神の子
(……神様。もう、カマドウマとかいうレベルじゃないです)
(俺、今すぐ、ただの「石」になりたい。道端の石ころにしてください……)
俺ことセシル・ファインダー(満一歳)は、屋敷の広大な庭という名の、もはや演習場で、最大の生命の危機に瀕していた。
目の前には、父ウォルターが裏山から調達してきた「オモチャ」――全長10メートル超、漆黒の鱗に覆われ、ボロボロながらも鋭い殺気を放つ『古代竜の幼体』――が、グルルル……と低い唸り声を上げている。 父が手加減(?)して捕獲してきたらしく、翼は折れ、片目は潰れているが、それでも満一歳児にとっては、というか前世29歳から見ても絶望的な捕食者だ。
「さあ、セシル! 『好敵手』だぞ!」
「まあ、セシルったら。あの古代竜ちゃんをどう料理しようか、瞳が輝いていますわ!」
(輝いてねえよ! 恐怖で涙目だよ!)
俺は、ヒヒイロカネの短剣を震える手で握りしめながら、必死で両親にあかちゃん語で抗議する。
「やだ! こわい! おっきい!」
「おお! 『相手にとって不足なし! この巨体、不足なし!』と申しておりますわ!」
「うむ! 頼もしいぞセシル! さすが俺の子だ!」
(だーかーらー!!!!)
この最強で、日本語が通じない両親には、もう何を言っても無駄だ。 グルル……と唸る竜が、俺をエサとしてロックオンしている。
(……やるしかねえ) ここで泣いて逃げ出したら、父は「そうか、まだ早かったか」と安心するどころか、「ならば、まずドラゴンに『慣れる』ために、竜の巣で一晩過ごしてみるか!」とか言い出しかねない。 この両親の思考回路は、常に『常識』の斜め上(地獄方面)を行くのだ。
(どうする!? 中身29歳の知恵を総動員しろ!) 相手は古代竜。満身創痍とはいえ、俺の『魔法剣(レーザー加工)』ごときで倒せるとは思えない。 そもそも倒したくない。怖い。
(……そうだ。狙いは『勝利』じゃない。『戦意喪失』だ!) このドラゴンに、「こいつ(満一歳児)はヤベエ」と思わせて、俺に関わる気を失せさせるんだ。 それには……痛みよりも、恐怖だ。
俺はよちよちと一歩踏み出し、短剣を構えた。 ドラゴンが、警戒して(満一歳児相手に)喉を鳴らす。
(まず、牽制!) 俺は、父に教わった(と勘違いされた)『魔法剣』を起動。 短剣の切っ先に、眩い『光の針』を収束させる。
キィィィン!
「ガルル!?」 ドラゴンが、その未知のエネルギーにビビって一瞬後ずさった。 (よし、ビビってる!)
(だが、本命はこっちだ!) 俺は、昨日、禁書庫(OSのカーネル)でやっちまった「アレ」を思い出す。 『空間魔術(カット&ペースト)』。 あの時は『壺』を丸ごと移動させた。
(今回は、『オブジェクト』の一部だけを『カット』する!) 前世の知識で言えば、画像編集ソフトの「切り抜きツール」だ。 どこを? あのドラゴンの、一番硬そうで、一番「コイツの象徴」っぽい……あの、額の『逆鱗』っぽく見える一番デカい鱗だ!
(殺意はない! 頼むから、ビビってくれよ!) 俺は、『魔法剣』をドラゴンに向けたままこれはフェイクだ、と全神経を、魔力を、あの額の『鱗』一点に集中させる。
(『座標(鱗)』をロック……『存在』を定義……)
(そして、『カット』!!!)
