4ノ巻 山姥
都を目指し歩き続ける桃太郎とカグヤ。
2人は現在、草木生い茂る山道を並んで歩いていた。
山の中の道は日の光を遮る木々が立ち並び、日暮前だと言うのに既に闇の訪れを誘い始めていた。
「カグヤ、この先で野営出来そうな場所を見つけたら今日は一旦そこで野営の準備に入ろう。」
「はい、分かりました。あっ、桃兄さまアソコなんて如何ですか?良い具合に木々が天井替わりに成って雨露を防げそうですよ?」
カグヤが指差す先に、程良く開けた場所が現れた。
旅の休憩所であろうか?
兎に角、今日はこれ以上進むのは危険と判断して、此処で火を起こして今日は野営をする事にした。
野営の為、たき火用の薪を二人で拾い集めていると、突然山道に響き渡る悲鳴が聞こえて来た。
「誰かっ!た、助けてーーーっ!!殺されるーーーっ!!」
「っ!?桃兄さまっ!?」
突然の悲鳴を聞き、カグヤと目が合った。
「助けに行くぞっ!」
「はいっ!」
拾い集めた薪をその場で投げ捨てると、悲鳴が聞こえた方向へと二人して駆け出す。
★
森の中、少女が何者かに追われて逃げていた。
少女は木々を縫う様に森の中を必死に逃げ惑うのに対して、後を追う存在は包丁片手にピョンピョンと木から木へと飛び移りながら後を追って来る。
少女の逃げる速度に対して、圧倒的に追う側の速度の方が早いのだが、少女は未だ追い付かれずに済んでいるのは只単純に追う側が少女を追い掛けて楽しんでいるに過ぎない。
「だ、誰かっ!助けてーーーっ!!」
「アヒャヒャヒャッ!無駄だよっ!こんな森の中で助けを呼んでも誰も助けになんて来ないさっ!」
「あうっ!」
少女は木の根に足を取られて転んでしまった。
それでもすぐに起き上がり再び逃げようと足を踏み出すが……。
「痛っ!」
少女の足に鈍い痛みが走り、再び転倒してしまう。
如何やら捻挫してしまった様で、走る所か満足に歩く事すら難しそうだ。
そうこうしている内に、追い掛けて来ていた者が、すぐ頭上の木の上まで追い付いて来た。
「アヒャヒャヒャッ……。なんだい?もう逃げないのかい?つまらないねぇ……、それじゃあそろそろ……、お前を喰ってやろうか?」
「ヒィ!」
「まずは、騒がしくない様にお前の舌をちょん切ってから、生皮を生きたまま剥いで鍋で煮てやろうかねぇ?アヒャヒャヒャッ、それじゃあ……、死ねっ!!」
声の主は木の上から少女目掛けて、手にした包丁を突き刺そうと、襲い掛かって来た。
少女は「もう駄目だ……」そう思うと、好奇心で勝手に家を出て来た己の行動を後悔した。
恐ろしい物から目を逸らす様にギュッと瞳を閉じてその時が来るのを待った……。しかしっ!
「雷火っ!!」
「えっ?」
こんな人気の無い森の中で聞こえる筈の無い人の声に目を見開いて声の聞こえた方向を見た。
「ギャアァァァァァ!!」
自身の頭上から襲い掛かる襲撃者が炎に包まれて草叢に吹き飛ばされるのを見た。
ついで、姿を現したのは少女よりも年上と思われる、青年と女性だった。
青年と女性は座り込む少女の元へと駆けつける。
「大丈夫ですか?怪我は無い?」
少女に優しく話し掛けてくれたのは女性の方だった。
少女は突然の事に上手く言葉を紡いで返す事が出来なかったが、そのあたふたした様子から大丈夫であると、女性には伝わった様だった。
「桃兄さま、この娘は私が……。」
「ああ、任せる。俺は、こっちの相手だ。……出てこいよ、今の雷火でくたばって無いのは分かってるんだ。」
先程から鬼切丸はまるで己の獲物を見つけて喜んでいるかの様に、刀身本体がカタカタと震えるのだ。
お陰で、少女を追う存在が『鬼』であると理解出来たので、遠慮の無い一撃をお見舞い出来たのだが……。
果たして刀が鬼を呼ぶのか、鬼が刀を求め集まるのか……。
それ故に、鬼切丸は妖刀と呼ばれる。
桃太郎は腰に差した『鬼切丸』に手を伸ばす、すると震えはピタリと止み、鞘から解き放たれる瞬間を待つのだった。
ガサガサッと茂みが揺れると老婆が一人姿を現した。
