民の声を忘れるな1-3
賊軍の討伐へ向けて準備をする袁衰。そこへ懐かしい顔がひょっと現れた。
帝国本隊の軍勢は20000。我が東北自治領の8000とは桁が違った。装備も剣も、帝国本軍は一流の物ばかり装っていたが、実態としてみればそれはお飾りに過ぎないだろうと袁衰は思った。
汚い宿舎で麺をすする近衛兵に、軍人としての覇気を感じることができなかったのだ。
「このような近衛兵、わが軍なら一捻りで・・・。」
今回の湖畔賊軍討伐作戦に参加したのは袁衰だけではなく、帝国本領の西に構える、ユウイー自治領からも、一人、剛腕が参加していた。名をテレージという。彼は帝国本軍の軍師として呼ばれたのであった。
「久しぶりじゃないか。テレージ。」
「袁衰、相変わらずだな。」
「元気にしていたか? テレージ。懐かしいな。また、お前と肩を並べて戦う時が来るとは思いもしなかった。」
「そうだな。」
「・・・どうした。」
「いや、なんでもない。しかし久々の再会がこのような戦くさいところとは。我ら5将軍も落ちたものだ。」
「何をいう。皇帝陛下に仕えるものとして、帝国本領を守るのは当然の責務ではないか?」
「そうだな。しかしだな、ここ最近、皇帝陛下の様子がおかしいという者がいるのだ。」
「どういうことだ。」
「袁衰はまだ聞いていないようだな。」
「何があったのだ。」
「・・・話くらいは聞いているだろう。南方、華南自治領であった反乱軍の暴動。あの一件以来、皇帝陛下は疑心暗鬼になってしまったようなのだ。」
「華南、確かあそこはヨーシュアが治めているところではないか。いったい何があったのだ。」
「ヨーシュアは自治領独立運動の活動員と関わりがあったようだ。それが皇帝にばれてしまい、怒りを買ったらしい。真実はわからないが、ヨーシュアの使いから届いた手紙には何も疑わしいことは書いてなかった。少なくとも独立運動の支持者との面識はないと。」
「なぜ、ヨーシュア殿が・・・。」
「しかし今は悩んでいる時ではない。今皇帝の逆鱗に触れれば我らだけでなく、多くの領民をも殺すことになりかねない。危うい君子に逆らってはならないぞ。袁衰。」
「しかし・・・。」
「気持ちはわかる。それでもやるべきことがあるのではないか。今は目の前の課題をこなす方が賢明だろう。それに、もしかすると湖畔の賊軍から何か話があるかもしれない。」
「・・・わかった。その話、後でゆっくり聞かせてくれないか。独立運動と、ヨーシュアの近況も。俺はずっと自治領にこもっていたから、外で何が起きているのかわからない。しかし、そのようなことがあったとは。」
帝国の落ちぶれようは凄まじく、10年前の皇位継承以来、初の餓死者が出るほどであった。
帝都こそきれいに整備されているものの、バザールの小道に入ればそこはスラム街である。
皇位継承問題で焼け野原となった帝都がここまで復活を遂げたのは確かに皇帝の手腕である。しかし、今に至ってみれば軍政官の汚職や収賄、国境での物資横流し、何一つ民が喜ぶものではなく、物価は吊り上り、人民の移動は規制され、輸入物品は重関税。人民にとって何一つ恩恵などないのだ。
物が流れないということはそれだけ貧しくなるということだ。皇位継承問題が長く続いたこの国では、戦禍の影響なのか作物が全く育たない。
米や麦など、最低限の食料ですら周辺国に頼っているのが現状だ。そして東北自治領はそれら食料の保税地として、皇帝より勅許を得ている。
幸いなことに自治領の一部は戦火を逃れており、そこで作物を育てることができる。帝国本領のように周辺から巻き上げることなく、賄うことができるのだ。わずかな土地とえども、他の自治領や諸国と比べ、その石高ははるかに大きなものであった。
しかし、それが戦の火種にならんとも限らない。皇帝本隊が東北を直轄領にするとも言い出しかねないのであった。もしそうなったら、真っ先に想うのは民のことである。再び、あの戦禍に民を巻き込んでしまうかもしれない。何としてもそれは食い止めなければならぬと、強く袁衰は考えた。