそうですか、と調子を戻して左手で俺の後ろを指差して言う。
「一番の札が掛かっているのがフリアン様の部屋です。デートするなら城の後ろ手にある市街地が……」
「サンキュな」
最後まで聞き取らず示した方向を見る。
指差した方向には、ドアに刺してある鋲に黄色い楕円形の札が掛かっている。真ん中にはでかでかと『1』と表記されている。
俺はドアノブを躊躇いなく捻ってドアを押した。
「なんだ、ビックリした。入るならノックくらいしてほしかったな」
全然びっくりしてなさそうな声音で言うラナイトさんは、ベッドに持たれ床に座っていた。
そして視線を自分の脚に落として、ラナイトさんは脚防具を外し始める。
「話があるなら聞くけど、短めにしてほしいな」
けっして顔を上げることなく言われた俺は、正直にそして単刀直入に最短の言葉でお願いした。
「明日、俺も騎士の仕事にやってみたい」
意外だったのか、弾くように顔を上げてラナイトさんは俺を真っ直ぐ見据える。
兜の奥にある双眸が真剣さを帯びた気がした。
「死と隣合わせだぞ?」
「はい」
「……ハハハ、君は面白いねぇ」
「え?」
真面目に話をしたのに笑われてしまった。
焦燥に似た情が霧散する。
脚防具を外し終えてラナイトさんは立ち上がる。以外と脚が細い。
「毎日死と隣合わせてる訳ではないし、強いて言えば年に数回くらいだよ、そんな大仕事は。それと……」
「何ですか?」
上半身の鎧に手を添えたまま、ラナイトさんは漏らす。
「あす連れてってあげる……だから……着替えたいので出ていってくれないか?」
「……すいませんすいません! 今すぐに退散します!」
顔が火照ったような感覚を覚えながら、脱兎になりきって俺は部屋を出た。
駆け込むように自分の部屋に戻った後、火照ってないかと額に触れたら、熱があるのではないかと思うぐらい熱かった。