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両親がすでに他界していない道坂は、今日、里山夫婦に仲人を頼もうと、切り出す機会を窺っていたのだが、いつもと違う里山の様子を見て、機を逸していたのだ。
「あの…課長。今日でなくてもいいんですが、ちょっとお話がありまして…」
「なんだい、改まって…。言いなさいよ」
里山は、すっかり元に戻っていた。
「ここでは…」
「そうか。じゃあ、帰りに夕飯でも食べながら、どうよ?」
「はい、よろしければ、そういうことで…」
道坂は決裁印が押された書類を里山から受け取ると一礼して下がった。
「田坂君。この書類、部長室へ持ってってくれ」
「…分かりました」
課長補佐席の前に座る係長の田坂がゆっくり立つと道坂が手渡した書類を受け取り課を出ていった。里山はそれを見ながら、誰でも考えごとはあるんだな…と虚ろに思った。その後も、マスコミに対する上手い言い訳は思いつかなかった。夜、マスコミがまた来ないといいが…と思いながら、湯呑みの茶をひと口飲んだ。道坂との夕食を長引かせ、夜遅くに帰る手もあるか…と、またひと口飲んで里山は思った。
退社時間となり、里山は道坂を先導して自分の行きつけの定食屋へ行った。繁華街を奥へ入った細い路地づたいにある、うす汚れた店だった。
「ここですか?」
道坂はうらぶれた店を見て、嫌な顔をした。