神に問いたい。鬼ごっこしたことありますか?
「鬼ごっこかぁ、何年ぶりだろうな」
しばらく忘れていた、鬼ごっこの緊迫感が呼び起こされる。逃げる側はもちろん、鬼役も神経と体力を消耗する。だから捜すときは焦らず丁寧に捜す。これが鬼役の鉄則だ。
「あっ」
「あっ」
周囲を見回しながら歩いていると、先にある角を曲がって出てきたマリと対面し、マリが驚いた声を出すと俺も呼応して同様に声を出した。
お互いに言葉なく固まる。
「広い城の中で、こんなことあるんだな」
「ほんとだね」
そう言ってマリはフフッと柔らかく微笑んだ。
俺も意識なく微笑む。
「それじゃあ、タッチするぞ」
片手の手のひらを向けながら、マリの肩にポンと触れた。
参りました、と穏やかな声でマリは言った。
まずは一人目。あと三人も、どこかにいるだろうから捜さなくては。
俺がマリの傍を横切ろうとした時、あれ? とマリが何かを疑問に思った様子で首を傾げて尋ねてきた。
「ミクミさんは?」
あーやっぱ気づくのね。
表情を変えずに答えてやる。
「寝不足らしくて、寝かせといた」
答えると心配げな顔をした。
俺はその心配を解くための言葉を口にする。
「ただの寝不足だから心配には及ばないよ。だからマリは……って、鬼にタッチされた人ってどこに行くんだ?」
「う~ん、聞かれてみればその説明なかったですね」
下唇の下に手をつけて考え出したマリ。しばし考えた後にそうです、と何か思い付いたようで口を開いた。
「冒険パーティーみたいに引き連れて、残りを捜せばいいと思います。もちろんマスターはシュンさんで、タッチされた人はモンスターです」
想像するだけで楽しそうな構図だ。
マスターが捕まえたモンスターを連れて冒険する__って、
「それ、ド〇ゴンク〇スト〇ンス〇ーズじゃねぇか!」
思わず突っ込んでいた。
マリは頭上に疑問符を浮かべる。
「ド〇ゴンク〇スト〇ンス〇ーズって何ですか?」
「すまない。取り乱した」
「あ、いいえ。お構い無く」
俺は一度回復魔法のベホ〇ミを使って__じゃなかった深呼吸して緩和した笑みを口元に浮かべた__つもりだ。
マリは優しい目をして俺を見詰めていた。見詰められてちょっと恥ずかしい。
恥ずかしいことができる限りバレないようにして、俺は温厚にその場を去ろうとした。
しかし待ってください、と必死さなく留められ何だ? と尋ね返しつつ向き直る。
ーー
「がんばって、残りのモンスターも見つけ出してね」
満面の笑顔でそう言われ、俺は突っ込もうと思ったが、向いていた俺の進路方向とは逆の方向へと歩き出したので、やめておいた。
その代わりにがんばるよ、と短く返して俺も歩き出した。
さて、残り三人見つけ出すか。
赤茶色のドアを開けた。
本棚が見えてからすぐに、剣呑な通る声が俺の耳に届いた。
「誰だ!」
「俺です俺です、江口俊です」
半ば反射的に応答すると、先程とは打って変わって至極穏やかな声が返ってくる。
「なんだ君か。遠慮せず入ってきてくれ、というか入ってきてほしいな」
「あ、はい。そっち行きます」
願望のはらんだ催促に応答しながら、俺は声の方へ向かう。
難しそうな本が入っている本棚の間の道を抜けると、長机と椅子がセットで置かれ幾数にも並んでいるスペースが、静閑な部屋の雰囲気に溶け込んでいた。
そのスペースの一番手前の席に、厚くて中々重量のありそうな本に集中しているラナイトさんが、物静かにピンとした姿勢で座っていた。
「タッチしていいよ、逃げる気は元々ないからね」
本に視線を落としたまま、ラナイトさんは言った。
俺は近づき、席の後ろで優しく肩にタッチして本を覗き込む。読めない文字がびっしりだ。
「どんな本を読んでるか、気になるかい?」
「まぁ、この世界の本とかそういう系統の物は初めて見ましたから」
「そうか……よければ隣に座ってくれないか?」
恥らうようにそう言ってラナイトさんは、右隣の椅子を出した。
そこまでされたら、断るのに躊躇いがある。
すみませんわざわざ、と失礼がないようにして腰掛ける。
それと同時に、ラナイトさんは本をパタリと閉じてこちらに向き直る。
ラナイトさんの頬がほんのりピンク色になった。
「鬼ごっこのルール通り、私をどうするかは君の自由にしてくれればいい。私は君の要求なら何でも受け入れるからな、私という限定の権利なんだ。さあ、何でも言ってくれ」
恥じ入りながら言い切ったラナイトさんは、返事を待ち焦がれる目をして俺を見つめてきた。
だが、ラナイトさんの台詞の最初にあった『鬼ごっこのルール』をすっかり忘れていたので恥ずかしながら尋ねる。
「あの、鬼ごっこのルールにタッチされた人は要求を受け入れるとかありましたっけ?」
「何をとぼけているんだ。さては、説明の時に私のことを考えていたな? そんなに私のことが……すすす好きなら……きききキスくらいなら……」
バレてるぞ、みたいな顔をしたと思ったら、自分の台詞に激烈に動揺し始めた。
顔がゆでダコにそっくりな色合いになってきてるし__恥ずかしがりやという俺の憶測は、あながち間違ってなかったかも。
「お、おい! 反応くらいしてくれ、恥ずかしいだろう!」
「ごめんごめん、説明きちんと聞いてなくて」
俺が軽い気で謝ると、途端にバッと顔を伏せてしまった。
「そ顔を向けられたら…………だろう!」
「えっ? 俺、笑ってた?」
笑ったつもりないんだけどなぁ?
