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桃太郎寓話伝  作者: ノラギツネ
旅立ち編
4/8

3ノ巻 キビ団子と鬼切丸

ただ呆然と家が燃え上がるのを最初は只黙って見ている事しか出来なかった。


「お爺さまっ!!お婆さまっ!!」


カグヤの声で我に返る。

燃え盛る炎を背後に黒い巨体が影を伸ばす。

黒い巨体はその丸太程も有る大きな腕で何かを地面から乱雑に持ち上げる。

巨体が苦も無く持ち上げたのは、お爺さんだった。

一体何が起こっているのか理解が出来なかった。

よくよく見れば巨体の足元にはお婆さんが転がっているのが分かった……。

カグヤを背中から下ろし、桃太郎は地を蹴り出し勢い良く黒い巨体へと走り出す。


「お爺さんを……、放せぇぇぇぇっ!!」


中程から折れてしまってはいるが、未だ鋭い切っ先を保っている刀を鞘から抜き取り、お爺さんを掴み上げる黒い腕へと刀を振り下ろすっ!!


パキーーンッ!!


しかし、刀は黒い腕に弾かれて今度は根元から完全に折れてしまった。


「なっ!?」


刃物が通じないなんてっ!?

そんな生き物がいるのか?

桃太郎は驚きの余り視線を相手に向け、顔を拝み見た。

体は大きく、肌は黒い、そして何よりその額には特徴的な角が一本生えていた。


「角!?……鬼か?いやっ、これは黒鬼!?」


黒鬼はお爺さんを掴んでいた手を放した。

どさっと地面に落ちるお爺さん……。

そして暫し身動きを止め、桃太郎が剣を叩き付けた腕をジッと見つめている。

良く良く観察すると黒鬼の腕はほんの少し……、ほんの少しだけ傷が入っていた。

傷と言っても精々が薄皮一枚程度の傷だったが、黒鬼は腕に走った一本の切り傷をジッと見つめている。


「一体何なん「ウオオオオォォォォォッッッンl!!」ッ!?」


空気を震わせる程の声で黒鬼が叫ぶ!

余りの声量に一瞬、桃太郎に隙が出来てしまった。

その直後、桃太郎の目前から黒鬼の巨体が消える。


「なっ!?き、消えグフッ!?」


何時の間にか桃太郎の目前に移動した黒鬼が丸太程も有る腕をブンッと振る。

桃太郎は咄嗟の事に反応出来ず黒鬼の直撃を受けて真横に数十メートル吹き飛ばされるとそのまま気を失ってしまった……。



「桃太郎!しっかりおしっ、さあ、これを……。苦しいだろうけど何とか飲み込んでおくれ。」


朦朧とする意識の中、最初に感じたのは何かを口の中に入れられる感触……。

もちもちとした食感で正直息が出来ない……、苦しい……。

何とかソレを飲み込んだ直後、急に体の痛みが引いていく様な気がした。

どれ位気を失って居たのだろうか?

瞳を開けると、心配そうにお爺さんとお婆さん、それにカグヤが桃太郎を心配そうに覗き込んでいた。


「お爺さん……、お婆さん……、それにカグヤ……、ハッ!?く、黒鬼はっ!?」


「安心おし、黒鬼はもう去った。」


桃太郎が目を醒ました時には既に黒鬼は去った後であった。

激しい炎を上げていた家からは既に火の気は失せており、薄らと白い煙が立ち昇るだけであった……。


「お爺さん、お婆さん怪我は?大丈夫?」


「ああ、カグヤが儂らの怪我を治してくれたから大丈夫じゃ。」


「ええっ、私達は大丈夫、心配要らないわ。それよりも桃太郎の方が重傷だったのよ。」


「えっ?」


正直、重症と言われてもピンと来ない。

体を動かしてみるが特にと言って怪我らしい物は見受けられない。


「あっ、ひょっとしてカグヤが直してくれたのオワッ!?」


突然ガバッとカグヤに抱き付かれた。


「おっ、おいおい、カグヤ?女の子がはしたな「桃兄さまっ!御免なさいっ!!」」


カグヤは涙を流して桃太郎の胸で泣いている。

桃太郎は極力優しい声であやす様にカグヤの頭を撫でつつ声を掛ける。


「何でカグヤが謝るんだい?お前はお爺さんとお婆さんを仙術で治療したんだろう?日に何度も使える力じゃ無いんだ。お前は良くやったよ。」


「でも、そこが私の限界でした……。桃兄さまを治療するだけの力は私には残っては居ませんでした。結果として桃兄さまを見捨てた様で……。」


「良いんだよ、それで。俺は頑丈だからな、そんな簡単には死なないさ。だから、お爺さんとお婆さんの治療を優先したカグヤは気にする必要は無いんだよ?」


「そうは言いますけど、桃兄さまだって死んでもおかしくない程の大怪我だったのですよ?幸い、お婆さまが薬?を持っていたから一命を取り留めたものの……。桃兄さまはもっとご自愛下さいましっ!」


