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第四話









 現在位置は、第二階層の深部にある旧看守棟近くの、階層を繋ぐ階段がある地点。


「せあっ!」


 掛け声と共に、キースの大剣が横一文字に切り払われる。身の丈ほどもある巨剣は狙いをあやまたず、鈍色の剣閃がスケルトンの黄ばんだ背骨を叩き割った。


 身体を支えるための最重要器官を破壊されたスケルトンは、糸の切れた人形のように乾いた音を残して塵となって消える。そのさまを最後まで見届けることなく、青年の大剣使いは次の獲物を求めて駆け出した。


「ちょっとキース! 新入りがいるからって張り切り過ぎてヘマするんじゃないよ!」


「ラーナの言う通りよ。怪我しても私は治療してあげないからねっ!」


がら空きの背中に錆の浮いた剣で斬りかかろうとする骸骨の斬撃を受け止めながらラーナが怒鳴ると、魔術で編み上げた風の刃を飛ばしてリーンが同調する。


 怒られた当人は涼しい顔で。


「今日は優秀な奴が三人も後ろに控えてくれてるから問題ないだろ!」


 などとうそぶいて見せるのみで、歯牙にもかけていない。


「キースゥ! その三人って誰のこと言ってんだよ! 返答次第じゃぶっ飛ばすからなー!」


 キースの言葉を聞いて敏感に反応したのは、短剣を振り回して三体ものスケルトンを牽制しているライルだ。あの年頃の男の子であれば、ああいった言動には逐一噛みつかずにはいられないのだろう。


 ダンジョンの入り口からここに至るまでの彼らの活躍を評して、お世辞抜きで良い連携のパーティーだと恭介は思う。

 

 キースの敵を蹴散らして前線を上げる突破力と一撃ごとの破壊力には目を見張るものがある。自身の身長以上のリーチを持つ鉄塊を自由自在に振りかざすその姿は、さながら暴風圏の如し。リーダーとして周囲の動きに気を配る能力はまだまだ荒が目立つものの、これからの経験で上達していくだろう。


 それからキースの後ろにぴったりと追従して彼の補佐を担当するラーナは、驚くほど精密な剣捌きをもって無防備になりがちなリーダーの背中をしっかりと敵の刃から守り抜いている。並の人間であれば、高速で刃が飛び交う間合いに味方が接近していると、お互いの動きを阻害してしまう筈である。だが、ラーナは卓越した先読み能力で敵と味方の動きを予想して動いているらしく、ただの一度もキースの進路を塞いでしまうようなミスを犯さない。


 前衛を担当する二人の立ち回りも見事ではあるが、後衛担当のリーンも劣ってはいない。魔術師というと大抵の人間はド派手な広範囲魔術を行使する者を高く評価することが多いが、ダンジョンにおけるパーティー戦に関してはその考えは的外れだ。敵味方が入り乱れる狭い戦場において広範囲攻撃などしようものなら、敵味方まとめて吹き飛ばす盛大な同士討ちを引き起こすからだ。

 ゆえに、小規模な魔術をこまめに行使して前線組をサポートしつつ、通路の奥でこちらを狙う飛び道具持ちを優先して駆逐していくリーンは冒険者としては極めて優秀な部類に入る存在だ。


 そして目立たないながらも一番重要かつ難しい役割をこなしているライル。彼は一人で常に二体以上のモンスターを自身に引きつけつづけ、決してモンスターの数がラーナの処理限界を超えないように立ち回っている。これは、引きつけるモンスターの数が多すぎれば袋叩きに遭い、少なければほかの二人に被害を出すことになる非常にシビアなポジションである。もちろん、周囲の仲間も彼が追い込まれないようにそれとなく手助けしていたが。


 このパーティーは個々の能力の高さもさることながら、何より互いを思いやる意識が更なる連携の巧緻さを生み出しているのだろう。おかげで恭介は正真正銘の手持ち無沙汰に陥っていた。


