皇帝の試練
カイザーが、城の地下最奥にある巨大な鉄の扉に手をかける。
彼は私を扉の前に突き飛ばし、冷たく見下ろした。
「貴様の『価値』、ここで示せ。――生きたければな」
その言葉と同時に、世界が崩壊するような轟音と共に、扉が開かれた。
「―――っ!」
私は、声にならない悲鳴を上げた。
光だ。
いや、光というよりは、目に見えるほどの濃密な「魔力の奔流」そのものだった。
地下だというのに、まるで嵐の中心にいるかのようだった。部屋の中央には巨大な魔石のようなものが鎮座し、そこから青白い稲妻のような魔力が四方八方に迸っている。
ビリビリと、空気が泣いている。
第3章で帝都に来た時に感じた「肌を刺す圧」など、子供の遊びだった。
これは、純粋な「暴力」だ。
肌が焼ける。呼吸ができない。ここにいるだけで、存在そのものがすり潰されてしまいそうな、圧倒的な力の奔流。
これが、「龍脈の間」。
これが、カイザーが言っていた「龍脈の暴走」の源。
「何を突っ立っている」
カイザーが、私の背中を無慈悲に押した。
「ひっ……!」
よろめきながら、部屋の中央――魔力の嵐の中心へと数歩、足を踏み入れる。
熱い。痛い。
まるで、全身を無数の針で同時に突き刺されているような激痛が走った。
「ぐ……っ、ぁ……!」
立っていられない。
私はその場にうずくまる。
魔力ゼロの私にとって、この濃密すぎる魔力は「毒」だ。
アストリアの「魔力枯渇」に慣れた身には、あまりにも、あまりにも強すぎる。
「それだけか、アストリアの『道具』」
カイザーの声が、嵐の轟音の中から、不思議とクリアに聞こえた。
彼は、平然とした顔で部屋の入り口に佇んでいる。あの嵐の中心地が、彼にとっては日常なのだ。
(これが、皇帝の試練……)
痛い。苦しい。逃げ出したい。
死ぬ。
このままここにいたら、私は魔力に飲み込まれて、消し炭になってしまう。
(――生きたければな)
カイザーの言葉が、脳内で反響する。
(生きたい)
私は、決意した。
ここで役に立たなければ、私は殺される。
道具としてすら、扱ってもらえない。
故郷で「無能」として虐げられてきた日々が、フラッシュバックする。
(耐えるのは、慣れてる……!)
私は、リリアンの侮蔑にも、父の冷たい視線にも、侍女たちの嘲笑にも、十九年間、ずっと耐えてきた。
それに比べれば。
それに比べれば、こんな、ただの「痛み」など――!
私は、歯を食いしばった。
唇から血の味がしても、構わない。
「私は……っ、まだ、ここに、いる……!」
目を開けることすらできない。
全身が引き裂かれそうな激痛の中で、私はただひたすらに、耐えた。
「道具」としての価値を証明するために。
私が「私」として生き延びるために。
どれくらいの時間が経っただろう。
一秒が、一時間にも感じられる。
意識が遠のきかけた、その時だった。
ふと、カイザーの視線を感じた。
恐る恐る、嵐の中で目を開けると、カイザーが、そこに立っていた。
私を見ている。
(……あれ?)
さっきまでの、「道具の性能を試す」ような無機質な目ではない。
彼は、わずかに、本当にわずかに、眉をひそめていた。
それは「怒り」や「失望」とは違う。
もっと……何か、「信じられないもの」や、「理解できない現象」を目の当たりにしたかのような……そんな「疑念」の色。
彼は、私ではなく、私の「周囲」を見ている?
そしてまた、私を凝視する。
(な、なに……?)
私には、魔力の嵐が荒れ狂っているようにしか見えない。
この男は、一体何を見ているというの?
やがて、カイザーは、短く「そこまでだ」と告げた。
その声と同時に、私を苛んでいた魔力の圧力が、ふっと弱まった。
彼が、龍脈を制御したのだ。
私は、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
「はっ……はぁ……っ……」
全身が汗でびっしょり濡れ、呼吸が整わない。
生きている。
なんとか、生き延びた。
カイザーが、ゆっくりと私に歩み寄る。
そして、床に這いつくばる私を、冷たく見下ろした。
彼の瞳は、もう元通りの「氷の皇帝」のものに戻っていた。さっきの「疑念」は、私の見間違いだったのだろうか。
「……ほう。生きてはいるか」
彼は、まるで頑丈な玩具を試した後のように、そう言った。
「道具として、最低限の『耐久性』は、あるらしい」
「……っ」
「だが、これでは足りん。暴走は、こんなものではないからな」
彼は、私に背を向けた。
そして、決定事項を告げるように、低い声で言った。
「明日からは、城外の『暴走地帯』へ連れていく。
貴様の『価値』が本物かどうか、そこで見極めてやる」




