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安岡の目に映ったのは、いつも見かける里山と猫が玄関戸の外にいる姿で、他に人の気配はなかった。妙だ…確か、人の声がした、と安岡は首を捻った。そのとき、また声がした。里山の声である。この声は里山さんだ…と安岡は得心して思った。里山が話し終えると、また先ほどの別の声がした。聞き覚えがない声である。安岡は耳を欹てた。すると、どうも里山に話しているようである。安岡は里山と猫の姿を凝視した。そして、安岡は驚愕の事実を知らされた。
━ 猫が …猫が人の言葉を話している。しかも…日本語だ! ━
安岡は怖くなり、気づかれないように物音をたてず後退りすると、自転車を静かに動かして里山家を去った。今朝は配達ではなくご用聞きだったのが安岡としては助かった。安岡が垣間見ていた事実を里山も小次郎もまったく知らなかった。
事がマスコミ沙汰になったのは、その二週間後だった。
「だいぶ、暖かくなった。今年も、そろそろ玄関だな…。じゃあ、行ってくるよ」
里山はキッチンの片隅に横たわる小次郎の頭をナデナデしながら、そう小さく言った。そして、いつものように玄関で靴を履き、沙希代に鞄を渡されたときだった。玄関の外に異様な人だかりと騒ぐ声が聞こえた。里山は何事だ? と思った。鞄を渡し、キッチンへ戻ろうとしていた沙希代もその異様さに戻るのをやめ、玄関戸を注視した。