侍女の独白〜招待状1〜
皆さんこんにちは。
私はラシェル・クリオリエ。敬愛する姫様にお仕えしている優秀な第一の侍女です。
優秀な、というのは重要ですからね?
また独白?
もしや味を占めてきたんじゃないでしょうね?と思われたかた……私の気持ちを察してくれれば分かるはずです。
というか、分かりなさい。
私は、姫様の第一侍女として精神誠意を尽くしてお仕えしてきました。
しかし、最近では姫様の他に管理……いえ、お仕えしなければならないかたができたのです。
四人の勇者様
分かっておりますよね?
今や彼らは有名人ですから。
神の託宣により、禁忌の術を使って異世界から召喚された四人の勇者様たち。
本当に不憫ではありますが、彼らを帰還する術は今だ見つかっておりません。
陛下も尽力しているのですが……全く、神の託宣というのならば神の力とやらでちゃちゃっと帰還なり何なりできないのかしら……あら、いけない。
まぁ、神もまさか人の心まで読めないでしょう。
読める?
プライバシーの侵害ですね。神だろうと私たちは一個人なのですからそれくらいのデリカシーはあって然るべきだと思います。普通ありますよね、ていうか常識ですよね。神なんだから、まさか常識外れなことなさるはずがありません……よね?
あぁ…話がずれてしまいました。とにかく、依然として勇者様四人とも我が国に滞在していて、私がお世話させて頂いているんですが………はぁ。
この溜め息の意味、分かります?
いい加減、私以外の侍女がついて欲しいんですよ!!
宰相様や侍女長様がどうしてもと泣いて縋って(ように私には見えています)いるから私はあの方がたの身の回りを世話していますが、私はいくら優秀な侍女とはいえ一人しかいなんです。つまり、手は二本しかないんですよ。
それなのにあの手のかかるガキ…いえ、失礼。大切な救世主でありお客人である彼らに私一人で相手をするとなると、どうしても手の行き届かない部分が出てきてしまうのです。
元来、私は自分の仕事には責任と我が血にかけた誇りをもって全身全霊、まさに一足一手に魂をかけて力を尽くしていることを第一にしてきました。
それを今までは姫様にお捧げしてきたのですが…いくら優秀な私もさすがに…きついものがあるのです。
以前はそう言うことを言っていなかった?
ええ、もちろん。本来ならばこのようなことを申すわけもなく勇者様の四人だろうが十人だろうがお世話させて頂くのは造作もありません…おそらく。…やはり十人はいささか言い過ぎたかもしれませんが。
そう、しかし以前と今では明らかに状況が違うのです。
時とは過ぎ行くもの。不変なものほど限りがあるというのは皆さんご存知でしょう?
例に洩れず、以前と今ではすっかりと私を取り囲む状況は変わってしまったのです。
それはなぜか?
いえいえ、陛下が関わっているわけでも魔王が関わっているわけでも、ましてや勇者様が関わっているわけでもありません……あ、でも少しは関わっていますね。
実は、魔王が退治されたという正式な発表を陛下は諸国の王や貴族と皆で話し合った結果、なさいました。
厳密に言えば魔王はまだ生きていますから退治などはされていないのですが……まぁ、そこはいいでしょう。彼らにこてんぱんにのされた魔王は今や療養中の身であるし、何をされたかは知りませんが何やらに怯える様子で今は一切戦闘する気も失せて魔王城に引きこもっているようです。
魔族は魔王には絶対の服従と敬意があります。だから、魔王の敵をーー…などというわけでもなく、魔王と共に人間の勇者を恐れて引きこもっているようです。意外と肝っ玉が小さい奴らですよね、魔族も。
おおかた引きこもるほどの精神的ダメージは、シンヤ様が与えたもののようですし…回復するのには時間がかかりそうです。
魔族が人間を襲うようなことは今や全くといっていいほどなく、先日までは今だ人間を襲う残党を陛下や勇者様がたは追い払うのに精力を尽くしていました。ですから、その残党もなくなった今は本当に…私たちが待ち望んでいた平和、なのです。
私も平和は大好きです。
余計な争いの火種なんかがあると、姫様の心痛が病んでしまい肌が荒れたりしてしまいますからね。もちろん、憂い顔の姫様も素敵ではあるのですがやはり第一の侍女としては主君には笑顔でいてほしいものなのです。
…でも、なぜか私の周りは平和とは言い難いですが。
平和なんですよ?一応は。
魔王の進撃に怯えることも、兵士たちが鬼気迫るように訓練をしたり、はたまた絶望に打ちひしがれる民を見ることもありませんし。
ただ……ね。私の周りは…なんかこう…ピリピリしてるんですよね、空気が。
私も理由は分からないんですが、肌で感じるんです。そういう面倒な空気は。
主に陛下と四人の勇者様がたの間にある空気がですが…
陛下は今も勇者様がたを返還する術を模索中です。ただでさえお忙しいかたですのに、数少ない休憩時間や睡眠時間を使ってまでお探しになられて……本当によくやる…いえ、大変誠実なかたです。ですが、最近分かったのですが、どうやら陛下は夢がおありで、それには四人の勇者様がたを返さないと叶わないらしいのです。
「早くあやつらを返さねば、私の夢が叶わんではないか…」
と、言っているのを私は偶然聞いてしまいました。
夢って何かしら??
