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どっちをやる?

(……倫理……? 道徳……?)


俺ことセシル・ファインダー(満一歳)は、父の腕の中で寝たフリを続けながら心の中で反芻していた。 もう、意味が分からない。 昨日まで「剣圧を飛ばせ」「空間を断裂させろ(※してない)」「時間を巻き戻せ(※してない)」と、物理法則を(満一歳児に)捻じ曲げさせようとしていた連中が、急に「倫理」?


(……もしかして、これは……チャンスなのでは?) 俺の(中身29歳)の脳が、疲労の底からかすかな希望を見出す。 そうだ。「倫理」や「道徳」の授業。 それはつまり、あの地獄の『物理訓練』や『OSハッキング(禁書庫通い)』が、なくなるということではないか?


(……いいぞ……! すごくいい!) 「倫理」なら、前世の知識、一般常識がそのまま使える! 「命は大切に」とか「盗みはダメ」とか、そういうヤツだろ? それなら、この最強で常識ゼロの両親に、俺(中身29歳)が逆に『常識』を教えてやれるかもしれない!


(よし……! やってやる! この地獄の英才教育を、俺の『倫理観』で軌道修正してやる……!) 俺が寝たフリをしながら密かにガッツポーズをした、その時。


「……セシル。起きていますね」


  母アナスタシアが、俺のピクッと動いた指を優しく握った。


「さあ、起きて。倫理のお勉強の、始まりですよ」


(……来たか!) 俺は(眠い目をこすりながら)ゆっくりと目を開けた。 いつもの武道場でも、地下書庫でもない。 そこは、日当たりの良い、屋敷の無駄にだだっ広い一室だった。 床にはフカフカの絨毯が敷かれ、俺用のベビーマットまで用意されている。


(……いいぞ! この雰囲気だ! 物理ゴリラ要素も魔術ハッキング要素もない!) 俺が(満一歳児として)


 機嫌よくマットにごろんと寝転がると、父ウォルターと母アナスタシアが、俺の目の前にかつてないほど真剣な顔で向かい合って座った。


「セシル」 父が、厳かに口を開いた。 その目は、俺に「剣圧を飛ばせ」と言った時よりも、千倍は真剣だった。


(……なんか、逆に怖いぞ……)


「昨日、お前は『時間』を遡らせた。それは、この世界(OS)の『理』に反逆する、神の御業だ」 「ええ、セシル」 母も顔面蒼白のまま頷く。


「あなたのその力は、使い方を間違えれば、この世界そのものを『消滅デリート』させてしまう。……だから、学ばなければなりません」


(何を?) 俺がキョトンと首をかしげると、両親は同時にゴクリと息を飲んだ。


「「『命』とは、何かを」」


(……重っ!!!) 満一歳児にいきなり「生命論」かよ!


(だが、望むところだ!) 俺は心の中でニヤリとした。 命は大切だ。生きとし生けるものは皆……。


そう俺が考えた、次の瞬間。 父ウォルターが、部屋の隅から、二つの赤子用のカゴを、俺の目の前にドン、と置いた。


(…………は?)


俺は目を疑った。 一つ目のカゴ。 そこには、白いおくるみに包まれた、スヤスヤと眠る、肌の白い、金髪の「人間の赤ん坊」がいた。


二つ目のカゴ。 そこには、ボロ布にくるまれた、ギャアギャアと威嚇するように鳴く、緑色の肌をした「ゴブリンの赤ん坊」がいた。


「「…………」」 俺と、二匹の赤ん坊(?)の間に、重い、重い沈黙が流れた。 (※ちなみに、ゴブリンの赤ん坊は「ギギッ!」と俺を噛もうとしてきた)


(……おい……) 俺は顔を引きつらせた。


(……おい、ウォルター……! アナスタシア……! お前ら、この二匹、どこから拉致してきたんだよ……!?)


俺の心の絶叫をよそに、父は超真剣な顔で二つのカゴを指差した。 「セシル(満一歳)。まず、第一問だ」


父が、人間の赤ん坊を指差す。 「これは、我が騎士団の副団長の『息子(嫡男)』だ。今朝、『教育のため』と言って借りてきた(拉致してきた)」 次に、ゴブリンの赤ん坊を指差す。


「これは、昨日俺が潰したゴブリンの巣の『生き残り』だ」


(……お、お前ら……。やっることが、外道すぎる……! 副団長、泣いてるぞ! 絶対泣いてるぞ!)


父は、そんな俺の(心の)ドン引きなどお構いなしに、究極の質問を(満一歳児に)投げかけた。


「セシル。これ(人間)と、これ(ゴブリン)。……何が『違う』?」


(…………は????)


