民の涙を忘れるな
目の前に広がるのは荒涼とした大地。その先に見えるのが帝国五将軍の直領地である。
帝国本領を取り囲むように五将軍が直領地を治めるのだ。
そして今日、帝都にて五将軍と皇帝の謁見が執り行われる。
「東北自治領代表、袁衰様。謁見の準備が整いました。大広間にて皆おまちかねです。」
「わかった。 徴栄は今日初めての謁見だ。しかし案するな。我らが恐れる御方ではない。」
「わかりました。しかし父上、なぜ私は呼ばれたのでしょうか?この度の大戦で活躍なされたのは父上のはずです。」
「なにをいう。お前の治政の手腕が認められたのだぞ。陛下はお前に礼を言いたいそうだ。それに、大きな犠牲を払ってでも賊軍を退治するというお前の気概が認められたのだ。それは父の誇りでもある。」
「しかし私は、私の前で多くの命を失うことになってしまいました。それがどのような結果であれ、官軍賊軍問わず、多くの犠牲を出してしまった。そのことだけが悔しいのです。皆が争うことなく平穏無事に暮らせる道があったはずです。対立がすべてはないはずです。」
「今更きれいごとを言うな。あの戦で散って行った勇士たちは皆我らに忠誠を誓っている。命を懸けてこの国を守ることが彼らの務めなのだ。お前が陛下に忠誠を誓うように、わが軍の勇士たちも我らに身を任せている。」
「しかし・・・。」
「お前はまだ若い。その若さもきっと陛下は受け入れてくれるだろう。しかし、人の優しさに浸ってはならぬ。優しさこそが一番の敵なのだ。相手に弱いところをさらけ出す必要もないのだ。それがたとえ陛下であっても。強く生きなさい。」
「・・・わかりました。」
きらびやかな宮殿を奥へ進むと大きな扉がある。木目調の大きな扉には細やかな金細工が施されており、贅沢の極みそのものだった。民の重税が皇帝の懐や宮殿に湯水のごとく使われている。そのことを快く思わないものはたくさんいるが、その悪行を正そうとする者などいないのだ。
謁見の間には諸大臣をはじめ多くの側近がすでに席についている。ステンドグラス越しになめらかな日差しを感じるが、どうもあまり心地良くない。それはきっと自分自身の皇帝への疑心なのだと徴栄は感じた。
「袁衰様 徴栄様 これより謁見の儀を執り行います。」
低く物静かな声が広く響き渡った。李徴はどことなくおどろしげな雰囲気に狼狽えそうになるがぐっとこらえた。
「よく来た。」
「皇帝陛下、お久しぶりです。」
「新任式以来だろうか。我が下でともに大剣をふるった日々が懐かしいだろう。」
「はい。 陛下の元、美しい国が完成しつつあります。そして、また我々は次の世代へと繋いでいかねばなりません。」
「ほう。お前も老いたな。そっちがお前の息子か。」
「はい。名を徴栄といいます。初めての謁見で硬くなっていますがお許しください。」
「徴栄、父に似て立派なものだ。楽しみが一つ増えたな。」
「ありがたきお言葉。今は亡き妻もさぞかし喜んでいるでしょう。」
「ところで袁衰、本領東部の湖畔に賊軍が屯しているのは知ってるな。」
「はい。そのような賊軍など軍と呼ぶのもおこがましいでしょう。我が軍にお任せください。」
「頼りにしているぞ。」
「この身、今再び皇帝に捧げましょう。」
「まかせたぞ。そして徴栄よ。お前は今しばらく学ぶが良い。そして父のように立派になるのだ。学び終えたときに帝国のため、民を想い、良き国づくりに協力してくれぬか?」
「・・・はい。」
「ほほ。良い顔だ。若気が伝わってくるようだ。」
「もったいなきお言葉ありがとうございます。」
「それでは頼むぞ。」
謁見はわずか数分で終わった。
宮殿から戻る袁衰の下男や徴栄の友が夕食の準備をしていた。