まさかの世界征服?…でもそれはありませんね。私の見立てからしても陛下の誠実さは並大抵のものではありませんから。
素晴らしいかたですよね、陛下は。そんな陛下の妹君である姫様も私が仕えるのに申し分ないかたですから……侍女冥利に尽きますよね。
後は陛下が后、または妾妃でもいいので御子を作りになられるのだけが目下の心配事ですね……はぁ。陛下もぐずぐずしないで片思いを両思いになさる努力をするなり、諦めるなりしたらよろしいのに。
姫様の団長様へのアタックを見せてあげたいです。
女性のいざとなった時の度量はとてつもないんですよ?
……と、少し話がずれてしまいましたね。
さて魔王の脅威がかなり和らいだ今、隣国から舞踏会の招待状が届いたのです。
気が早いなぁ…と思いましたが、隣国の王子といえば良く言えば前向きで悪く言えば脳天気なかたでして…魔王が消滅したわけではありませんが、実際は消滅したのも同然の今、そのお祝いをしよう…とのことです。
まぁ、王族が率先してそのような祝い事を行えば民も安心するかもしれません。
ですから、陛下も十分な考慮を重ねた結果、その招待状を受けることにしたのです。
そう!そこで私の憂いがあるのです!
第一侍女としての最大の見せ場、姫様のドレスやアクセサリー、髪型の至るところまで厳選に厳選をしつくして姫様に着飾って頂くことです!!
招待状を頂いて一ヶ月後には舞踏会。
それまでに仕立てや屋とも話し合いをしなければならないのに…私の時間が足りないのです。
四人の勇者様も舞踏会に参加らしく、お針子に任せているのですが何故か彼らは私も一緒に決めて欲しいなど駄々をこね…!!私は姫様につきっきりになれないのですよ。
あぁ……もう!!
第一の侍女として他の侍女に任せることなんて考えられない!
姫様の魅力を最大限に引き出せるのは私だというのにっ。
「お願いですから皆さん…私はこれから姫様の採寸をしなければならないので…」
もう呼ばないで下さい。
そう続けようとしましたが…
「は?姫様だかの侍女はたくさんいんだろ?別にラシェルが行かなくてもいいだろ」
だから……っ!!
私は姫様の優秀な(ここ重要です!)筆頭第一侍女なんですよ?私が行かずして誰が行くというのです。
「ラシェルさんは働きすぎだよ?もう少し身体を休めたほうがいいんじゃないかな。ほら、新しいケーキ焼いたんだよ」
あぁ…素敵な甘いかお…って、一体誰のせいでこのように忙しいのか分かっていらっしゃらないのかしら…。
あ・な・た・た・ち!ですのよ?休みが必要だとお思いなら、私ではない侍女をお呼びになればいいものを。
「だいたい、姫君のドレスなどたくさんあるでしょうに。何か催しがあるたびに服を新調しなければ気が済まないんですか。…全く金、いや税金の無駄遣いですね」
いっておきますが、貴方の世話をしている費用も国の国庫…つまり税金ですからね?
それに、私の姫様をそこらへんの金の価値すら分からない馬鹿女たちと一緒にしないで頂きたいです。姫様がみすぼらしい格好をしてしまっては、他国への無礼どころか他国が我が国を侮る原因にもなりえるのですよ。
ですから、姫様が渋ろうとも今は新調し、我が国の権威を見せなければならないのです…それに、姫様をお可愛らしいから色々と着せてみたく…ごほごほ。
これは決して、無駄遣いではないのですよ?
「ラシェルはドレス、着ないのか?」
は??