 非戦闘員が居るとはいえど、さすがに五人も冒険者がいると戦闘にも安定感があるな。

 

 一言の悲鳴も上げずにくずおれて灰になっていくスケルトンの死骸を見つつ、恭介は背後の通路から新手が飛び出してこないか警戒を続ける。



 キース達の戦闘における実力は見事としか言いようがなかったが、それをさらに上回る活躍を見せる奴がいた。

 誰あろう、アルトである。

 戦場全体を見渡せる恭介の位置からは、より鮮明に彼女の実力が突出しているのかがわかる。


 次々と一部の狂いもなく、スケルトンの骨と骨の間にある関節部分を正確無比な斬撃をもって破壊し、背後から斬りかかってきた個体には強烈な背面蹴りを見舞う。

 時には剣を持っていない方の腕をかざして小規模な魔術も織り交ぜて戦う姿は圧巻だった。


 最後の一体となったスケルトンをリーンの放った火球が消し炭に変えることによって、この場における戦闘は終結を迎えた。


 戦っていたメンバーが集まって一息入れている間に、恭介は急いでそこかしこに散らばっている魔石の回収作業に取り掛かる。所詮は低級モンスターであるスケルトンからドロップする魔石は、いずれも小ぶりで価値の低いものではあるが、売れないことはないのでキッチリと回収して換金所にて硬貨と取り換えてもらうのだ。


「あー、やっぱり俺ってば強いわー。あれだけの大軍を相手にしても余裕だったしな!」


 恭介が無駄に鍛え上げられた身体能力を発揮し、高速でそそくさと回収作業に従事していると、ライルが得意げに自慢を始めた。その姿が何となくこの世界にやってきたばかりの頃の自分と重なるような気がしてむず痒い気持ちになる。

 そういえば、あの時の俺っていま思うと相当舞い上がってたんだなぁ。若気の至りとは恐ろしいもんだ。

 いつの日かライルが過去の自身を振り返って頭を抱える日が来ないよう祈りつつも黙って作業をしていると、ライルの発言を聞き咎めたリーンが声を上げた。


「あーあ。またライルのビョーキが始まった。そんなこと言うけど、私知ってるのよ? あんたさっきスケルトンをいっぱい引きつけすぎて危うく囲まれそうになってたじゃない。たまたま私が気付いてウインドカッターで何体か始末したから良かったけど、下手したらスケルトンたちの仲間入りしてたわよ?」



「あー、あたしもそれは思った。あたしの負担を軽減してくれてるのはありがたいけど、そうやって慢心していると近いうちに痛い目見るから驕るのもほどほどにしておきな」



 女性陣二人による容赦のない連携口撃に、ライルは思わずたじろぐ。


「ベ、べべべつに調子に乗ってねえよ? あくまで俺は事実をだな……」


「お前な、毎度のことだがもう少し腹芸の術も磨け。動揺してんのがバレバレだ」


「あははっ! 確かにライルはもっと考えていることを顔に出さない練習をするべきかもね」


「うるせー! 俺は全然まったく動じてないっての! てか、腹芸云々はアルトにだけは言われたくねえ!」



 キースがさらに追い打ちをかけ、アルトが笑う。それを見たライルはまだ幼さの残る顔をみるみるふくれっ面へと変貌させて喚く。

 それからしばらくの間、ライルはいかに己が冷静かつ精悍でデキる男かを熱く語り続けたが、そのたびに四人のうちの誰かが茶々を入れるのでいまいち格好がつかない。とは言っても、みんなに構ってもらっている時のライルはそこまで嫌な顔ではないところを見ると、まんざらでもないのだろう。


 散乱していた魔石をあらかた背負い袋に詰め込み終わった頃、 ひとしきりライルをいじって満足したのか、話題はアルトに関することへとシフトしていた。



「ライルの強さについては置いておくとして、俺としてはアルトの活躍を評価したいな。俺とラーナが対処しきれなさそうな奴とかも目ざとく見つけて片づけてくれたようだったし」


