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冷徹非情な『氷の皇帝』を溶かせるのは、世界で私だけのようです  作者: 伝福 翠人


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アストリアの終焉

「―――お前を、愛している」


その声が、遠い夢のこだまのように聞こえていた。


(……あったかい……)


私は、カイザーの胸の中で、彼の力強い心音を聞いていた。


あの「大地の裂け目」で私を生かしてくれた、この世で一番安心する音。


もう、何も怖くない。


このまま、この温もりの中で、永遠に眠ってしまいたい――


「……エリアーナ」


私を呼ぶ、低い声。


そして、額に、柔らかな何かが触れる感覚。


(……え?)


ゆっくりと、重いまぶたを開ける。


最初に目に飛び込んできたのは、至近距離にある、あの黒曜石のような髪と――


凍てついていたはずなのに、今は、どうしようもないほどの熱と不安で揺れている、あの瞳だった。


「……か……ぜ……」


「……カイザーだ」


彼が、私の名を正しく呼び直させた。


「……カイザー……さま……」


「……ああ」


私は、彼が私を抱きしめたまま、軍馬の上で立ち上がっていた、あの時の体勢のままだということに気づいた。


彼は、私が意識を失っている間も、ずっと、こうして私を抱きしめていたのだ。


両軍の兵士たちが、武器も構えずに、ただ私たちを見つめている、その戦場の真ん中で。


「……あの、わたくし……」


「喋るな。まだ、顔色が悪い」


彼は、私を抱きしめた腕の力を、さらに強めた。


まるで、私がこのまま消えてしまうとでも言うかのように。


そして、彼は、私が目覚めたのを確かめると、ゆっくりと、戦場全体を見渡した。


「―――勝敗は、決した」


皇帝の、静かだが、絶対的な声が響き渡る。


アストリアの兵士たちは、聖魔法の暴走が鎮められた大地で、戦意を完全に喪失し、その場にへたり込んでいた。


彼らの女神であった「聖女」は、もういないのだから。


「アストリア国王」


カイザーが、泥の中で震えている私の父を呼んだ。


父は、ビクッと肩を震わせ、まるで亡霊でも見るかのようにカイザー(と、その腕の中の私)を見上げた。


「貴様は、『聖女』の力を濫用し、世界の魔力循環を歪め、アストリアを『枯渇』させた。


さらに、真の『調律の聖女』であるエリアーナを『魔女』と呼び、追放し、あまつさえ殺そうとした」


カイザーの言葉は、事実だけを淡々と告げていた。


だが、それが何よりもの「断罪」だった。


「……そ、それは……! 誤解だ! あの、リリアンが……!」


「見苦しいぞ」


カイザーは、一蹴した。


「だが、貴様を裁くのは、俺ではない」


「え……?」


父が、意外そうな顔をする。


「貴様を裁くのは、貴様が『枯渇』させた、貴様の国の民だ。


――アストリア国王の身柄を拘束しろ。聖杖と共に、アストリアの民衆の前へ突き出してやれ。


真実これを知った民が、どのような『判決』を下すか、見届けるがいい」


「ひっ……!」


父は、顔面蒼白になった。


魔力枯渇の苦しみに喘ぐ国民の前に、「真の原因」として引きずり出される。


それは、帝国の皇帝に斬首されるよりも、ずっと、ずっと恐ろしい末路だった。


帝国兵たちが、わめき散らす父を拘束していく。


「……リ、リリアンは……?」


私は、カイザーの胸の中で、かろうじて声を絞り出した。


あの、すべてを失った妹は。


カイザーは、泥の中で泣き叫び続けていたリリアンを一瞥した。


彼女は、もう「聖女」ではなかった。


ただの、魔力を失った、哀れな少女だった。


「……あの女は、どうする?」


カイザーは、に(・)尋ねた。


「お前が『殺せ』と言うなら、そうする」


彼の目は、本気だった。


私を虐げた者への罰を、私自身に決めさせようとしている。


私は、首を横に振った。


「……いいえ」


リリアンへの憎しみは、もう、なかった。


彼女もまた、アストリアという「力こそがすべて」という歪んだ国が生み出した、犠牲者だったのかもしれない。


「……彼女は、もう、何も持っていません。わたくしが、そうであったように」


魔力ゼロの絶望を、誰よりも知っているのは、私だ。


「失敗作」の烙印を押される苦しみを、知っているのは、私だ。


もう、十分だ。


カイザーは、私の答えを聞くと、満足そうに頷いた。


「……そうか。ならば、あの女も、アストリアへ送り返せ。


魔力を失った『元・聖女』が、あの国でどう生きる(・・)か。それを見届けることこそが、あの女への最大の罰となろう」


それは、あまりにも残酷で、そして、あまりにも公正な「判決」だった。


リリアンは、が(・)十九年間味わってきた絶望を、これからの人生で、ずっと味わい続けるのだ。



戦後処理は、迅速だった。


「調律の聖女」エリアーナを追放し、世界を崩壊させかけたと知れ渡ったアストリア魔法王国は、諸国からの信頼を完全に失った。


魔力枯渇も、聖魔法の濫用がなくなったからといって、すぐに回復するものではない。


父は、カイザーの言葉通り、民衆によって断罪され、王位を剥奪された。


国は、事実上崩壊した。


私があれほど憎んだ故郷は、あまりにもあっけなく、その歴史に幕を下ろしたのだ。


そして、私は。


「――聖女陛下、万歳!」


「『調律の聖女』エリアーナ様こそ、我らが真の皇后陛下だ!」


帝都への凱旋。


あの日、生贄として引きずられてきた道を、今、私は、カイザーの隣で、皇后として馬を進めていた。


龍脈の暴走に怯えていた帝国の民衆にとって、私(の力)は、絶対的な救世主だった。


彼らの熱狂的な歓迎の渦の中で、私は、隣を歩むカイザーを見上げた。


彼は、民衆の歓声などまるで意に介さず、ただ、私が馬から落ちないか、顔色が悪くないか、それだけを気にかけているようだった。


あの日、戦場で聞いた「愛している」という言葉。


あれは、夢ではなかった。


だが、彼はあれ以来、一度もその言葉を口にしていない。


帝城に戻ると、私の生活は、再び一変した。


「皇后陛下」としての教育が始まり、そして。


「エリアーナ様、本日は、戴冠式で陛下と踊られるドレスの採寸を……」


「エリアーナ様! こちらが、陛下との『真の結婚式』でお召しになる純白のドレスの仮縫いでございます!」


侍女たちが、私の周りを、今度は「宝物」としてではなく、心からの「敬愛」を込めて、慌ただしく飛び回っている。


私とカイザーの、「真の」結婚式。


そして、私が正式に「皇后」となるための、戴冠式。


その準備が、着々と進められていた。


「契約結婚」で始まったこの関係が、今、本当の形になろうとしている。


(……本当に、いいんだろうか)


私は、鏡に映る、純白のドレスを当てがわれた自分を見つめた。


カイザーは、を(・)愛しているのか。


それとも、の(・)つ (・)「調律の力」を愛しているのか。


彼の告白が、まだ信じきれない私が、そこにいた。

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