「……ていっ!(※セシルの掛け声)」
俺が心の中で実行を押した、その瞬間。
ブツンッ。
(…………え?) 時が、止まった。
ドラゴンが、ポカン、と口を開けて固まっている。 父ウォルターも、母アナスタシアも、ドン引きしたあの顔で、固まっている。
そして、俺の手元。 よちよち歩きの俺の足元のアスファルトではなく石畳に。 さっきまでドラゴンの額にあったはずの、漆黒の、赤子の手のひらほどもある『鱗』が、コロン、と音もなく「出現」していた。
ドラゴンも、俺も、両親も、全員が、その『鱗』と、ドラゴンの額(鱗が『消滅』し、滑らかな皮膚が露出している)を、交互に見た。
「…………ギ……」 ドラゴンが、震える声で鳴いた。 痛みは、ない。血も出ていない。 だが、何が起きたか、全く理解できない。 自分の体の一部が、目の前の赤子(満一歳)によって、「消し盗られた」。 その、理解不能な『現象』が、古代竜(幼体)の本能に、最大級の『恐怖』を刻み込んだ。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
次の瞬間、古代竜(幼体)は、翼が折れているのも忘れ、情けない絶叫を上げ、もつれる足で(俺から)逃げようとジタバタし始め……そのまま(恐怖のあまり)白目を剥いて失神した。 (※ちなみに、ちょっと漏らした)
「「…………」」
演習場に、静寂が戻った。 俺はホッとしながら拾い上げた『鱗』を、父と母に赤子なりに見せる。
「……どぞ(終わった?)」
ほら、鱗取ったぞ! 約束通りだ! もう帰っていいだろ!
父ウォルターは、その『鱗』と、失神したドラゴンと、俺の顔を、ギギギ、と音が鳴りそうな動きで見比べ……。 持っていた大剣(護身用)を、ボトッ、と足元に落とした。
「あ……アナスタシア……」 父が、震える声でドン引きしなが)妻を呼んだ。 「……今のは……『魔法剣』では……ないな……?」
「……ええ……ええ……違います、あなた……」 母も、顔を引きつらせ、震える声で答える。
「……剣気も、魔力も、使っていないように見えた……。ただ、『そこに在る』と『在った』ものを、『切り離した』……」
母の紫色の瞳が、俺をもはや『未知の神話生物』を見る目で捉えた。 「この子……! 満一歳にして……! 『空間そのものを断裂させる』という『理』を……! 掴んでしまいましたわ……!」
(だから違うって! ただの切り抜き(カット)だって言ってんだろ!) 俺の心の絶叫は、もはやこの夫婦には届かない。
「ば、馬鹿な……! 『空間断裂』は、神話の時代の『神々』が使ったとされる『創造』の対極……『消滅』の御業だぞ……!?」
「それを、この子、満一歳が……!」
(もう知らん……) 俺が疲労困憊でその場にあぐらをかいて座り込むと(※満一歳児の座り方)、両親はハッと我に返り、俺に駆け寄ってきた。
「「セシル!!!!」」
「あう?(なに?)」
「「よくやった!!!!」」
(……え?)
「「さすがは我らの子だ!!!!」」
父と母は、ドン引き顔から一転、人生最大級の『歓喜』の表情で、俺を物理的に抱き上げ、胴上げを始めた。
「うおおおお! アナスタシア! これで確信した!」
「ええ、私もですわ、あなた!」
「「この子の才能は、我々の想像の『外』にある!!」」
(降ろせ! 満一歳児をそんなに激しく振るな! 吐く!)
俺が物理的な危機でジタバタしていると、父が満面の笑みで宣言した。
「よし、セシル! 『空間断裂』までマスターした(※してない)お前には、もはや『古代竜(幼体)』など、オモチャにもならん!」
「ええ! この子は、ペットとしてセシルのもとで飼っておきましょう!」
(え? 飼うの? このデカいの?) 俺が新たな絶望に青ざめていると、母が満面の笑みで続けた。
「こうなったら、午前は父さんと『剣術』と『空間断裂』の応用訓練!」
「うむ! そして午後は母さんと、禁書庫(OS)で『時間』と『生命』の『理』の勉強だ!」
「「セシル! お前は、最強の『神』になるんだ!!!」」
(…………は????)
(……かみさま) 俺は、両親に(胴上げされながら)空を見上げた。
(もう、カマドウマでも石でもいいです……、いっそ、『無』にしてください……)
こうして、俺ことセシル・ファインダー(満一歳)の、両親の悪意なき狂気と、本人の前世の知識による勘違いによって、地獄の英才教育は『神』を目指すという、とんでもない領域へと突入してしまったのだった。
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