「いやいや、ボクがやったのなんかキースの手助けにすぎないよ。大したことないさ」



手を振ってアルトは否定するが、どうみても照れ隠しにしか見えない。

 それを見たラーナも面白くなったのか、露骨にアルトを褒め始める。



「大したことがないって、それはいくらなんでも謙遜しすぎじゃないかい? あんたの仕事は遊撃だけど、それとなくライルのサポートまで担っていただろう? 二つも三つも同時にこなせる実力があんたにはあるんだから、胸を張りな」


「そうね。私もアルトはもっと誇ってもいいと思うわ。瞬時に状況を判断して術を使い分ける技術は私も敵わないかもしれないし。それと、ライルはもっと周りに気を遣わせていることを自覚なさい。アルトがあんたを庇ったのだって、一度や二度じゃないのよ?」


「えっ、それホントか? 俺ってアルトにまで世話になってたの?」


「ちょ、二人までやめてくれって! そういうのこそばゆくてボク苦手なんだから」



 ライルがギョッとしたように詰め寄ると、アルトは頬を赤くして両手をワタワタと動かして仰け反った。

 いつも人に対してさばさばとした態度で振る舞っているように見えたアルトが、恥ずかしそうに慌てる姿はなんか新鮮だ。

 恭介と同じ感想を抱いたのかは定かではないが、面白がってキース達はさらにまくしたてる。


「ライル、お前はもっとアルトに感謝しろよ。お前の後ろでスケルトンが手斧を振り上げた時、颯爽と現れたアルトが奴の首を飛ばしてなかったらどうなっていたかわからん」


 と、キースが感慨深げに頷けば、


「いやはやアルト様様だねえ」


 ラーナが拝み出し、


「もうライルの代わりにアルトをパーティーに入れたほうがいいんじゃない? ライルよりも可愛いし、素直だし」


 リーンまでもが笑って茶化す。


 リーンの声のトーンが心なしかマジなものだった気がしたが、気のせいだと思いたい。


「~~~~っ!?」


 三人から口々によいしょされたアルトは、しばらく声にならない声を上げて身悶えしていたが、バシバシと頬を叩いた後に猛然と恭介の方を振り返った。


「あーもう! この話はおしまいおしまい! キョウスケも魔石を拾い終わったみたいだし、さっさと次の階へ行くよ!」


 そう言い捨てると、ぴゅーっと階段を目指して駆け出していく。

 何の気なしにキース達の方へ首を向けると、彼らと偶然にも目が合った。誰の目も楽しそうに笑っていたのを見て、自然と恭介の顔にも笑みがこぼれる。


 微笑ましいものを見た後の和やかな空気に浸るのもつかの間、階段の方からアルトの声が飛んできた。


「下の階まで競争だよー! 最後の人はみんなに晩ご飯を奢ってもらうからねーっ!」


 なぬ!? それは聞き捨てならんぞ。

 ただでさえ金欠なのに、そんな余計な出費をしたら宿で待っているカルナのご機嫌が凄まじい勢いで傾いてしまう。最悪、糖蜜パイが買えないような事態に陥ったら頭を齧られかねん。


 見れば、いちばん階段から離れたところにいたラーナはすでにローブを翻して駆け出している。


 このビッグウエーブに乗り遅れる手はない。キース達に遅れてなるものかと、重い荷物を背負うハンデを抱えながら、恭介も階段へとひた走る。


「なっ! ちょ!? お前ら汚ねえぞ!」


 ずっと後ろの方からライルの悲鳴じみた叫び声が聞こえてきたが、無視してスピードをどんどん上げる。悪いなライル。俺も自分の財布と命が惜しいんだ。甘んじて犠牲になってくれ。


 先を走るラーナの靡く黒ローブを追いかけて、恭介は懸命に足を動かし続けた。
















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