空間魔法の理
(……神様。俺、もう本当にカマドウマでいいです)
俺ことセシル・ファインダー(満一歳)は、人生二度目で何度目か分からない絶望の淵に立たされていた。 場所は、父の武道場でも、地下の魔導書庫でもない。 この国、アストリア王国の王都にそびえ立つ、「国立魔導図書館」の、その最深部。 「禁書庫」と呼ばれるエリアだった。
父ウォルターが「訓練相手(古代竜)の調達」に裏山へ文字通り飛んで行ってから数時間後。 俺は母アナスタシアに抱きかかえられ、空間転移で王都にやって来ていた。 そして今、母は本当に「禁書庫」を丸ごと借り切っていた。 (いや、借り切るというか、脅し取ったというか……)
周囲には、青白い顔をしたおそらく館長クラスのエラい魔術師たちが、ブルブル震えながら遠巻きに俺たちを見ている。 それもそのはずだ。母は「セシルの勉強(満一歳児)の邪魔をしたら、この図書館ごと『亜空間』に放り込む」と満面の笑みで宣言したのだから。
(帰りたい……。ベビーベッドで普通に昼寝がしたい……)
つかまり立ちをマスターしたとはいえ、満一歳児には長時間の外出(と精神的プレッシャー)はキツい。
「さあ、セシル。ここが『叡智の源泉』よ」 母は、そんな俺の疲労などお構いなしに、禁書庫のさらに奥、厳重な封印(物理的にも魔力的にも)が施された一冊の本の前に立った。
「一般的な魔導書は、所詮『現象』を書き記した『マニュアル(手順書)』にすぎないわ。でも、あなたの才能(勘違い)には、それでは足りない」 母がその本――『原初の魔導書』と呼ばれるソレ――に手を触れると、封印が音を立てて解けていく。
「これはね、『法則』そのものを記述した『原典(OS)』よ」 母が(俺の前世の知識とシンクロするような)とんでもないことを言いながら、その本を開いた。
(…………は?) 俺は(心の)目を見開いた。 そこには、『火球』や『氷槍』のような『設計図』はなかった。 文字も、数式も、図形もない。 ただ、漆黒のページに、無数の「光の点」が、まるで銀河のようにうごめいているだけだった。
(……なんだ、これ……。宇宙……?)
いや、違う。 (中身29歳の)俺の脳が、猛烈な勢いで警鐘を鳴らす。 これは「絵」じゃない。 これは、この世界の「仕組み」そのものだ。
(『火球』がアプリケーション、『氷結』がコストカット版アプリなら……これは、この世界を動かしている『OSの根幹コード(カーネル)』だ!) 前世でかじったIT知識が、最悪の形で目の前の現実と結びついてしまった。
(……やべえ。これ、下手に触ったら世界がバグる(クラッシュする)んじゃねえか……?) セーブもできないのに、いきなりラスボスのいるデバッグルームに放り込まれた気分だ。
「さあ、セシル。感じるままに、あなたの魔力を流し込んでごらんなさい」
(無茶言うな! OSのカーネルいじって「ブルースクリーン(世界崩壊)」になったらどうすんだよ!)
俺は必死で首を横に振る(まだうまく振れないが)。
「だぁ!(嫌だ!)」
「まあ、セシルったら。『ワクワクして声が出ない』のね。可愛い」
(違う!!!!)
もうダメだ。この母には何を言っても無駄だ。
(……こうなったら、やるしかねえ)
俺は(中身29歳の)ハッカー精神で、その膨大な『根幹コード』を睨みつけた。 (一番無害なプログラムはどれだ……? 『時間』とか『生命』は絶対ヤバい。『重力』も下手にいじったら俺が潰れる……)
(……これか?)
俺は、その『コード』群の中で、一番単純で、安定していそうな『空間』に関する記述らしき光の集まりを見つけた。
『座標Aと座標Bを繋ぐ』……みたいな、単純な処理だ。 これなら、『火球』みたいに「ちょっとだけ」試せるかもしれない。
俺は、自分の魔力を針のように細くし、その『空間』の『コード』に、そっっっっっと触れた。
(イメージは……『コピー&ペースト』じゃなくて、『カット&ペースト』……いや、もっと単純な『ショートカットの作成』だ!)
俺は、禁書庫の隅に置かれている(やたら高価そうな)壺に狙いを定めた。 (あの壺の『座標』と、俺の手元の『座標』を、『リンク』させろ……!)
キィン……。
俺が魔力を流し込んだ瞬間。 『原初の魔導書』のページが、一瞬だけ強く輝いた。
次の瞬間。 ストン。
(……え?) 俺の目の前、母の膝の上に、さっきまで10メートル先にあったはずの「壺」が、音もなく「出現」していた。
「「…………」」
俺と、母と、遠巻きに見ていた館長たちの、全員の時が止まった。
(……あ。やべ) 『ショートカット』どころか、普通に『ファイル移動(カット&ペースト)』しちまった……。
母アナスタシアが、ギギギ、と音が鳴りそうな動きで、俺の顔と、手元の壺を、交互に見た。 その紫色の瞳は、もはや「ドン引き」を通り越して、「畏怖」の色を浮かべていた。
「……う……そ……」 母の唇が、震える。
「……『念動力』……? 違う……。『等価交換』のプロセスも……『召喚』の魔法陣も……何もない……」
母は、目の前の現実が理解できないようだった。 「ただ、『空間座標』そのものを定義し直して、対象を『強制転移』させた……?」
(いや、そこまで大層なもんじゃ……) 俺が物理的に冷や汗をダラダラ流していると、母はまたしても絶叫した。
「あなーーーーーたーーーーー!!!!!!」
(あ、またこのパターンか) 俺がぐったりしていると、母は俺を抱きかかえ、禁書庫の壁を(轟音と共に)突き破り、王都の上空へと飛び上がった。
「ウォルターーー!! 大変よ!! セシルが、満一歳にして『空間魔術』の理を掴んで、『無詠唱・座標指定転移』を成功させましたわーーーー!!!」
母が空中で絶叫していると、ちょうど屋敷の方角から、巨大な影が猛スピードで飛んでくるのが見えた。 父ウォルターだ。 その肩には、全長10メートルはあろうかという、ボロボロになった、しかし明らかに生きている「黒いドラゴン(幼体?)」が、ぐったりと担がれていた。
「おお、アナスタシア! ちょうどいいところに来た!」 父が、空中でどういう原理か静止し、ニカッと笑う。
「セシルの『新しいオモチャ(訓練相手)』を捕まえてきたぞ! 『古代竜』の子供だ! これで『魔法剣』のいい練習台になるだろう!」
(…………は????)
母の腕の中で、俺は(心の中で)ついに泣いた。 片や、『世界の根幹コード(OS)』。 片や、『古代竜』。
(神様……。もう、来世とか言いません……、今すぐ! 今すぐ俺を、平和なカマドウマにしてください……!!)
こうして、俺ことセシル・ファインダー(満一歳)の、文武両道という名の両親の暴走英才教育は、本人の絶望を燃料に、さらなるインフレ地獄へと突き進むのだった。
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