第48話 全ての終わり、終わりの始まり
「ガアッ……」
急に胸が苦しくなって呼吸をすることすら厳しくなった。おそらく理由は、短時間における魔力の過度使用だろう。少しだけ地面に座って安静にしていると気が楽になったので、もう一度立ち上がり目白の方へ向かった。
「俺はまた、救えなかった……」
グレイは目白を見て自分に対しての大きな怒りと後悔が襲う。
「グッ……」
「おいおい、何でまだ動いてる?」
ミカエルもグレイと同じで体はボロボロでいつ倒れてもおかしくない状況だ。それでも何度倒れても諦めないミカエルは流石としかいいようがない。
「勝ちに対して欲望が湧く。なるほど、負けというのも素晴らしいものだな」
フラフラと立ち上がったミカエルの右手には更なる注射器が持たれていた。あの薬は海底都市から分かるようにあれは劇薬であることには変わりないだろう。そんなものをもう一本も入れるなんて信じられない。
「マズいぞ。あのままだとまた暴走する……」
大翔が急に頭の中に語りかけてきた。そんな大翔の言葉にグレイは絶句してしまう。
「ハハハ……グレイお前には感謝するぞ」
再び空に舞ったミカエルは真っ白な天使ではなく、真っ黒に染め上げられた悪魔のように見える。ミカエルは自分の力を試すかのように剣を少しだけ動かす。たったそれだけの行動なのにグレイは数十メートルも飛ばされてしまった。
「すいません。でも目白と別れるのは辛いです」
そう言ってもらえてグレイは自らの魔力空間へと目白をゆっくりと入れ込んだ。目白がこの世界に生きたという痕跡をどうしても残したかったグレイが取れる方法はこれしか無かった。地面に置いたままにしておくとミカエルに魔法で消されかねない。
「まだそんな余裕があったか」
彼女の近くで何かをしているのを見たミカエルはグレイを指差す。すると、どこからともなく地面から炎が上がってきた。まるで禁忌魔法陣に乗った先で出会った鈴木ほのかのように。
「どこまでも私の邪魔を……グレイ、お前には私からとっておきのプレゼントを渡そうじゃないか」
「とっておきだと?」
グレイはミカエルの口から出てきた言葉に疑問を覚える。ミカエルの近くから出てきた魔力の量にグレイは衝撃を隠しきれないでいた。
「神撃・ジェネシスバースト」
冷酷な声でミカエルの口から発せられた魔法名を聞いて大翔との会話がフラッシュバックする。神撃といえば大翔たちを死に追いやった狂気の魔法だ。
グレイは無理と分かっていながらも最後の悪あがきとして魔法障壁を作り出した。そして神撃がミカエルから撃ち出された瞬間にグレイは違和感を覚える。自分の見ている視界が歪んだような気がしたのだ。
次の瞬間、絶対に割れないと思った天界の地面がいきなり割れて落ちてしまった。
「これは逆にいいのか?」
天界からセツシートに叩き落とされたグレイは空中で移動しながら上手いこと神撃が体に当たる前に避けることに成功した。
「「グレイ様!?」」
塔の上で天使と戦っていたマロンとノアが急に上から降ってきたグレイを見て慌てて言う。
「早く逃げてくれ」
「それはどういう……キャッ」
喋りかけてきたノアがミカエルの斬撃で斬られてしまう運命を見てしまったため、すぐに魔力で吹き飛ばす。その数秒後にガリッと音がして地面が削れてしまった。
「マロンとノア! ここにいたら兄さんの邪魔になるだけよ。ここは兄さんを信じましょう」
抉れてしまった地面を見てフィオナが言って二人を連れて撤退していった。数秒後にバキッと割れた空からミカエルがセツシートへと降りてきた。羽の数が二本から四本に増えて、両手を広げ外見だけなら大天使というに相応しい姿に変わっている。
「ミカエル、お前だけはここで倒させてもらう」
「それはこちらのセリフだ」
そう言い終わる前にミカエルは片手間に斬撃を撃ってきた。未来が見えるため挙動は分かるものの、避けることが出来るかは別だ。
「グレイくん、ようやく繋がったか。このままだと君も目白のようにミカエルに殺されてしまう」
空を飛んでいるミカエルの攻撃を避けていると、頭の中に大翔が喋りかけて来た。そのままミカエルの攻撃を避けながら応答し続ける。
「君は魔力を増やす方法って知っているかい?」
「魔力を増やす? そんなの無理だろ」
全くもって分からなかったためにグレイは即答をした。
「自分の命を削るんだ」
「遅いな!」
大翔の口から放たれた言葉は驚きのもので一瞬、体が固まってしまった。ミカエルのビームに当たるギリギリの場所でグレイは体をS字状にひねる。
「魔力を増やしてどうするつもりだ?」
「前にも話しただろう。天使になるために足らないものは魔力だと。そして、グレイくんの頭の中に入っている天使の記憶を合わせる」
ここまで大翔に言われれば誰しも理解できる。自分自身が天使になってミカエルの魔力を浄化させるのだろう。
「この街が潰れるか、自分の命を削ってこの街を守るか。はやく判断した方がいい」
