神に問いたい。目の前にいるのが噂の天才ですか?
クリナさんから突然の告白をされた翌日、俺は時計台の前で、天才のいわれがあるマリン・ハリックと待ち合わせていた。
個人的な話がしたかったため、誰かに何も言うことなく城を脱け出してきた。
「おい、お前やろ? シュンちゅう次期王は」
不意に足元から、関西人みたいな口調の喉声が聞こえてくる。
俺は咄嗟に、視線を足元に落とした。
手のように伸びた大きなハサミ、鎧を着ている風な外郭を覆う硬そうな甲殻……エビである。それも立たせたら俺くらい体長のある、大型エビ。
予想外の甲殻類登場に、俺は挨拶すらも忘れて大型エビを凝視した。
「なんやねん、その白けた面は。ハリック様に会う資格あらへんで!」
「ハリック、マリン・ハリック、俺はその人に招待状を貰って、待ち合わせてたんだ。居場所を知っているなら、その人の所まで連れてってほしい」
大型エビは、しゃねぇな仕事やし、と片方のハサミを手招きみたいに自分の方向に振る。
「案内してやる」
「ありがとう」
案内されるまま後ろを着いていき、時計台の傍の小道を進んでいく。
時計台が、おおよそ三分の二くらいの高さに見える場所まで来た。
「ここや」
大型エビが止まった真ん前に、天辺の丸い展望台のような建物が屹立していた。
「二階で待っとるから、はよ行き」
「案内してくれてありがとう」
軽くお礼を言って、ドアに手を伸ばした。が、ドアは勝手にスライドして内装を覗かせた。
自動ドアが、何でこの世界に!?
突然開いた自動ドアに驚き、しばし足が止まったが、すぐに受け入れて中に入る。俺は緊張しているのかもしれない。他にもっと、あり得ない物を見てきたというのに。
建物の中は、迷路まがいのぐちゃぐちゃした図が書かれている作図用紙が、床が見えないほど一面に散らかっていた。
部屋の隅に簡易な階段があり、俺はそれを昇った。
階段が終わってすぐ目の前に、リンゴの形をしたドアがあった。
そのドアにはノブがついていて、礼儀として俺はドアをノックしてみる。
この中に、マリン・ハリックはいるらしい。
「誰……ああ! 次期王のシュンくんだね。入っていいよ」
中からの大人しそうな声が、ノックに応答した。
俺はノブを捻り、ドアを開け中に入る。
二人掛けのソファーが、ガラスのローテーブルを挟んで向かい合っている。客人と談義をするためだろう。奥には壁に寄っている照明つきの机がある。その上には、先ほどの一階で散乱していた作図用紙が何枚も山積みに置かれていた。
「君に会えて嬉しいよ、さあ座って」
色白で黒い髪を長くしている、体つきが華奢な少年だ。俺より一、二歳ぐらい年下だろう。
俺に奥のソファーを薦めてきて、なぜ奥に座らせたいのか、と案外埒もない疑問を俺は抱きつつ、薦められたソファーに座った。
少年は向かいのソファーに座らず、部屋のどこかへ歩いていく。
目で追うと、机とは逆の位置に食器棚が立て掛けてあり、そこから陶器のカップとコースターを二対とピッチャーを取り出して、テーブルの俺の前と自分の前に丁寧に置いた。
「チャイロボウカーで、いいかい」
「あ、はい」
俺が頷くと同時に、ピッチャーをカップに添えて傾け、湯気の立っていない茶色い液体を注いだ。俺の分も注いでくれた。
注ぎ終えて、ピッチャーを少し離したテーブルの上に安置させておき、少年は落ち着いた様子で口を開いた。
「何の話から、しようかな」
俺は口を挟まず、少年が切り出すのを待った。
物音がなくて、余計に静けさを際立たせる。
「僕に何か、聞きたいこととかある? どうも話題がなくって」
目元と口元を笑わせて、何の質問でもこい、みたいに真っ直ぐ見つめてくる。
「聞いていいなら聞くけど、衆目の前で姿を晒さないんだ?」
「自分に自信がなくって」
ははは、と少年は冗談っぽく笑う。
俺は次の質問をぶつけてみる。
「時計台の中を見てみて、俺は感動させられたんです。何で、あの時計台を作ろうと?」
「思い付いたから、それだけかな」
あれだけの心を打つ物を作ったからには、頑固なまでの愛着や伝えたい思いがあるのだと、俺は思い込んでいたのだが、こうもあっさりとした答えがかえってくるとは興ざめだ。
「他に何か作ったものは?」
「革命的な技術を、用いたとしか考えようがない製品は、全部僕が産み出した物だよ。盗聴機器も、小型照準機器も、安眠カプセルもね」
俺の目の前で、誇ったような顔をしている少年が、あの場違いな工業製品の製作者だったのか。
「ほんとか……」
「うん、そうなんだよ。似合わないでしょ。そんなことより、飲み物飲んだら? 冷めちゃうよ」
チャイロボウカーを飲むよう促してくる。
俺は促されるまま、カップを口をつけて傾けた。まだ微かに温かさが残っている。コーヒーに近い味がした。
「これ、美味しいです」
「お口に合って、良かった」
少年は安心したように息を吐く。
「それで、他には?」
不意に瞼が重く感じた。
「詳しい感想、聞かせてくださいよ」
身を乗り出して、感想をさらに求めてくる。話してる最中に眠たくなるなんて、俺ってダメな奴。
薄目にかろうじて開いている視界に、少年の色白な顔が心配そうに俺を見ている。
「眠たいですか?」
「いや、大丈夫。眠くなんかない」
左の首筋にチクリと何かが、刺された感覚がした。
スッと力が抜けていく。
____目の前が突然、暗転した。