俺が胸中で自分の無意識に疑問に感じていると、赤い顔を伏せたままラナイトさんは、突然立ち上がり背を向けた。
「と、とにかく! 私が一人目なら、あと三人捜しに行くぞ!」
「あっいや、ラナイトさんは二人目です。ここに来る前にマリをタッチしました」
それを聞いて、ラナイトさんの顔の赤みが急に引いていき、呆れたような溜め息を吐かれた。
「君は本当に説明を聞いていなかったのだな」
「それが……どうかしました?」
ちょっと不安になってきた俺は、緊張気味に訊く。
ラナイトさんは振り向いた。その目は呆れ果てた目をしていた。
「タッチした人は付き添わせとかないと、誰がタッチされたのか判定できないだろう。説明で言ってたじゃないか。散ってください、のあとにすこぶる簡潔に言っていたぞ。タッチされた人は鬼と同行してね、って」
俺は脳内に、マリの顔を否応なく思い浮かべていた。
してやられたーーーーー!
気落ちして、ダンと机に両手をついた。
脳内のマリがほくそ笑んだ____ような気がした。
ラナイトさんを連れて俺が次にやって来たのは、他の部屋と比べて形状が厳そかなドアの部屋だった。
煤けたり塗装が剥がれたりしているが、元は金色だったであろうノブが特別さを引き立てている。
その廃れぶりに俺はラナイトさんに、何の部屋なのか尋ねた。
「ここって何の部屋ですか?」
「旧王室だ。当時はもっと様になっていたらしいが、今は手つかずで老朽してしまったと聞いたぞ」
「中もボロボロなんですか?」
「私に聞かれてもなぁ……この部屋が使われなくなったのは私が生まれるよりずっと前の話だからな」
困った様子でラナイトさんは答えてくれ、だからと付け足す。
「この部屋に隠れる人はいないんじゃないかな」
とは言われても隠れている可能性はゼロではない。
俺はドアの前に近づき、両手をメガホンのようにして叫んだ。
「火事だー! 火事だー!火事だー!」
叫んだあと、突然中でドタドタ足音が聞こえてきて、ドンと乱暴にドアが全開した。
「逃げないとっ逃げないとっ、炎に巻き込まれちゃうよ~、嫌だよ~」
今にも泣きそうな形相で、おんぼろ服を着たショートボブの少女が走り出てきた。
部屋を出て、あたふた左右を頭ごと振って眺め見る。
頭を振るたびに揺れる、輝きのない金髪を見ながら、俺は少女の背後から肩に手を置いた。
「はい、タッチ」
ギュンとこちらを振り向き、焦燥に駆られた目を揺らして唇を動かした。
「だだだ誰ですかっ!」
かなりの動揺ぶりにちょっと面白いなぁ、と思いながら俺はルイネに、悪びれもせず告げた。
「ごめんルイネ、火事って言うのは嘘。この部屋に人がいるか確かめたかっただけなんだ」
ルイネの目から焦りの色が消えて、ホッとしたように両膝をついた。
そのまま大きく安堵の息を吐いて、床に腰を下ろして内股気味に座った。
「驚かさないでくださいよぅ……」
「いやぁ、まさか中に人がいるとは思ってなかったから……可能性は考えてたけど」
ここまで本気にするとは思わなかったので、少し罪悪感がある。
俺は腰を抜かした状態であろうルイネに、斜め後ろから手を差し出す。
何故という顔をしてありがとうこざいます、と心にもない事を口にしながら、俺の手を取る。実際は少し怒っているのであろう。
「次、こんなことしたら怒ります!」
「もうしないよ。ねっ、ラナイトさん?」
俺はルイネの上目遣いに睨む目(全然怖くない)から、逃げるように隣に立って俺達を見ているラナイトさんに共感を求める。
しかし首肯もへったくれもなく、唇を尖らせて俺に言った。
「ルイネにはそんなに優しくしているというのに、私の時には優しくしてくれなかったではないか! どういうことなのだ!」
ラナイトさんは違うことで機嫌を損ねていた。
「優しくするも何も、ラナイトさんの時は優しくする場面自体がなかったよ!」
「そんなことはない! 話掛ける時にこっそりと後ろから近づいて、両目を手で隠してだーれだ? とかやれるだろう!」
「それ、優しさとは関係なくない!?」
納得いかないようで、ムッと眉をしかめられた。
どうすれば機嫌を直してくれるの?
「二人だけで話をしないでください! ラナイトさんもシュンさんと同罪です!」
突然、ルイネが割り込んでくる。
「何故、私が同罪なのだ!」
ラナイトさんがルイネの言葉に反応した。
ラナイトさんに矛先を向けたルイネに、ラナイトさんは関係ない、と説明する。
「わかりました。シュンさんがそう言うなら、そうなのでしょう」
「今度、なんでも頼みごと聞くから許してくれないか?」
俺は手を合わせて懇願する。
ルイネは頷いてくれる。
「じゃあ今度、お店の方手伝ってくれますか?」
「おう、了解した」
「それではタッチされたので、シュンさんに同行しないといけませんから、行きましょう」
これで残るは、メラと俺のうっかりで逃がしてしまったマリの二人だけとなった。




