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妖霊調査官の受難記 ~砂漠に昇る災禍の星~  作者: 平本りこ
第四話 妖霊調査官と災禍の星

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12 憎しみは憎しみを生む④

 一同の視線が、妖霊同士の駆け引きに集結する。マーリドもイフリートも共に、高位の存在だ。アリがスライマーンに隷属するとなれば、妖霊社会を揺るがす大事件なのである。


 息を呑んで見守る人間たちの輪の中で、アリがおもむろに唇を開いた。


「いやだよ」


 躊躇いもなく飛び出した、気の抜けるような返答に、束の間空気が停止する。やがて、スライマーンが憤りにぶるりと全身を震わせてから声を荒げた。


「何だと⁉ 愚か者め。ここで死にたいのか」

「いやなものはいやだ! 美女ならともかく、むさ苦しいマーリドの下僕になるのはごめんだ」

「阿呆か。おまえは阿呆なのか! 指輪に魂を焼かれる方が良いとでも言うか」

「そんなこと言うわけないだろ」


 そのまま、低俗な罵り合いが始まってしまう。深刻な空気を蹴破る妖霊たちを見かね、アマルは言った。


「ちょっとスライマーン、大人気ないよ」

「黙れアマル。この男に譲歩した我が愚かであった」

「えっと……」


 どうしよう、と口の中で呟いて思考を巡らせる。それから、ふと浮かんだ閃きを十分に検討する間もないまま、意を決して声を上げた。


「あの、聖王陛下。恐れながら一つだけよろしいですか」

「申せ」


 アマルは、聖王と言葉を交わしたという身に余る事態に若干挙動不審になりながら、アリに向き直る。

 

「ねえアリさん、スライマーンから指輪を返してもらった後、場合によっては私を殺すつもりだったんでしょう」

「はあ? また混ぜっ返すの⁉」

「違います。事実確認です」


 アマルはぴしゃりと返すのだが、動作に凛々しさはない。


「王子の袖口にあった護符。あれが発動した瞬間、私の心臓は止まりかけました。あれは妖霊を祓うのではなく、攻撃して混乱をもたらす呪いの護符。こんなに強い護符、そうそう作れるものではありません。作ることができるのは、ウダフィー家の秘儀を知る術師くらいじゃないでしょうか。それに、王族方が今お持ちの護符は、アリさんが作ったそうですね。それなら、誰にも見咎められず、イフサーン王子にちょっと過激な護符を差し上げることも可能です。多分、アリさんは早い段階で、あの女官が事件の原因だと気づいていたのでは? その上でわざわざ、私に真相を指摘させようとした。王子が私への憎悪を抱き、護符を発動させるのを促すために」


 アリはただ、口を閉ざしたままだ。アマルは続ける。


「私がただの人間なら、妖霊を攻撃する類の護符は働きません。もしかして最初から、私が妖霊だと疑っていたんじゃないですか? さすがに、私の中にマーリドの魂があることは想定外だったみたいですけど、妖力を隠すことができる、比較的高位の存在かもしれないと思っていた。だから指輪を手に入れるためにも、私やスライマーンから強引に奪うのではなく、穏便な契約をしたんです」

「だが」


 マシュアルが控え目に口を挟んだ。


「どうしてわざわざ、アマルの正体を見極める必要があったんだ? 指輪と引き換えにアマルを人間の暮らしに戻す、という契約を完了させるのが穏便だし簡単でもあったはずだろう」

「そこなんです、マシュアルさん」


 予め口裏を合わせたかのような合いの手に、アマルは感動して軽く手を叩いてから、アリに問う。


「スライマーンがアリさんと交わした契約は、指輪を返す代わりに、私を人間世界に戻すこと。それなのに、私が妖霊だとなれば、戻すも何もありません」

「そうさ、妖霊が人間の世界、しかも宮廷に入り込めば危険かもしれない」

「あれ、アリさん、宮廷のことを心配していたんですか」

「当然だよ。ウダフィー家をはじめ、恩義ある人を危険にさらすのはさすがの僕も気が引ける」

「つまり、宮廷のためなんですね?」

「そりゃあ、僕は宮廷占星術師の卵だ。それに、ムルジャーナ様を本当の姉のように思っているし」

「お聞きになりましたか、陛下」


 アマルは明るく言って顔を上げる。怪訝そうな聖王の顔を見て腰が引けそうになったが、ここぞという場面で目を逸らしているわけにはいかない。アマルは聖王を直視して、断言した。


「アリさんは心の底から宮廷占星術師であり、ウダフィー家の技の後継者なんです。少なくとも今は、悪事を働くつもりなんて砂粒一つ分すらありません。そういうイフリートだっているんです。未来のことは誰にもわかりませんから、高名な占星術師の星読みだって、外れることもあります。アリさんはきっと」


 アマルはアリの手を取って、力強く握り締めた。


「宮廷にいることができなくなってしまっても、この国と、大切な人々のためにその強力な力を使ってくれるはずですよ」

「アマルちゃん」


 感涙に濡れた目で、繋いだ手を見るアリ。アマルは微笑みかけて、アリの手の甲を柔らかく撫でる。


「もしかして君、僕のことを……」


 まさかこれほどうまくいくとは思わなかった。我ながらずるい策略だ。ほんの僅かな罪悪感を覚えつつ、表情を精一杯引き締めて叫んだ。


「今よ、スライマーン!」

「え」


 スライマーンが跳躍し、アリに飛び掛かる。その瞬間。


 アマルは、自身の身体の奥から何かが抜け出そうとするのを感じた。引き抜かれていくものを惜しむように、アマルに属する何かがそれを引き留める。しかし、縋るようにして伸ばされた見えない腕をすり抜けて、それは薄紫色の光を放ちながらスライマーンの全身を覆った。


「うわっ、やめ……」


 燐光を放つ大型犬の体当たりを受け、アリが引きつった声を上げて尻もちをつく。拒絶の悲鳴を耳にしてもスライマーンは意に介さず、アリの腹に飛び乗った。紫色の光が凝縮し、塊となってアリの胸部に撃ち込まれる。


 あれは、マーリドの魂だ。アマルは直感した。


 全ては一瞬の出来事だった。長らくアマルの肉体に宿り、守ってくれていた養父の魂が、煌めきの残滓を尾のように引きながら他者の身体に吸い込まれていく。その光景は、アマルの目には神々しくすら映った。


 人は、高位の妖霊を無条件に恐れる。しかし養父の魂が放つ淡光は、柔らかく優しかったのだ。


「くそっ、なんてことだ。男の魂なんかと同居する日がくるなんて。せめて女の子だったら!」


 アリの言葉で、じんわりと温かく疼いていたアマルの胸が、すっと冷えたのはご愛嬌である。



第四話 終

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