(いや、全部違うだろ!! 種族から肌の色から将来性まで、全部違うだろ!!) 俺は心の中で全力でツッコミを入れた。 なんだこの質問は!? トロッコ問題より酷いぞ! これは「倫理」の授業か!? いや、どう見ても「狂気」の授業だ!


(……くそっ、どう答えろっていうんだよ!) 俺は必死で赤子の脳を回す。 両親の意図はなんだ? ①「どちらも等しく『命』である」……という、平和主義的回答か? (いや、この両親に限ってそれはない。父は昨日、古代竜クロを半殺しにしてきた男だ)


「こちら(人間)は『仲間』で、こちら(ゴブリン)は『敵』である」……という、現実主義的回答か? (こっちか? こっちなのか!?)


俺が(あーでもないこーでもないと)悩んでいると、俺の(満一歳児の)本能が、答えを出した。 人間の赤ん坊は、いい匂い(ミルクの匂い)がする。 ゴブリンの赤ん坊は、なんか、臭い(獣臭い)。

 

俺は、思わず、臭いゴブリンの赤ん坊から顔をそむけ、いい匂いのする人間の赤ん坊のほうに、ハイハイで(よちよちと)近寄った。 そして、そのスベスベの頬を(満一歳児なりに優しく)ポンポン、と叩いた。


「……あう!(こっち、すき!)」


そして、ゴブリンのほうを(指差して)キッと睨みつけた。


「……ぎぎっ!(こっち、くさい! きらい!)」


「「…………!!」」


最強の両親が、カッと目を見開いた。


(……あ。やべ。本能で答えちまった)


俺が(しまった!)と焦っていると、父ウォルターが、わなわなと震えながら、声を上げた。


「……聞いたか、アナスタシア!」


「ええ、聞きましたわ、あなた……!」 母が、感動(?)に打ち震えながら、俺の(テキトーな)赤子語を『同時通訳(超絶勘違い)』し始めた。


「『あう!(※こっち、すき!)』……いいえ、違いますわ……。あれは、『アニマ』……! 『アニマが、在る』と!」 「『ぎぎっ!(※こっち、くさい!)』……いいえ……! あれは、『虚無ギギ』……! 『アニマが、無い』と!」


(…………は????)


俺がキョトンとしていると、父が超納得した顔で頷いた。 「そうか……! そういうことか、セシル!」 父が、俺を尊敬の眼差しで見つめてくる。


「俺たちは、種族や知性で『命』を区別していた! だが、神の子であるおまえは違った! 『アニマ』という、もっと根源的な『存在の格』で、区別していたのだな!!」


(違う! 匂いだ! 匂いで判断しただけだ!) 俺の心の叫びは、もはや誰にも届かない。


「素晴らしいわ、セシル! 『アニマが在る(人間)』ものこそが、お前の『時間操作(Ctrl+Z)』で救うべき対象!」


「そして、『虚無ギギ』の存在ゴブリンは、お前の『空間断裂(カット&ペースト)』で『消去デリート』すべき対象!」


「「なんと、明確な『倫理(神のルール)』だ!!」」


(……なんか、俺、とんでもない『差別主義者』になってないか……?)

俺が自分の発言のせいで青ざめていると、父ウォルターが満足そうに頷き、次のステップに進んだ。


「よし! 『理論』は完璧だ、セシル!」 父は、おもむろに、俺の愛剣ヒヒイロカネの短剣を、俺の(満一歳の)小さな手に握らせた。


「では、次だ。『倫理』の授業の、『実技』に入る」


(……じつぎ?) 俺が嫌な予感しかしないまま短剣を握りしめると、父は、あのギャアギャア鳴く「ゴブリンの赤ん坊」が入ったカゴを、俺の目の前にドン、と置いた。


「さあ、セシル」 父と母は、満面の笑みで(満一歳児の俺に向かって)言った。


「お前が『虚無ギギ』と定義した(※してない)その『のようなもの』を」 「今すぐ、その手で『処理デリート』して、お前の『倫理』を、我々に証明してみせろ」


(…………は????)


俺は、ヒヒイロカネの短剣を握りしめたまま、固まった。 目の前には、ギャアギャア鳴く緑色の赤ん坊。


背後には、「やれ。やれ」と満面の笑みで期待の眼差しを向けてくる、最強(で最狂)の両親。


(……神様……、もう、カマドウマでも石でも無でも倫理でもいい……、いっそ、俺を、あのトラックの前に戻して、今度こそ完璧に轢き殺してください……!)


こうして、俺ことセシル・ファインダー(満一歳)の、地獄の『倫理教育(実技編)』が、強制的にスタートしてしまったのだった。

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小説家になろうで『悪人面をした宮廷魔術師、左遷させられる ~でも見た目と違って中身は善人で左遷先で盲目の少女を治したり、孤児院を運営しています~』という作品の連載を始めました。

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