侍女の独白〜招待状2〜
やっぱり今回も陛下から来ましたよ、ドレスが。
今回はアクアブルーを基調とした滑らかなほっそりとしたデザインのドレスでございました。裾の透かし模様の部分は細かく、肩をガバッと開かせたござっぱりしたもので、姫様の麗しいうなじを出せばどれほどの殿方が姫様の美しさや可憐さにほだされるか想像に難くはありません。(もちろん、あの団長様はやきもきなさること間違いないです。ざまぁみなさい)けれども…ふむ…、なかなか素晴らしいデザインではあると思いますが、私としては姫様に似合うのは寒色系よりも暖色系だと思うのです。アクアブルーは私の好きな色ではありますが、やはりそこは納得できないですね。
姫様のことに関しては、妥協という二文字は抹殺対象となりますので…悪しからず。
さらされた首元につけるのは小さな花飾りがついたチョーカーでも良さそうですね、と考えつつ、姫様にどの衣装を身につけなさるかを尋ねました。
姫様は迷う余地もなく陛下のドレスでなく、私たちが用意したドレスをお選び下さいました。
うふふ…ふ、ははは!
陛下、私が数々してやられた陛下のセンスも色を間違えてしまったのが誤算でしたね。
勝ちました!私たち侍女の試行錯誤ゆえに会議と会議を重ねたドレスが見事…陛下のドレスに打ち勝ちましたよ!
……と、遊びは程々にいたしましょう。
とりあえず姫様のドレスは決定いたしました。後は細かい飾り付けですね。
姫様の長い、くるりと自然にカールされた髪は触り心地が抜群でして…そのまま垂らすのも素敵ではありますが、やはりここはイブニングドレスですので姫様の麗しいうなじを見せつけてやりましょうか…。
あぁ、もっと時間が欲しいです。そしたら様々な髪型、髪飾りを駆使して姫様に最も似合うのを用意いたしましたのにぃ!!
くっ…しかし妥協は許せない。こうなったら、私の優秀な第一侍女としての能力を最大限に発揮させて頂こうではありませんか。
コキコキ…指を鳴らして…あら、怖いなんてそんな…気のせいですわよ、ねぇ?
……さぁ、始めますわよ!!
「なぁ、ラシェル」
あぁ!!もう、一体何なのですか!?思わず恨みのこもった目線をしてしまいますが、はっ!と気付いた時にはまさに後の祭り。何と陛下でしたよ、陛下。今は舞踏会に向けてやらなければならないことはたくさんあったはずですのに。まさか…サボり?いえいえ、まさか、ね?陛下に限ってサボりなんて……いえ、あるかもしれませんね。何せ姫様はサボり…いえ、ご休憩をよく自分一人でお取りになるほど自由なかた。その兄君である陛下ならばその片鱗くらいはあっても不思議ではありません。
しかし、陛下を睨みつけるなどと…はぁ。優秀な侍女たる私からすれば、何という失態でしょう。いくら苛立ってはいたとしても、陛下の気配くらい読んで当然でしたのに……しょぼん。
「どうなさいましたか、陛下」
「あ、あぁ…その、ラシェル…お前は…、、舞踏会に行くか」
視線を下にさ迷わせてモジモジと指を弄ぶ陛下……
…全く、何を馬鹿なことをおっしゃっているのか。
私は姫様の第一侍女ですよ?舞踏会に行くに決まっているじゃないですか。陛下、失礼ですが忙しさのあまりにぼけてしまわれたのですか?
え?違う?
私自身が舞踏会に出るつもりなのかと?
