まちぼうけ
ひゅー、ひゅー、ひゅー、ひゅー
何処かの森の中に寒い北風が吹いていました。
ひゅー、ひゅー、ひゅー、ひゅー
北風はその森の中にある湖の畔の何かに気付きました。
《もしもし、そこで何をしているんだい?》
北風は少し気になって、その何かに尋ねました。
《わたし?わたしはね、まっているの》
《待っている?何を?誰を?》
《えっとね…たいせつななにか》
《でも此処は寒いよ》
《うん。さむいけどわたしはここからうごけないの》
《そうなんだ。僕はもう行かなけりゃいけないけど頑張ってね》
そう言うと北風は少し動きを変えてその何かに寒くて冷たい風が当たらない様にしてあげました。
《きたかぜさん、ありがとう》
北風はお礼を言う何かに笑顔で去って行きました。
しんしんしん、しんしんしん
しんしんしん、しんしんしん
それから暫く日にちが経った頃、空の上の雪雲から真っ白な雪が降って来ました。
しんしんしん、しんしんしん
しんしんしん、しんしんしん
それでも湖の畔のその何かは其処からは動きません。
《もしもし、そんな所にいると雪に埋もれてしまいますよ》
雪雲はその何かに教えてあげました。
《うん、わかってるけどわたしはここからうごけないの。でもだいじょうぶ、わたしはかぜをひいたりしないから》
《動けないのかい、どうして?》
《わたしはここでたいせつななにかがくるのをまっているの。そのたいせつななにかがきてくれたらすごくすてきなことがおこるんだよ》
《そうなんだ、早く来るといいね》
雪雲はそう言いながら雪の降り方を変えてその何かの周りに雪が積もらない様にしてあげました。
《ゆきぐもさん、ありがとう》
その何かがお礼を言うと雪雲は少し照れた様に笑いました。
きらきらきら
きらきらきら
雪のやんだある日の事。
夜空には沢山のお星様と大きなお月様が浮かんでいました。
お月様も湖の畔にいるその何かに気付きました。
《そんな所で何をしているんだい?》
《わたしはたいせつななにかをまっているの》
《一人ぼっちで?》
《うん、わたしはひとりだよ》
寂しくないのかなと思いましたがお空の上にいる自分にはそばに行ってあげる事は出来ません。
《ごめんね、そばに行ってあげたいけど僕には無理だよ》
《ううん、そのきもちだけでもうれしいわ》
《そうだ、良い事を思いついた》
そう言うとお月様は自分の光でその何か照らしてあげました。
まるで舞台の上でスポットライトを浴びたお姫様の様です。
《おつきさま、ありがとう》
お月様も自分の仕事に満足の様です。
クエー、クエー、クエー
クエー、クエー、クエー
湖に渡り鳥が羽を休めにやって来ました。
その内の一羽が水を飲んでいると畔にいる何かに気付きました。
《そんな所で何をしているんだい》
《わたしはここでたいせつななにかをまっているのよ》
《ずっと此処で?》
《うん、わたしはここからうごけないから》
寂しそうに言う何かに渡り鳥は近づき、話しかけます。
《じゃあ、僕が旅のお話をしてあげる》
《わあ、うれしいわ》
《じゃあえっとね、僕が生まれた所はね…》
渡り鳥がしてくれるお話にその何かは胸を躍らせます。
まるで自分が鳥になって大空を飛んでいる様です。
クエエー、クエエー、
休み時間は終わりの様です、仲間達が呼んでいます。
《ごめんね皆が呼んでる、もう行かなきゃ》
《いいの、すっごくたのしかったわ》
《じゃあ、さようなら。早く大切な何かに会えると良いね》
渡り鳥は口ばしで自分の羽根を一枚ちぎるとその何かのそばに置いて上げました。
これで少しは寂しく無くなるでしょう。
《わたりどりさん、ありがとう》
渡り鳥は何度も振り返りながら飛んで行きます、せっかく出来た小さな友達とのお別れが寂しいのでしょう。
それから何日も何日も過ぎたある日……
ようやく、その何かが待っていた大切な何かがやって来ました。
ぽかぽかぽか
ぽかぽかぽか
暖かな日差しが森と湖を照らしています。
《ごめんごめん、遅くなったね》
《もう、遅いんだから。私、待ちくたびれたわ》
そう、その何かが待っていたのは春の訪れだったのです。
その何かもすっかりと姿を変えていました。
《怒らないでよ、僕だって急いでたんだからさ》
《うふふ、冗談よ。怒っていないわ》
《意地悪だな》
《あはは、待ちぼうけされたお返しよ》
笑い合っていると、其処に一人の女の子がやって来ました。
「わあ、きれいなおはな、かわいいな。まるでしあわせそうにわらっているみたい」
~おしまい~