今度はクレアがそう言ってきた。自分の中で今まで生きてきた人生の思い出が流れ出てくる。それを踏まえてグレイは自分の気持ちに正直になった。
「大翔にクレア。天使になる方法を教えてくれるか」
「決心がついたか。じゃあ海底都市にいた時メランダたちの記憶を取り出すんだ。そこからは記憶に寿命を吸い取って貰えば完璧だ」
大翔にそう言われてグレイは記憶の中を手探り状態で探り出した。ミカエルの攻撃を避けながらグレイは海底都市の記憶をようやく見つけ出す。そこで見つけた記憶にグレイは語りかけた。
——自分の命を代償に自分を天使にしてくれ
そう語りかけると、いきなりグレイの周りに強風が吹き荒れ始めた。
「お前まさか……」
ミカエルさ予想すらしなかった状況に困惑して魔法を撃つのが止まった。
「私たちを記憶の牢屋から出してくれて感謝しようじゃないか」
目の前が真っ白に光り始めようやく光が収まった時、そこには四人の翼を生やした天使が空を舞っていた。おそらくだが、今いる四人の天使は海底都市に閉じ込められていた四人だろう。
四人とも海底都市にいた時とは全く違う姿になっていて一瞬混乱したが、すぐに理解することが出来た。微かだが、海底都市での姿の面影を残していたのだ。そして四人は口を合わせてこう言った。
「「「「あの忌々しい大天使に復讐しようじゃないか」」」」
威勢よく言ったのはいいものの所詮は記憶の存在だ。現実にいるミカエルに攻撃することは出来ない。だからこそ、四人の天使はグレイの階級を天使に上げた。
「お前は本当に邪魔な存在だなぁ!」
ミカエルの全身の血液が煮え立ち、今まで見てきた中で一番の発狂を見せる。ミカエルを見て、グレイは哀れに思い一言。
「今すぐにミカエル、お前を苦しめている魔力から解放してやるから安心しろ」
気が付いた時にはグレイの背中には大きく、純白の翼が生えていた。
「……?」
両手に持っている剣がなぜか、いきなり動き出す。そんな現象を目の当たりにしてグレイは戸惑うがフラットに考え、手を離してみる。
ゆっくりと二本の剣は宙を舞いながら近づいていき、合わさった瞬間に一つの剣となって姿を現した。持ち手の部分は赤い装飾が施され、鍔の部分には天使を表すような羽が金色に彩られてついている。
一方、剣の刃の部分は簡素で美しい色をして輝くスタイリッシュな銀色だ。この二本は海底都市で拾ったもので何かあるのではと睨んでいたがまさかこんな形になるとは。
「これは……」
「私たちが使っていた対天使専用汎用型剣天召結界斬舞剣だよ。ただし今、撃てるのは一回。一度撃てば以前のように二つの剣に分離して数日間は使えなくなってしまう」
記憶の中にいるメランダがグレイに語りかけた。
「本当に終わりにしてやるからな」
合成された剣を片手にミカエルの元へとグレイは飛び込んだ。天使の羽を持っていると言うこともあり、空を飛ぶのには魔力が必要なくなっていた。それと同時にグレイは自分の残りの寿命が迫っているのをひしひしと感じている。
「持ってもあと三分ってところか」
大きな力を得るということはそれだけ苦しむということだ。そんなグレイを見てミカエルも斬撃を至る所へと飛ばしてきた。
未来を見て避けた先には斬撃が、それを避けてもまた斬撃とミカエルに近づくに連れて避けることも出来なくなっていく。そこで残り少ない寿命をも削って瞬間移動を使い続けた。
「そうか、お前はそこまでするのか。ならば私も応じようじゃないか!」
戦いを楽しんでいるかのように、にやにやと笑いながらミカエルは言う。対するグレイはミカエルの頭上へと移動した。
「神撃・ジェニックフルバースト!」
「相乗魔剣・天召結界幻斬舞ッッ!」
双方の放つ魔法が交差して衝撃波が生まれる。威力が互角だったため数秒間はそれぞれ同じ位置にいた。いよいよグレイの寿命が尽きそうになった時、事態は一気に動きを見せた。真下に体を向けて剣を押し込んでいたグレイの体が微かに地面に近づく。
「うおおォォォ!!!!!!!」
喉が潰れるくらいにグレイは叫ぶ。どんどんと神撃を押し返し続け、やがて剣はミカエルの腹に刺さった。
「ふっ……」
剣がミカエルに刺さると、数秒後ほんの少しだけ笑ったように見えた。そして、パキンと音を立ててミカエルの全身は虚空へと消える。
「うおっと……」
塔はミカエルが消えた瞬間にバキバキッと音を立てて崩れ始める。
「ようやく、終わったんだな」
海底都市で大翔が言った言葉が頭の中にふとよぎった。
——神は、君たちならば絶対に倒せる。
フラッシュバックした映像と共にグレイの視界は一気に低くなった。自分の足が崩れ落ちたのだ。命を削ったせいで体がどんどんと白骨化していくのがわかった。
「本当にありがとう、みんな……」
段々と崩れゆく塔の上でグレイは誰にも聞こえないほどの小さな声で精一杯口を動かす。
全壊した塔の瓦礫のいちばん上には一本の豪華な剣が刺さっていた。それは始まりの終わりいや、終わりの始まりを暗示しているようで。
長い長い夜が終わりセツシートの街にはようやく朝日が差し込んだ。