いえいえ…それこそそんな分かりきったことがありますか。私がいくら優秀であるとしても一介の侍女であることには変わりませんよ。
皆さんのように招待されたわけでもないのに、参加できるわけがないでしょう。もし参加できたとしても私は貴族の男と女の気まぐれや自分自慢、傲慢なプライドの見せびらかしなどがはびこる舞踏会に興味なんてありませんけどね。
むしろ招待しないで頂きないです。面倒ですし。
でも、それを正直に陛下に告げることはしませんよ。
婉曲に、当たり障りなく…と考えられるのも私の務めですからね。
「私は姫様の侍女ですから、舞踏会に出席させて頂けるような身分ではありませんので」
「いや…実は、今回の舞踏会は身分など関係なく招待された者、またはその付き添いも参加できるようでな…」
まぁ、それは初耳でしたわ。
そんなに派手なことをして国庫のほうは大丈夫なのかしら……まぁ、私の国ではないのだからどうでもよろしいですけど。
「だから、だな。…その、たまにはお前も侍女という仕事ばかりではなく楽しんでは…どうかと思うのだが…。お前も、仕事ばかりで疲れているのではないか?」
「お心遣い感謝致します、陛下。ですが、私にとっては姫様にお仕えすることが至上の喜びであり、私の楽しみでもあります。疲れなど感じたことなどありません」
予想外の仕事が増えたりはしましたがね。
あの方たちの世話は…正直言うと疲れを感じる時もありますがそれも私の侍女としての試練だと思えば、楽しくもありますしまだまだ余裕があるくらいですし。
陛下は、そうか。と頷いて下さいましたけど、何か…そう、歯に物が詰まったような顔をなさっていました。
何か他に伝えたいことでもあるのかしら?と首を傾げたところで、宰相様が陛下を探していらしに来ました。
宰相様は30代で陛下よりも年上ではありますが、歴代でもお若く、聡明な宰相様として有名です。確かに聡明で、あーんなやこーんな策略を巡らしますのに普段は穏やかなかたです。
宰相様は夕焼け色に染まった赤茶の髪を襟足の部分だけ少し伸ばし、少々浅黒い肌と琥珀色の瞳をしており、随分と色気のあるお姿。
陛下、神官様に続いて侍女内イイ男ランキング上位入りを果たす常連さんでもあります。
身分も地位も上のかたは容姿や纏う雰囲気すらトップレベルなのかしら…何やら差別的なものを感じますね。
ふん……、人が生まれながらにして平等などというのは幻であり自らを惑わす甘言であることはもう私にはごまかせない事実だとはっきり見えておりますよ。
宰相様はどうやら陛下にご立腹のよう。人通りがないとはいえ廊下で、仮にも臣下である宰相様が陛下に苦言をグチグチと垂れる様は…一国を預かる主の身としては避けたいですよね。
ちらちらと気にするように私を見る陛下に、心得ましたとサインを送りました。
宰相様と陛下に完璧な姿勢で礼をしてその場を去ることにし、なるべく廊下に人が寄り付かないように致しますね?
ご安心下さい、陛下。
「ちょ…っ、ラシェル、どこへ…っ!!話はまだ…… 」
その後、執務室に戻った陛下の顔はたいそう不機嫌でいらしたと侍女に聞いた私は、今度宰相様に陛下をお叱りになる時は廊下ではなく部屋でするように進言しようと決めました。
あぁ、忙しい。
招待状の日まであと少しばかり。衣装もだいぶ用意できてきましたので、後は数日の滞在期間に必要なものを揃えなくてはなりませんね。
「なぁ、ラシェル。俺のピアス知らね?片方が見当たらねーんだけどさぁ」
「ピアスでしたら、あの棚の上に置いておきました」
「ラシェルさん、隣国ってどれくらいいるの?おやつとか何円くらいが予算かな」
「二、三日程度でしょうか。衣類はこちらで用意させて頂きます。…予算?お菓子は自由に持って行って構わないと思いますが、あちらの国であちらのお菓子を食べてみるのも楽しいですよ」
「面倒臭いですね…、このまま城にいるのは駄目なんですか?」
「面倒なのは申し訳ないと思いますが、これも皆様がたが魔王の力を無にして下さったおかげの結果です。その結果を出した張本人がいなくては意味を成さないでしょう」
「………眠い」
「あと少しで夕食の時間ですから、寝るのならその後にしてください」
忙しすぎでしょう!!!
勇者様がたは好き勝手にしていますが、私はもう……はっ!!いえいえ、これくらいでへこたれてはいけません。
侍女の中の侍女たる試練と思えば、こんなの楽勝しすぎて笑いも起きないくらいですし。
…と、こんなことしている場合ではありません。
勇者様たちにはきちんとお伝えしなければいけないことがありました。
「「「「ダンス??」」」」
「はい、勇者様たちには舞踏会で必須のダンスレッスンを始めて頂きます」
はぁあああ!!?
と、唸る勇者様がたを尻目に私は素早くダンスの名手として名高いグリードレフィズ候爵様とその妻のノエア様をお呼びいたしました。
グリードレフィズ候爵様は、ご結婚前は大層浮名を流しておられたプレイボーイ(勇者様がたの言葉はなかなか面白いものばかりです。妙に的を得ているというか…)でありますが、妻であるノエア様にお会いしてからというもの、その名はすっかりなりを潜め、今では社交界きっての鴛鷹夫婦として有名なのです。
ノエア様というと、容姿は厳しいことを言いますと際立った華やかなものではないのですが、そのおっとりとした柔らかな雰囲気をお持ちのかたで陽射しのような暖かい微笑みをいつも浮かべていらっしゃる素敵な女性です。侍女仲間から話を伺うに、おしとやかで楚々な女性に見えますが実は意外にたおやかで豪胆な部分があるようです。
でも、それには納得ですよね。ただのしおらしいだけの女性が、あれほどの浮名を流していた候爵様を捕まえられるはずがありませんし。
見た目は野に咲く花のようなかたでも、中は屈強な武人くらいでないとやっていけませんよ。
いい女、つまり魅せる女、芯のある女とはそういうものです。
皆さん、心に留めておいて損はありませんよ?
