表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷徹非情な『氷の皇帝』を溶かせるのは、世界で私だけのようです  作者: 伝福 翠人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/15

唯一無二の皇后

あの、国境地帯での決戦から、一年が過ぎた。


ドラゴニア帝国の皇后の執務室は、日当たりが良く、いつも柔らかな陽光に満ちている。


「皇后陛下、アストリア復興領からの陳情書がこちらに」


「ありがとう、マリア。……ああ、あちらの孤児院への毛織物の手配は、もう済みましたか?」


「はい。陛下が『調律』されたあの大地は、今や帝国で最も豊かな牧草地となっております。毛織物の品質も上々かと」


侍女のマリアは、心からの敬意を込めた笑みで、私に書類を手渡してくれた。


彼女は、かつて私を「アストリアの道具」と恐れていた侍女の一人だ。


だが、今、その目に恐怖の色はない。


あの後、アストリアは事実上崩壊し、帝国の「復興領」として管理されることになった。


父は王位を追われ、幽閉の身に。


リリアンは……魔力ゼロの「元・聖女」として、アストリアの片田舎で、かつてが(・)味わったのと同じ「無能」の烙印を押されながら、生きているという。


そして、私は。


「真の結婚式」と「戴冠式」を経て、正式にカイザーの皇后となった。


(カイザーは、私を愛しているのか。それとも、私の『力』だけを愛しているのか)


あの第14章の最後、私が抱いていた不安。


その答えは、この一年が、ゆっくりと、だが確実に出してくれていた。


戴冠式の夜。


「お前が『調律の力』を持っていようと、いまいと、どちらでも構わん」


彼は、私をその腕に閉じ込め、まるで誓いを立てるように、低い声で言った。


「俺は、あの『大地の裂け目』で、俺のために命を懸けた『お前』を、手放せなくなった。……それだけだ」


彼は、不器用な男だった。


「愛している」という言葉は、あの戦場で告白した一度きり。


だが、彼の行動のすべてが、その言葉を裏付けていた。


彼は、私の「力」を封じることも、濫用することもしなかった。


ただ、私という存在そのものが、彼の傍らにいることを望んだ。


彼が望んだのは「調律の力を持つ道具」ではなく、「エリアーナ」という「唯一無二の存在」だったのだ。


私が「無能」のレッテルに怯え、何もできないと俯けば、


「フン。お前が何もしなくとも、俺が全てを手に入れてやる。お前は、ただ、俺の傍らで息をしていろ」


と、とんでもない理屈で私を甘やかした。


かと思えば、私が「皇后」として何かを学びたいと言えば、


「……好きにしろ。だが、無理はするな。お前が倒れれば、俺が(心労で)倒れる」


と、結局は心配ばかりしてくる。


私はもう、「無能」でも「失敗作」でもない。


帝国の民は、私を「調律の聖女」と呼んで敬愛し、そして、カイザーは、私を「彼の唯一」として、その命を懸けて守ってくれている。


「……ふふ」


「陛下? 何か可笑しなことでも?」


「ううん。なんでもない。……ありがとう、マリア。この書類は、私が陛下の執務室へ持っていくわ」


私は、決裁を終えた書類の束を抱え、マリアに微笑みかけた。


ここが、私の居場所。


私が、十九年間ずっと探し求めていた、温かい「陽だまり」。



夜。


皇帝執務室の重い扉をノックすると、「入れ」という短い許可が飛んできた。


部屋に入ると、カイザーが、山のような書類を相手に、眉間に深いシワを寄せているところだった。


「氷の皇帝」と呼ばれた彼は、今や「仕事中毒の皇帝」と呼ばれている。


私が調律の力で龍脈を安定させた結果、帝国は空前の好景気と発展の時代を迎え、彼の仕事は三倍になっていた。


「……カイザー。お疲れ様です。陳情書の決裁が終わりました」


「……ああ。そこに置いておけ」


彼は、書類から目を離さない。


私は、彼の机の向かい側に用意された、私専用の小さな執務机(これも彼が無理やり作らせたものだ)に座り、残りの書類仕事を手伝い始めた。


カリカリ、と。


二人分の羽ペンが、静かな執務室に響く。


(幸せだ……)


アストリアの埃っぽい部屋で、ひび割れた天井を数えていた私が、今、こうして、帝国で最も多忙な男の隣で、彼の仕事を手伝っている。


「無能」だった私が、彼の「役に立っている」。


これ以上の幸せがあるだろうか。


私が最後の書類にサインを終えた、その時だった。


ふわり、と。


背後から、影が私を覆った。


そして、私のよく知る、彼の匂い。


「……っ、カイザー? まだ、仕事が……」


カイザーが、いつの間にか玉座から立ち上がり、私の背後に回り込み、その両腕で、私を椅子ごと抱きしめていた。


彼は、私の肩口に、その黒曜石のような髪をうずめる。


「……ああ、まだ山積みだ」


「で、でしたら……!」


「だが、もう限界だ」


彼の低い声が、耳元で、私だけに聞こえるように囁かれる。


「……お前が、足りない」


「え……?」


「さっきから、書類そればかり見ている」


彼の腕に、力がこもる。


「俺を見ろ。俺に触れろ。……エリアーナ」


それは、命令だった。


皇帝の、絶対的な命令。


だが、その声は、私という「光」がなければ生きていけないとでも言うかのように、熱っぽく、切実だった。


「まだ、仕事が……」


私が、かろうじて最後の理性を振り絞って抵抗すると、彼は、私の耳朶みみたぶを、わざと軽く噛んだ。


「ひゃっ……!?」


「知るか」


彼は、私を椅子から軽々と抱き上げ、そのまま執務室の奥にある休憩用の長椅子ソファへと向かう。


「陛下!? 書類は……!」


「部下にやらせる。……それとも、ここで(・・・)するか?」


「そ、それは、ダメです!」


「だろうな」


彼は、私を長椅子に押し倒すようにして、その上に覆いかぶさった。


もう、逃げられない。


あの「氷の皇帝」の瞳が、今は、私だけを映すマグマのような「熱」で、私を焼き尽くそうとしている。


「お前は、俺のものだ」


あの日、戦場で聞いた、あの告白と同じ瞳。


「愛している」という言葉の代わりに、彼は、そのすべてを、私に注ぎ込む。


――私は、もう「無能」でも「失敗作」でもない。


私は、この世界で最も強くて、最も不器用で、そして最も情熱的な皇帝に愛される、「唯一無二の皇后」なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