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その日の里山は仕事が手につかなかった。
「課長! どうかされました?」
気も漫ろで、ビルの窓ガラスに映る街並みを時折り見ている里山に声をかけたのは課長補佐の道坂だった。
「んっ? いや、なんでもない…」
里山は書類に視線を戻した。里山が考えていたのは、小次郎の一件がクリーニング屋の安岡に漏れた過程だった。どう考えても漏れる訳がない…とは朝、報道陣の前で思ったことだ。そして、安岡が得意先回りで来るとき以外は考えられない・・という結論に達したのだ。今、里山が気も漫ろに思うのは、過去に訪れた安岡の得意先回りの頃合いだった。まちまちなようで、どう記憶を辿っても朝以外にはなかった。ということは、一週間前から昨日までの朝で里山と小次郎が話していたいずれかのタイミングしかない。そのときに安岡が訪れ、小次郎が人間語を話している場に偶然、遭遇した・・ということになる。里山は記憶を遡り、そのタイミングを探った。里山が腕組みをしたそのときだった。
「課長、決裁印をお願い致します…」
前席に座る道坂が不意に立つと書類を持って近づいた。
「おっ? ああ…」
里山は慌てて公印を握ると印肉を含ませて押した。目通しするのが通例だから道坂は訝げに里山を見た。