「ああ、御免よカグヤ。心配を掛けたね……。」


桃太郎の胸に顔を埋めて涙を流すカグヤの頭をポンポンと叩いて慰める。

程無くして顔を上げたカグヤは泣いて赤く腫らした瞼を見られまいと、そっぽを向いてしまった。

まあ、今はソッとしておこう。

それよりも、桃太郎には気に成る事が有る。

意識が朦朧としていた時に食べさせられた物、それは一体何だろうか……、と。

カグヤは薬?と言っていたが、あれはもっとこう……。


「お婆さん?俺に食べさせたのって一体何ですか?」


「ああ、これだよ。」


お婆さんは袋に入ったそれを桃太郎に手渡す。

袋を開け、中を確認すると……。


「これは……、キビ団子?」


「只のキビ団子じゃあないよ。特別製さっ。どんな怪我や病気でも一発で完治してしまう程の逸品だよ。」


何でも、このキビ団子には桃太郎が生まれ出た後に残された桃の実を混ぜ込んで有るそうだ。

桃の実は桃太郎が生まれた後でも瑞々しさを失う事無く在り続けたそうで、その実を口にした当時のお爺さんお婆さんは長年悩まされていた腰痛や目の霞み、果てには肩凝りさえも一瞬で消え去ったそうだ。

これは有難い物だと長期に渡って保存して居たものの、流石に長期に渡って瑞々しさを維持する事は無理だった様で、気が付いた時には桃の実から水分は完全に抜け出てしまっていたそうだ。

それでも、桃の実が持つ不思議な力は健在だったそうで、ならばいっそ桃の実を細かく千切って他の物に加工してしまおうとお婆さんは思ったのだそうだ。

それで作ったのが、このキビ団子らしい……。

桃の実の不思議な力のお陰か、17年前に作られた物とは思えない程のモチモチ食感を維持している。


「そう言う物だったんだ……。ああ、そう言えば俺やカグヤが熱を出して倒れた時だけ食べさせて貰っていたのを思い出した。あの時食べていたのはコレだったのか……。モチモチとした食感だけは覚えていたんだよなぁ……。」


お婆さんにキビ団子の事を聞いていた間に、お爺さんはと言うと焼け落ちた家の中に入って何やらゴソゴソと探し物をしていた。

その内、焼けた床板をバリッと剥すと何かを持って戻って来た。


「お爺さん、それは?」


お爺さんの持って来た長細い包みは火事の跡地に有ったにしてはすす一つ付いていない綺麗な箱であった。


「……恐らく黒鬼がこんな山奥の一軒家に現れた理由じゃ。」


お爺さんは箱を開け中身を取り出す。

中身は一振りの刀だった。


「……これは、鬼切丸と言う。」


鬼切丸は妖刀だ。

折れず曲がらず良く切れて、その上刃毀れしない。

それだけなら、名工が作る名刀と詠われるだけの逸品である。

しかし、鬼切丸は特定条件下でのみ、ある特殊能力を発揮する。

それは『鬼』との戦闘である。

鬼の体は固いと言うのは結構有名な話である。

刀を弾き、矢を返し、槍を圧し折る、鬼とは普通そういう存在だ。

更に付け加えるならば、鬼はその階位が上がる程に更に強靭度が上がり、手が付けられなくなる。

それこそ一匹の鬼に軍隊で当たらねば成らぬ程なのだ。

桃太郎が退治した鬼狼ですら普通の刀の刃がやっと通る存在だったのだから性質が悪い。

因みに鬼狼は階位で言うと、底辺から数えた方が早いという。

しかし、妖刀鬼切丸はその鬼の階位を無視する事が出来る。

かつて鬼切丸は、只の一振りで山の様な大きさの鬼の首を叩き落としたと言う逸話を持つ。

詰まる所、鬼の防御を無視して切り付ける事が出来るのだ。

当然、鬼達からしてみれば天敵とも言える刀の存在を許して置ける筈も無く……。


「なんでそんな曰く付きの刀が家の床下に眠ってるんだよ!?」


「……昔、色々有ってのぅ。」


色々って……。

お爺さんは只其れだけ呟くと、桃太郎に向って刀を差し出す。


「桃太郎、これを……。鬼切丸を持って帝都へと昇れ。」


「お爺さん!?」


「帝都へと昇り、鬼切丸を帝へと献上するのじゃ。鬼に嗅ぎつけられた以上、再び奪いに来るかもしれんからのぅ。」


「お爺さんとお婆さんは如何するんですか?」


「家は燃えてしまったからのぅ……。下の村へと降りて厄介に成るとするかのぅ。まあ、儂らの心配は要らんよ。」


「お爺さまっ!桃兄さまが行くならカグヤもご一緒したく存じますっ!」


「ならんっ!カグヤには危険過ぎる。」


「まあまあ……、お爺さん、良いじゃありませんか?桃太郎も一緒に居るんですから大丈夫ですよ。」


「お婆さま……。」


「カグヤを目に入れても痛く無い程なのは知ってますけど、だからこそ可愛い子には旅をさせろとも言いますし……ねぇ?外の世界を見て回らせても良いんじゃ無いですか?」


「う、ううむ……。」


お爺さんは暫し腕を組んで考えを纏める。


「分かった!桃太郎と一緒に都に行っておいで。」


「お爺さま……、有難う御座いますっ!」


そうして桃太郎とカグヤはバタバタと出発の準備を整える。

と言っても殆どの家財が焼けてしまったので、纏める荷物は殆ど無い。

荷物らしい荷物と言えば、お爺さんに託された『妖刀鬼切丸』とお婆さんから餞別にと渡された『キビ団子』そして……。


「カグヤ、これを持ってお行き……。」


お爺さんがカグヤに手渡したのは、これまた不思議と焼け残った光り輝く竹筒である。


「これは、私の……。」


「そうじゃ、赤子のカグヤが入っておった竹じゃ。何かの役に立つのでは?と取っておいた物じゃ。道中、役に立つ時が来るかもしれぬから持って行きなさい。」


出立の準備を整え、お爺さんお婆さんに手を振って『行ってきます』を伝えると、桃太郎とカグヤは都へと向けて、旅立つのであった。


最早、キビ団子と言うよりも桃団子と言った方が正しいのだろうか……。

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