「アヒャヒャヒャッ……。ああっ、熱い、熱いよぅ……、酷い事をするねぇ?…………殺すぞっ、この餓鬼ゃあぁぁ!?」
老婆は、優しそうな面構えから一変、鬼の形相に変わる。
「コイツは……、山姥かっ!?」
山姥とは、森の中に住みつく鬼の一種で旅行く人を優しい老婆の姿で一夜の宿に家に招くと、油断した旅人を殺して喰う事で有名な鬼だ。
「男は固くて喰えた物じゃ無いが、そっちの女は旨そうだぁ。」
山姥はカグヤを一瞥すると、長い舌でベロリッと舌なめずりをする。
その場で手を地面に着き、四つん這いに成ると目にも止まらぬ程の速さで桃太郎へと迫って来た。
「死ねぇぇぇぇぇ!!」
目前で宙に飛び上がると何処に持って居たのか、切っ先の鋭い包丁を桃太郎に差し向けた。
「空中に飛び上がったのは悪手だろう。」
グッとその場で足場を固めると、桃太郎は山姥が突っ込んで来るであろう軌道線上で刀を構える。
「鬼祓え……、鬼切丸っ!!」
ただ一閃。
次いで桃太郎が鬼切丸を鞘に納めて『キンッ!』と鍔が音を鳴らした次の瞬間……。
「アヒャッ!?」
山姥の胴体と首は綺麗に二つに別れて地面に落下した。
★
「この度は危ない所を助けて頂いて、誠に有難う御座います。」
山姥を退治した後、襲われていた少女に話を聞く事になった。
「私は、この近くで営んでいる旅籠屋の娘で、鈴音と申します。宜しければお二方のお名前を窺っても宜しいでしょうか?」
「ああ、俺の名は桃太郎。怪我は無かった?大丈夫だったかい?」
「は、はい、お陰様で……。逃げる時に少し足を挫いてしまっただけで済みました。」
「私はカグヤと言います。鈴音ちゃん、今の内に足を治療しておきましょう。私に少し診せて下さい。」
「ええっ!?で、でも、そんな……、悪いですよ。命の恩人のお二方に其処までして頂くなんて……。」
「良いんですよ。桃兄さまと違って私にはこんな事しか出来ないんですから。」
そういって、カグヤは触診で鈴音の足を診る。
「ッ!?」
「御免なさい、痛みましたか?でも……、うん。骨は折れてはいないみたいですね。これなら私の仙術で癒せる筈です。……仙術、月光。」
鈴音の足に向けたカグヤの手から銀の光が降り注ぐ。
「あっ、凄いです。痛みが引いて来ました。」
その後すぐに鈴音は歩き回れる程に回復した。
歩き回れる程に回復したのを確認し、鈴音を家まで送り届けてあげようかと思ったのだが既に辺りは暗く成り始めており少女を連れて山中を動き回る事は危険と判断して、翌朝に成ってから移動を開始しようかと桃太郎が提案しようとする前に鈴音から提案の声が上がった。
「桃太郎さま、カグヤさま。宜しければ今夜はうちの旅籠屋でお休み下さいませ。此処から然程離れていない場所に有りますから。」
山姥に追い回された山中で一夜を明かさせるのは、流石に可哀そうかな?と考えた桃太郎とカグヤは少女の提案に乗せて貰う事にしたのだった。
途中、霧が立ち込めて来た山道を松明片手に歩く事、数分……。
突如、前方に灯りが見えて来た。
灯りに向って進むと立派な建物が現れた。
「おおっ!?」
如何やら此処が鈴音の言っていた旅籠屋らしいのだが……。
「……想像以上に大きいな。」
「……そうですね、想像していたよりも……、大きいですね。」
桃太郎とカグヤ、二人して想像していた以上に立派な旅籠屋が現れた事に面食らってしまう。
しかし、そんな二人を余所に鈴音は入り口の暖簾を潜り、中へと入ってしまった。
「ただいま戻りました~。お客様をお二人ご案内しました~。」
「も、も、も、桃兄さまっ!?如何しましょうっ!?か、か、かなり高そうな旅籠ですよ?」
「ま、ま、不味いな。カグヤ、路銀どれ位残ってたっけか?」
咄嗟にカグヤは財布を開き中身を確認する……。
「桃兄さまぁ……。」
泣きそうな顔で桃太郎を見つめ返すカグヤに、大体の懐事情を察する桃太郎であった。
基本的には一話1500~3000字の間で作ってます。