私は侍女ですよ?いくら国一番の優秀な筆頭第一侍女とはいえ、侍女は侍女。そのような格好をするわけないでしょう。
私はあまりに突拍子もないことを言っている、と驚いてしまったのですが、なぜか皆さんこちらをじっと見つめていらっしゃいます。
え?何ですか、その目は。
私は不思議に思いながらも、着ない旨を伝えると今度は皆さん一様に溜め息をおつきになりました。
「……チッ、んだよ…つまらねぇな」
「本当にねー…」
「まぁ、予想の範囲内ではありますけど」
「…………ハァ」
一気に重苦しい空気が辺りに満ちて…あぁ、空気の入れ換えをしなくては。
でも、なぜいきなりそんなことを気にするのかしら…?
……うーん…、あ、まさか…っ。皆さん、私が似合わないドレスを着ているところを見てお笑いになるつもりですね!?
失礼な!…と、言いたいところですが、私自身も私がドレスなんていう超高級品を身に纏うなんて分不相応なことしたら、恥ずかしさを通り越して笑いが起きますよ。
私がドレス?……ぷくく、なんて似合わな…あぁ、これ以上やると私にも少しダメージができますよね、やめましょう。
私はあのお美しい私の姫様に着て頂けるドレスを選び、それを着た姫様をそれはもう十二分に引き立て、世の殿方たちをメロメロにすることが楽しいのです。これであの堅物な近衛団長も少しは焦るでしょう。
ふふ、焦りなさい。私の姫様にあそこまで一途に想われながら自分からはなかなか行動を起こさない軟弱な精神を切り捨ててしまいなさい!!
ですが、まずは交際の基本は庭の散歩からですよ?
姫様は純粋培養でいらっしゃいますからね、ゆっくりと愛を確かめ、育みあうのが良いでしょうし。
まぁ、あの近衛団長ならば心配無用ですけど。だって、女性経験が少な……げふん、げふん。
これは、いくら優秀な私でも口にしてはいけませんね。
善処致します。
あー…あと、また来るのかしらね、あれ。
あれとは何かって?
あれはあれです。陛下からの姫様への贈り物です。
姫様がお年頃になられてからかしら。陛下は姫様にそれはもう、きらびやかなドレスを贈ってくるのですよ。さすが陛下というか…そのセンスたるや一国の主に相応しい。
あまり着飾ることを好まない姫様に合わせて、キラキラと無駄についた飾りを全て排除したシンプルなドレスは、それでも一流の素材と刺繍技術をふんだんに使われた素晴らしいもの…。
私もその素晴らしさには思わずうっとりしてしまうものばかり。
初めは、私たち侍女への挑戦かと思いましたけど。
お前たちはこれくらいのドレスをも姫様に用意できないのか?と言われているかのようで…。ですから、一時期は陛下をついつい睨んでしまいました…ふふふ、これはもう時効ですよね?陛下…一国の主を睨むなんてことをしてしまえば、私は怒られるどころではありませんから。
今は、純粋に陛下の姫様への麗しい兄妹愛に微笑むばかりで、嫉妬などあるはずありません。
ただ、姫様はそのドレスを一度も着たことがないのです。
シンヤ様ではありませんが…さすがに私もこれには毎回もったいないとは思うのです。ですから、姫様に何度か進言致しましたが姫様は困った顔をして首を横に振るばかり…。
せめて、陛下と三日に一度なさる茶会の時にでも着てみてはどうか。と申し上げましたが、なぜか私に着てみてはどうかとおっしゃるのですよ!
私が着ては意味がありません!!と申し上げても姫様は決して袖を通そうとしないのです。あげく、姫様は私の部屋(姫様の第一侍女である私の部屋はすぐ姫様のもとへ駆け付けられるよう、姫様の部屋の一室を与えられているのです)のクローゼットに入れておいてくれ、とお頼みになるのです。
「ラシェルがいつ着てみても構いませんから……あ、いえ、着てみたら、わたくしに見せて下さる?ラシェルならきっと似合うと思うの」
姫様!私に対しての嫌がらせですか、それは!!
い、いえ…姫様に限ってそれはないと思うのですが…。
ドレスを贈られた後、陛下が物言いたげに私をチラチラ見るあの視線がいたたまれないのですよ…!!
陛下…すみません。いくら優秀な第一侍女とはいえ、さすがに主には逆らえません。
姫様に着て頂きたいのなら、この際陛下がきっぱりとおっしゃって下さい。応援致します。
そういえば、陛下は片思いのお相手に贈り物をなさらないのかしら。贈り物を贈るというのは愛情表現にも等しいものです。
陛下がなかなか口で想いを伝えられないのなら、贈り物をすべきだと私は思いますよ。