さあて……と、
「皆さん、準備は整いましたか?」
「「「「いや、無理!!」」」」
今まで準備する時間を設けていたというのに、一体なにをしていたのでしょう…。
さっさと準備をして頂かないと、びっちり分や秒単位で刻んである予定が狂ってしまいますのに…!
ぶつぶつ文句を言ってらっしゃいますが却下。
勇者なのにこのような扱いでいいのか、ですか?
えぇ、確かに御四方とも私たちの世界を救って下さった救世主であることには変わりません。それには感謝してもしきれない恩を感じておりますよ。
…でも、これとそれとは話が別です。いくら勇者様だからといって、飾り立て、甘やかすなんてことはいたしません。
それに、舞踏会では勇者様がたは主役となるのですから、ダンスの一つや二つを身につけておかねば相手のお嬢様にも失礼ですし、何より皆さんが恥をかいてしまいます。
私が直々にお世話をさして頂いているのに、まさか恥をかきそうな要因をそのままにしておくわけにはいきません。
全てを万全に、完璧に、不安要素を余すとこなく根こそぎ排除してから参りませんと!!
ですから…、さくさく踊っていただきますよ?
渋々、候爵様からステップを教わる皆さんを見、大満足とまではいきませんが上々です。
アオイ様は少々ぎこちなくはありますが、初めてだというわりには素晴らしい出来だと候爵様が褒めていらっしゃいました。
トオル様の動きは大変優雅なのですが表情が…無表情すぎるというのも時に…控えるべきでしょうね。
ですが、お二人ともあと少しだけ練習なされば恥ずかしくないどころか、立派な紳士としてレディをエスコートし、ダンスに誘えそうです。良かった。
……あとは…
「サクト様、そこは右にターンです。いい加減に覚えて下さい。頭ではなくリズムで覚えるのです」
「わかってるっ……うぉ、み、みぎ…つぎ、次…左!?げっ、ちげぇし!!」
あたふたと候爵様の見様見真似を繰り返そうとするサクト様。
リズムにはのっているのですが、力が入りすぎてしまっていて、かつ、間違いが多過ぎです。覚えるのは苦手だと言っていたのは聞いていましたが…ここまで間違われると違うステップが出来上がりそうですね。
でも、それも全ては練習次第。
サクト様もこれから練習を重ねていけば身体が自然とリズムとステップを覚えてしまうものですし、大丈夫そうです。
……あと一人は…と、
「シンヤ様…その動き…」
「…何も言わないでいただけますか。今、集中しているので」
うーん…
何と申し上げたらいいのか…この動き…というより、足踏みというか…うーん…
「伸夜、ロボットみたいだよ〜」
あはは、と笑うながらステップを踏むアオイ様をシンヤ様はジロリと睨みつけました。
突き刺さる殺気にもアオイ様は動揺も怯えもなくただニコニコと微笑んでいるだけです。
…アオイ様、強い。
ビシビシと不穏な空気が二人を中心に広がっていきますが…今はそういう時ではございませんしね。
「シンヤ様、少し肩に力が入りすぎです。…少しお手を…いいですか、ワン、ツー…そこでターンです」
仕方ありませんから、私が実践的に教えて差し上げましょう。
シンヤ様の身長は少しばかり高めなので、ヒールを履いていない私からしたら肩が少し上の位置にあるのですが今はステップの確認ですから…見栄えのほうは後からで良いでしょう。
ワン、ツー、と口で指示しながら踊りきると、シンヤ様は頬を若干染めて口元を覆っていました。
「…ありがとうございます、ラシェル。だいたいのコツが分かりました」
「それは良かったです。流れに任せ、大胆にステップを踏めばそれなりに美しく見えますよ。力を入りすぎては逆にぎこちなくなってしまいますから」
「そうですね、分かりました。ところでラシェル…これからも一緒に踊ってくれませんか?まだまだ分からないことも多くあるので…「「「ちょっと待った!!」」」
いつの間にか三人とも近くにいらっしゃってました。
それに…先程よりも不穏な空気が増しているような気がします。ちらりと候爵夫妻を見ると……二人の世界ですね、はい。失礼いたしました。
「ラシェル、次は俺と踊ろうぜ。俺も全然ステップが分からなくてさー…」
「次は僕と一緒に踊ってくれない?ラシェルさんと合わせたほうが本番もよりうまくできると思うしー…」
「ラシェル、来て」
「…貴方たちは自分でやっていればいいでしょう?こちらに来ないでいただきたいんですがね」
バチバチと飛び散る火花。
そして、こことは異なるピンク色ムードが漂うお二人。
一つの部屋で天と地ほども違うオーラ。
「……疲れました」
時間も押してますから、私はさっさと退散することにいたしましょう。
次は姫様の御髪を整えなくてはなりませんからね。