芽生えた独占欲
「……ぁ……」
カイザーの腕の中で、私はかろうじて意識を保っていた。
全身の力が抜け落ち、金色の光の残滓が、まるで蛍のように私の周りを漂っては消えていく。
彼の、あの「氷」だったはずの瞳が、至近距離で私を捉えていた。
大きく見開かれた瞳。
そこに映っているのは、信じられないものへの「驚愕」と、理解を超えた現象に対する「混乱」。
そして―――私という存在そのものへの、熱を帯びた「何か」。
「……貴様は……」
彼が、かすれた声で何かを言いかけた、その時。
「陛下! ご無事ですか!」
「龍脈の暴走が……鎮圧されている!? ばかな!」
遅れて、恐怖から立ち直った護衛の騎士たちが、慌てて馬で駆け寄ってくる。
彼らは、無傷で(むしろ、魔力に満たされて)立っているカイザーと、その腕の中でぐったりとしている私を見て、何が起こったのか理解できず立ち尽くした。
カイザーは、騎士たちを一瞥した。
その、ほんの一瞬。
彼の瞳に、凍てつくような、絶対的な「独占欲」の色が浮かんだのを、私は間近で見てしまった。
(――俺のものを、見るな)
声には出していない。
だが、その視線は、雄の龍が自らの宝を守るかのように、明確にそう語っていた。
次の瞬間、カイザーは、まるで私が羽毛か何かであるかのように、その屈強な腕で私を横抱きに抱え上げた。
「ひゃっ……!?」
「……!」
騎士たちが、息を呑む。
あの、アストリアの「道具」を?
あの、カイザー陛下が、自ら?
「……戻るぞ」
彼は、それだけを短く告げた。
だが、その声には、もう以前の「氷」の冷たさはなかった。
代わりに、まるで煮えたぎるマグマを無理やり押し込めたような、熱い「圧」がこもっていた。
彼は、私を抱き上げたまま、悠然と自らの愛馬に跨る。
私は、彼の胸に顔を押し付ける形になった。
トクン、トクン、と。
私自身のものよりも強く、速い心臓の音が、硬い胸筋を通して伝わってくる。
(熱い……)
この人は、氷の皇帝などではなかった。
彼は、その氷の下に、暴走する龍脈そのものを飼っていたのだ。
そして今、私の力が、その氷を――溶かしてしまった。
*
城に戻ってからの扱いは、まさに天と地がひっくり返るようだった。
私は、あの「道具」用の簡素な部屋ではなく、城で最も豪奢な、本来の「皇后」が使うべき居住区へと運ばれた。
アストリアの埃っぽい自室など、物置にすら見えてしまう。
「皇后陛下、お召し替えを」
「医師だ! 陛下のお体に障りがあってはならん!」
昨日まで私を「存在しないもの」として扱っていた侍女や側仕えたちが、今は恐怖に顔を引きつらせながら、私の世話を焼いている。
彼女たちは、私が(・)怖いのではない。
私へ(・)の(・)扱いを一つ間違えれば、あのカイザーに何をされるか分からない。その恐怖だ。
そして、カイザー。
彼は、あの日以来、私の前に頻繁に姿を見せるようになった。
「……何をしている」
「……っ! 陛下」
夜、侍女たちが下がった後、彼は何の予告もなく、私の寝室に現れた。
護衛も連れず、ただ一人で。
私は、寝間着姿のまま、ベッドの上で飛び上がる。
彼は、私を「契約結婚の道具」と呼んだはずだ。
それなのに、こんな、無防備な夜に、彼は一体何をしに……?
だが、彼は私に近づこうとはしなかった。
ただ、部屋の入り口に立ったまま、じっと、私を見ている。
あの「大地の裂け目」で見たのと同じ、熱を帯びた、何かを探るような目で。
「……体は、どうだ」
「……はい。あの、お陰様で、もう……」
「そうか」
会話が、続かない。
彼は、なぜか居心地悪そうに、自分の首筋に手をやった。
あの「氷の皇帝」が、まるで、初めて異性の部屋を訪れた少年のような、ちぐはぐな態度を見せている。
(この人は、一体……)
私を「道具」と呼んでいた時の、あの絶対的な冷酷さの方が、まだ分かりやすかった。
今の彼は、私に何をしたいのか、彼自身も持て余しているように見える。
「……あの、陛下? 何か、ご用件で……」
「……いや」
彼は、私から目を逸らした。
そして、まるで自分に言い聞かせるように、低い声で呟いた。
「……貴様の力は、俺のものだ」
「え……?」
「あの力は、帝国を安定させる。……そうだ、それだけだ。それだけのはずだ」
彼は、何かを振り払うように踵を返し、嵐のように部屋から出て行った。
一人残された私は、訳が分からないまま、自分の胸を押さえた。
心臓が、あの時、彼の胸で聞いた音と同じくらい、速く、うるさく鳴っていた。
彼の「執着」は、日に日に隠しようもなくなっていった。
「これを身につけろ」
次の日、彼が持ってきたのは、深紅の宝石があしらわれた豪奢な首飾りだった。
「こっ、こんな、高価なもの……!」
「俺の『皇后』が、みすぼらしい格好をすることは許さん。それは『俺』の威信に関わる」
彼は、私に有無を言わさず、その冷たい宝石を私の首にかけた。
指先が、私のうなじに触れる。
「ひっ……!」
体が、ビクッと震えた。
その反応に、彼の指も、一瞬、止まった。
だが、彼は手を離さなかった。
それどころか、まるで私の反応を確かめるかのように、わざとゆっくりと、宝石の留め金をかけた。
その吐息が、耳にかかる。
「……いいか。お前は、もう『道具』ではない」
「……」
「お前は、俺の(・)も(・)の(・)だ」
彼は、私の耳元で、そう囁いた。
「この首輪は、その証だ。
他の誰にも、お前を渡さん」




